『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上』 杉浦明平 訳 (岩波文庫)

「可愛想に、レオナルドよ、なぜおまえはこんなに苦心するのか。」
(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』 より)


『レオナルド・ダ・ヴィンチ
の手記 上』 
杉浦明平 訳
 
岩波文庫 青/33-550-1 

岩波書店
1954年12月5日 第1刷発行
1979年8月10日 第25刷発行
293p 別丁口絵1葉 別丁図版6p 
文庫判 並装
定価300円(☆☆☆)



全2冊。
上巻のみ正字・新かな(下巻は新字・新かな)です。


レオナルドダヴィンチの手記 上 01


帯文:

「美術家、科学者としてのダ・ヴィンチの偉大さは総て圧縮されて本書の中にある。本巻には人生論、文学論、絵画論を収める。」


目次:

レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯とその手記
凡例



人生論

文學
 寓話
 笑話
 動物譚
 豫言
 東邦旅行
 巨人について

「繪の本」から
 繪畫と他の藝術との比較
 畫家の生活と勉強
 遠近法
 解剖
 美について
 運動と表情
 構圖
 衣服
 光、影、色
 風景
 自然
 大洪水と戰爭

譯註



レオナルドダヴィンチの手記 上 02



◆本書より◆


「序」より:

「そしておのれの熱い欲望にひかされて巧妙な自然の創り出した種々さまざまな奇形な形態の數々を見んことをあこがれ、翳深い巖群の間をしばしめぐったのち、とある巨大な洞窟の入口にやってきた。暫くの間そのあることも知らず茫然とその前に立ちすくんでいたが、やがて背を弓なりに折って、左手を膝の上にしっかり立て、右手でひそめた眉に目陰をする。そして洞窟の奧に何かが見きわめられはしないか、のぞいてみようとあちらこちらにしゃがんでみたが、その奧は眞暗な闇で何も私にはわからなかった。そこでしばらく立っていると、突如、私の心の中に二つの感情が湧きのぼってきた、恐怖と憧憬とが。すさまじい暗い洞窟にたいする恐怖、その奧に何か不思議なものが潜んでいはしまいか見たいものだとおもう憧憬である。」

「たしかに鳶について述べるのが私の宿命らしい。なぜかならわたしの幼年時代の最初の思い出の中に次のようなことがあった。すなわち、わたしが搖籃の中にいると一羽の鳶が私のところへやってきて、その尾で私の口を開かせ、そして何度も何度もその尾で私の唇の奧を撫でてくれたような氣がしたのである。」



「人生論」より:

「可愛想に、レオナルドよ、なぜおまえはこんなに苦心するのか。」

「現在ある、そして過去にあったありとあらゆる惡は、このもの〔人間〕の手で行われたが、それでもまだ、その不埒な魂の欲望を滿足させないようだ。このものの性質を述べることは、いくら時間を長くかけても、私にはできないだろう。」

「本來あらゆるものは自己の本質において自分を維持しようとねがう。」

「自己の自然の位置からはずれたすべての要素はもとの位置に歸ろうとねがう、特に火と水と土とは。」

「孤獨であることは救われることである。」

「星の定まれるものは左顧右眄しない。」



「文學」より:

「親愛なるベネデット・デイ、東邦問題のニュウスをいろいろお傳えしようとおもうが、六月にリビア沙漠から一人の巨人が現れたことを知っていただきたい。
 この巨人はアタランテ〔アトラス〕山中に生れて、色黑く、エジプト人やアラビア人やメディア人やペルシア人を率いたアルタセルセ〔アルタクセルクセス王〕と戰ったのである。かれは海でまっこうくじらや大くじらや船を食べて生きていた。
 この獰猛な巨人が、血に浸って泥濘と化した大地で〔足を滑らせて〕ころんだときは、まるで山岳が倒れたごとくであった。そのため平野は地震のごとく震駭し、地獄のプルトーネも肝をつぶして〔逃げた〕。しかも激しい衝突によってかれはまず氣絶したように平地にのびてしまった。すると直ぐ人々は、雷電に打たれて死んだのだと信じて、切倒された茨の邊りを猛烈にかけめぐる蟻のように、大群をなしてもどってきて、――こうして巨大な肢體の上をかけめぐって、數多の傷を負わせながら右往左往した。
 そのため、巨人は正氣をとりもどしたが、群衆がいっぱいたかっているのを知り、忽ち傷口がしくしく痛むのを感じて、恐ろしい雷のような呻きをあげ、兩手を大地について、不安げな顔をおこした。そして片手を頭に入れると、髪の間に湧くのを普通とする微小動物〔しらみ〕のように、人間がうようよと髪にしがみついているのが分った。そこで頭をふると、人間どもが空中にすっとぶのは烈風にあふられる霰のとぶのに異らなかった。また空から嵐のように降ってきた人間に〔潰されて〕死んだものもたくさんあったし、やがて〔巨人が〕むっくり起きあがって踏みつぶしたものもある。
 また毛髪にすがりついてその中に隱れようと苦心するさまは、嵐がきたとき、風あたりを弱くするために帆をおろそうと索具の邊りをかけまわる水夫に似ていた。」



「「繪の本」から」より:

「畫家は自然を相手に論爭し喧嘩する。」

「眼がさめたとき、あるいは眠りに就く前に床の中の暗闇で研究することについて――暗闇の床の中にいるとき、以前に研究した形態の表面の線とかその他微妙な觀照によって把握された注目すべき物を想像のなかで反復してみることは少からず役に立つものであることをわたし自身體驗した。」

「君がさまざまなしみやいろいろな石の混入で汚れた壁を眺める場合、もしある情景を思い浮べさえすれば、そこにさまざまな形の山々や河川や巖石や樹木や平原や大溪谷や丘陵に飾られた各種の風景に似たものを見ることができるだろう。さらにさまざまな戰鬪や人物の迅速な行動、奇妙な顏や服裝その他無限の物象を認めうるにちがいないが、それらをば君は完全かつ見事な形態に還元することができよう。そしてこの種の石混りの壁の上には、その響の中に君の想像するかぎりのあらゆる名前や單語が見出される鐘の音のようなことがおこるのである。」

「畫家は「自然」を師としなければならぬ――畫家が手本として他人の繪を擇ぶならば、かれは取柄の少い繪をつくるようになるだろう。然るに自然の對象をまなぶならば、立派な成果をあげるであろう。(中略)フィレンツェ人ジオットがあらわれた。かれは山羊のような動物しか棲んでいない荒寥たる山中に生れ、自然によってこの藝術に心を向けられると、岩のうえに自分の飼っている山羊の行動を素描しはじめた、こうしてそのあたりにいるあらゆる動物を描くに至ったが、その結果ついにこの人は、多年の研鑽ののち、同時代の親方たちはもちろん、何百年の先人すべてを凌駕した。この人ののち藝術は再び衰退した、けだしすべてのものが出來合いの繪を模倣したからである。」

「人物を描くひとは、もしかれが對象になり切ることができないなら、これをつくりえないであろう。」

「わたしの幼年時代には猫も杓子も着物のはしというはし、頭はもとより足から脇腹に至るあらゆる個所に房飾りをずらりとつけたのを見たことをわたしは記憶している。その時代にはそれが大へん立派な發明のようにみえたので、人々もやはりその房飾りを縁につけ、同樣な頭巾や靴、主な洋裁所から出てくる色とりどりな房附の晴着をきて歩いたものだ。
 その後わたしは靴やベレ帽や靴下や攻撃用に携帶する武器や着物の襟やズボンの裾、衣の裾や實際美しく見せたいとおもう人々の口の邊に至るまで、長い鋭いピンを留めているのを見た。
 その次の時代には袖を大きくしはじめた。それはそれぞれ着物そのものよりも大きいというほどになった。次いで着物の襟を頸のまわりに立てる流行がはじまった結果、とうとう頭がすっかりかくれるまでに至った。それから體をあらわすのが流行した、そのため着物は肩にかけることができなくなった、というのは肩のうえまで屆かなかったからである。
 次いで着物を長くするのがはやったため、人々は足で着物を踏まぬようにいつも手で服をもっていたものだ。次に腰と肘までしか服をまとわぬという極端に陷った。しかもそれはおそろしく窮屈で、人々はそのため非常な苦痛をこうむり、多くの人々はその下の方を裂いたものである。足もごく窮屈で、足趾は互にかさなりあい、まめだらけになった。」

「いかに光を人物に投ずべきか――光は君が君の人物の立っていると假想する自然の状態の與えるところに從って使用されねばならない。」
「就中、君の描く人物に廣く上からの光を當てるようにしたまえ、そうすれば、つまりは、君は生きた人間を冩生したのである。というのは君が街上でみかける人々はすべて上からの光をうけているのであって、光が下から當っているとしたら、君の親しい知人をすらそれと認める困難に耐えないことを知らねばならぬからである。」

「繪畫の内容となるあらゆるものをひとしく愛さないひとは萬能とはいえないであろう。たとえばある人が風景を好まない場合、かれはこれをば手輕で簡單な調査を以てすれば足りる仕事にすぎぬと評價しているのである、ちょうどわれわれのボティチェルラが、かかる研究は無駄だ、何故かなら、とりどりの色をいっぱいふくんだスポンジを壁にちょっと一投げすれば、壁の上に斑點がのこり、そこに美しい風景が見える、と言ったように。こういう汚斑のうちに自分がそこに産み出そうと思うさまざまな思い付きすなわち人間の顏だの、さまざまな動物だの、戰爭だの、岩礁だの、海だの、雲だの、森林だのその他等々が見られるということは正に本當だ。それは鐘の音に似ている、鐘の音でも君の好きなことを言っているのをききとることができるのである。しかしたとえその汚斑が君に思い付きを與えようとも、それは君に特殊なものを何ひとつ完成する道をおしえはしない。かかる畫家は貧弱きわまる風景を描くのである。」

「風景を冩生せねばならぬ。――風景は樹木が半ば光をうけ半ばかげになっているように冩生さるべきであるが、太陽が雲におおわれている時冩生するのは一層よい。けだしそのとき樹木は天のあまねき光と地のあまねき影とによって照らされるからだ。しかも樹木と大地の中央に近ければ近いほど、その部分は暗さをますのである。」





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分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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