ジュール・ヴェルヌ 『地底旅行』 窪田般弥 訳 (創元推理文庫)

「いく世紀かが一日のように過ぎ去る! わたしは連続する地球の変貌を逆にさかのぼる。」
(ジュール・ヴェルヌ 『地底旅行』 より)


ジュール・ヴェルヌ 
『地底旅行』 
窪田般弥 訳
 
創元推理文庫 606-2 

東京創元社 
1968年11月29日 初版
1991年5月10日 20版
343p
文庫判 並装 カバー
定価500円(本体485円)
カバー、さしえ: 南村喬之



Jules Verne: Voyage au centre de la terre, 1865
本文中図版(さしえ)10点、うち1点(地底の恐竜の絵)は見開きです。


ヴェルヌ 地底旅行 01


「鉱物学の世界的権威リデンブロック教授は、十六世紀アイスランドの錬金術師が書き残した謎の古文書の解読に成功した。それによると、アイスランドの死火山の噴火口から地球の中心部にまで達する道が通じているというのである。教授は勇躍、甥を同道して地底世界への大冒険旅行に出発した。地球創成期からの謎を秘めた人跡未踏の内部世界。現代SFの父といわれるジュール・ヴェルヌの驚異的な想像力が縦横に描き出した不滅の傑作。」


内容:

地底旅行

訳者あとがき



ヴェルヌ 地底旅行 02



◆本書より◆


「オットー・リデンブロックが意地悪な人間でないことは、わたしもすなおに認めたい。しかし、なにかよほど思いがけない変化でもないかぎり、彼はとてつもない変人として死んでいくことだろう。
 彼はヨハネウム学院の教授で、鉱物学の講義をしていたが、講義のあいだに、一度や二度はかならず怒りだした。それは、自分の授業を学生たちに、熱心に注意深く聞いてもらおうと気をつかったためでもなければ、また、そうすることによって、後日いい成績をとらせようと思ったからでもない。(中略)ドイツ哲学の用語を借りていえば、彼は《主観的に》、つまり、他人のためにではなく、自分のために講義をしていたのである。こうした彼は、自己本位の学者であり、知識の井戸ともいえたが、人がその井戸からなにかをくみあげようとすれば、つるべがすなおに動かず、かならずきしり鳴るといったぐあいだった。」
「わたしの叔父は、あいにく弁舌がきわめて達者ではなかった。親しい人たちのあいだではともかくとして、公衆の前で話すときには、どうにもいけなかった。(中略)実際、ヨハネウム学院での講義の最中に、教授はよくつっかえたりしたのである。彼は、口からうまく出ようとしなかったり、喉につかえて身動きできなくなった言葉と悪戦苦闘したが、こうした場合に、やっと吐き出されてきた言葉は、ほとんど学問とは関係のない、やけくそな言葉だった。それで彼は、大変腹をたてるのである。」
「それはともかく、わたしの叔父はまったくの学者であった、といってもいいすぎではなかろう。たまには、あまりせっかちに試験しようとして、鉱石の標本をこわしたりすることはあっても、彼は地質学者としての天賦の才と鉱物学者としての鑑識眼とを兼ねそなえていた。槌、はがねの錐(きり)、磁石針、試験管、硝酸の壜――こうしたものを持たせれば、彼はどうして、たいした男だった。」

「この学者の頭は、心情のことがどうしても理解できなかったからである。」

「彼のいっさいの生命力は、たったひとつのことに集中されていたのだ。そして、その生命力は、ふつうのはけ口から出られないので、あまり緊張すると、どこか別のところにはけ口をもとめて、いつ爆発するともかぎらなかった。」

「叔父はあいかわらず仕事をしていた。彼の想像力は、文字の組み合わせの世界にはいりこんでしまったままだたった。彼は地球から遠く、まさに、地上のことはなにも必要とせずに生きていたのである。」

「デンマークの首府につくまでに、われわれは、さらに三時間の旅をした。叔父は一睡もしなかった。」
「やっと、彼の目に海の一部がはいると、やにわに大声をあげてさけんだ。
 「ズント海だ!」
 わたしたちの左手に、病院のような大きな建物がみえた。
 「あれは精神病院ですよ」と、乗客のひとりが説明してくれた。
 《そうか》と、わたしは思った。《ぼくたちも、きっとあんな建物のなかで死ななきゃならなくなるんだろうな! どんなにあの病院が大きくても、リデンブロック教授の狂気を収容しきるには、まだまだ小さすぎるようだな!》」

