『世界文学大系 43 マラルメ/ヴェルレーヌ/ランボオ』

「しかし、何か欲しい物がある時に、それが存在しないからというのを口実に、探すのをすぐにやめてしまうのは、中途半端な態度とはいえないでしょうか。欲しいものは欲しいと、はっきり認めるべきではありませんか。というわけは、(中略)この、「この世にないもの」を求める気持が、生涯かけた作品(中略)の生まれる動機であり、原動力であるからなのです。」
(マラルメ 「音楽と文芸」 より)


『世界文学大系 43 
マラルメ 
ヴェルレーヌ 
ランボオ』

鈴木信太郎 他 訳

筑摩書房 
昭和37年2月28日 発行
422p 口絵(モノクロ)1葉 
菊判 丸背バクラム装上製本 貼函 
定価500円
装幀: 庫田叕

月報 55 (16p):
鈴木博士のマラルメ(佐藤正彰)/ヴェルレーヌの一読者の記録(橋本一明)/ランボオ解釈について(平井啓之)/ヴェルレーヌの通った道(ヴァレリー/中村光夫 訳)/連載 世界文学史 54 十九世紀のフランス文学(その六)(杉捷夫)/訳者紹介/編集後記/翻訳目録/研究書目・参考文献/図版(モノクロ)7点



本書付録月報「編集後記」より:

「フランス象徴詩派の高峰三人の集を、今日望みうべき最高の訳をもって、おおくり致します。多くの新訳と、既訳には徹底的に斧鉞を加えられた本巻は、詳細なる註解ととも、読者の御理解に資すること、多大と存じます。」


詩は二段組+脚注、散文は三段組。各セクション冒頭に図版(筆跡)3点。
上田敏、河上徹太郎、鈴木信太郎による訳は正字・正かな、その他は新字・新かなです。


マラルメ ヴェルレーヌ ランボオ 01


目次:

マラルメ
 ステファヌ・マラルメ詩集 (鈴木信太郎 訳)
  礼
  不遇の魔
  あらはれ
  徒な願ひ
  道化懲戒
  窓
  群芳譜
  陽春
  苦悩
  〔――ほろ苦き無為に倦じて……〕
  鐘を撞く人
  夏の悲しみ
  蒼空
  海の微風
  溜息
  施物
  詩の賚
  エロディヤード
  半獣神の午後
  〔――火焰のやうに燃え上る 髪〕
  聖女
  葬の乾杯
  散文
  マラルメ夫人の扇
  マラルメ嬢の扇
  帖の一葉
  ベルギーの友の思出
  俚歌微吟
  ホイッスラーへ私信
  小唄 一
  小唄 二
  〔――闇が 宿命の法により……〕
  〔――処女であり、生気にあふれ、美しい今日……〕
  〔――美しい捨身の行を 誇らしくも……〕
  〔――高々とその純らかな爪が縞瑪瑙を擎げ〕
  エドガア・ポオの墓
  シャルル・ボオドレールの墓
  墓
  礼讃
  礼讃
  〔旅立つてゆく唯一の念願に……〕
   一 〔誇らしい自負心は みな夕暮に〕
   二 〔壺の腹から 一跳びに躍り出た……〕
   三 〔ダンテル編みの窓掛は 自づと……〕
  〔時間の香油の染込んだ如何なる絹の〕
  〔お前の歴史に登場する……〕
  〔密雲の崩れむばかりに覆ふ空〕
  〔都パフォスの名の上に 古書が閉ぢられ〕
  書誌
 綺語詩篇 (鈴木信太郎 訳)
  未来の現象
  秋の嘆き
  冬の戦慄
  類推の魔
  哀れな蒼白い少年
  パイプ
  見世物中断
  微かな記憶
  白い蓮
  嘗てボオドレールの書の縁に
 詩の危機 (南條彰宏 訳)
 書簡
  自叙伝 (鈴木信太郎 訳)
  詩に関する書簡 (松室三郎 訳)
 リヒァルト・ワグナー (南條彰宏 訳)
 音楽と文芸 (南條彰宏 訳)
  マラルメの散文について (南條彰宏)

