『林達夫著作集 3 無神論としての唯物論』

「私は率直にカトリシズムにおいて、その禁欲主義と官能主義との奇怪なしかし見事な結合を愛しております。」
(林達夫 「邪教問答」 より)


『林達夫著作集 3 
無神論としての唯物論』

久野収 花田清輝 編集

平凡社
1971年9月9日 初版第1刷発行
1976年5月20日 初版第5刷発行
iii 351p 口絵(モノクロ)1葉
四六判 並装(フランス表紙) 貼函
定価1,000円
装丁: 原弘

付録「研究ノート 3」(24p):
思想の構図(城塚登)/「転向」研究から市民運動までの間の林達夫像(高畠通敏)/旧制一高の文芸部委員の林達夫君(芹澤光治良)/私の眼に映った林さん(蘆原英了)/現代の「反語的精神」(五木寛之)/図版(モノクロ)4点



本書「解題」より:

「本第三巻では、唯物論を無神論としてとらえた著者が、その無神論に依拠して書いた歴史探究と宗教批判の諸論篇を、三章に分けて収録した。」


本書「校訂について」より:

「本著作集の底本には、原則として、評論集に収められたものについては、最初に出版された評論集を用いた。それ以外の論文については、初出の紙誌、書物によった。ただし、本著作集の刊行にあたって、幾つかの論文に、著者自身の手によって、若干の加筆訂正が施された。
 旧かなづかい、旧字体で書かれたものは、新かなづかい、新字体にあらためた。難解な漢字は、あるものは主として現代の慣用に従って、かな、または平易な漢字にあらため、あるものにはルビを付した。固有名詞の表記も、(中略)現代の慣用表記に統一した。」



全六巻。


林達夫著作集


目次 (初出):


唯物論の歴史 (『哲学講座第三巻哲学の歴史』 筑摩書房 1950年2月)


三つの指輪の話 (「思想」64、65号 岩波書店 1927年2、3月号/『文芸復興』 小山書店 1933年11月)
社会史的思想史 中世 (『岩波講座哲学』 岩波書店 1932年6月、1933年9月)
文芸の社会的基礎 (『岩波講座世界文学第二巻一般史』 岩波書店 1934年6月)


プロレタリア反宗教運動 (「教育科学」第9分冊 岩波書店 1932年6月)
宗教について (「都新聞」 1941年4月13―16日号)
邪教問答 (「婦人公論」 中央公論社 1947年4月号)
モーリアックの『イエス伝』 (「東京朝日新聞」 1937年4月5日号)
反キリスト (「都新聞」 1949年11月8日号)
ブセット『イエス』凡例 (『イエス』 岩波書店 1923年6月)
ブッセ『イエス』凡例 (『イエス』 岩波書店 1932年10月)

解説 (久野収)
解題 (林達夫著作集編集部)




◆本書より◆


「邪教問答」より:

「私の最も好きな書物が『聖書』と、中世の素朴な聖者伝たる『黄金伝説』と、そして聖フランチェスコの『小さき花』だと申し上げたら、あなたは多分びっくりなさるでしょう。かつて戦闘的無神論者と号して反宗教運動の歴史を書いたことのあるこの人間が! と。だが、人間はもともとみな混成的性質のものであります。しばしば物笑いの種になったカール・マルクスの蝙蝠傘と古典趣味、ポール・セザンヌのミサとブルジョア生活、革命の父と呼ばれた人々にしてさえもがそれなのです。」
「私は三十何年間教会の門をくぐったことがありません。私は宗教的雰囲気のまるでない二つの家庭――というのは親の家庭と他人の家庭――に育ったが、それでも十三、四の子供の時分、誰に教えられたわけでもないのに、一時せっぱつまった羽目から宗教に取り縋ろうと必死に努力して熱心に教会に通ったこともあり、(妙な話ですが、同時に禅寺へもしばらく通いました。)また中学の五年生のころあるギリシア正教会の助祭に英語を教えながらその交換に神学の講義をして貰い、ニコライ聖堂の一風変わったミサなどにも出席してみたことがあります。なぜ教会から足が遠退いたかといいますと、私は宗教のオブラートでつつまれた社交などには全く趣味がなく、これを逆にいえば、あの美しい聖堂と美しい音楽と美しい書物を壟断している人々が甚だ気に食わなかったという簡単な理由からです。(中略)審美家とでも愛好者(アマチュア)とでも何とでも名附けていただいて結構です。私のいちばん好きな音楽がグレゴリオ聖歌で、私のいちばん好きな建築がロマネスクやゴシック様式で、私のいちばん好きな書物が……これは既にもう申し上げた通りです。」
「私の仕事机は修道院机(モナステリー・テーブル)だし、横に置かれてある長椅子はゴシック寺院風だし、部屋にかかっているふたつの額は、ジョットの聖母子像とシモーネ・マルチニの聖女キアラ像と来ているから、全くお誂い向きの宗教的雰囲気のなかに私はいると申さねばなりません。
 あなたはこれを偽善的、錯覚的な光景だとおっしゃるかも知れません。しかしそれなら私は敢えて申しますが、あなた方信者仲間の大部分はもっと偽善的、錯覚的だと。私は率直にカトリシズムにおいて、その禁欲主義と官能主義との奇怪なしかし見事な結合を愛しております。」



「反キリスト」より:

「昔、キリスト教徒が初めて公の歴史の舞台にすがたをあらわしたのは、六四年のローマ大火のときだったが、その際彼らは「放火犯人」として身の毛のよだつ迫害を受けた。ローマの歴史家タキトゥスは、「彼らは火災のかどよりもむしろ人類への憎悪のために有罪と認められたのだ」といっている。事実、その時代の良俗社会では、彼らは「われわれの時代における最悪のアナーキストや革命家と同じすがたをしていたに相違ない」(ウタン)のである。キリスト教徒は良俗社会と異なる世界観や宗教習俗を有しているという理由で、「無神論者」とさえ見なされ、凶作や社会的災厄のすべては彼らの「不信心」の所為とされていた。タキトゥスが「人類への憎悪」と解したものは、実は金権者流や上流の教養人士――つまり「聖書」にいう「金の指輪をはめ、華美なる衣を着たる人」に対するキリスト教徒、すなわち「粗末なる衣を着たる貧しき者」の烈しい憎しみに外ならなかったのである。「ヤコブ書」の「汝らを虐げ、また裁判者にひくものは、富めるものにあらずや」(二ノ六―七)や「ルカ伝福音書」の「わざわいなるかな、富む者よ……」(六ノ二十四―二十五)には、今日の戦闘的社会主義者の叫びに似た弾劾の響きがとどろき渡っている。
 現代の「放火犯人」たる「無神論者」は、いまの良俗社会の世論の一致するところ、どうやら一部の戦闘的社会主義者らしい。そして彼らも「人類への憎悪」によって弾劾されているのだ。つまりここでもその「人類への憎悪」は、現代の「金の指輪をはめ、華美なる衣を着たる人」に対する「粗末なる衣を着たる貧しき者」の憎悪と反抗を現わしているのだ。頭の悪い私はそこでこんな錯覚を起こす――原始キリスト教徒の現代版は、実はカトリシズムではなくして、却って戦闘的社会主義ではないのであろうか、と。」





こちらもご参照ください:

『林達夫著作集 4 批評の弁証法』












































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