『林達夫著作集 4 批評の弁証法』

「日本人が日本人に向かって日本人の優秀性を説いている風景は、よく観ると、何か不健全な、奇怪な、異様な心理風景である。」
(林達夫 「植物園」 より)


『林達夫著作集 4 
批評の弁証法』

久野収 花田清輝 編集

平凡社
1971年3月25日 初版第1刷発行
1975年5月20日 初版第6刷発行
viii 420p 口絵(モノクロ)1葉
四六判 並装(フランス表紙) 貼函
定価1,000円
装丁: 原弘

付録「研究ノート 4」(24p):
林達夫とは何か(丸谷才一)/林達夫氏著作の余白に(多田道太郎)/沈黙と微笑(福田恆存)/学に遊ぶ大隠(高橋英夫)/想いだすまま(野原一夫)/林達夫著『思想の運命』(三木清)/図版(モノクロ)2点



本書「解題」より:

「本第四巻では、著者が、批評をディアレクティークとしてとらえ、創造的批評活動を展開した諸論文を、四章に分けて収録した。」


本書「校訂について」より:

「本著作集の底本には、原則として、評論集に収められたものについては、最初に出版された評論集を用いた。それ以外の論文については、初出の紙誌、書物によった。ただし、本著作集の刊行にあたって、幾つかの論文に、著者自身の手によって、若干の加筆訂正が施された。
 旧かなづかい、旧字体で書かれたものは、新かなづかい、新字体にあらためた。難解な漢字は、あるものは主として現代の慣用に従って、かな、または平易な漢字にあらため、あるものにはルビを付した。固有名詞の表記も、(中略)現代の慣用表記に統一した。」



全六巻。


林達夫著作集


目次 (初出):


デカルトのポリティーク (「文学界」 文藝春秋社 1939年11月号)
方向指示 (「作品」 作品社 1936年9月号)
批評家棄権 (「思想」160号 岩波書店 1935年9月号)
批評の衰退 (「文学界」 文藝春秋社 1954年8月号)
『思想の運命』序 (『思想の運命』 岩波書店 1939年7月)
『思想の運命』あとがき (『思想の運命』 角川書店 1948年2月)
『歴史の暮方』序 (『歴史の暮方』 筑摩書房 1946年9月)
『共産主義的人間』あとがき (『共産主義的人間』 月曜書房 1951年5月)
『反語的精神』あとがき (『反語的精神』 筑摩書房 1954年2月)
『歴史の暮方』新版へのあとがき (『歴史の暮方』 筑摩書房 1968年11月)


父と息子との対話 (「婦人公論」 中央公論社 1938年6月号)
アマチュアの領域 (「趣味園芸」 趣味園芸社 1939年1月号)
庭園の不在地主 (「趣味園芸」 趣味園芸社 1939年2月号)
鶏を飼う (「思想」214号 岩波書店 1940年3月号)
子供の文章 (「東京朝日新聞」 1937年4月14日号)