ヴェルレーヌ
 ヴェルレーヌ詩集
  サテュルニアン詩集
   (序詩) (鈴木信太郎 訳)
   また還り来ず (同)
   三年経て (同)
   祈念 (同)
   虚脱 (同)
   よくみるゆめ (上田敏 訳)
   ある女に (鈴木信太郎 訳)
   海景 (同)
   沈む日 (同)
   神秘なる黄昏 (同)
   感傷的散歩 (同)
   秋の歌 (上田敏 訳)
   鶯 (鈴木信太郎 訳)
   女と猫 (同)
   見そめ (同)
   ダリヤ (同)
  女の友達 (鈴木信太郎 訳)
   露台にて
   春
   夏
  艶なる讌楽(うたげ) (鈴木信太郎 訳)
   月の光
   草の上
   供奴
   貝殻
   半獣神
   マンドリン
   クリメエヌに
   恋文
   呑気な恋人
   感傷的対話
   又は
  よき歌 (鈴木信太郎 訳)
   〔ほのぼのと 消え行く前に〕
   〔月白く〕
  言葉なき恋歌 (鈴木信太郎 訳)
   〔そは やるせなく蕩くる心地〕
   〔都に雨の降るごとく〕
   〔しなやかなる手の接吻くる ピアノ〕
   〔たかが一人の女のため、ためだと言ふに〕
   グリーン
   憂鬱
   街路
   哀れな若い羊飼
  叡智 
   原著の序 (河上徹太郎 訳)
   第一部 (河上徹太郎 訳)
    一 〔沈黙のうちに騎行する……〕
    二 〔私はシジフのやうに悩んだ〕
    三 〔放浪者よ、諸国や駅々に……〕
    四 〔不幸な者よ! 天からの賜物の……〕
    五 〔女の美しさ。その繊弱さ……〕
    六 〔ああ君等、彼方行く……〕
    七 〔空しく美はしかりし日は……〕
    八 〔うとましく容易き労役もて……〕
    九 〔ルイ・ラシーヌの叡智よ……〕
    一〇 〔否、その世紀は国教主義者……〕
    一一 〔哀れな友よ、AプラスBによつて〕
    一二 〔然るに今や君達は昇格された……〕
    一三 〔フランスのために戦死せる王子〕
    一四 〔やがてあなた方は両腕に余る……〕
    一五 〔人は神のみを傷つけ……〕
    一六 〔聴け、かのやさしき歌声を〕
    一七 〔曽てわがものなりし懐しき手よ〕
    一八 〔げにもわれ、こよなき嬰児を……〕
    一九 〔驕慢の声、角笛の如き……〕
    二〇 〔悪魔が倦怠に化けて来て……〕
    二一 〔心安らかにお前の道を往け!〕
    二二 〔何故に悲しい、わが魂よ〕
    二三 〔大きな都市と、卑しい〕
    二四 〔古代人の魂は粗野で空しく〕
   第二部 (河上徹太郎 訳)
    一 〔神よ、御身は愛もて……〕
    二 〔われはわが母マリアの外……〕
    三 〔御身は穏やかである……〕
    四
     一 〔神われにのたまへり……〕
     二 〔わは答へぬ……〕
     三 〔――われを愛せざるべからず!……〕
     四 〔――主よ、そは余りの……〕
     五 〔――われを愛せざるべからず……〕
     六 〔――主よ、われは恐る……〕
     七 〔――汝若しそれに値せんと……〕
     八 〔――ああ主よ、われ如何に……〕
     九 〔――哀れな魂よ……〕
   第三部
    一 〔今や「賢者」は……〕 (河上徹太郎 訳)
    二 〔仮の臥床の奥から〕 (同)
    三 〔希望は厩の藁の一筋の如く……〕 (同)
    四 〔私はおとなしい孤児〕 (同)
    五 〔大いなる黒き眠りは〕 (鈴木信太郎 訳)
    六 〔屋根の上なる 大空は〕 (同)
    七 〔知らず わが悲しき心は〕 (同)
    八 〔匂ひ、色彩、方法、法則!〕 (河上徹太郎 訳)
    九 〔角の音は森に向いて嘆き〕 (同)
    一〇 〔人の世の肉体の悲しさ……〕 (同)
    一一 〔黝く蒼き叢を〕 (鈴木信太郎 訳)
    一二 〔あはれ、あはれ……〕 (河上徹太郎 訳)
    一三 〔籬は梯子形に重なりて〕 (同)
    一四 〔闊く豊かな人間の社会〕 (同)
    一五 〔海は、伽藍よりも〕 (同)
    一六 〔「大都会」! 白い石材の……〕 (同)
    一七 〔すべて地上の愛は〕 (同)
    一八 〔聖女テレーズは……〕 (同)
    一九 〔巴里人よ、何にでも〕 (同)
    二〇 〔麦の祭りよ!……〕 (同)
  昔とちか頃 (鈴木信太郎 訳)
   詩法
   道化
   葡萄のみのり
   厭な男
  愛の詩集 (鈴木信太郎 訳)
   某夫人に贈る
  雙心詩集 (鈴木信太郎 訳)
   譬喩
   虚偽の印象
   他の虚偽の印象
   釈明
   いたづらピエロ
  女に献ぐる歌 (鈴木信太郎 訳)
   〔飲むねえ きみは……〕
   〔栗色か黄金の髪か〕
   〔珈琲の滓の占……〕
  エピグラム (鈴木信太郎 訳)
   〔自由詩の野心を 俺は礼讃する〕
   〔十七脚の一詩句を 俺は作つた〕
   〔落日の消えゆく中に……〕
 呪はれた詩人達 
  トリスタン・コルビエエル (鈴木信太郎 訳)
  アルチュウル・ランボオ (同)
  ステファヌ・マラルメ (同)
  マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール (高畠正明 訳)
  ヴィリエ・ド・リラダン (同)
  ポオヴル・レリアン (鈴木信太郎 訳)
 懺悔録 (高畠正明 訳)

