フィリップ・アリエス 『図説 死の文化史』 福井憲彦 訳

フィリップ・アリエス 
『図説 死の文化史
― ひとは死をどのように生きたか』 
福井憲彦 訳


日本エディタースクール出版部
1990年6月10日 第1刷発行
1995年5月20日 第5刷発行
vi 423p 口絵(カラー)8p
菊判 丸背クロス装上製本 カバー
定価4,800円(本体4,660円)
造本・レイアウト: 稲葉宏爾・山口喜造
カバー写真: シュニットゲン美術館「死の舞踊」/パリ郊外アントニーの墓地



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、フィリップ・アリエスの遺著となった Images de l'homme devant la mort, Ed. du Seuil, 1983 の全訳です。」
「本書は、歴史学の専門書ではなしに、一般的な読者に語りかけたものといえましょうが、死という一点をめぐる多様なイメージの変遷とその解釈で歴史を語り切ってしまおうとする、歴史学の観点からしてもじつに大胆な、先駆的こころみのように思えます。」



本文中図版(モノクロ)418点、「訳者あとがき」中参考図版(モノクロ)1点。


アリエス 死の文化史 01


目次:

序 死とイコン
第1章 墓地と教会
 市外の墓地
 市内の墓地
第2章 墓碑
 個人別から匿名へ
 墓碑の回帰
 墓碑銘
 横臥像
 死と生のあいだの横臥像
 祈禱像
 肖像
 墓碑のブルジョワ化
第3章 家から墓まで
 死の床
 安置と納棺
 葬送の行列
 教会におけるミサ
 埋葬
第4章 あの世
 皆はらからの世界
 個人別の伝記へむけて
 煉獄
 再会の場
第5章 すべては空なり
 虚無の誘い
 人はうたかたの泡のごときもの
 屍の魅惑
第6章 墓地の回帰
 かつての墓地の残存
 墓石と遺体の一致
 十九世紀における墓地の移動
第7章 他者の死
第8章 そしていま

訳者あとがき



アリエス 死の文化史 02



◆本書より◆


「墓地と教会」より:

「当時の人にとって重要だったことは、個人用の決まった場所に永遠にとどまることではなく、みずからの身体を教会にゆだねることだったのです。教会は、その身体を聖なる教会の土地において、みずからの保護下に保ちさえすれば、その身体を思うように扱うことができました。」
「乾ききった古い骨は、新しい遺体を埋葬するために掘りおこされ、ときには、ブルターニュ地方のランリヴェンにおけるように、納骨堂に乱雑に積みあげられました。しかしもっとも一般的には、骨は解剖学的な部分ごとに分離・分類され、まとめておかれたのです。一方には頭蓋骨、他方には脛骨といった具合に分類され、同類の骨はかたまりごとに墓地の歩廊のうえに芸術的に並べられました。そこで、おなじ納骨堂でも「シャルニエ〔肉の貯蔵所という意にもなる〕」という名をつけられたのです。このシャルニエという語はその後、墓地全体を意味するようにまで広がり、教会墓地〔同時に広場〕を意味したエトル aître という語に取って替わったのでした。匿名の人の骨は、もはや土の下に隠されることなく、反対に通行する人たちの視線のもとにすすんで曝されたのです。」
「ここで問題となっている時期の末期、十七―十八世紀には、都市の大墓地は、生者たちが散歩道ででもあるかのように足繁くかよう公共の場であると同時に、埋葬の地というよりもむしろ、一杯になって掘りなおされた地面からでてきた骨が、あるものは壁にそってみごとに並べられ、またあるものは地面に散らばっているような、広大な骨の展示場ででもあるかのような具合だったのです。」



アリエス 死の文化史 03


「家から墓まで」より:

「じっさい一般の意見では、長らく貧しさと孤独とが同一視されてきました。貧者とは、まず第一に単独な人間であった(ミシェル・モラの表現)、死においてまで、単独である怖れの強い存在であった、と。
 呪われた死とは、中世においては、路上や水中に見捨てられた旅人の死のことでした。十九世紀における世俗化も、この孤独の拒否という点では、何も変わることがなかったばかりか、この拒否は、もっとも強くなったのでした。」



