ヴァッケンローダー 『芸術を愛する一修道僧の真情の披瀝』 江川英一 訳 (岩波文庫)

「人間の交際は彼には嫌はしかつた。最もよく所を得たのは陰鬱なひとり居の際であつた。その折彼は本来の自分に帰つて、導かれる所何処へでも、こゝかしこ馳せゆく想念を追ひ求めた。常住、彼は密閉した部屋にひとりこもつて、全く独特な暮し振りをした。彼は常に同じ単調な食事をして暮し、一日中何時でも食べたい時に、自分で食事の支度をした。彼は、自分の部室が掃除されるのは嫌ひであつた。又、庭の果樹や葡萄樹を刈りこむのに反対した。」
(ヴァッケンローダー 「ピエロ・ディ・コシモの奇行に就て」 より)


ヴァッケンローダー 
『芸術を愛する
一修道僧の
真情の披瀝』 
江川英一 訳
 
岩波文庫 赤/32-451-1 

岩波文庫
1939年6月3日 第1刷発行
1988年4月7日 第3刷発行
210p 別丁口絵(モノクロ)1葉
文庫判 並装 
定価400円



Wilhelm Heinrich Wackenroder: Herzensergiessungen eines kunstliebenden Klosterbruders, 1797
旧字・旧かな。
本書の著者名の表記は「ワ゛ッケンローダー」となっていますが、ここでは「ヴァッケンローダー」としました。


ヴァッケンローダー 芸術を愛する一修道僧の真情の披瀝


帯文:

「ドイツ中世芸術とルネサンスの美の発見の中に、信仰と芸術と生活とが一つに育った中世芸術と宗教の美しき融合を説く芸術評論集。」


目次:

この書物の讀者に

ラファエロの幻影
イタリアへの憧憬
當時非常に有名な古い畫家、ロンバルディア派の始祖、フランチェスコ・フランチァの注目すべき死
弟子とラファエロ
フィレンツェ派の年少の畫家、アントニオが、ローマに在る友、ヤコボに宛てた手紙
フィレンツェ派の有名な祖先、レオナルド・ダ・ヴィンチの生に示された、天賦あり、その上深い學識ある畫家の典型
二つの繪の敍述
藝術に於ける、普遍性、寛容、人類愛に就ての若干の言葉
藝術を愛する一修道僧による、我等の畏敬すべき祖先、アルブレヒト・デューラーへの追慕
二つの不可思議な言語とその神秘な力に就て
フィレンツェ派から出た古い畫家、ピエロ・ディ・コシモの奇行に就て
地上の偉大な藝術家の作品は、本来、どのやうにして觀察され、又己が魂の福祉に用ひられねばならないか
ミケランジェロ・ブオナロティの偉大さ
ローマ在の若いドイツ畫家が、ニュルンベルグの友に宛てた手紙
畫家の肖像
畫家の記録
音樂家、ヨゼフ・ベルグリンゲルの注目すべき音樂生活

解説




◆本書より◆


「この書物の讀者に」より:

「僧院生活の靜寂な境涯で、今でも時々おぼろげに遙かな世界を囘想するのだが、この境涯で漸次、次のやうな文章が出來上つた。私は、少年の頃、藝術を並々ならず愛してゐた。しかもこの愛は、忠實な友のやうに、今この年になるまで私に伴つてゐる。私は、自分でも氣づかずに、胸奧から切に促されて、私の想ひ出を書き下した。親愛な讀者よ、それを君は寛大な目で觀てくれなければならない。この想ひ出は現代風に書き上げられてはゐない。それは私の力に及ばぬし、その上全く率直に言ふべきなら、それが又好きになれないから。」


「ラファエロの幻影」より:

「しかし私は上に指摘した似而非賢人の蒙を啓きたい。彼等は子弟達の若々しいこゝろを顧みない。といふのは神的なものに就て、恰もそれが人間的なものであるかのやうに、至極奔放に又輕薄に云ひきられた意見を彼等に教へ込む。又それによつて、藝術の最も偉大な巨匠達が――私はそれを明らさまに言つてよい――神的な靈感によつてのみ獲得したものを、自ら大膽に把握することができるかのやうな迷妄を彼等のこゝろに植ゑつける。
 藝術家の夥しい逸話が記録され、常に繰返し物語られた。彼等の夥しい重要な格言が保存せられ、絶えず反覆された。しかもこの逸話や格言に耳傾けられはするが、たゞうはつつらな驚歎の念が抱かれるだけで、このあらたかな證しから暗示される藝術の最も神聖な内奧を、誰一人豫感するに至らなかつたといふことがどうしてできたのか。他の自然に於てのやうに、藝術に於ても亦、神の攝理の痕跡を認めるに至らなかつたといふことがどうしてできたらう。」