思想の文学的形態 (「思想」168号 岩波書店 1936年5月号)
主知主義概論 (『二十世紀思想3・主知主義』 河出書房 1938年12月)
ベルグソン的苦行 (「都新聞」 1941年1月10―12日号)
アミエルと革命 (「思想」158号 岩波書店 1935年7月号)
社会主義者アミエル (「帝国大学新聞」 1936年5月4日号)
いわゆる剽窃 (「東京朝日新聞」 1933年1月22―25日号)
再生芸術家は必要 (「東京朝日新聞」 1935年4月26日号)
群盲象撫での図 (「東京朝日新聞」 1935年4月6日号)
他人行儀の座談会 (「東京朝日新聞」 1935年4月10日号)
衣裳哲学としての『日本イデオロギー論』 (「東京朝日新聞」 1935年12月8日号)
『現代哲学辞典』の現代性 (「東京朝日新聞」 1937年5月3日号)
私の植物蒐集 (「実際園芸」 誠文堂新光社 1939年11月号)
編集者の言葉 (「表現」 角川書店 1948年9月号)
ヴォルテール『哲学書簡』あとがき (『哲学書簡』 岩波書店 1951年3月)
若き世代の決意を (「明治大学新聞」 1951年4月5、15日合併号)
新聞について (「文学界」 文藝春秋社 1953年9月号)
大百科事典の時代錯誤  (「図書」79号 岩波書店 1956年4月号)
ヘンルーダ  (「文藝春秋」 文藝春秋社 1958年8月号)
文章について (「文学」 岩波書店 1936年3月号)
旅行者の文学 (「思想」159号 岩波書店 1935年8月号)
諷刺小説の三つの形態 (初出未詳)
『痩松園随筆』 (「東京朝日新聞」 1934年9月22日号)
内田百閒氏の『随筆新雨』 (「東京朝日新聞」 1938年2月7日号)
アメリカ精神を知るために (「岩波月報」30号 岩波書店 1938年7月号)
『ベルツの日記』 (「図書」41号 岩波書店 1939年6月号)
串田孫一さんの『博物誌』 (「日本読書新聞」 1956年11月5日号)
『千一夜物語』 (「季刊明治」 明治大学企画課 1960年6月号)
青年作家の問題 (「東京朝日新聞」 1936年9月8日)
『夜明け前』の本質規定 (「東京朝日新聞」 1936年1月25日号)
島崎藤村 (「文学」 岩波書店 1936年8月号)
鴎外観 (「鴎外研究」臨時号 『鴎外全集』著作篇 第二巻付録 岩波書店 1936年6月)
自己を語らなかった鴎外 (「鴎外研究」1号 『鴎外全集』著作篇 第二巻付録 岩波書店 1936年6月)
鴎外における小説の問題 (「鴎外研究」5号 『鴎外全集』著作篇 第六巻付録 岩波書店 1936年10月)
三木清の魅力 (「婦人公論」 中央公論社 1938年6月号)
三木清の思い出 (「世界」 岩波書店 1946年11月号)
純真な「夢想」の糸 (「週刊読書人」 1961年2月27日号)


随筆文学について (初出未詳)
「科学する心」 (「都新聞」 1931年7月11日号)
哲学者のコミック (「東京朝日新聞」 1935年4月11日号)
予想癖の敗北 (「東京朝日新聞」 1935年12月21日号)
予想の病理 (「東京朝日新聞」 1936年1月3日号)
国際学術会議 (「東京朝日新聞」 1938年3月21日号)
裏返しの外国崇拝 (初出未詳)
「虎の巻」全廃論 (「東京朝日新聞」 1938年4月2日号)
歴史との取引 (「帝国大学新聞」 1939年6月5日号)
映画の花 (「趣味園芸」 趣味園芸社 1939年8月号)
言語の問題 (「東京朝日新聞」 1934年7月15―19日号)
決定版『漱石全集』 (「東京朝日新聞」 1935年12月1日号)
『草野集』の不協和音 (「帝国大学新聞」 1936年10月19日号)
文学史の方法 (「東京朝日新聞」 1936年9月14日号)
作庭記 (初出未詳)
私の家 (「婦人公論」 中央公論社 1938年5月号)
植物園 (「思想」210号 岩波書店 1939年11月号)
国立植物園 (「朝日新聞」 1941年4月10日号)
不埒な昆虫記 (「東京朝日新聞」 1938年6月16日号)
『昆虫記』と『動物記』 (「東京タイムス」 1952年3月19―20日号)
『ファーブル 昆虫と暮らして』まえがき (『ファーブル 昆虫と暮らして』 岩波書店 1956年4月)
ルグロの『ファーブル伝』 (「週刊読書人」 1960年8月1日号)

解説 (花田清輝)
解題 (林達夫著作集編集部)




◆本書より◆


「父と息子との対話」より:

「世の中には見境のない人間がいるものです。そういう人間のやることは無軌道で人の意表に出て、色々面倒なことを惹き起こし勝ちですが、また時として因襲や情実に少しも囚われないために却って常識家以上に物の道理に適ったことをする場合もないではありません。私がいったいにそういう種類の人間が好きなのは、私自身どっちかというとこの無軌道的人間の種族に近いせいかもしれません。」
「親を親と思わず、目上を目上と思わず、(中略)職人を職人と思わず、対等の人間としてそれを取り扱ったために非常に苦々しい経験を重ねました。」



「いわゆる剽窃」より:

「もし(中略)一切の「剽窃」がインチキであり不徳義であるとしてこれを犯罪視せねばならぬとしたなら、今日果たして幾人の学者や文芸家がこの破廉恥罪の汚名を免れるであろうか。」
「私の推測するところでは「剽窃」から身の潔白を説明することのできる文筆の士の数は予想外に少ないのではないかと思う。(中略)私はいわゆる剽窃はわが国において決して二、三の例外的変態的現象ではなくしてむしろそれは一般的正常的現象であるとさえ断言して憚らないものである。
 否、それは単にわが国の今日の現象であるばかりではない。多少とも西洋の学問芸術を聞きかじった者であるなら、古来その独創性を以て鳴っている西洋の大文豪や大学者のうちにさえ、証拠歴然たる剽窃行為を見出すのに少しも困難はしないであろう。」
「フランス浪漫派のちょっと名のある戯曲家にピエール・ルブランという作家がいた。この男は若いときにシラーの『マリー・スチュアート』を断然剽窃して同名の戯曲を書いた男だが、さてその晩年のこと、イタリアの一名女優がパリを訪問した際、一夜その演技を見んとて某劇場に赴いた。その夜の出し物は実にほかならぬイタリア語によるシラーの『マリー・スチュアート』であったのだ。見ているうちに、八十歳の老ルブランは額に手をあてて歯のない口をもぐもぐさせながらつぶやいた。――何だか見憶えがあるぞ!
 耄碌した彼には六十年前の自作のことがなかなか思い出せなかったのだ。いわんやシラーの原作のことなどは完全に忘却していた。やがてのことにやっと自作のことを思いだした。そして叫んだ。
 ――怪しからん! こいつわしの悲劇を剽窃しよったな!
 そして彼はこの「剽窃」の仕方が実になっていないと傍の者にいい放った!」



「新聞について」より:

「原始時代から封建時代へかけての人類社会が世界のいずこにおいても呪術的宗教的世界観に支配されていたことについては、ここで指摘するまでもないでしょう。かくて叙事詩はもと何らかの呪詞だったわけで、われわれが詩と呼び、文芸と呼ぶものは、元来一種の呪文、呪詞にほかならず、また一般に芸術と呼ばれるものも呪術にほかならなかったのであります。こうして呪術からの出発――これが芸術がその後の永い展開のいかなる時代にも身を換え品を換えついてまわるいわばその宿命であるという認識が大切なのであります。
 というのは、文芸において世界文学のバイブルと言われているような偉大な古典的作品――たとえばホメロスの『イーリアス』『オデュッセイア』、ギリシア悲劇、『聖書』『ローランの歌』『トリスタンとイゾルデ』、ダンテの『神曲』、セルバンテスの『ドン・キホーテ』、シェークスピアの戯曲、ゲーテの『ファウスト』等々が例外なく呪術的世界を何かひどく深刻な形で現わしているという点で、ぼくはそれを言うのではありません。ぼくの言うのは芸術そのものの出生に必ずまつわりついているいわば冥暗としての呪術性のことであり、言語芸術家とは呪術的「かたり」の天分を一般の人よりは遙かに多分に身につけて生まれた宿命的な種族に外ならないということです。われわれはいまでも芸術のよろこびは、「かたられる」よろこび、「のせられる」よろこび、「かつがれる」よろこびであることをよく知っています。それだから、言語芸術家には、そのため多少とも言葉や文字に対する呪物崇拝があるとしても、それは少しも笑うべきことではなく、むしろ大目に見てやるべきではないでしょうか。」



「大百科事典の時代錯誤」より:

「ぼくは職業的批評家ではないから、自分の気をそそらないようなものには全然関心を向けられないし、向けようともしない。」


「ヘンルーダ」より:

「戦争前の話になるが、わたくしは一時わが庭の一隅に西洋流の薬草園(ハーブ・ガーデン)を作ろうと思って、せっせとあちこちから薬草の種子を求めて試作していたことがある。ヨーロッパでは、どこの国にも昔気質の旧家や古いしきたりを守っている農家があるが、そうした家々の裏庭に必ず植えられている、昔はやったありふれた薬草のたぐいで、――もっとも薬草とは言い条、今日言う香辛料植物が主で、狭義の薬草は現在では西洋本草とも言うべき、時代おくれの民間療法にわずかに使われている三、四のものが含まれているにすぎなかった。何十種かのうち、その主なるものをあげてみると、ローマういきょう、にわたばこ、チコリー、マヨラナ草、セージ、タイム、はっか、タラゴン、かのこ草、ヘンルーダ、にがよもぎ、ローマ・カミツレ、ラヴェンダー、ローズマリー、等々……。
 植物栽培の歴史や庭園史をひもといた人なら誰でも知っていることだが、今日純観賞用の花卉(かき)であるものが、その昔は殆ど例外なく食用または薬用植物であった。たとえば、ばら、ゆり、すみれ、しゃくやくと言ったもの。妙な話だが、しゃくやくはその種子に厄除けの魔力があると信じられていてそのため作られていたのだし、すみれは一般にサラダ用に栽培されていたのだ。」
「わたくしは西洋文化の動いてやまぬ、絢爛たる上層建築の、その広大無辺な基底に幾千年にもわたって繰り返されている昔かわらぬ民衆の生活文化のことをいろいろ知りたかったので、この植物蒐集も、実はこうした要求にもとづく草花のフォークロアの探求の一つの場合にほかならなかったのである。」



