石鍋真澄 『聖母の都市シエナ ― 中世イタリアの都市国家と美術』

石鍋真澄 
『聖母の都市シエナ
― 中世イタリアの
都市国家と美術』


吉川弘文館
昭和63年4月1日 初版印刷
昭和63年4月10日 初版発行
269p 口絵(カラー)6p 
まえがき・目次11p 索引iii
A5判 丸背バクラム装上製本 カバー
定価3,800円
カバー: アンブロジオ・ロレンツェッティ 善き政府の効果



本文中図版(モノクロ)127点。


石鍋真澄 聖母の都市シエナ 01


カバーそで文:

「時代によって、美術は異なった社会的役割を果たし、異なった社会的意味をもっていた。それゆえ、ある時代の美術を真に理解するためには、それを生み出した時代背景を考察する必要がある。
 日本でもはやくから愛好されている後期中世のイタリア美術、つまりジョットやシモーネ・マルティーニの時代の美術は、コムーネと呼ばれた都市国家の枠組みの中で開花したものであった。こうした美術と都市国家との関係を見るのに、中部イタリアの古都シエナほどふさわしい例はない。「中世都市の女王」ともいうべきシエナは、中世においてはあらゆる意味で典型的な都市国家であった。しかも、いわゆる「シエナ派絵画」を頂点とする、すぐれた造形美術文化を発達させた。くわえて、16世紀以降衰微したために、それら中世の遺産がほとんど無傷のまま伝えられているからである。
 本書は、まず十三世紀末から十四世紀前半のシエナの都市国家体制とその市民たちの姿を生き生きと語り、つづいてシエナの市民たちがいかにして都市を整備し、大聖堂や市庁舎を建設したかを詳説する。そして最後に、ドゥッチョ、シモーネ・マルティーニ、アンブロジオ・ロレンツェッティというシエナの生んだ三人の偉大な画家とその作品を、社会との関連において考察する。
 本書を一読すれば、中世美術を宗教美術という一言で片付けたり、中世の美術家は教会のいうなりに仕事をした職人であった、といった俗説がいかに浅薄で誤った理解であるかが分かるであろう。そしてシエナをはじめとするイタリアの諸都市や、中世美術が、より生き生きしたものに見えてくるに違いない。」



目次:

まえがき

第一部 都市国家
 第一章 モンタペルティの戦い
 第二章 「ノーヴェ」体制
 第三章 市民たち
第二部 都市建設
 第四章 城壁・道路・フォンテ
 第五章 大聖堂
 第六章 市庁舎とカンポ広場
第三部 美術作品
 第七章 マエスタ(荘厳の聖母)
 第八章 正義を愛せ
 第九章 ブオン・ゴヴェルノ(善き政府)
エピローグ

参考文献
シエナ周辺地図
シエナ市域地図
十八世紀初めのシエナの地図
シエナを見学する人のために
あとがき
索引



石鍋真澄 聖母の都市シエナ 02



◆本書より◆


第一章「モンタペルティの戦い」より:

「地獄の奥底でダンテは、(中略)シエナ人の無軌道な放蕩ぶりを告発している。だが、シエナの人々に向けられたこの悪口(あっこう)は、ダンテの個人的感情の表白ではない。それはむしろ、フィレンツェの市民なら誰でもが抱いていた共通の憎悪、たびかさなる抗争によってつちかわれた伝統的な敵意の表現にほかならない。
 ダンテが『神曲』を書いた十四世紀のはじめには、フィレンツェとシエナの抗争は一段落していた。けれども、十三世紀の熾烈な戦いの歴史は忘れられてはいなかった。とりわけ、一二六〇年の有名なモンタペルティの戦いにおける屈辱的な敗北の記憶は、誇り高いフィレンツェ市民の脳裏から容易に消え去らなかった。」
「このダンテの時代、つまり大小の都市国家(コムーネ)が拮抗しあった中世後期のイタリアは、(中略)多数の都市国家(ポリス)が抗争しあった古典期(前六―前四世紀)のギリシアと類似していた。その古典期ギリシアの哲学者アリストテレスが、『政治学』において、人間を「ポリス的動物」と定義したのはよく知られている。これにならうならば、中世イタリアの人々は「コムーネ的動物」だったということができる。」
「シエナに対する態度からも分かるように、ダンテもまた激しい愛国の情をうちに秘めた「コムーネ的動物」であった。黒党と白党の政争で国をおわれ、死刑を宣告された彼は、二十年にもわたる亡命生活を余儀なくされたが、「コムーネ的動物」にとって、祖国を追放されるのはいかにもつらいことだった。」

「こうしてシエナ史のかがやかしい一ページは終わるが、シエナの人々は戦いにさきだって市を聖母に捧げたことを忘れず、勝利を聖母の加護のお陰と考えた。だから戦いの後に新しい銀貨が鋳造されたとき、従来の銘「セーナ・ウェトゥス(古きシエナ)」に、彼らはこうつけくわえた。「キウィタス・ウィルギニス(聖母の都市)」と。」



第七章「マエスタ(荘厳の聖母)」より:

「フィレンツェとシエナは、直線距離にしたらわずか五〇キロしか離れていないにもかかわらず、市民たちはまったく性格を異にする。「辛辣な舌と鋭い眼」をもつといわれたフィレンツェ人は、個性が強く、知的で合理精神にとみ、思索へと向かう傾向が強く、ときに冷淡だという印象を与える。一方、(中略)シエナの人々は人一倍郷土愛が強く、感覚的、情緒的で、ときに激しやすく、宗教的、神秘的感情をうちに秘めている。」
「このような市民たちの性格の違いは、当然のことながら美術にも現れている。ジョットからブルネッレスキ、そしてレオナルド、ミケランジェロと、フィレンツェの美術家たちはモニュメンタルな形態と合理的空間、そして英雄的な精神性を探求し、まことに知的であった。これに対して、シエナのドゥッチョやシモーネ・マルティーニ、そしてサセッタなどは、華麗であると同時に抒情的な美しさ、優しい人間性、そして神秘に動かされる繊細な信仰心を表現した独特な作品を残した。」



第八章「正義を愛せ」より:

「実際、中世や初期ルネッサンスの美術家たちはさまざまな仕事にたずさわった。(中略)たとえば、(中略)マザッチョはローソク立ての鍍金の仕事を請け負い、ピエロ・デッラ・フランチェスカは旗幟に絵を描き、ボッティチェッリはカッソーネ、つまり当時の重要な婚礼家具であった長持ち(中略)の装飾画を描いた。」
「このような美術家の多様な仕事内容は、十五世紀後半に活躍したフィレンツェの画家ネーリ・ディ・ビッチの『リコルダンツェ(覚え帳)』からもうかがうことができる。つまり、祭壇画や家庭用の小祭壇画(コルモ)、およびフレスコ画をはじめ、彫刻の彩色や金箔装飾、旗幟や祭壇飾り(パリオット)などの布画、古画の修復、聖ヨハネの祝祭に使われた舞台装置の製作など、彼の工房が手がけた仕事はまことに多岐にわたるのである。」
「いってみれば、中世やルネッサンスの人々は美術を消費していたのである。(中略)また、多くの画家や彫刻家、金工家らが工房を開いていたフィレンツェやシエナでは、美術は重要な産業でもあり、美術作品は当然、商品であった。」
「では実際、この時期のフィレンツェやシエナにはどのくらいの美術家がいたのであろうか。シエナの郷土史家リジーニは、十四世紀にシエナで活動した画家のリストを作成したが、そこには二三〇人以上の名があげられている。人口五万にもみたない都市としてはいかにも多い数である。一方、十五世紀後半のフィレンツェでは一〇〇人前後の画家が活動し、そのほかに写本挿絵画家四五人、木工家八四人、石工五四人、金箔師三九人、金工家五四人が工房を開いていたといわれる。当時肉屋が七四軒だったことを考えると、これらの美術家たちの数は驚異的というほかない。
 こうした事実からリジーニは、美術史家が現存作品の多くをごく一握りの大家の作品と鑑定していることに疑問を投げかけている。そもそも現存している作品からして、実際に制作された中のほんのわずかなのである。」



第九章「ブオン・ゴヴェルノ(善き政府)」より:

「コムーネという美術の新しいパトロンの登場は、(中略)それまでにはなかった世俗的なテーマをいくつか生み出した。たとえば世俗的寓意画がそうであり、あるいは特定の都市や土地をあらわした絵、そして戦争の図、それから市の高官の肖像などもその例である。(中略)しかしながら、こうした世俗的絵画には多かれ少なかれ市政府の宣伝という政治的意味があったから、政変とともに破壊されることが少なくなかった。したがって、現存する作例はほんのわずかである。」
「このような失われた絵画の一つに、「ピットゥーラ・インファマンテ」、つまり「さらし画」がある。この「さらし画」というのは、謀反人や好ましからざる人物の絵を公の場に描いたもので、十三世紀から北・中部イタリアで制作されるようになり、その後十六世紀に消滅したジャンルである。」
「たとえば、(中略)ヴァザーリの伝えるところによれば、初期ルネッサンスのすぐれたフィレンツェ画家、アンドレア・デル・カスターニョは(中略)謀反人をポデスタの館のファサードに描いて市中の称讃を集め、「縛り首のアンドレア」とあだ名された。また、一四七八年の有名なパッツィ家の乱の首謀者八人をボッティチェッリが描いたことは、記録や文献から確認できる。(中略)こうした「さらし画」は一点として伝わっていない。けれども十六世紀のフィレンツェ画家アンドレア・デル・サルトが描いた、「さらし画」のための一連の見事な準備デッサンが残っており、その質の高さをうかがわせてくれるのである。」





こちらもご参照ください:

チェチリア・ヤンネッラ 『シモーネ・マルティーニ』 石原宏 訳 (イタリア・ルネサンスの巨匠たち)
若桑みどり 『フィレンツェ 世界の都市の物語』 (文春文庫)
フュステル・ド・クーランジュ 『古代都市』 田辺貞之助 訳 (新装復刊)





























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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難破した人々の為に。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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