「藝術に於ける、普遍性、寛容、人類愛に就ての若干の言葉」より:

「美、至つて不可思議な言葉! 個々のどの藝術感情に對しても、個々のどの藝術作品に對しても、先づ新たな言語を見出しなさい。どんな藝術感情や藝術作品にも、めいめい違つた色合がつく、そしてその何れに對しても、人間の身體の組織に、めいめい違つた神經が作られてゐる。
 しかしお前達はこの美といふ言語から、悟性の技巧によつて嚴密な體系を考案して、すべての人間に、お前達の規則通り感じるやうに強ひようとする。――そして自分は何も感じないのである。
 一つの體系を信じる人は、あまねくひろい愛を自分の心から追ひやつた! 感情の偏狹さは、悟性の偏狹さよりまだしも我慢できる。――迷信は體系の信仰より一層ましである。――」



「ピエロ・ディ・コシモの奇行に就て」より:

「自然は、彼の内部を、絶えず醗酵する幻想で滿し、彼の精神を、重い鬱陶しい雨雲で覆うてゐたので、彼のこゝろは絶えず不安な營みをつゞけ、一度も簡素な晴々した美の鏡に映されることもなく、とりとめのない幻影の中を駈けめぐつてゐた。彼に關するすべては異常なものであり、並外れたものであつた。」
「ピエロ・ディ・コシモは既に少年の頃、溌剌な常にきびきびした精神と、あり餘る想像力を懷き、それによつて、早くから學友に抽んでてゐた。彼の魂は、一つの考へとか、一つの心像にじつと安らふ事を決して喜ばなかつた。常に一群の見慣れぬ奇異な觀念が彼の頭腦を貫いて、彼を現在から引きさらつた。彼が坐して製作に從事し、その折同時に、何かを話すか、論ずるかした時幾度も、常にひとり自分だけでかけ廻る彼の幻想が、氣附かぬ内に、彼を非常にはるかな高みへ奪ひ去つたので、彼は突然云ひ淀み、現在の事物の聯關が彼の眼前でもつれた。そこで再び繰返し話をやり直さねばならなかつた。人間の交際は彼には嫌はしかつた。最もよく所を得たのは陰鬱なひとり居の際であつた。その折彼は本來の自分に歸つて、導かれる所何處へでも、こゝかしこ馳せゆく想念を追ひ求めた。常住、彼は密閉した部屋にひとりこもつて、全く獨特な暮し振りをした。彼は常に同じ單調な食事をして暮し、一日中何時でも食べたい時に、自分で食事の支度をした。彼は、自分の部室が掃除されるのは嫌ひであつた。又、庭の果樹や葡萄樹を刈りこむのに反對した。何故なら、彼は至る處、手を入れぬありふれた淸められない自然を見たく思つたから。そして他の人々の嫌ふ事を喜んだから。かうして彼は、物理的自然のすべての異形なものを、すべての奇怪な動物や植物に、永い間心を留めて見る事に、ひそかな魅惑を感じた。彼はじつと注意してそれらを見据ゑて、その醜惡を十分に味つた。彼はその姿を後に絶えず心裡に繰りかへし思ひ浮べた。そして最後には、嫌はしくなつたけれども、それを頭から追ひやる事はできなかつた。このやうな異形なものを、彼は漸次この上なく根氣の強い熱心さで描き集めておいて一冊の本とした。又屡〃彼は、古いしみのついた色とりどりの城壁とか、空の雲とかに、じつと目を注いだ。そして彼の想念は、すべてこのやうな自然の戲れから、荒々しい馬上の戰ひや、異樣な町々のある廣大な山地の風土についての、色々の傳奇的な觀念を把握したのである。――彼が非常な喜びを感じたのは、屋根屋根から舗道へざあざあ流れ落ちる、本當にはげしい土砂ぶりの雨に對してであつた。――ところが一方、彼は子供のやうに雷を恐れ、雷雨が天で荒れ狂つた時、彼の外套に小さくなつてくるまり、窓を閉め、驟雨が通り過ぎる迄、家の一隅に匍ひ込んでゐた。殆ど彼を半狂人にしたのは、幼兒の泣き聲や、鐘の音や、僧院の歌聲であつた。――彼が話をする際は、雜駁で常規を逸してゐた。それのみか、時々彼は全く素晴しくおどけた事を言つたので、それを聞いた人々はどつと笑はないわけにはゆかなかつた。とも角そんな具合であつたので、當時の人々から、彼はこの上なく頭の亂れた、殆ど正氣を失つた人だと云ひ觸らされたほどであつた。
 釜の中の沸き立つ湯水のやうに、絶えず沸騰し、泡立ち、蒸昇する彼の精神は、謝肉祭(カーニバル)の時、フィレンツェで行はれた假裝や、思ひ思ひの行列で、色々の新たな奇異な考案をして認められる全く特別な機會を得たのだが、それでこの祭禮は、彼によつて初めて本當に、これ迄には決してなかつたものとなつたのである。しかし、彼が指圖したすべての並外れた、非常に讃歎を受けた祭の行列の中で、一つの行列が特別に比類なく優れてゐたので、我々はそれに就ての簡單な物語をこゝに述べてみたい。その準備は人知れぬ樣とり行はれた、從つてフィレンツェの全市民は、それによつて、この上なく驚かされ、深い感動を與へられたのである。
