金子光晴 『ねむれ巴里』 (中公文庫)

「ながれ星がすれちがうようになにもかもが僕から反(そ)れて、結局、人間も、その他のなにものも、互いに、関係をもちえないのが存在の宿命のような気がしていた。」
(金子光晴 『ねむれ巴里』 より)


金子光晴 
『ねむれ巴里』
 
中公文庫 か-18-9 

中央公論新社 
1976年12月10日 初版発行
2005年6月25日 改版発行
354p+2p
文庫判 並装 カバー
定価800円+税
カバー画: 金子光晴


「『ねむれ巴里』
一九七三年十月 中央公論社刊
一九七五年十一月 全集第七巻」



改版は文字が大きくなっているので読みやすいです。


金子光晴 ねむれ巴里


帯文:

「貧窮のどん底で
人間の悲哀を見つめつづけた
パリ生活の凄絶な記録

まことに
パリは
残酷な
ところ」



カバー裏文:

「中国から香港、東南アジア、そしてパリへ。夫人三千代との流浪の旅は、虚飾と偽善、窮乏と愛欲に明けくれるはなやかな人界の底にいつ果てるともなくつづく。『どくろ杯』につぐ、若き日の自伝。」


目次:

瘴癘蛮雨
四人の留学生
冬の森
泥手・泥足
処女の夢
22番・ダゲールまで
うしろに眼のない譚
あぶれ者ふたり
伯爵夫人モニチ
枯葉
ふたつのふるさと
リオンの宿
ねむれ巴里
巴里人といういなか者
巴里・春秋
硝子のステッキ

解説 (中野孝次)




◆本書より◆


「処女の夢」より:

「もともと、いなかぐらしは気のすすまなかった僕は、なにかにかこつけては、パリに出た。ポート・ヴェルサイユからメトロで、いつもおりるのは、エドガー・キネというところで、その通りには、ねむの繊葉の爽やかな並木が植わっていた。右へ折れると、モンパルナスの墓地があった。西洋風な墓地としては、横浜をはじめ、上海静安寺墓地などとくらべてみても、どこかしめっぽく、どこかの片隅の石をもちあげて、屍体が這い出してきそうな気配があった。ギィ・ドゥ・モーパッサンもここにねむっていた。芝居がかりなシャルル・ボードレールの墓もここにある。墓の外側のふるい石塀にそうて、所在もなく往ったり来たりもした。悪魔が上からのぞき込むようにして枕元に立っているそのボードレールの臥り姿の胸のあたりに、温室咲きのひな芥子の花一輪をのせて立去っていく老嬢の肩の痩せが、眼先にのこって、悪魔になってあとからついてゆく先を見とどけてやればよかったと、あとでおもったりした。喪服にも似た彼女の黒い装束のしたに、舌のように赤い肉体(ししむら)が息づいていたかもしれない。もしかしたら、彼女は、どこかの他人の家の裏口から台所にしのびこみ、ガス台のうえの棚の胡椒のビンの隣りに、ひっそり並んで、すましこんでいるのではないか。こんな小癪な娘は、日本でもみかける。女心のひたむきさと、それと紙一重ないたずらなこころで、由緒はふるいがさびれはてた堂塔の柱のかげや、枯野につづく裏道など全くおもいがけないところでいぶし銀のように若さを殺したろうたけた女に出会うことがあったが、やはりそれがなにかのものの精か、狐狸の棲家につながるものであるようにおもわれて、すれちがいざまに妖しいにおい、人界では嗅いだことのない異質な、濡れた生物の皮膚のにおいを送られて、内臓に沁みつき、骨の芯にまで紫の斑点になって腐蝕してゆく。腐土のしめりが痣のようにしみついたごとくである。霊に魅入られた女たちの原型は、日本のようなところにこそ多いのではないかと僕はおもう。」

「日々の糧に逐われている身の上で、万一パリで死んだ場合、(中略)とりわけ日本人間での村八分になっているようなその時の情況のもとで、葬儀どころの騒ぎではあるまい。フランス政府の手で浮浪人として処分され、どこかの投込み墓地にほうり込まれ、犬の死骸や、猫の捨子といっしょに、(中略)混沌とならされてしまうのが落だ。あの頃のパリは、東京よりも空気がわるかった。日本の留学生のなかでも、胸が悪くなる人が多く、二人、三人、僕の眼の前でもばたばたと死んでいった。結核の特効薬というものはまだ、世界のどこでも発見されていないで、あの病気になると百年目だった。市から施療の病院に収容される。そこは、地獄の第一環で、そこから這い出てくることは、まずむずかしい。」



「リオンの宿」より:

「昼頃はかなりな人の往来があったが、僕には無人島に一人居るのとおなじようにおもわれた。リオンにいて味わった寂寥は一種特別なものであって、とりわけ宿のあのくらい密室のベッドに寝ていると、じつに遠い昔の忘れていた記憶がおもいだされた。孤独などというものではなかった。ながれ星がすれちがうようになにもかもが僕から反(そ)れて、結局、人間も、その他のなにものも、互いに、関係をもちえないのが存在の宿命のような気がしていた。」


「ねむれ巴里」より:

「パリ人のような孤島の未開人や、日本のような武士道、切腹でしられた奇習の国々では、なにをするにも、自己正当化が先に立ち、うっとうしさが、いつも先導する。夢をみると親疎のけじめなく、殺人の夢をみる。どうも僕の心底では人間が邪魔らしい。(中略)生きつづけてゆくということは、(中略)一層大儀なことであるから、出来たら死んだほうがいいのだし、残骸は、魚のわたといっしょに処分してもらえばたくさんなわけだ。」
「すこし厚い敷布団ぐらいの高さしかないフランスのベッドに、からだすっぽりと埋もれて眠っているわれら同様のエトランジェたちに、僕としては、ただ眠れと言うより他のことばがない。パリは、よい夢をみるところではない。パリよ、眠れ、で、その眠りのなかに丸くなって犬ころのようにまたねむっていれば、それでいいのだ。」





こちらもご参照下さい:

金子光晴 『西ひがし』 (中公文庫)
和田博文 他 『パリ・日本人の心象地図 1867―1945』























































































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