つげ義春 『新版 つげ義春とぼく』 (新潮文庫)

つげ義春 
『新版 
つげ義春とぼく』
 
新潮文庫 4863/つ-16-1 

新潮社
平成4年6月25日 発行
平成4年10月15日 3刷
265p 口絵(カラー/モノクロ)16p
文庫判 並装 カバー
定価440円(本体427円)


「この作品は昭和五十二年六月晶文社より刊行されたものに、“夢日記”の改稿・新稿を加えるなど、新たに再編集したものです。」



カラー口絵9点、モノクロ口絵6点。本文中イラスト多数。


つげ義春とぼく


カバー裏文:

「多忙な現代人が忘れてしまった根源的故郷への思慕を胸に、鄙びた温泉宿を訪ね歩く場末感覚に満ちた「颯爽旅日記」。日常生活の狭間に突如現れる異世界=夢の領域をシュールなイメージとともに採取した「夢日記」。自らの貧困生活を滑稽かつ痛切に綴った「断片的回想記」など、生と死の間で揺らめく人々の物哀しさを描き続けてきた孤高の漫画家、つげ義春の世界を一望する新版エッセイ集。」


目次:

イラストレーション傑作集

颯爽旅日記
 東北の温泉めぐり
 太海 鴨川 大原
 定義温泉
 外房の大原
 ふたたび大原へ
 関東平野をゆく
 城崎温泉
 会津 新潟 群馬
夢日記
断片的回想記
 断片的回想記
 密航
 犯罪・空腹・宗教
 東北の湯治場にて
 自殺未遂
 四倉の生
 万引き
旅の絵本
 秋田県八森海岸
 秋田県黒湯温泉
 下北半島牛滝村
 会津木賊温泉
 会津西街道横川
 会津岩瀬湯本温泉
 長野県善光寺街道青柳宿
 兵庫県室津港本陣
 徳島県切幡寺参道
 熊本県峐の湯
 秋田県烝ノ湯
桃源行 画・つげ義春 文・正津勉

あとがき
文庫版へのあとがき

解説 (伊集院静)




◆本書より◆


「犯罪・空腹・宗教」より:

「ぼく自身ミステリィ的な空想の世界に没頭するのが好きだった。江戸川乱歩や、ポー、谷崎潤一郎の初期の作品を夢中になって読みあさり、萩原朔太郎や、佐藤春夫や、ドストエフスキーの作品にもミステリィじみた興奮を覚えながら読んだりしていた。そして自分も、作中の犯罪者や異常者のようになれたらどれほど気が楽かしれないと思ったりしていた。
 そう思う原因は、その頃の自分が赤面癖に悩まされていたからではないかと思う。極度の対人恐怖症になっていた。
 理由もなく突然顔を赤くすると、人に不審がられ、こいつは異常者ではないかと思われるのが恐しく、いつも平気を装うのに緊張していた。そして平気を装えば装うほど人の視線が意識されるので、それを遮(さえぎ)るつもりで顔の半分がかくれるほど髪を長くのばして、いつもうつむきかげんにしていた。
 近頃でなら、ヒッピーやフーテンの長髪スタイルは少しも珍しくはないが、その頃の長髪はかえって人の注目を集める結果となってしまい、道を歩いていると、幼い子供たちがゾロゾロと、気の触れた人でも見るような目つきでついて来たりした。そんなときは、カッとなり、いきなり五、六人をつかまえて、電車の走ってくる線路へ投げとばしてやりたい衝動にかられた。「自分は顔が赤くなるからといって、けっして隠しごとや悪事を秘めているのではないんだ。なのになぜそんな怪しげな目つきで見るんだ」と、いつも心の中で叫んでいた。そして、しまいには、いっそ犯罪者にでもなってしまったほうが、もはや自分は正常な人間とはみられないから、かえって異常者として大手を振って生きていけるような気持ちになっていた。
 そんなある日、夏の太陽の照りつける、かげろうのゆらめく道を、風采(ふうさい)の上らぬ三十歳くらいの男が歩いていた。と、物かげからいきなり犬が男に吠(ほ)えかかってきた。男は知らぬ素振りで歩いていたが、犬は何が気にくわないのか執拗(しつよう)に男に吠えかかった。道ゆく人は何事かという表情で、犬に吠えつかれている男を怪しい者を見るような目つきで見ていた。それは丁度、いつもぼくに向けられる視線と(実際にはぼくの思いすごしなのだが)同質のもののようにみえた。
 男は、自分はけっして怪しい者ではないという素振りを全身でしめすかのように、悠々(ゆうゆう)とした足どりで歩いていたが、内心は理由のない屈辱に黒々とした狂暴性にかたまっていたに違いない。急に振り向くと、やにわに小石を拾って力まかせに犬に投げつけた。犬は不意の逆襲に逃げまどい、男は上衣(うわぎ)を脱いでそれを風車のようにビュンビュン振り回しながら犬を追いまわした。上衣は何度も空振りをして、バサリバサリと地面にほこりを立てた。男は無茶苦茶になってしまった。道ゆく人は、急に無関心を装ったように急ぎ足で遠ざかってしまった。男はこぶし大の石をみつけると髪をふり乱して犬に投げつけた。石は後足に命中し、犬はその場に尻餅(しりもち)をついてしまった。男はその石を拾ってなおも犬をめった打ちにした。
 ぼくはその場にクギづけにされたように、ボー然と眺(なが)めていた。それはなんだか遠くの方の出来事のように思えた。急に物音が遠ざかり、少しも暑さを感じさせない陽(ひ)がカンカン射(さ)し、ゆらめくかげろうの向うで男は静かに犬をなぐりつけていた。ぼくは名状しがたい快感のような気分を味わっていた。」









































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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