 といふのは、當夜、有頂天の喜びに醉ひ痴れた民衆は、歡呼して町の街路をあちこち浮かれ歩いたのだが――群集は突然驚いて散りぢりになり、あわてふためいて振り返つた。夕闇の中を、重々しくゆるゆると四匹の黑い水牛で引かれ、骸骨と白い十字架で裝はれた、黑い巨大な車が近づいてきた。――そして車の上には、甚しく大きな死の勝利者の姿が、恐ろしい大鎌の武器を携へて、意氣揚々と歩み、車上、その足許には、本當の棺が散らかつてゐた。しかし、遲々とした行列は止つた――かと思ふと、奇異な角笛の不氣味な震音、その恐ろしい物凄い音調は、骨の髓や身の隅々を戰かしたのであるが、それにつれて――はるか彼方の炬火の魔力的な光の反映で、――その際、群れ集ふ人々はすべて、人知れぬ恐怖に襲はれたのだが、――ひとりでに開く棺の中から、緩々と、身體半分だけの白い骸骨が立ち現はれ、棺に腰を下して、陰鬱なしはがれた唄で大氣を滿し、その唄は角笛の音に融け合つて、血を血管に凝固させた。骸骨は、その歌の中で、死の恐怖すべきことを唄ひ、今元氣でそれを見てゐる人々も皆、やがて又、そのやうな骸骨になるだらうと唄つた。車の周圍や車の後には、死者の頭蓋骨のやうな假面を頭につけ、黑衣で覆はれ、白骨と白い十字架の繪で際だてられ、やせた馬に乘つた、夥しいもつれあつた死者の一群が犇めき合つてゐた。――又、何れも炬火を持ち、頭蓋骨や四肢の骨や白い十字架の繪で際だつた一竿の途方もなく大きな黑い旗をもつた、四人の別な黑衣の騎士のお供を連れてゐた。――車からも大きな黑い十竿の旗が垂れてゐた。――そして行列がゆるゆる匍行する間に、死者の全集團は、陰鬱に震へる聲で、ダビデの詩篇を放吟した。
 この意外な死人の行列は、最初非常な驚愕を弘めはしたけれど、フィレンツェの全市民が、この上ない滿足の念でこれを眺めた事は、極めて注目すべき事である。苦しい嫌はしい感覺は、力強く魂につかみ入り、しかとはなさず、いはゞ魂に共感を促がし、快感をそゝる事を餘儀なくさせるのである。そしてこの感覺がその上、ある詩的な感興を以て空想を襲ひ煽る時、こゝろは高い靈感に滿ちた緊張を失はないでゐる事ができる。同時に、このピエロ・ディ・コシモのやうな秀でた精神には、神に仍つて不可思議な神秘な力が植ゑつけられ、この力の企てる珍しい異常な事柄で、人々の心を、凡庸な大衆の心をすらも、奪ひ去るやうに思はれると、尚又私は云ひたいのだ。――
 ピエロは、たとひ、彼のじつとしてゐない陰鬱な空想によつて、絶えず飜弄され、驅りたてられ、疲らされたけれども、天運に惠まれて長壽を全うした。それのみか、八十近くなつて、彼の精神はいやさらに激しい幻想によつて驅りたてられた。彼は甚しい肉體の衰弱と、老齢に伴ふすべての苦しみに惱んだが、それでも常に自分ひとり苦しんだだけで、すべての伴侶や慈悲深い扶助をはげしく拒絶した。そんな時でも、まだ仕事をしようと思つたができなかつた。彼の兩手はきかなくなつて絶えず震へてゐたから。(中略)彼は影と爭つたり、蠅に對して立腹したりした。彼は、自分に死期が迫つてゐる事をあくまで信じようとしなかつた。彼は慢性の病ひが、千々の苦惱で肉體を次第にすつかり蝕んでいつて、その末、血の滴が次々に涸れてゆくのは、何と慘めなものであるかといふ事を、色々と話した。彼は醫者や藥屋や看護人を罵り、一般に食事や睡眠が許されない時、自分の遺言状を作らねばならぬ時、寢床のまはりで親戚のものが泣いてゐるのを見る時は、どんなに恐ろしいことであるかを書き記した。之に反して、絞首臺でたゞの一撃でこの世を去る人は幸福だと褒め上げた。そして非常に多くの人々の前で、又僧侶の慰安や祈禱と、幾千の人々の執り成しの下に、樂園の天使達の許へ登つてゆくのは、どんなに結構な事であらうと褒め讃へた。このやうな考へに彼は絶えず耽つてゐた。――が畢にある朝、全く思ひがけなく、彼が自宅の階段の下に冷くなつてゐるのが見出された。――
 これがこの畫家の精神の一風變つた特色である。それを私は、ジオルジオ・ヴァザーリの書に書いてある通り、忠實に物語つたのである。畫家としての彼に就ては、同じ著者が、彼について次のやうに我々に報告してゐる。彼は、最も好んで、躁しい酒宴や、亂痴氣騷ぎや、恐ろしい怪物、でなければ、ある恐ろしい心象を描いた。しかも繪を描く時の極めて難澁な執拗な勤勉に對して、彼を褒めてゐる。もとより同じ著者ヴァザーリは他の同樣に憂鬱な一人の畫家の傳記で、このやうな深奧な又憂鬱な人々は、製作の上での特別な根氣強い忍耐と精励によつて、屡〃衆に秀でるのが常であつた、といふ考へを述べてゐるのだが。」



