アンドリュー・マーティンデイル 『中世の芸術家たち』 中森義宗・安部素子 共訳

アンドリュー・マーティンデイル 
『中世の芸術家たち』 
中森義宗・安部素子 共訳


思索社
昭和54年6月10日 印刷
昭和54年6月25日 発行
194p
四六判 角背紙装上製本 カバー
定価1,800円



Andrew Martindale: The Rise of the Artist - In the Middle Ages and Early Renaissance, 1972

本書はかつて澁澤龍彦が書評で褒めていたのでよんでみました。
本文中図版(モノクロ)70点。その他図版(モノクロ)3点。


マーティンデイル 中世の芸術家たち 01


目次:

第一章 都市の芸術家
第二章 宮廷の芸術家
第三章 修道院の芸術家
第四章 建築家
第五章 芸術家とルネサンス
第六章 補遺

文献解題

水星の下に生まれて (中森義宗)
訳者あとがき (中森義宗)



マーティンデイル 中世の芸術家たち 02



◆本書より◆


「第一章」より:

「のちに「大芸術家」をおおってしまうことになるあの神秘的雰囲気も、一五世紀以前には、まだその片鱗すら現われてはいない。当時、優れた芸術家とは、まず確実なところ、ある特定の業(わざ)に秀でた職人と見なされていた。したがって、中世社会に占めた芸術家の地位を探るにあたっては、まず次のような見方から出発しなければならない。芸術家は第一に、おそらくはいずれかの活気にあふれる国際的な都市に働く職人であった。そうした都市では、いかなる職人といえども、種々雑多な職業にたずさわる他の多くの住民に伍して、生計をたててゆかねばならなかった。」


「第二章」より:

「宮廷芸術家に要求される仕事が、単調なものであったのもむりからぬことである。宮殿内の装飾は、たとえ時に大規模な歴史絵画が云々されることもあったにしても、多くは決ったパターンの繰り返しから成っていた。(中略)宮廷における芸術家の地位を概観するというこの作業を終えるに当たり、さらに奇妙な任命のことについて一つ、多少触れておかねばならない。(中略)それはエダン城でのことであった。エダン城は一四世紀、アルトワの伯爵家の所有に帰していたが、同世紀末にブルゴーニュ公爵家の手に渡ったものであった。そして、その任命とは「遊戯機械仕掛けおよび画師の長(おさ)」というものであった。アルトワの伯爵家は、客の気晴しと伯爵家内の娯楽のため、エダン城内に機械仕掛けの部屋(ギャラリー)をつくっていた。(中略)これらの仕掛けのほとんどは、運悪く仕掛けに触れてみるよう勧められた者に、さまざまな趣向で不快な思いをさせるしくみになっていた。その結果生じる「慰み」の多くが、どたばた式ユーモアにつきものの、水の噴射に粉(あるいはすす)袋という、お定まりの二つの手によっていた。」
「機械仕掛けの部屋は端から端まで全体に水を噴射するようになっていて、そのためにそれが作動すると、部屋にいるものは例外なくずぶぬれになる他ないという、大仕掛けな装置があった。(中略)天井の上には、まるで空から雨が降るように水を降らせ、また雷や雪や(中略)稲妻を起こす装置があった。床にはある場所に陥穽があって、「雨」を避けようとすると、その陥穽に仕掛けられた大きな袋の中に落ち込み、羽毛で息の詰まる思いをさせられるのである。機械仕掛けの部屋のいたる所にあるさまざまな彫像は、それを見る者に予告もなく水を噴きかけた。」



「第六章」より:

「中世芸術には中世の生活状況が充分反映されていると期待するのは、おそらく誤りである。二〇世紀の暮しや労働状況に重きをおいている絵画など、少なくとも私にいわせれば、退屈きわまるものであり、中世に関しては、同じような退屈を求めないのが思いやりというものであろう。しかし、これが問題の真の核心ではない。芸術はそれが生み出された時代を反映しているといういい方こそ、自明の理としてまかり通っていながら、その実、もっとも腹立たしくも不正確な類のものなのである。いずれにせよ、それが普通意味するのは、いかなる形にせよ人は、その時代についてもっている先入観を、美術の中に読みこもうとするということである。だが、芸術作品はどれも、特定の状況下で特定の個人によって生み出された、世に一つしかない創造物なのである。完璧な芸術作品は、知れば知るほどいっそう個人的色彩が強くなるものであるということを否定する美術史家は、まずいないといってよいであろう。そのような芸術作品をたんなる時代の産物にしてしまうとも見えかねない全体的特徴づけは、以前ほど口にされなくなり、各自の個性を表わしている特色の方が、より多く語られるようになっている。加うるに、人間というものはほとんど無限に多様である以上、どの時代についても、ただ類似にとどまらず、それにほぼ匹敵するほどの相違のかずかずを引き出すことができよう。」


「水星の下に生まれて」(中森義宗)より:

「孤独と秘密は、この時代の芸術家たちに押された刻印となった。ミケランジェロは《ダヴィデ》の制作に塀をめぐらし、システィーナ礼拝堂の天井装飾中に教皇が近ずくのもさまたげようとした。ティントレットはアトリエに同業者の闖入を許さなかった。彫刻家ルスティチは作品の完成まで誰にも見せなかった。この孤独のうちに制作する態度は、(中略)余計なことに心乱されることなく仕事に専念したかったからである。そこには明らかに高度に発達した個人主義、個性の主張が認められる。それが他人には利己主義、我ままに見えたのであり、従来考えられなかったような芸術家像の誕生の証左となったのである。四世紀初めの芸術評論家カルリストラトゥスの「霊感にとらわれたときは、狂気にとりつかれ、狂気にみちて創造力を発揮する」という説は、そのまま「狂気(パッツィア)」の人であることを自白するミケランジェロに生きている。それは動揺つねならぬ感情と人と協調しがたい挙措の持主であることの自認に外ならない。十五世紀末『ポローニャの年記』を著わしたジロラモ・ボルセルリは彫刻家ニッコロ・デッラルカが「一風変わって、たいへん荒っぽい」と評した。ヴァザーリの『美術家列伝』でもこのような変人芸術家の例に事欠かない。ピエロ・ディ・コジモとポントルモはその最たるものといえよう。二人とも人間嫌いで孤独を愛した。(中略)十六世紀末に感情的な宗教画家フェデリコ・バロッチは、憂鬱症で懐疑心が強く自分の作品のできばえをいつまでも疑い、自己をさいなんだ。
 一五八六年出版された『憂鬱論』中で、ティモシ・ブラトイはいう、「研究中は疑い深く、苦悩し、そして慎重である。恐ろしい夢を見がちである。愛情問題では悲しみ、いつも何か恐れており、めったに怒り出すことはないが、いつまでも怒っていて、なだめるのがむずかしい。人をうらやみ、嫉妬心が強く……頭脳と心情がこうであるから、そこから生まれるのは、孤独、悲嘆・落涙……溜息、すすり泣き、号泣であり、元気のない顔はいつもうつむいているし、赤面しがちで、内気そうである。その足どりはのろく、寡黙で投げやりで、明るい所や人の多勢いる所を嫌い、孤独と隠遁を好む。」このメランコリックな人(ホモ・メランコリクス)はまさにルネサンスの個性ゆたかな芸術家像の一特色を示している。
 中世にも個性ゆたかな芸術家が活躍していた、ということは事実である。しかし、中世における社会組織や社会的身分の制約の中で、はたして彼らはそのもてる能力を十分に発揮できたであろうか。ことに十三世紀以来有力になった芸術家たちの組合は、たしかに組合員の対外的勢力を強めたが、一方でその組合規定の遵守を強制した。組合組織が芸術家の創造力の平均化という効果をもったと見る説に対して、個性の自由な発展を妨げたとする説もあるが、ルネサンスの芸術家たちが立ち上がったのは、これら組合支配下の職人制度に反撥したからであったということを反省しなければならない。」










































































































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