フュステル・ド・クーランジュ 『古代都市』 田辺貞之助 訳 (新装復刊)

「墓は宅地の中央、戸口からあまり遠くないところへきずかれた。こうして祖先は家族のあいだに現存していた。」
「かようにして、宗教は神殿のうちになく、家のうちにあった。めいめいがめいめいの神をもっていた。神はおのおのその家族をまもり、その家でしか神ではなかった。」

(フュステル・ド・クーランジュ 『古代都市』 より)


フュステル・ド・クーランジュ 
『古代都市』 (新装復刊)
田辺貞之助 訳


白水社
1995年10月10日 第1刷発行
1996年2月10日 第2刷発行
563p 口絵(モノクロ)1葉 索引10p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価6,800円(本体6,602円)



本書「訳者序」(昭和三十六年七月)より:

「本書はフランスの歴史家フュステル・ド・クーランジュ Numa-Denis Fustel de Coulanges (1830-1889) の《La Cité Antique》 1864 の翻訳である。台本にはアシェット版の第二十八版(一九二四年)をもちいた。」
「本書は昭和十九年の初版以来何度か版をかさね、校をあらたにしたが、今回ふたたび改版の機をえて、徹底的に文体をあらため、あやまりを訂正するとともに、各所に散在する脱落を補正した。」



クーランジュ 古代都市 01


帯文:

「希代の名文で古代ギリシア・ローマの社会形態を克明に叙述し、『母権制』『種の起源』と並び称される不朽の名著、待望の復刊。」


目次:

薦辞 (中川善之助、昭和18年10月23日)
訳者序 (昭和36年7月)

フュステル・ド・クーランジュ論 (シャルル・セイニョボス)

緒言 古代人の制度を知るためには、その最古の信仰を研究する必要があることについて

第一編 古代の信仰
 第一章 霊魂と死との信仰
 第二章 死者の崇拝
 第三章 聖火
 第四章 家族宗教

第二編 家族
 第一章 古代家族の構成原理をなす宗教
 第二章 婚姻
 第三章 家族の永続について――独身の禁止、不妊の妻の離婚、兄弟姉妹の不平等
 第四章 養子と離籍
 第五章 親族関係とローマ人のいう男系親(アグナチオ)について
 第六章 所有権
 第七章 相続権
  第一節 古代人の相続権の性質と原理
  第二節 相続権は息子にあって娘にはない
  第三節 傍系相続について
  第四節 離籍と養子縁組との結果
  第五節 古代人は本来遺言を知らなかった
  第六節 古代の世襲財産の不可分性
 第八章 家族内の権威
  第一節 古代人の父権の原理とその性質
  第二節 父権を構成した種々の権利
 第九章 古代の家庭道徳
 第十章 ローマとギリシアの氏族
  第一節 氏族についての古代作家の記述
  第二節 ローマの氏族を説明するために提出された諸見解の検討
  第三節 氏族は原初の組織と結合とを保有する家族である
  第四節 家族の拡大。奴隷と被護民の制度

第三編 都市
 第一章 支族と部族
 第二章 あたらしい宗教的信仰
  第一節 物質的自然の諸神
  第二節 自然宗教と人間社会の発展との関係
 第三章 都市の形成
 第四章 都会
 第五章 都会建設者の崇拝。アエネアスの伝説
 第六章 都市の神々
 第七章 都市の宗教
  第一節 公共の聖餐
  第二節 祭典と暦法
  第三節 人別調査と潔斎式
  第四節 議会、元老院、裁判所、軍隊などでの宗教。凱旋式
 第八章 祭儀と年代記
 第九章 都市の政治。国王
  第一節 国王の宗教的権威
  第二節 国王の政治的権威
 第十章 行政官
 第十一章 法律
 第十二章 市民と外国人
 第十三章 愛国心。追放
 第十四章 自治の精神について
 第十五章 都市のあいだの関係。戦争、平和、神々の結盟
 第十六章 連盟。植民
 第十七章 ローマ人、アテナイ人
 第十八章 国家の絶対権。古代人は個人の自由を知らなかった

