ケネス・クラーク 『レオナルド・ダ・ヴィンチ 第2版』 丸山修吉・大河内賢治 訳 (叢書・ウニベルシタス)

「知性はもはや至上のものではなく、人間はもはや自然の中心ではなくなる。したがって人間は彼の想像の世界から徐々に姿を消してゆく。またたとえ聖アンナや聖ヨハネの姿をとって現われても、彼らはもはや人間ではなく、力と神秘の象徴であり、未知の世界からの使者である。」
(ケネス・クラーク 『レオナルド・ダ・ヴィンチ』 より)


ケネス・クラーク 
『レオナルド・ダ・ヴィンチ 
第2版』 
丸山修吉・大河内賢治 訳

叢書・ウニベルシタス 106

法政大学出版局
1974年5月10日 第1版第1刷発行
1981年3月25日 第2版第1刷発行
1989年10月10日 第2刷発行
264p xxi 別丁図版32p
四六判 丸背布装上製本 カバー
定価2,884円(本体2,800円)



本書「凡例」より:

「本書は Kenneth Clark, Leonardo da Vinci, an account of his development as an artist. Penguin Books, 1967. の全訳である。なお原著の初版は一九三九年に Cambridge University Press から、またその改訂版が Penguin Books から一九五九年に刊行されている。」
「原文中に頻繁に引用されている A. E. Popham, The Drawings of Leonardo da Vinci. Jonathan Cape Ltd., London, 1946. 中の多数の図版は、原著では省かれているが、同書がわが国では入手しにくい事情を考え、読者の理解をたすける意味で可能なかぎりこれを収録した。」



本文中図版(モノクロ)多数。


クラーク レオナルドダヴィンチ 01


目次:

図版目次
序文
はじめに

1 一四五二―一四八二年
 本書の目的
 少年時代
 ヴェロッキオの弟子
 ヴェロッキオの絵画と彫刻
 ヴェロッキオの「キリストの洗礼」におけるレオナルドの役割
 ウフィーチ美術館の「受胎告知」
 「ジネヴラ・ベンチの肖像」
 「カーネーションの聖母」
 「ベノワの聖母」
 ルーヴル美術館の「受胎告知」

2 一四八一―一四九〇年
 「三王礼拝」
 ミラノへ
 兵器
 作品リスト
 「聖ヒエロニムス」
 パリの「岩窟の聖母」
 肖像画
 弟子
 サライ

3 手記
 範囲と内容
 思想の一般的特徴
 初期の手記
 建築、野外劇、寓話、寓意画、戯画の内容

4 『絵画論』
 美術に関する著作物
 『絵画論』
 美学理論
 絵画科学と明暗法、解剖学、劇的特質に関する手記
 『絵画論』にみられる芸術家としての性格

5 一四八五―一四九六年
 スフォルツァ騎馬像
 「最後の晩餐」

6 一四九七―一五〇三年
 『神聖比例論』
 アッセの間
 ミラノを去り、マントヴァとヴェネチアを訪問
 フィレンツェに帰る
 「聖アンナと聖母子」のカルトン
 バーリントン・ハウスのカルトン
 チェーザレ・ボルジア
 フィレンツェで描いた肖像画
 「モナ・リザ」
 風景画と植物の習作
 「レダ」

7 一五〇三―一五〇八年
 フィレンツェで多くの作品を描く
 「学者たちの間のキリスト」
 「ネプチューン」
 鳥の飛翔、解剖、運河に関する習作
 「アンギアリの戦い」
 再びミラノへ
 ロンドンの「岩窟の聖母」
 失われた聖母画
 フィレンツェでルスティチに協力
 「フローラ」の蠟製胸像

8 一五〇八―一五一三年
 地質学への関心
 ルーヴル美術館の「聖アンナ」
 トリヴルチオ騎馬像
 仮装の図
 最後の解剖学的習作

9 一五一三―一五一九年
 ローマで
 水力学に関する習作
 大洪水のデッサン
 「聖ヨハネ」
 フランスで
 百合の花をつめたライオン
 死
 結語

訳者あとがき
参考文献
年譜
レオナルド作品名索引
総索引



クラーク レオナルドダヴィンチ 02



◆本書より◆


「1481―1490年」より:

「これらの弟子のうち一人だけは、ここでふれておく必要がある。(中略)彼がレオナルドの日常生活のなかで重要な役割を演じたからである。その弟子とはジャコモ・サライである。ヴァザーリによれば、レオナルドは「ミラノにいた時に、サライという召使いを雇った。彼はミラノ人で、優雅さと美しさでは非の打ちどころがなく、髪の毛はふさふさとした金髪の巻き毛で、レオナルドはそれがたいへん気に入っていた。」またレオナルド自身も草稿Cのなkで、彼を雇った時のことをはっきりと次のように書いている。「一四九〇年、マグダラのマリアの日(七月二二日)にジャコモが私の家に住みこんだ。二日目に私は彼のためにシャツ二枚、長タイツ一着、胴着一着を注文してやった。その支払のために金をとっておいたところ、彼は財布からそれを盗んだ(四リラ)。彼が盗んだのは確かだったが、白状させることはできなかった。その翌日、私はジャコモ・アンドレアと夕食をともにするために出かけた。すると上述のジャコモは二人分の夕食を食べ、四人分の悪さをした。というのは、薬味壜を三本割り、ぶどう酒をこぼしたからである。」それから余白に、泥棒、うそつき、強情者、大食漢と記し、さらにつづけてサライの不行跡をことこまかに書いている。すなわち、彼がボルトラッフィオとマルコ・ドジョーノから銀筆を盗んだこと、ガラッツォ家の召使いから金を盗んだこと、レオナルドのなめし皮を靴直しに売って、その金でアニスの実の砂糖菓子を買ったことなどである。サライは終始盗みをし、たらふく食い、うそをつくので、レオナルドは、彼が牢屋に入れられないようにと、その尻拭いに苦労した。レオナルドがデッサンしたサライの顔には、このような不行跡のあとが現われている。巻き毛の美少年は太り、粗野でぬくぬくとした様子をしている。しかしそれにもかかわらず、レオナルドは彼を見捨てなかった。見捨てるどころか、彼の姉のために持参金を出してやったり、彼に遺産を残しさえしたのである。
 以上の事実とデッサンに現われたサライの性格から考えると、サライとその師匠との関係は、古典時代には高貴なものとされ、ルネサンス時代には教会の非難にもかかわらず、一部大目に見られていたような種類のものであったらしい。事実、当時の人々がレオナルドを同性愛と思っていた具体的証拠がある。一四七六年、レオナルドと数名の若い芸術家は、ヤコポ・サルタレリという少年とあさましい所行を重ねているとして、フィレンツェの役所に二度にわたって告発されたが、有罪にはならなかったらしい。しかしこれを単なる中傷として見すごすことはできない。思うにレオナルドの同性愛を証明するには、いまわしい告発状などは必要ではない。その証拠は彼の作品の多くに内在していて、なぜ彼が好んで描く人物像が男女両性型なのか、なぜ彼が描く人体が一種のけだるさをただよわせているのかを説明している。そしてこのような人体や人物像は、敏感な人ならば、他人から指摘されるまでもなく、すぐそれとわかるものなのだ。またそれは、普通ならば説明困難な事実、すなわち、彼が無口で他人との間に常に一定の距離をおいていたのに、凝った服装をしていたことや、厖大な手記や草稿のなかに、女性についての記述がほとんどないことなどをも説明しているし、さらに彼の偉大さを最もよく知っている人でさえ認めざるをえない彼の欲求不満を解明してくれるといえよう。美術評論というよりは、むしろ心理学の領域に属する事柄にこれ以上深入りするつもりはないが、芸術家としてのレオナルドを誠実に研究しようとするならば、これを避けて通ることはできない。蓋しこれは、他の偉人の場合はいざしらず、彼の場合には、ものを見る眼に色濃い影響を与えているからである。レオナルドの作品を見れば、彼が、男性が女性に対してもつ正常な感情をもっていたとは、とうてい主張できない。」



「手記」より:

「こういう幻想的なデッサンと密接な関係をもっているのがグロテスクなデッサン、あるいは戯画である。(中略)第一にそれは風変りなものにたいする彼の愛情をあらわしていて、(中略)ヴァザーリによると、レオナルドは異常な人間に出会うと、一日中でもそのあとをつけ、その容貌を記憶したという。また面白いと思う人に出会うと、たとえば「奇妙な顔のジョヴァニーナは聖カテリーナ病院にいる」などと、その住所をメモしさえしたが、これは、女性について言及することがほとんどない彼の手記のなかで、きわめて稀な例外の一つである。彼が奇形の者に興味をもっていたことを知れば、彼のいわゆる戯画の多くが、最初見た時に感じるよりも、はるかにリアリスティックであることがわかるだろう。(中略)レオナルドの戯画は彼の飽くなき理想美の探求を補うものであった。この怪物は、人間の心の中から神聖なものが消え去った時、心の中に残る一切の激情、暴力、カリバン的なうなりとうめきの表現であった。」


