柴田宵曲 『古句を観る』 (岩波文庫)

柴田宵曲 
『古句を観る』
 
岩波文庫 緑/31-106-1

岩波書店
1984年10月16日 第1刷発行
1999年4月16日 第12刷発行
359p 編集付記・表記について1p
文庫判 並装 カバー
定価700円+税



本書「編集付記」より:

「底本には、『古句を観る』(昭和十八年十二月十五日、七丈書院)を使用した。」
「森銑三氏の「宵曲子とその著『古句を観る』」は、筆者の御希望により、仮名づかいを原文のままとした。」



柴田宵曲 古句を観る


カバー文:

「権勢に近づかず人に知られることを求めずして一生を終えた柴田宵曲(1897―1966)。だが残された書は人柄と博識ぶりを伝え、一度その書に接したものに深い印象を与えずにはおかない。本書は、元禄時代の無名作家の俳句を集め、評釈を加えたもの。今も清新な句と生活に密着したわかり易い評釈が相まった滋味あふれる好著。」


目次:

新年





宵曲子とその著『古句を観る』 (森銑三)
俳人柴田宵曲大人 (小出昌洋)




◆本書より◆


「はじめに」より:

「ケーベル博士の常に心を去らなかった著作上の仕事は「文学における、特に哲学における看過されたる者及(および)忘れられたる者」であったという。この問題は一たびこれを読んで以来、またわれわれの心頭を離れぬものとなっている。世に持囃(もてはや)される者、広く人に知られたものばかりが、見るべき内容を有するのではない。各方面における看過されたる者、忘れられたる者の中から、真に価値あるものを発見することは、多くの人々によって常に企てられなければならぬ仕事の一であろうと思われる。」
「芭蕉を中心とした元禄の盛時は、その身辺に才俊を集め得たのみならず、遠く辺陬(へんすう)の地にまで多くの作家を輩出せしめた。本書はその元禄期(元禄年間ではない)に成った俳書の中から、なるべく有名でない作家の、あまり有名でない句を取上げて見ようとしたものである。」



「新年」より:

   「元日や一の秘蔵の無分別  木因(ぼくいん)

 妙な句を持出した。
 『本朝文鑑』の中に「影法師対」という文章があって、冒頭に「老の暮鏡の中に又ひとり」の句を置き、最後をこの句で結んである。(中略)「影法師対」の内容は近頃の人も時々やる形影(けいえい)問答である。「白髪を清めて元日を待(まつ)所に、汝何人なれば我が白桜下に来り、我と対して座せるや」というに筆を起して、此方(こちら)が何かいうと、向うも何かいう。「我いかれば彼いかり、我笑へば彼笑ふ。此公事(くじ)は漢の棠陰比事(とういんひじ)にも見えず、倭の板倉殿の捌(さばき)にも聞えず。爰(ここ)に我ひとつの発明あり。実に我紋は左巴(ひだりどもえ)なり、汝が著せしは右巴なりといはれて、終(つい)に此論みてたり」――左巴と右巴で埒(らち)が明くなどは、形影問答としても簡単過ぎるようであるが、作者は更に数行を加えている。即ち「我また我心を責て曰(いわく)、一論に勝ほこりて、是を智なりと思へるや。その所詮を見るに、たゞ唇に骨をらせ、意識をあからせたるまで也。いでや隠士の境界は世間の理屈を外に置て、内に無尽の宝あり、その宝は」とあって「元日や」の句があるのである。
 この句を解するのに、右の形影問答はそれほど必要とも思われぬが、「世間の理屈を外に置て、内に無尽の宝あり」の一句は頗(すこぶ)る注目に値する。ここにいう「無分別」は今のいわゆる無分別ではない。浜田珍碩(ちんせき)が洒落堂の戒旛(かいへん)に「分別の門内に入るをゆるさず」と書いたのと同じ意味である。風雅の骨髄は世間の理窟の外にある。(中略)分別を離れたところに風雅の天地がある(中略)。木因はこの無分別を以て「無尽の宝」とし、句においても「一の秘蔵の無分別」と繰返している。元日の朝だけ分別を離れているのなら格別のこともない。平生この心を一の秘蔵としていることを、今更の如く元日に当って省(かえりみ)るのである。われわれも木因のこの宝に敬意を表せざるを得ない。」



「春」より:

    「鶯や籠からまほる外のあめ  朱拙(しゅせつ)

 飼鶯である。「まほる」は「まぼる」即ち「まもる」の意であろう。雨の日の鶯が籠の中からじっと外を見ている。雨の降る様を見守っているようだ、というのである。」



「夏」より:

    「涼しさや袂(たもと)にあまる貝のから  一琴

 海辺の土産に貝殻でも持って帰るような場合かと想像する。袂に入れた貝殻が相触れて鳴る音も涼しいが、長いこと波に洗われて真白になっている――動物というよりも石に近い感じの貝殻であることが、涼しさを加える所以(ゆえん)らしく思われる。
 「袂にあまる」という言葉は、「うれしさを何にたとへむから衣袂ゆたかにたてといはましを」の歌以来、つつむに余るというような主観的の場合に用いられやすい。この句は実際袂に余るほど多くの貝殻を獲たのであろうが、それに伴ううれしさというものも陰に動いている。少くとも作者はそれを意識して「袂にあまる」の語を置いたのであろう。」



「秋」より:

    「たばこ呑煙影ある月夜かな  素人

 一見古句らしからざる内容を具えている。明るい月の下に吸う煙草の煙が、ほのかに漂(ただよ)わす影を捉えたのである。元禄俳人の著眼がかくの如き微細な趣にわたっているのには、今更ながら驚歎せざるを得ない。
 かつて白秋氏の『水墨集』を読んで、
   月の夜の
   煙草のけむり
   匂のみ
   紫なる。
という詩に、この人らしい鮮(あざやか)な感覚を認めたことがあった。素人の句は表面に何ら目立たしいものを持っていないにかかわらず、悠々として月夜の煙草の趣を捉え、ほのかな煙の影をさえ見遁さずにいる。新奇を好む人々は、巻煙草を銜(くわ)えたこともない元禄人が、容易にこの種の句を成すことを不思議に思うかも知れない。句は広く渉(あさ)り、多く観なければならぬ所以(ゆえん)である。」



「冬」より:

    「膳棚(ぜんだな)へ手をのばしたる火燵(こたつ)かな  温故

 火燵を無性箱(ぶしょうばこ)といい出したのは誰か知らぬが、頗(すこぶ)る我意を得ている。物臭太郎にも或点で興味を持つわれわれは、勿論火燵を以て亡国の具と観ずるわけではない。無性を直に道徳的功過に結びつけるのは、少くとも俳人の事ではあるまいと思う。
 この句は火燵における無性の一断片を現したものである。火燵は第一に人の起居の動作を懶(ものう)くする。膳棚へ手をのばしたというのは、立って取るのが面倒だから、無性中に事を行おうというに外ならぬ。

    火燵からおもへば遠し硯紙  沙明

という句なども、やはり同じような心持を現している。作者は火燵にあって何か書くべき硯や紙の必要を感じながら、取りに行くのが懶いために、その「硯紙」の距離を遠く感ずるのである。句としては特に見るに足らぬが、無性箱の消息を伝えたものとして、前句と併看の価値はあるかも知れない。」

    「冬枯や物にまぎるゝ鳶(とび)の色  吏明

 冬になって天地が蕭条(しょうじょう)たる色彩に充(みた)される。そういう天地の間にある時、茶褐色の鳶の姿が物にまぎれて見えるというのであろう。保護色などという面倒な次第ではない。鳶もまた冬枯色の中に存するのである。」

    「凩(こがらし)の残りや松に松のかぜ  十丈

 一日吹きまくった木枯が、夕方になって漸く衰えたような場合かと思われる。大分凪(な)いでは来たが、まだ全く吹き止んだわけではない。その名残の風が松の梢(こずえ)を吹いて、いわゆる松風らしい音を立てている。松を吹く風なら何時(いつ)でも松風であるに相違ないようなものの、木枯の吹き荒(すさ)む最中では、これを松風と称しにくい。吹き衰うるに及んで、はじめて松風らしいものを感じ得るのである。
 北原白秋氏の『雀の卵』に「この山はたゞさうさうと音すなり松に松の風椎(しい)に椎の風」という歌があった。ひとり松と椎ばかりではない、吹かるるものの相異によって、風の音も自ら異って来る。それを聞き分けるのが詩人の感覚である。同じ松を吹く風であっても、そこに差別があるなどということは、理窟の世界では通用しないかも知れぬが、吾人情感の世界では立派に成立する。風といえば直に風速何十メートルで計算するものと考えるのは、科学者の天地でわれわれの与るところではない。」



森銑三「宵曲子とその著『古句を観る』」より:

「宵曲子は奇人だった。(中略)戦争中の暮しにくい時にも、職について収入を殖やさうなどとは考へなかつた。相変らずの和服に袴を著け、古本の一二冊を懐ろにして神田街頭を闊歩する。それが宵曲子であつた。」
「子は中学を中途で退学したといふ乏しい学歴しか持たなかつた。しかしそれから図書館に通つて、自分の好きな本を読み、自分で自分をつくり上げたのだから、ちよつと真似の出来ぬ人だつた。」



小出昌洋「俳人柴田宵曲大人」より:

「俳壇に勢力のあった虚子を去って、何の勢力もない鼠骨に近づいたというは、世間的の立身出世主義よりいえば、迂濶の甚しいものであるが、そうしたことを敢えてするところに氏その人があった。」



◆感想◆


そういうわけで、奇人はすばらしいですが、本書で少し気になったのは、「湖に行水(ぎょうずい)すつる月夜かな  西与」の句のところで鬼貫の句「行水のすてどころなし虫の声」にふれて、「この水を捨てたら折角鳴いている虫が鳴きやむに相違ない、虫はそこら一面に鳴いているので、どこへ水を捨てていいかわからない、というのは思わせぶりの甚しいものであり、えせ風流である。(中略)子規居士も「月見つゝ庭めぐりせばなきやまんゐながら虫の声は聞かまし」という歌を評して(中略)「こはえせ風流にして却て俗気を生ずるのみ。庭を歩行(ある)いて虫が鳴きやみたりとてそれが不風流になる訳もあるまじ。寧ろ想像をやめて、実地に虫の鳴きやめたる様を詠む方実景上感を強からしむるに足らんか。(中略)」と喝破(かっぱ)したことがあるが、これはそのまま鬼貫の句に該当すべきものである。」と書いていることで、勿論、鬼貫が水を捨てられないのは虫が鳴きやまないようにとの風流心からではなく、捨てた水で虫が流されたり溺れ死んだりしてしまうかもしれないという同情心からでありまして、歩く気配で虫を鳴きやませるのとは同日の談ではないです。著者は子規に私淑していたのだと思いますが、師説になずむあまりに見当違いな方向へ妙な言いがかりをつけるのはどうかと思います。
尤も、著者は、『俳諧博物誌』で其角の句「水うてや蝉(せみ)も雀もぬるゝ程」について、「そこへ行くと同じ水でも爽快(そうかい)なのは其角の「水うてや」である。これなら頭からざぶりとやられたところで、格別文句はあるまい」と書いています。
































































































































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Author:ひとでなしの猫
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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