ランボオ
 地獄の一季節 (秋山晴夫 訳)
  ****
  下賤の血
  地獄の夜
  錯乱Ⅰ
  錯乱Ⅱ
  不可能事
  閃光
  朝
  訣別
 イリュミナシオン (鈴木信太郎・小林秀雄 訳)
  大洪水の後
  少年時
  小話
  道化芝居
  古代
  Being Beauteous
  生活
  出発
  王権
  或る理性に
  陶酔の午前
  断章
  労働者
  橋
  都会
  轍
  町々
  放浪者
  街々
  眠らぬ夜
  神秘
  夜明け
  花
  平凡な夜曲
  海景
  冬の祭
  苦悶
  メトロポリタン
  野蛮人
  大売出し
  妖精
  戦
  青年時
  岬
  場面
  歴史の暮方
  運動
  ボトム
  H
  献身
  デモクラシイ
  天才
   「イリュミナシオン」のテキストについて (鈴木信太郎・橋本一明)
 詩 (鈴木信太郎 訳)
  椅子の坐つた人達
  夕の祈禱
  母音
  蝨を捜す女
  酩酊船
 ルイ十一世に宛てたるシャルル・ドルレアン太公の書簡 (鈴木信太郎 訳)
 文学書簡 (平井啓之 訳)

私は時をりマラルメに語った…… (ヴァレリー/鈴木信太郎 訳)
ヴェルレーヌ (シュアレス/高畠正明 訳)
アルチュウル・ランボオ著作集の序 (クローデル/渡辺守章 訳)

解説 (鈴木信太郎)
年譜
 マラルメ年譜 (鈴木信太郎・松室三郎 編)
 ヴェルレーヌ、ランボオ年譜 (中安ちか子 編)
詳細目次



マラルメ ヴェルレーヌ ランボオ 02



◆本書より◆


マラルメ「詩の危機」より:

「純粋な著作の中では語り手としての詩人は消え失せて、語に主導権を渡さなければならない。語は、一つ一つちがっているためにその間に衝突を生じ、こうして、いわば動員状態におかれている。ちょうど宝石を灯りにかざすと、長い光の線が虚像として見えるように、語と語はたがいの反映によって輝き出す。それが従来の抒情的息吹きの中に感じられた個人の息づかいや、文章をひきずる作者の熱意などにとってかわるのである。