「「じゃ、そのあいだに、ぼくは町をみてきます。叔父さんも見物しませんか?」
 「いやいや、わしはそんなことにはあまり興味はない。このアイスランドの土地で興味深いところは、地上じゃなく地下だけだよ」
 わたしは外へ出て、あてもなく歩きまわった。」

「「フリドリクソンさん、わたしは、こちらの図書館の古い本のなかに、もしかしたらアルネ・サクヌッセンムの書いたものがありはしないか、それを知りたかったのです」
 「アルネ・サクヌッセンム!」とレイキャヴィクの教授は答えた。「それは、大博物学者で、同時に偉大な錬金術師でもあり、また大変な旅行家でもあった、あの十六世紀の学者のことですか?」
 「まさにその学者です」
 「アイスランドの文学と科学の名誉を代表するひとりともいえるあの人物ですか?」
 「おっしゃるとおりですよ」
 「とくに有名な?」
 「ええ」
 「そして、天才と大胆さとをかねそなえた?」
 「よくごぞんじのようで」
 叔父は、自分が英雄とあがめる人物がこんなふうにいわれるのを聞いて、喜びに溺れた。彼はフリドリクソン氏の顔を穴のあくほどみつめていた。
 「それで、彼の著作は?」
 「ああ! 彼の著作なんかはないですよ」
 「なに! アイスランドにもですか?」
 「アイスランドにも、他のどこにもありませんよ」
 「なぜですか」
 「アルネ・サクヌッセンムは異端者として迫害されたからですよ。彼の著作は、一五七三年にコペンハーゲンで獄卒の手で焼かれてしまったのです」
 「大変けっこうですな! おみごとですよ!」と、叔父は博物学の教授を大いに非難するようにさけんだ。
 「なんですって?」と博物学の教授はいった。
 「そうですよ! それでいっさいが説明され、明白になりました。なにもかもはっきりしましたよ。焚書のうき目にあい、彼の天才が発見したものを隠さざるをえなかったサクヌッセンムが、なぜ、秘密を不可解な暗号文のなかにしまいこんでおかねばならなかったかということが……」」

「Et quacunque viam dederit fortuna sequamur. 
[運命ノミチビクトコロナラ、イカナルトコロヘモ行コウ]」

「「ほら、みてください!」と、わたしはさまざまにならんでいる砂岩や石灰岩や、それに、はじめて現われた黒ずんだ鼠色の地層を指さして彼に答えた。
 「これがどうしたんだね?」
 「このあたりは、最初の植物や動物が現われた時代の地層ですよ!」」
「そこから百歩と歩かないうちに、明白な証拠がいくつかわたしの目にとまった。これにちがいない。なにしろ、シルリア紀の海の中には千五百種類をこえる動植物がすんでいたはずなのだから。かたい熔岩の地面になれていたわたしの足は、不意に植物や貝がらの かけら でできた埃みたいなものをふみつけた。壁面には ひばまた や ひかげのかずら などの痕跡がはっきりと認められた。」
「翌日は一日、歩いても歩いても、回廊のアーチは果てしなくつづいた。」
「これらの大理石の大部分には、原始動物の痕跡がみられた。前の日から、森羅万象は明らかに進化していた。原基の三葉虫類に代わって、より完全な種類の残骸が認められ、とりわけ、硬鱗(こうりん)魚類の魚と、古生物学者が爬虫類の初期の形とみなしえた鰭竜(きりゅう)群の痕跡が認められた。デボン紀の海には、この種の動物が多数すんでいて、新しく形成された岩の上にいく千となく打ちあげられたのである。
 これで明らかになったことは、われわれは、人間がその頂点を占めている動物の生命の梯子を上っているということだった。しかし、リデンブロック教授は、いっこうにそんなことに注意していないようだった。
 彼はふたつのことを待っていた。足もとに垂直の穴が開いてふたたび下に降りられるようになることと、行先がふさがれて前進できなくなることである。」