アリエス 死の文化史 04


「『ロアンの時禱書』の細密画では、骨がちらばる墓地の土のうえに、いくつかの種類の遺体が合わせて描かれています。一体は、豪華な厚布のうえに、裸身で横たえられていますが、じきに運ばれ、石棺か、あるいは徐々にそのようなケースが増えていったのですが、鉛や木でできた棺に、納められるのです。それは、重要人物なのです。他の二体は、頭から足まですっぽりと、屍衣のなかに縫いこまれています(縫い跡がわかります)。このまま棺もなく、貧者用の墓穴に土葬されることは、おおいにあったケースなのでした。十七世紀には、こうした安い屍衣は「セルピリェール」、つまりは「ズタ袋」と呼ばれることになるでしょう。」


「あの世」より:

「古くからの時禱書と競合しながら、小さな印刷本が広く世に流布しはじめました。それらの本は「往生の術」とよばれました。なぜならそれらは、病人が死にむけて備える手助けをするためのものだったからです。(中略)それをじっさいに確認してみましょう。神、天、天使、地獄と悪魔、これらすべてが宇宙のしかるべき場所からやってきて、危篤の人の寝室をみたし、その寝台を取りまいているではありませんか。」
「最後の審判における復活者と同様、危篤の人は、たしかにみずからの全生涯をまえにしています。しかし、裁かれることになるのは、その生涯、強いられたその生涯ではないのです。何ごとも、まだ決定されてはいません。それは、聖人たちの取りなしのゆえばかりではなく、とりわけ、死にゆく者自身が明晰さの残る最後の瞬間に、窮極の試練に立たされているからなのです。その試練の結末について、詳細にたどってみることにしましょう。まずはじめに、忠実で献身的な近親者たちにたいする怒りとか、恨みといった軽度の誘惑があります。しかしより重大なのは、絶望の誘惑に負けたり、あるいは反対に、傲慢の(虚栄の)誘惑に負けることで、それらは、みずからの生涯を最後に一望しようとするまさにそのときに、危篤の人を襲うのです。すると、悪魔がささやきかけます。「おまえはまるでチャンスがない。もうだめなんだよ。おまえにとっていちばんなのは、自殺することさ」と。あるいは反対に、悪魔どもは虚栄心をくすぐります。「おまえは何も怖れることはありやしない。後悔しなけりゃならん理由なんて、まるでないのさ。おまえは模範的な生涯を送ったんだ。だから勝利者の栄冠に値するというもんだ」と。それぞれの場面において、天使たちが反論をもってきていますが、しかし死にゆく者自身が、自由に選ぶのです。天国と地獄とが、彼の意志を見ぬこうとして、気遣わしげに彼のほうへ身をよせています。この試練の結果にこそ、この人の永遠の運命はかかっているのです。」
「人間は、みずからの運命をその手中に納めているのです。天使や悪魔の助言が人をそそのかし、聖人たちの祈りが人を勇気づけるのですが、しかし、決定するのは人であり、その決定は、死に瀕したときの窮極の反応にかかっているわけです。(中略)つまり死とは、各人が全生涯を直観的に認識することになる瞬間なのです。一瞬の稲妻のきらめきにも似て、みずからの来し方が余すところなく、その人のまえに立ちあらわれるわけです。」



アリエス 死の文化史 05


「みずからの人生の決算書をもって復活させられた人たち、アルビのサント=セシル大聖堂にある『最後の審判』図(十四世紀初頭)。」


「すべては空なり」より:

「十九世紀のはじめからは、生者と死者のあいだの愛をあらわすことも、もはやためらわれませんでした。」
「そうして彼らは、壁を破り、遺体を地中から掘り出して欲望をとげようとするのです。墓が開かれ、死んだ女性を夫や、恋人や父親が掘りおこしている墓地の場面が、しきりに描かれることになります。おそらくこうした場面は、美術や文学の幻想に属するものだ、と考えるべきでしょう。
 しかしながら、「病的なしなやかさ」ということには、現実への境界線を踏みこえるものがありました。十九世紀から二十世紀初頭にかけて、人気のあった二つの大きな見世物が知られています。重罪人の公開処刑と、モルグ〔死体顕示場〕における遺体の、やはり公開による展示がそれです。(中略)パリの善良な庶民は、ちょうど大通りを散策するのと同様に、モルグに行ったものでした。」



アリエス 死の文化史 06




こちらもご参照ください:

阿部謹也 『西洋中世の罪と罰 ― 亡霊の社会史』
大林太良 『葬制の起源』 (中公文庫)
渡辺照宏 『死後の世界』 (岩波新書)


































































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