チェチリア・ヤンネッラ 『ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ』 松原哲哉 訳 (イタリア・ルネサンスの巨匠たち)

チェチリア・ヤンネッラ 
『ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ』 
松原哲哉 訳

イタリア・ルネサンスの巨匠たち 4 シエナを飾る画家

東京書籍
1994年8月29日 第1版第1刷発行
80p
28×21cm 並装 カバー
定価2,000円(本体1,942円)



Cecilia Jannella: DUCCIO DI BUONINSEGNA, 1991 (I grandi maestri dell'arte)
図版111点。


ドゥッチョ 01


カバーそで文:

「ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ(シエナ1255頃―1318/19年)
シエナ派の隆盛に大きく寄与した、ジョットとほぼ同世代の画家で、彼の作品には、シエナ絵画の特徴がみごとに示されている。たとえば、1285年の《ルチェッライのマドンナ》では、人物表現が優美で洗練され、細部描写が精巧かつ緻密で、色彩が非常に豊富である。首をややかしげた優雅な聖母像は、当時たいへんな人気を博し、震えるような複雑な衣服のへりの線描や、半透明の外衣の繊細な表現にも、目をみはるものがある。また1308―11年に制作された板絵の大傑作《荘厳の聖母(マエスタ)》では、ドゥッチョのストーリー・テラーとしての見事な才能が、遺憾なく発揮されている。ビザンティン美術の図像を踏襲しながらも、彼はそこに物語性豊かな要素や、はつらつとした人物像、みずみずしい背景描写を盛り込み、華麗な物語場面を展開している。シモーネ・マルティーニやロレンツェッティ兄弟など、シエナの次世代の画家たちは言うまでもなく、フィレンツェ派にも影響を与え、彼がつくりあげた絵画の伝統は、15世紀のシエナ美術にまで脈々と流れ続けることになる。」



目次:

ドゥッチョの生涯と作品、若干の資料
ドゥッチョ――「チマブーエの弟子、いやチマブーエの創りしもの」
《ルチェッライの聖母》
《ルチェッライの聖母》から《荘厳の聖母》へ
 大聖堂のステンドグラス
 「小さな」聖母像
 ペルージアの聖母
 ロンドンの《三翼祭壇画》
代表作 祭壇画《荘厳の聖母》
 《玉座の聖母子、天使、聖人たち》
 プレデッラ表側《キリスト幼児伝》
 プレデッラ裏側《キリストの公生涯の諸エピソード》
 《キリスト受難伝》
 頭頂部裏側《復活後のキリスト伝》
 頭頂部表側《聖母伝》
晩年

主要文献




◆本書より◆


「ドゥッチョの生涯と作品、若干の資料」より:

「中世の画家について手にすることのできる情報が一般的に乏しいことを考えれば、ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャに関する資料は異例と言えるほどに豊富である。その情報からは(中略)典雅で落ち着いた様式の陰に、不安定で激し易い気質が潜んでいたことを推し量ることもできる。実際、けっして単調とは言えない生涯において、租税や借金・罰金に関する彼についての一連の記録をもとにすれば、彼の性格の輪郭が十分正確に再構成でき、(中略)いかなる種類の命令に対しても反抗的であったその人となりを描き出すことが可能なのである。
 シエナ市(コムーネ)が彼に課した多くの罰金のうち、最初のものは1280年にまでさかのぼる。罪状は言及されていないが、当時の金額で100リラという極めて高額な罰金から、いかに重大な違反であったかが想像できる。(中略)さかんな血気はとどまるところを知らず、1289年にはカピターノ・デル・ポポロ(市民の共同防衛組織である「ポポロ」の軍事隊長。警察権と司法権を有していた)の命令を遵守する宣誓を拒み、1302年にはマレンマの戦いへの参加を拒否するにいたる(中略)。さらに同年12月22日には「カモッリーア地区の魔術審問官のもとに」連行され、魔術に関すると思われる一件で罰金が課せられている。(中略)また、借金の返済不履行により罰金を課せられたことが、記録から明らかとなっており、彼の無秩序な生活ぶりや金銭に対する節度のなさを裏づけている。裁判所からたびたび呼び出しを受けているが、それは彼が公的な権威に対しても楯ついていたことを物語っている。」



ドゥッチョ 02


「ラザロの蘇生」(フォート・ワース、キンベル美術館)。


「〈ラザロの蘇生〉では、画面右下にかなりの「修正」の跡が認められる。もともと墓は山の麓に水平に据えられた石棺で、おそらくラザロはその上に坐っていたのであろう。だが明らかにそのような表現は好ましいものではなかったので、石棺は岩をうがった墓所に変えられた。そのためラザロの蘇生の姿にも変更が加えられ、特異な斜めの姿勢をとることになった。暴かれた墓の前で思わず鼻をおおう人物のしぐさは、きわめてなまなましい表現である。」


ドゥッチョ 03


「アンナスの前のキリストと主を否認するペテロ」(シエナ、大聖堂付属美術館)。


「聖ヨハネが語るように、二つの出来事が同時に、しかし別の場所で起こるが、画中の階段が二つの場所を結びつけるとともに、二つの場面の同時性を示唆している。イエスは大祭司アンナスの前へ引き立てられ、一方、聖ペテロは中庭で侍女から被告の一味であると訴えられている。彼が手をあげているのは否認の身ぶりである。背景は、一階の柱廊のある空間に向かって開く尖頭アーチ形の戸口や小さなバルコニーのゴシック風二連式窓、二階の奥の付柱のある飾り壁、それにいっそう小さな区画からなる格天井など、精彩ある建築細部の描写に富んでいる。」


ドゥッチョ 04


「聖母の葬儀(部分)」と「聖母の埋葬」(シエナ、大聖堂付属美術館)。




こちらもご参照ください:

チェチリア・ヤンネッラ 『シモーネ・マルティーニ』 石原宏 訳 (イタリア・ルネサンスの巨匠たち)
石鍋真澄 『聖母の都市シエナ ― 中世イタリアの都市国家と美術』








































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本