「こんなに深い地底にいても、とにかくたのしかった。それに、われわれの生活はすっかり穴居(けっきょ)生活になってしまっていた。わたしはもう太陽、月、木、家、都会といった地上の人間が必要としているいっさいの余計なもののことなどは考えもしなかった。わたしたちは化石人と同じように、そんな無用なすばらしいものを相手にしなかった。」

「もう一度、わたしは聞き耳をたてた。耳を壁のあちこちにあてているうちに、わたしは声がいちばん強く聞こえてくる場所をみつけた。」
「《そうだ、あの声はこの厚い壁ごしに聞こえてくるのじゃない。壁は花崗岩だ。どんな強い音も、この壁をとおすことはできない! あの音は回廊を通って聞こえてくるのだ。この回廊には特別な音響効果があるはずだ》」
「このじつに驚くべき音響効果は、物理の法則で簡単に説明されるものである。すなわち廊下の形と、岩のもつ音の伝導性とによるものなのだ。なんでもない空間では知覚できない音が、こうして伝播する例はたくさんある。わたしはこの現象がいろいろな場所で観察されたことを思いだした。たとえば、ロンドンのセント・ポール寺院のドーム内の回廊や、シチリアのめずらしい洞穴などである。シチリア東海岸のシラクサ港の近くにある石牢でおこるこの種のいちばんすばらしい現象は、《ディオニュシオスの耳》という名称で知られている。
 こうしたことを思い出しているうちに、叔父の声がわたしにとどいたかぎり、ふたりのあいだを邪魔するものはなにもないということをわたしは知った。音の聞こえる道をたどっていけば、途中で力がつきてしまわないかぎり、わたしは音と同じようにきっと叔父のところへたどり着くはずだった。
 わたしは立ちあがった。歩くというよりは、むしろはっていった。傾斜は相当に急だったので、わたしはすべり落ちていった。
 やがて、わたしの落下スピードはものすごいものになった。墜落するのではないかと思った。途中でとどまる力もなかった。
 突然、足が宙に浮いた。ほんとうの井戸みたいに垂直な回廊のでこぼこにぶつかりながら、ころがり落ちていくのを感じた。」

「湖なのか大洋のはじまりなのかはわからないが、広大な水面がみわたすかぎり遠くひろがっていたのである。大きく三日月型に切りこんでいる岸には、波が打ちよせている。こまかい砂には、最初に創造された生物が生きていた時代の小さい貝がらがまじって金色に輝いている。波は周囲をかこまれた広大な場所に、いともおごそかなつぶやきをかきたてながら、岸に砕けていた。軽い泡が、おだやかな風にかき消え、波しぶきはわたしの顔にもかかってきた。」
「それはまさしく大洋だった。周囲は変化にとんだ海岸線にかこまれ、おそろしく野性的な光景だった。」
「わたしの頭の上にかぶさっていた天井、なんなら空といってもいいが、それは刻々と変化する水蒸気にほかならない巨大な雲でできているらしかった。(中略)電気の波は、非常に高いところにある雲に驚くべき光の効果をあたえていた。下のほうにある雲の渦巻には、生き生きとした影がうつり、ときどき雲のあいだから、きわだって強い光線がわたしたちのところまで射しこんでいた。しかし、とにかく光線には熱がないのだから、それは太陽ではなかった。その光に照らされている光景はこのうえもなく悲しく、わびしかった。この雲の上にあるのは、星のきらめく天空ではなく、重くのしかかっている花崗岩の天井らしかった。
 そのときわたしは、イギリスのある船長の理論を思い浮かべた。その理論によれば、地球の内部は空洞の大きな球体と同じで、気圧が高いために空気が光り、プルトーとプロセルピーナというふたつの星が謎の軌道の上を運行しているという。」
「事実、わたしたちは、巨大な洞窟にとじこめられていた。この洞窟の大きさははかり知れなかった。」
「このひろびろとした地域を語るのに《洞窟》という言葉はどうもぴったりこない。しかし、人間の言葉などは、思いきって地球の底にまで降りていこうとする人間には、もの足りない。」