 詩の書物のもつ秩序は書かれる前からきまっていて、いたるところで偶然を排除する。作者を省略するためには、そうした秩序が必要なのである。だから、断片を寄せ集めるに当たって、どの主題も、あらかじめ、書物の中のどの場所にはめこまれるかがきまっている。ちょうど、こだまが声に答える場合のような鋭敏な対応がそこにはあって――似た役割を演じる主題は、離れたところに置かれても、たがいにぴったりと釣合いを保つのである。それは、ロマン派式の、崇高なものをでたらめに置いてゆくやり方でも、主題を一山ずつむりに押し込むやり方でもない。すべてがいつでも動き出せるように、懸垂状態に置かれ、断片が、交互に並んだり向き合ったりしている中から、全体として一つの律動が生まれる。その律動は窮極的には、声という楽器を必要としない詩、精神の活動の場所である余白だけでできた詩であろう。現実に作られる詩篇は、ちょうど寺院の穹窿の三角面が実際には見えない頂きを想像させるように、この窮極の詩を想像させる。」

「空かける人間の怪奇な夢を象徴するという「怪物(シメール)」、われわれの眼にはその鱗の反射する微光が見えるが、それに想いをはせたということが、すでに、現代という周期すなわち最近の四半世紀が、「絶対」の、電光のような輝きを経験したことを証明している――こうして、窓の前に坐って、夕立が乱れた髪のように幾筋も流れるのを見ていると、精神の中に巣喰っている混乱が洗い流されて、啓示を受けたように真実が見えてくる――いったい、すべての書物は、多かれ少なかれ、数のきまった繰り返し文句をいくつか含んでいる。してみると、書かれている国語は違っても聖書は一つしかないように、世の中には元来、ただ一冊の「書物」だけしか実在せず、その掟が世界を支配しているのではないか。作品と作品との間の違いは、正しい本文を指し示すために、文明時代、文字の時代の長い間にわたって提出された版本の違いのようなものである。」



「音楽と文芸」より:

「読書というものは、私の考えでは、厳格にいうと、絶望的な行為であります。皆さん、そのノートや、赤い書き込みや、羊皮紙はどけましょう。およそ、どんな産業も、われわれの幸福の製造だけには失敗したのであります。幸福をうまく按配するなどは、産業の力の及ぶところではありません。私自身、ときどき、理由もないのにどうしても満足できない、といった気分になることがあります。
 「何か別なもの」……いったい、書物のページがふるえるのは、何か別なものを求めて、待ちかねているからだとは思えないでしょうか。われわれは、どだい、在るところの物しか存在しないという公式を、盲目的に信じすぎております。しかし、何か欲しい物がある時に、それが存在しないからというのを口実に、探すのをすぐにやめてしまうのは、中途半端な態度とはいえないでしょうか。欲しいものは欲しいと、はっきり認めるべきではありませんか。というわけは、これは創作行為あるいは文芸の仕組み自体を人前にさらけ出すことになりますが、この、「この世にないもの」を求める気持が、生涯かけた作品――といっても、畢竟(ひっきょう)、無にすぎないかも知れませんが――の生まれる動機であり、原動力であるからなのです。そして私は、彼岸の世界に輝いているものが、われわれのところには欠けているという意識を、逆に、一種のトリックで、地上からあの禁断の、雷鳴の轟く高所へと打ち上げるという仕事を尊敬する者であります。
 それは何の役に立つのでしょうか。
 一つの遊びにはなります。
 地上の事物が根をはやして、がっしりと立っているのを見ると、われわれは倦怠を感じますが、その時、この遊びが、ちょうど空の高みにある真空の力でひっぱり出されたかのように、生まれます。その真空は、事物を地上からひき離して、自分の空虚な空間をそれで満たし、われわれが意志の命ずるままにひとりで祝う祭のために、その輝かしい光景を差し出します。
 私が、書くという行為に要求するのは、まさにこの仕事であり、私の要求が正当であるのをこれから証明いたしましょう。」



ランボオ「文学書簡」(ジョルジュ・イザンバアル宛 シャルルヴィル、一八七一年五月)より:

「僕は罷業中です。今のところは放蕩のかぎりをつくしています。なぜとおっしゃるのですか? 僕は詩人になりたいのです。そしてヴォワイヤン(見る人)になりたいと努めています。貴方には何のことかさっぱりおわかりにならぬでしょう。僕だってほとんど説明の言葉に苦しむのです。凡ゆる感官を放埓奔放に解放することによって未知のものに到達することが必要なのです。苦悩はたいへんなものですが、しかも強くあらねばならず、生れながらの詩人であらねばなりません。そして僕は自分を詩人であると確認したのです。でもこれは何も僕が悪いわけではないのです。われ思う、なんていうのは誤りです。他人がわれについて考える、というべきです。地口を言っているようでご免ください。
 『われ』は一個の他者であります。木片がヴァイオリンであることがわかったとしても止むを得ないことです。」



