セリーヌ 『夜の果ての旅 (下)』 生田耕作 訳 (中公文庫)

セリーヌ 
『夜の果ての旅 (下)』 
生田耕作 訳
 
中公文庫 C 22-2

中央公論社
昭和53年5月10日 初版
昭和62年2月25日 三版
378p
文庫判 並装 カバー
定価480円
カバー絵: Clément Serveau による挿画より



本書「解説」(生田耕作)より:

「この翻訳は中央公論社より「世界の文学」第四十二巻として、大槻鉄男氏との共訳で刊行されたものであるが、今回「中公文庫」に収めるに当って、生田が単独に全面的改訳を施し、(中略)個人訳として発表することに改めた。」


セリーヌ 夜の果ての旅 下


カバー裏文:

「全世界の欺瞞を呪詛し、その糾弾に生涯を賭け、ついに絶望的な闘いに傷つき倒れた《呪われた作家》セリーヌの自伝的小説――人生嫌悪の果てしない旅をつづける主人公バルダミュの痛ましい人間性を、陰惨なまでのレアリスムと破格な文体で描いて、「かつて人間の口から放たれた最も激烈な、最も忍び難い叫び」と評される現代文学の巨篇」



◆本書より◆


「彼女は、アンルイユ婆さんは、快活だった、不満で、垢(あか)じみてはいたが、快活だった。この不自由な暮らし、二十年以上住みついてきた不自由な暮らしも、彼女の魂になんの被害も与えてはいなかった。逆に彼女は外部に対して身構えていた、まるで、寒気も、一切の忌わしい事柄も死も、外部からしか訪れず、内部からは訪れるわけはないみたいに。内部からは、彼女は何ひとつ恐れてはいないようだった。自分の頭脳に対しては、絶対的な確信をいだいているようだった、否定しがたい、永久に了解ずみの事柄みたいに。
 僕のほうときては、自分の頭脳を夢中で追いかけまわしているというのに、それも、世界じゅう駆けめぐって。
 《気違い女》と世間ではこの女のことを、この老婆のことを噂していた、そう言ってしまえば簡単だ、《気違い》だと。彼女はこの十二年間この侘住居から三度以上外に出たことはなかった、それだけのことだ! この女にはおそらくそれなりの理由があるのだ! 彼女はなにものも失いたくないんだ……僕たちにその理由を打ち明けたくないだけだ、僕たちに人生なんかわかるものか。」


「甘い考えは捨て去ることだ、人間は互いに語り合うなにものも持ってはいない、めいめい互いに自分の苦労を口にするだけだ、知れたことだ。」


「ある日、どうした風の吹きまわしか、アンルイユ婆さんが、彼女の離れと、息子と、嫁をほっぽり出して、すすんで僕を訪ねて来る気を起こしたのだ。悪い話じゃない。それからというもの、たびたびおしかけて来ては、僕が本当に彼女を気違いと思っているかどうか問いただすのだった。わざわざ僕にそいつを詰問しにやって来ることが、婆さんにはいわば気散じになっていたんだ。いつも僕を待ち受けているのだった。」


「僕らの不安に仲間入りしたものの、司祭は僕ら四人のあとについて夜の中を進むにはどうすればいいかよくわからなかったのだ。ささやかな一味、(中略)どこを目指して進むのか? (中略)僕たちはいまでは同じ旅の道連れなのだ。この男も、司祭も、僕らのように、ほかの連中のように、夜の中を歩むことに慣れるだろう。(中略)みんなでとことん進むまでだ、そのとき初めてこの冒険の中になにを求めにやって来たかがわかるだろう。人生とはそういうものだ、末は闇の中に没した一条の光。
 そのうえ、ついにはわからずじまいかも、なにも見つからぬかも知れぬのだ。死とはそういうものだ。
 さしあたってはなんとか手探りで進むだけだ。それに、ここまで来てしまったからは、もはや退きようもないのだ。選択の余地はない。奴らの汚らわしい正義とかいうしろものが、《法律》と手を組んでいたるところに、どの廊下の隅にも目を光らせていた。(中略)僕たちはみんないっしょだった。そうなんだ、僕はさっそくそのことを包み隠さず司祭に教えて聞かせた。そして彼は理解したようだった。」
「僕らがたどりついた場所にはもはや道も光もなく、代わりにいわば慎重な行動があるだけだった、そいつを僕たちはもう一度、検討し直してみたが、それほど頼りになりそうにも思えなかった。こんなさいには気安めを言い合ってみたところで言葉は完全にしらじらしい。反響(こだま)は返ってこない、僕たちは《社会》の埒外(らちがい)にいるのだ。恐怖は賛成も、反対もとなえない。そいつは、恐怖は、僕たちが口にし考える一切をとらえるだけだ。
 こんなおりには闇野中で目を見開いたところで、なんの役にも立たない。怯(おび)え損、それだけだ。そいつは、闇は、すべてを、視覚までもとらえてしまったのだ。僕らを骨抜きにしてしまったのだ。それでも手をつないでいなくちゃならん、ころぶからだ。日向(ひなた)の連中にはもはや僕たちは理解できない。恐怖で僕たちは彼らと完全に隔てられているのだ。そしてそいつに圧しつぶされつづけるのだ。なんらかの形で終局を告げる日まで。そのとき初めて僕たちはろくでなしどもと、一つ穴の むじな どもと、死の中で、あるいは生の中で、いっしょになることができるのだ。」





こちらもご参照下さい:

生田耕作 『黒い文学館』  (中公文庫)
セリーヌ 『夜の果ての旅 (上)』 生田耕作 訳 (中公文庫)

















































































































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