「しかしそのとき、わたしの注意は思いがけない光景にむけられた。五百歩ばかり先の、高い岬をまわった角に、こんもりとしげった森がみえたからである。」
「わたしは急いで歩いた。この奇妙なものに名前をつけることもできなかった。」
「実際、それは土の産物だとは思ったが、巨大そのものだった。叔父はすぐにその植物の名をいった。
 「これはきのこの森にすぎないのさ」
 彼の言葉にまちがいはなかった。暑い湿地帯によく生えるこの植物が、いったいどのくらいにまで成長するものかを判断してもらいたい。ビュリヤールの説によると、《リコペルドン・ギガンテウム》というきのこは周囲が二、三メートルもあるそうだが、(中略)しかしいま見るこの白いきのこは、高さが十メートルから十二メートルもあり、同じくらいの直径の笠をかぶっている。しかも、それが無数に生えている。」
「わたしはもっと先へはいってみたかった。この肉のように厚い天井からは、気味の悪い寒さがおりてきていた。われわれは、三十分もこの湿った暗闇のなかをさまよったが、渚(なぎさ)にたどり着いたときには真底からほっとした。」

「正午に、ハンスがひもの先端に釣針をつけた。小さい肉片を餌にして海に投げこむ。二時間ばかりは、なにも釣れない。この海には生物がいないのだろうか? そうではない。釣糸が動いたので、ハンスがひもを急いで引きあげると、魚が釣れていた。すごい勢いであばれている。
 「魚だ!」と叔父がさけぶ。」
「「この魚は、何世紀もまえに絶滅した種類のものだ、デボン紀の地層で、化石となっているものがみられる」
 「なんですって!」とわたしはいった。「原始時代の海に住んでいた魚を生きたまま釣ったというんですか?」」

「化石の世界が、ことごとくわたしの想像のなかで再生してくる。わたしは聖書に書いてある天地創造の時代、人類の誕生よりもずっと以前のことを回想する。そのころ、まだ不完全な地球は人類が住むに不適当だったのだ。さらにわたしの夢は生命あるものの出現よりも以前にさかのぼる。すると哺乳動物は消え、鳥も、さらに爬虫類も消える。ついには、魚も、甲殻類も、軟体動物も、関節動物も消えてしまう。過渡期の植虫類までも無に帰してしまう。地球の全生命がわたしひとりのなかに集約され、この生き物がいなくなった世界では、わたしの心臓だけが鳴っている。もう季節も気候もない。地球自体の熱がたえず高まり、輝く天体の熱を弱める。植物が繁る。わたしは木のような羊歯類のなかを、影のように通っていく……。あやふやな足どりで、玉虫色に光る泥灰土や斑(まだら)石をふみつける。それから、巨大な針葉樹の幹にもたれたり、高さ三十メートルもあるスフェノフィラス、アステロフィラス、ひかげのかずら などの木陰に横たわる。
 いく世紀かが一日のように過ぎ去る! わたしは連続する地球の変貌を逆にさかのぼる。植物も消え、花崗岩も堅さをなくす。さらに強い熱の作用で、固体は液体に変わる。地表を水が流れ、その水は沸騰し、そして消え失せる。水蒸気が地球をおおい、地球はだんだん太陽のように大きく、太陽のように光り輝く白熱した巨大なガス体となってしまう!
 わたしは宇宙空間を通って、この星雲のなかへ運ばれていく。この星雲はいつの日か形成されようとしている地球の百四十万倍もあるのだ。そして、それが回転するにつれて、わたしの身体は蒸発し、重さのない原子のようにまぜあわされる。と同時に、これらの莫大な水蒸気は燃える軌道をはてしなく追っていく!
 なんという夢想!」

「われわれは、火打石や石英や沖積土のまじった花崗岩の裂けめの上を苦労して進んでいった。そしてまもなく、骨の原っぱ――というよりは骨で埋まった平原が目のまえに現われた。それは二十世紀にわたって永遠の骨をためた大きな墓地みたいなものだった。骨をうず高く積んだ山が遠くまで重なっているが、それは地平線のはてまで波打ち、茫漠たるもやのなかに消えている。たぶん三平方マイルにわたって、動物のあらゆる生命の歴史が積み重なっているにちがいない。」

















































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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