ランボオ「文学書簡」(ポオル・ドゥムニー宛 シャルルヴィル、一八七一年五月十五日)より:

「浪漫主義が正しく判断されたためしはないのです。いったい誰がそれに判断を下すでしょうか? 批評家ですか! 浪漫主義者でしょうか? 彼らは歌謡(シャンソン)とは作品、すなわち歌い手によってうたわれ理解された思想となることがきわめてまれであることをいとも明らかに証し立てているのです。
 なぜなら「われ」とは一個の他者であります。銅が眼が醒めてみると喇叭(らっぱ)になっていたとしても、それは少しも銅の落度ではないのです。」
「詩人になろうと志す人間の第一番の仕事とは自分自身を全的に認識することです。彼は自分の魂を探求し、それを観察し、それを試し、それを学ぶのです。それを知れば、次はただちにそれを涵養(かんよう)せねばなりません! このことは簡単なことのように思われます。(中略)だが問題は怪物じみた魂をつくり上げることなのです。(中略)いぼを自分の顔に植えつけて、それを培養している一人の男を想像してください。
 僕はヴォワイヤンであらねばならない、自らをヴォワイヤンたらしめねばならぬ、というのです。
 「詩人」はあらゆる感覚の、長期にわたる、大がかりな、そして理由のある錯乱を通じてヴォワイヤンとなるのです。あらゆる形式の恋愛や、苦悩や、狂気によって。彼は自分自身を探求し、自分の内部に一切の毒を汲みつくして、その精髄だけをわが物とします。それは完き信念、超人的な力、を必要とするいうにいわれぬ呵責(かしゃく)であって、そこで、彼はとりわけ偉大な病者、偉大な罪人、偉大な呪われ人となり、――そして、至高の「賢者」となるのです!――なぜなら彼は未知のものに到達するのです! それというのも、もともとゆたかな魂を、彼が誰にもまさって涵養したからです! 彼は未知のものに到達し、そして、その時、狂乱して、己のさまざまな視線についての知的認識力を失ってしまった時に、はじめて彼はそれらの視象(ヴィジョン)を真に見たのです! その飛躍の最中に前代未聞の名づけようもないことどもによって彼の身が裂けるなら裂けよ、であります。他の怖るべき労働者たちが後にやってくることでしょう。彼らは他の者が倒れた地平線から始めることでしょう!」
「それゆえ詩人とは真に火を盗む者であります。」
「もしも彼が彼岸から持ち来たるものが形のあるものであれば、彼は形をあたえます。もしそれが無形であれば、彼は無形のものをあたえるのです。言語を見出すことです――その上、一切の言葉が観念であるからには、世界言語の時代が来ることでしょう!」
「このような言語は、魂のために魂からほとばしるものであろうし、一切を、匂いも、音も、色も、そのうちに要約しており、思想を獲得しつつ身に引きつける思索から出たものであります。」
「「詩」はもはや行動を韻律化するものではないでしょう。詩は先駆するものとなることでしょう。
 このような詩人が出現することでしょう! 女性の無限の奴隷状態が打破され、女性が自らのために、自らの手で生きる時代が来れば、男性は、――現在までは憎悪の的であったが、――女性に解放をもたらし、女性もまた、詩人の列に加わることでしょう! 女性は未知のものを発見することでしょう! 女性の観念の世界はわれわれのそれとは別物でしょうか?――女性は見慣れぬもの、測りがたいもの、いとわしいもの、甘美なもの、を見出すことでしょうし、われわれはそれを取り上げ、それを理解することでしょう。」
「初期の浪漫主義者たちはヴォワイヤンの真意を充分にはわきまえ知らずにヴォワイヤンであったのです。彼らの魂の涵養は偶然の事件から始まったのです。それはしばしの間はレールが運び行く、打ち棄てられて、しかも灼熱した機関車、といった工合でした。」
「かくて僕は自分をヴォワイヤンたらしめようと努力しています。」





こちらもご参照下さい:

Stéphane Mallarmé 『Autobiographie: Lettre à Verlaine』




















































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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