「三木清の魅力」より:

「私の書斎にはレンブラントの描いた『哲学者』と題する小品画の複製が懸かっているが、この絵は私の考えている哲学者というものをそっくり具象化している点で私の手離せぬ作品の一つになっている。窖(あなぐら)の様に薄暗い部屋にはたった一つの円窓があって、その窓際の仕事机の前に、白い顎鬚をはやした球帽を戴いた額の広い老人が心持ち俯(うつむ)き加減に首を垂れ両手を組んでじっと考え込んでいる。これは一つの世界に閉じ籠もった「考える動物」の姿であり、哲学者の沈潜と諦念というものを実によく暗示した絵であるが、しかしまたその画面全体が私の考えている哲学的精神というものを何となく象徴しているような気がして私には好きな絵なのである。つまり、哲学において重要なのは、我々の意識にはっきり映ずるその明確に概念化されている部分のみではなく、それの背景となって、それをいわば浮き出させている「冥暗」の部分でもあるが、哲学における光明に対するこの幽暗の持つ意味がこの絵におけるほどよく仄めかされている作品はないと思う。暗さがない光明は平板な物理的光線にすぎないように、闇を深く湛えている哲学的精神でなければ、決して哲学はその奥行と量感とによって人をほんとうに動かすこともないのである。」


「哲学者のコミック」より:

「古来、喜劇作者が好んで哲学者を笑いものにしたのには幾分根拠があったようだ。笑いは何らかの意味において社会の正道を外れるものに対する社会的矯正だが、不幸にして哲学者は常人の眼には「常軌を逸した人間」として映ずるような宿命的性質を有したからである。世界や人間の謎を釈こうと企てるほどの者が、その思惟熱中のあまりとはいえ日常的実践的生活においてまるで赤ん坊や白痴に近い無能力者であったり、真理のために社会的通念(常識)を平気で踏み躙って顧みなかったり……かかる反社会的疎隔、食違いから生ずるトンチンカンの種々相が「哲学者のコミック」としてアリストファネスやモリエールの抉るところとなったのである。

 今日では、人は誰でも真理の認識が哲学者の「常軌」だということを知っているから、そのために彼が井戸に落ちたとしても、また道を間違えて川を歩いたとしてもそんなことにもはや笑おうとはしない。却って彼が俗人と同じに余りに当り前のことばかりしたりすると、その合社会性を逆に柄にないと笑うくらいである。」



「植物園」より:

「結局、いちばん考えさせられるのは日本人の中にある bêtise humaine (愚昧さ)の問題である。そこを避けて通っているジャーナリズムの上の甘い日本論など、私から見ると、迂遠な自分などよりもなおもっと迂遠なものに考えられる。日本人が日本人に向かって日本人の優秀性を説いている風景は、よく観ると、何か不健全な、奇怪な、異様な心理風景である。」


「ルグロの『ファーブル伝』」より:

「ぼくはその昔、この本を読んで深い感銘を受けた。ファーブルのあの片田舎での七、八十年にわたる豊富な充実した学究生活がほとんど不遇と無名とのおかげであることを識って、「有名へのレジスタンス」を思い立ったものだ。ぼくは「不遇」でなければ、それを人為的に強引に作り出さねばならぬとさえ本気で考えたほど、「光栄のさらし台」に突如として立たされた最晩年の彼の救いのないみじめな姿に打たれたのであった。人をもみくちゃにせずにはおかぬマスコミ狂燥曲というフィナーレで終わるこの孤独な静かな田舎ものの変人の悲喜劇ほど、人の心を動かす光景はないのである。」




こちらもご参照ください:

『林達夫著作集 5 政治のフォークロア』
































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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