「音樂家、ヨゼフ・ベルグリンゲルの注目すべき音樂生活」より:

「彼の魂は、たとへば、鳥に啄まれたその種子が廢墟の石垣に落されて、堅い石の間からなよやかに芽生えたかよわい若木に似てゐた。彼はいつも獨りぼつちで淋しく暮し、たゞ胸裡に樣々な空想を描いて樂しんでゐた。それで、父も彼をば少しつむじ曲りの、内氣な子だと思つてゐた。父や姉妹を彼は心から愛しはした。しかし彼は自分の内心を何よりも大切にして他人には秘めて打明けなかつた。恰も、寶石の小箱を人知れぬ樣に匿しておいて、その鍵を誰の手にも渡さないかのやうに。」
「彼のこの上ない喜びは、幼時から、音樂(引用者注: 「音樂」に傍点)にそゝがれてゐた。」
「――さて第一音調が打沈んだしゞまから、力強くゆるやかに搖曳して空を吹き渡る風の音のやうに不意に起り、音調の全威力が彼の頭上にゆらめいてきた時、――恰も突然彼の魂に大きな翼が擴がり、身は乾からびた荒野から高められ、鈍(にび)色の雲のとばりが人の目の前で消え去り、明るい天に浮び上るかのやうな氣がした。さうして彼は靜かに身じろぎもしないで、床上をじつとみつめてゐた。現在は彼の前で沈んでいつた。彼の胸奧は、魂の光澤を覆う眞實の塵であるすべての地上の些事から、洗ひ淸められた。音樂は微妙な戰慄で彼の神經に沁み渡り、それが移り變るにつれて、多樣な映像が彼の前に立ち現はれた。」
「音樂が終つて教會から出た時、彼には自分が一層純粹に又一層高貴になつたと思はれた事は疑ひを容れぬ。」
「お前は生涯絶えずこの素晴しい詩的陶醉に浸つてゐなければならぬ、そしてお前の全生涯は一つ(引用者注: 「一つ」に傍点)の音樂であらねばならぬ、と彼は思つた。
 しかしそれから、親戚の許へ晝食に歸り、平素の愉しい、又冗談まじりの會食の席で美味を感じた時、――その時彼は、あまりに早く再び散文的な生活にひき下されて、彼の陶醉が輝く雲のやうに消えて了つたのが不滿であつた。
 彼の天賦の靈的陶醉(エテーリッシャア エントウジアスムス)と、あらゆるものを日々彼の狂熱から無理強ひに引きずり下す誰も彼もの生活へ世俗的な關心との、このいたいたしい乖離は、彼を生涯苦しめたのである。――」
「音樂の多くの樂節は、彼には、至極明瞭であり、又心に沁み入つたので、音調(引用者注: 「音調」に傍点)は彼には言葉(引用者注: 「言葉」に傍点)であるかのやうに思はれた。いつか他の時に、再び音調は、喜悦と悲哀との不可思議な錯綜を彼の心に與へたので、彼は微笑(ほゝゑ)みたくもあり、啜り泣きたくもあつた。」
「彼の激しい音樂への愛はひと知れず愈〃高まつた。二三週間、音調を耳にすることがなければ、彼の心は本當に病み呆けた。自分の感情がしはみ枯渇したのに氣附いた。彼の内心には空洞ができた。そこで彼は、再び音調によつて鼓舞されたいといふ切實な渇望を懷いた。」
「次第に彼は、今や全く、本當に立派な音樂家になる爲に、神が自分をこの世へ送られたのだ、といふ確信を持つやうになつた。」