第四編 革命
 第一章 貴族と被護民
 第二章 庶民
 第三章 第一次革命
  第一節 政治上の権威が国王からうばわれる
  第二節 スパルタの第一次革命
  第三節 アテナイの第一次革命
  第四節 ローマの第一次革命
 第四章 貴族階級の都市支配
 第五章 第二次革命。家族組織の変化、長子権の消滅、氏族の解体
 第六章 被護民の独立
  第一節 初期の被護民制度とその変革
  第二節 アテナイの被護民制度の消滅。ソロンの業績
  第三節 ローマの被護民制度の改変
 第七章 第三次革命。庶民が都市にはいる
  第一節 この革命の一般的歴史
  第二節 アテナイの第三次革命
  第三節 ローマの第三次革命
 第八章 私法の諸変革。十二表法。ソロン法典
 第九章 政治上の新原則。公共の利益と選挙権
 第十章 富による貴族階級構成の企図。民主政治の樹立。第四次革命
 第十一章 民主政治の諸法則。アテナイの民主政治の例
 第十二章 富者と貧者。民主政治の壊滅
 第十三章 スパルタの諸革命

第五編 都市政体の消滅
 第一章 あたらしい信仰。哲学による政治上の法則の変革
 第二章 ローマの制覇
  第一節 ローマの起原と住民についての解説
  第二節 ローマ初期の拡大(紀元前七五三年―三五〇年)
  第三節 ローマの主権獲得の顛末(紀元前三五〇年―一四〇年)
  第四節 ローマはいたるところで都市制度を破壊した
  第五節 被征服国の人民が相ついでローマの都市組織にくわわる
 第三章 キリスト教が政治の諸条件にあたえた変革

訳者略注
原著索引



クーランジュ 古代都市 02



◆本書より◆


シャルル・セイニョボス「フュステル・ド・クーランジュ論」より:

「フュステルはときとして古代作家に対する無批判な信頼をしめし、近代人に対する懐疑的な態度とくらべて奇妙な対照をみせている。」
「欠点のある場合にも、彼はしいてその真実性をみとめようとし、原典があきらかに虚偽である場合にも、それをすてるのに非常な愛惜をしめす。
 彼の内的な批判も同様に伝統を尊重する。近代諸学者の意見に対してはきわめて無関心でありながら、古代人のいったことはそのまま従順にくりかえした。彼は古代人の断定をすべて確実なものとみとめて、著者が(中略)わざと真理をいつわったのではないかとか、あるいはあやまりをおかしているのではないかということなど、ほとんど検討しなかった。が、そればかりでなく、原典に対する信頼は無際限で、著者が古代人でさえあれば、間接の、あるいは間々接の引用すら真実とみとめた。」

「彼の結論はつねに概括的であった。彼がもとめるものはある社会の一般的特質や、おおくの時代にわたる制度の一般的進化であった。(中略)フュステルは個人に対して興味をいだかない。彼は決して人物の肖像をえがかずに、ただアテナイ人、ローマ人などの総合的な風貌をえがいてたにすぎない。彼はまた個々の行為や動機を説明せず、偉人や大事件についてもかたらず、ただ社会全般に共通の習慣だけをしめそうとした。」

「『古代都市』では、支配的な現象や、全制度の紐帯となるものは宗教である。経済上の事情は、(中略)端役に類した役割しかしめていない。」



「第一編 古代の信仰」より:

「はるかな太古の時代にあっても、人は哲学者があらわれるまえから、現世ののちには他界の生活があると信じていた。そして、死というものを肉体の消滅とはおもわずに、単なる生命の転化とみていた。
 しかし、その他界の生活は、どこで、どんなふうにおこなわれたか。(中略)イタリア人やギリシア人の最古の信仰にしたがえば、霊魂は現世とまったくちがった土地へいって死後の生活をいとなむわけではなく、人間のまぢかにとどまって、地下で生活をつづけるのである。
 人々はまた非常にながいあいだ、この死後の生活でも霊魂は肉体と結合していると信じていた。霊魂は肉体とともにうまれたから、死もこれをひきはなすことなく、肉体とともに墓におさまったのである。」