「1513―1519年」より:

「当時の記録によると、彼のローマでの生活も楽しいものではなかったようだ。というのも、いってみれば彼はこれまで長い間世俗から離れて気ままにくらしてきた孤独で伊達な老人である。その彼が気がついてみると、全イタリアの一流の芸術家の半数にものぼる人々が群がり、悪口をいいあい、地位を求めて駆け引きをしている真只中にいたのである。(中略)疲れたレオナルドがこういう手ごわい連中を相手にはりあう気はなく、陰気で神秘的な孤独にますます引きこもっていったのも無理はない。このころレオナルドが何をしていたかについては、ヴァザーリの記録があるが、これは長文ではあるが引用する価値があると思う。というのは、当時の人々がレオナルドの科学研究をどう見ていたかを示しているからである。

   彼はある種の蝋を練って糊状にし、散歩をしている時、それできわめて薄くてなかが空っぽの動物の形をつくり、それに息を吹きこんで空中を飛ばした。だが風がやむと、その動物は地面に落ちてきた。ベルヴェデーレ宮のぶどう園の園丁が奇怪なトカゲをみつけたが、彼はその背に、他のトカゲの鱗でつくった翼を、水銀を混ぜ合せたものでくっつけた。翼は、トカゲが動くにつれて、ゆれ動いた。さらにこれに眼や角やひげをつけ、箱に入れて飼いならしてから、友人たちに見せたところ、彼らはみなこわがって逃げだした。またしばしば雄羊の腸を洗い、脂肪を完全に取り除いた。こうすると腸はきわめて薄くなって、片手におさまるほどになった。それから別室に鍛冶屋の鞴をもってきて、腸の一端をこれにつけ、空気を送りこんだ。するとさしも広い部屋も腸で一杯になり、居合わせた人々は誰も部屋の隅に押し込められてしまった。(中略)彼はこの種の愚かなことを数えきれないほど沢山やったが、また鏡にも関心を示し、さらにまことに奇妙なやり方で、絵を描くための油と、描き終った後に作品を保存するためのワニスを捜し求めた。

 レオナルドは子供の頃、龍の絵を描いて人々を驚ろかせたが、晩年になって再び、絵ではないがやはり龍で、人々をぎょっとさせたというのは面白い話である。」

「生れつきのろいこと、いいかえれば何百何千という実験や再考を繰り返さないと、何事もやりとおせない性質、これは若い頃からのレオナルドの性格の一部であって、コルリッジの輝かしい知性をくもらせた意志の病いと同じものと認めざるをえない。「教えてくれ、これまで何かやりとおしたことがあるかどうか。」これはレオナルドが放心した時になかば無意識にしばしば書きつけた言葉である。「教えてくれ……」「教えてくれ……」デッサンの片隅に、走り書きのなかや数学のメモに、あるいは骨の折れる計算のかたわらに、この言葉はあたかも歌のリフレインのように何十回となく繰り返し書かれていて、はっきりと彼の病める心を示している。」

「レオナルドはこの非情な水の流れをなかば魅せられたように見つめているうちに、やがてその観察した事実を空想の世界にもちこみ、それらの事実を、長年彼の心にとりついて離れなかった大洪水による破壊という考えに結びつけはじめた。ここでたった一度だけだが、彼は同時代の人々の気持に心を動かされたらしい。というのは、一五世紀の末には、洪水による世界の破滅を予言するさまざまの文書が世に出ていたからで、これらの予言は、宗教改革にともなうさまざまな終末論の一部をなすもので、教会はこれを非難したが、教会の反対にもかかわらず、一般大衆の心を強くとらえた。多くの人々がこの大災害にそなえて家を売り、山に逃がれ、その結果ドイツでは、人っ子ひとりいなくなった村もあったという。俗間の迷信にしばしば軽侮の念を表明したレオナルドが大洪水の予言にこだわったのは意味深長で、実はこの予言は彼の最も深い信念と一致していた。すなわち彼は、自然の破壊力とは薄くて弱いダムでせきとめた大量の水のようなもので、ダムはいまにも決潰して、われこそは万物の霊長なりと威張っているうぬぼれた人間どもを押し流してしまうかもしれないと考えていたのである。」





こちらもご参照ください:

『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上』 杉浦明平 訳 (岩波文庫)
ジュール・ヴェルヌ 『海底二万里』 荒川浩充 訳 (創元推理文庫)

























































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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