「數年經つて、彼が僧正の居住地で樂長となつて花々しい榮光の中に暮した次第を述べよう。彼を非常に厚くもてなした伯父は、彼の幸福の創造者となつて、音樂藝術の最も根本的な教育を彼に授けさせた。(中略)ヨゼフは生々潑剌とした熱心さで向上していつた末、畢に彼がかりにも願ふことのできた幸福の絶頂に達した。
 しかし世の中の事柄は、我々の見てゐる間に變つてゆく。彼はある時、(中略)次のやうな手紙を、私の許へ寄越した。

 『大兄』
 『私が過したのは不幸な生活です。――兄が私を慰めて下さらうとされゝばされる程、私はそれを一層苦しく感じます。』――」
「年少の頃、私は地上の苦難を逃れようと思ひました。そして今こそ、本當に泥濘の中に陷つたのです。おそらく殘念な事に違ひありません。我々の精神の翼のすべての努力を以てしても、地上の營みを逃れることはできません。地は無理矢理に我々を引戻します。そして、我々は再び最も卑俗な人群(ひとむれ)の中に落込むのです。」
「私は非常に不純な雰圍氣の中で暮してゐます。あの頃は今よりもどんなにはるか理想的に生きたことでせう。無邪氣な少年の頃、靜謐な孤獨に住ひして、藝術をまだ純粹に享受してゐた(引用者注: 「享受してゐた」に傍点)頃は。俗世間の最も眩(まぶ)しい光彩の中で、絹の着物、星形の勲章や十字架、教養あり趣味の豐かな人々ばかりにとり捲かれて藝術に携はつてゐる今よりも!――私はどうしたいのか。――私はこの文化をすべて見捨て、スイスの素朴な牧者を訪ねて山地へ遁走して、(中略)アルプスの唄を、彼にあはせて彈かうと思ふのです。」

「彼は、周圍の非常に多くの不調和な心の人々の群の中にゐて、寂しい孤獨な思ひがした。――彼の藝術は、彼の知る限り、唯一人の人にも生々した印象を與へないといふ事で、深く貶しめられた。(中略)彼は全く捨鉢になつて考へた。『すぐれて微妙な不可思議な藝術とは何であらう! それは一體、私獨りにとつてだけそれ程神秘な力を持つのか。すべて他の人々にとつては、官能の慰みや快い退屈凌ぎにすぎないのか。(中略)』
 かう考へついた時、彼は、(中略)藝術家は、たゞ自分ひとりの爲、己が獨自な心の高揚の爲に、又は彼を理解する一人か二三の人々の爲にのみ、藝術家でなければならぬ、といふ事に思ひ至つた。」





こちらもご参照ください:

高橋巌+荒俣宏 『神秘学オデッセイ』 (新装版)
エルヴィン・パノフスキー 『新装版 イコノロジー研究』 浅野・阿天坊・塚田・永澤・福部 訳
Dennis Geronimus 『Piero di Cosimo : Visions Beautiful and Strange』
C. Whistler and D. Bomford 『The Forest Fire by Piero di Cosimo』
















































































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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