「この原始的な信仰から、埋葬の必要が生じた。霊魂が他界の生活をいとなむのにふさわしい地下の住所に安住するためには、生前と同様に霊魂をやどしている肉体が、土をきせられなければならなかった。墓をもたない霊魂には住所がなく、放浪の境涯におちてしまう。したがって、墓のない霊魂は現世の不安と労苦のあとで、しきりに休息をねがうにもかかわらず、その甲斐もなく、怨霊や悪霊となってしまう。そして、決して一ヵ所にとどまることができず、またそののぞむ供物や食物をうけることもできずに、永久に放浪しなければならなかった。このみすてられた霊魂はやがて悪意をおこし、遺骸と霊魂とに墓をあたえさせるために、疫病をおくり、収穫物をあらし、あるいはあさましい姿をあらわしなどして、生きているものどもをくるしめた。幽霊の信仰はここから生じた。古代人のあいだでは、墓をもたない霊魂はきわめて悲惨で、霊魂は墓をえてはじめて永久の幸福をえると、すべてのものが信じていた。」
「古代作家の著作をみると、当時の人々は死後に儀式が型どおりおこなわれないことを、非常におそれていたようである。これは実に切実な心配であった。人々は死そのものよりもむしろ葬礼がおこなわれるかどうかを心配した。それは永遠の安息と幸福とが葬礼に左右されたからである。これをみれば、海上の勝利のあとで、戦死した兵士たちの遺骸をほうむることをおこたった将軍たちを、アテナイの人々がころしてしまった事実も、格別おどろくにたりない。これらの将軍たちは哲学者の弟子であったのだろう。そして、霊魂と肉体とを別のものと考え、前者の運命と後者のそれとが、緊密な関係にあることを信じなかったために、遺骸の分解が地中でおこなわれようと海中でおこなわれようと、たいして重大なことではないとおもっていたにちがいない。(中略)しかし、アテナイでさえ昔ながらのふるい信仰に執着していた民衆は、こうした将軍連に不敬不信の罪をきせてころしてしまった。彼らは勝利によってアテナイをすくいこそしたが、その怠慢は幾千の霊魂をうしなったのである。」
「古代の都市では重罪犯人を処罰するのに葬礼不許可の刑をあたえたが、これは極刑とみられていた。この刑罰は肉体よりむしろ霊魂そのものを罰したので、霊魂にほとんど永劫の刑をあたえるものであった。」



「第三編 都市」より:

「人々は、都会が征服されれば神々もともに征服されるとおもい、都会が占領されれば神々もともにとらわれの身になると信じていた。」
「この点については、古来の意見がまちまちで一定していなかったことは事実である。おおくのものは神々が都会のうちにあるかぎり、都会は決して占領されるものではないと信じていた。都会が征服されるのは、そのまえに神々からみすてられたためだとなした。アエネアスはギリシア人がトロイアを占領したのをみて、わが神々は社殿と祭壇とをすてて都をさったとさけんだ。アイスキュロスの著書にも、テーベの合唱隊は敵が接近するのをみて、神々に都をさらないよう懇請するが、これもおなじ信仰をあらわすものである。
 この信仰からして、都会を占領するためには、まず神々をおいだす必要があった。ローマ人はそのために特別な祈禱文をもっていた。それは儀式書のなかに保存され、マクロビウスが現代につたえている。その文句は「おお、この都を庇護したもう偉大なる神よ、大神に礼拝と祈願とをささぐるわれらが願いをききたまい、ねがわくば大慈悲をもってこの都と民とをすて、これらの社殿、聖所をさり、この地よりはなれてローマにうつらせたまい、われらが郷党のもとにきたりたまえ。ねがわくば、われらが都と社殿と聖所とが大神の御意にめし、したしきものとならんことを! われらを大神のご守護のもとにいれさせたまえ。もしこの願いをきかせたまわば、われら大神のために一宇の社殿を建立しまいらせん」というのであった。ところが、古代人は、ただ一語もかえずに正確にとなえるならば、神々すらも人間の要求にさからうことができないほどの効験をもつ強力な祈禱文があると確信していた。こうしてよびだされた神は、それゆえ味方にうつり、都会はおのずからうばわれることになるのである。
 ギリシアにも同様の思想と慣習とがある。ツキディデスの時代でも、ギリシア人はある都会を包囲する場合には、その占領を神々からゆるされるために、かならず祈願をささげることをわすれなかった。しかし彼らはしばしば神を誘致する祈禱文のかわりに、その神像をたくみにぬすみだしてくることをこのんだ。オディッセウスがトロイアのパラス神像をぬすんだことはよく知られた事実である。他の時代にも、エギナ人はエピダウレス市に戦いをいどもうとして、まずその守護神の像を二体もうばって自分の都会にうつした。
 ヘロドトスがかたるところによれば、アテナイ人はエギナの民に戦いをいどもうとしたが、そのくわだては危険であった。エギナには非常な勢力をもち、しかもきわめて忠実な守護の神人がいたからである。それはすなわちアイアコスであった。そこで、アテナイ人は熟慮の結果、計画の実行を三十年間延期した。そして同時に、国内におなじアイアコスのために礼拝堂をたてて崇拝した。彼らの心では、もしこの礼拝が中断されることなく三十年つづけば、アイアコスはもはやエギナ人のものではなく、アテナイにうつると信じたのである。」
「戦時にあっては、攻囲者はこのようにその都会の神々をうばおうと努力したが、守備のがわでも神々を維持しようと最善をつくした。ときには神々の脱走をふせぐために神体を綱でしばったり、あるいは敵から発見されないように人目につかないところへかくしたりした。さらにまた、敵が神をそそのかそうとしてとなえる祈禱文に対して、神をひきとめる効果のある祈禱文をとなえたこともあったが、ローマ人はそれよりもさらに確実とおもわれる方法を考えだした。それは守護神のうちのもっとも主要で強力な神の名を厳重に秘密にしたのである。敵が神の名をよぶことができなければ、神は決して敵方にまわるはずがないから、都会は占領されまいと考えたのであった。」

「あらゆる時代とあらゆる社会とを通じて、人は祭典によって神々をあがめようとした。彼らは特別の日をさだめ、それらの日には現世的な思想や労働にわずらわされずに、もっぱら宗教的な感情にだけ支配されるべきものとした。こうして、現世にいきる日の数のうちから神にささげる日をさいたのである。
 おのおのの都会は儀式によって建設され、その儀式は、古代人の考えでは、国家の神々を城壁のうちに定住させる効力をもっていたが、その効力は毎年祭典をいとなんで更新する必要があった。この祭典は生誕の日とよばれて、全市民がこぞっていわわなければならなかった。神聖なことはなにによらず祭典をもよおす機縁となった。都会の城郭をまつる祭があって、これを「アンブルバリア」といい、領土の境界をまつる祭があって、これを「アンバルヴァリア」といった。これらの日には、市民は白衣をまとい花冠をいただいて盛大な行列をつくり、祈禱をとなえながら都会や領土のうちをねりあるいた。先頭には数名の神官が生贄の動物をひいてすすみ、祭典のおわりにこれをほふって神にささげるのであった。」

「祖国は神聖な絆によって古代人を束縛した。」
「古代人は市民から祖国をとりあげることより残酷な刑罰を想像できなかった。重大な犯罪に対する普通の刑罰は追放であった。
 追放は単に都会のうちにすむことを禁じ、祖国の領土以外に立ちのきを命ずるだけではなく、同時に祭祀の禁止でもあった。」
「古代人にとって、神が決していたるところに遍在していなかったことをおもいおこさなければならない。彼らが宇宙の神について漠然とした観念をいだいていたとしても、それは自分の神と考えていのる神ではなかった。神はいずれもその家や地区や都会にすむ神であった。被追放者は祖国をはなれると同時に、自分の神々からもはなれた。彼はもはやどこにも自分をなぐさめ保護する宗教を見いだせない。」
「かようにして、被追放者は都市の宗教と権利とをうしなうとともに、家族と宗教と権利をもうしなった。彼には、聖火もなく、妻もなく、子もない。死んだあかつきにも、都市の土地や先祖の墓にはほうむられなかった。彼は外国人となってしまったのである(引用者注: 原文「car il est un étranger.」)。
 古代の共和国で、罪人が死刑をまぬがれるために逃亡しても、ほとんどつねに黙許したのは、おどろくにたりない。それは追放が死刑よりもかるい刑罰であるとは考えられなかったからである。ローマの法律家はこれを極刑とよんだ。」





こちらもご参照ください:

フィリップ・アリエス 『図説 死の文化史』 福井憲彦 訳






























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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