松平千秋 『ホメロスとヘロドトス ― ギリシア文学論考』

松平千秋 
『ホメロスとヘロドトス
― ギリシア文学論考』


筑摩書房 
1985年9月25日 第1刷発行
287p 目次3p 地図(折込)1葉
四六判 丸背クロス装上製本 機械函
定価3,600円



本書「あとがき」より:

「本書に収めた大小十五篇の論文は、最後の「『イーリアス』第二歌の研究」を除き、すべて既発表のものである。」
「執筆年次、発表機関の性格、それに予想される読者層などが、各篇についてそれぞれ違うために、本書全体としてはいろいろな面で不統一を免れなかった。」
「各篇ともその執筆以後に現われた文献に照らして、訂正、修正あるいは追加等をすべき点がいくつかあるのは当然であるけれども、(中略)私の基本的な立場は今も変っていない積りであるので、どの論文も発表当時の形のままで再録することにした。」



松平千秋 ホメロスとヘロドトス 01


帯文:

「古代ギリシア文学の精華 ホメロスからヘシオドス、ヘロドトス、アリストパネスなどの諸作品をめぐる明解・精緻な言語学・文献学的研究とエッセイを集成。」


帯背:

「古代文学の世界」


目次 (初出):


語り物としてのホメロス 
叙事詩『キュプリア』考 
ヘーシオドスの文体 
     *
アトッサの夢 
ヘロドトスにおけるクセルクセス像 
若き日のアリストパネース 
『イソップ伝』について 
古代ギリシア・ローマにおける女性の言語について


神話の運命
ギリシア悲劇の周辺
レオニダスとその妻
トロイア戦争雑感
プラトンの詩
『オデュッセイア』を訳しながら


『イーリアス』第二歌の研究

あとがき



松平千秋 ホメロスとヘロドトス 02



◆本書より◆


「神話の運命」より:

「衆知のごとく、パンドラ伝説の最初の文献はヘシオドスである。」
「パンドラ伝説は『仕事と日』にも『神統記』にも現われるが、その内容はコンテキストと共に少々異なっている。『神統記』ではイアペトスの子プロメテウスがゼウスを欺いたので、怒ったゼウスが火を隠して人間に与えまいとする。それを巧みにプロメテウスが盗むので、ゼウスはヘパイストスに命じて「美しき禍」なる女性を作らせ、これを人間界に降らせる。エピメテウスが、彼女を受け容れたために、ここに人類の不幸が始まるという物語である。『仕事と日』では、はじめ楽園に住んで何の苦悩も知らなかった人類が、いかにして痛苦にみちた生活に陥ったかを説く中に同じ説話が語られる。」
「違うのは、『神統記』では無名であったこの最初の女性にパンドラの名が与えられ、その命名の因縁まで加えられていることであり、更に決定的な相違点は『神統記』には、全くふれられていない、「甕」の物語がここには続いていることである。」
「『神統記』と『仕事と日』との相違の最も本質的な点は、パンドラという名前の有無もさることながら、前者では女性そのものが人類の不幸であることを意味するのに対して、『仕事と日』では、パンドラはむしろ甕の蓋を開いて、禍を世界にまきちらす手段として働かされ、人類の不幸の直接の原因とはされていない(中略)。
 そこで『仕事と日』のヴァージョンの方は、実は二つの独立の説話が融合されたものではないかという考え方が起ってくる。一つは『神統記』にある通りの、女性それ自体が人類の禍であるという思想に基く説話と、甕の中に封ぜられた悪が、誰かが好奇心によって蓋をとったために、世に拡がって、楽園が一変して苦の世界に堕したという、一種末世観的な色彩を帯びた説話とがそれである。」
「甕を開く説話が本来独立のものであったことの例証は、いくつか挙げられる。例えば『イリアス』の二四巻には、善と悪とをそれぞれ詰め込んだ二つの甕がゼウスの館にあったことが記されており、文献の時代はよほど降るけれども、甕の蓋をあけるのが女ではなくて男であったり、また甕の内容が悪ではなくて善であって、蓋をとったためにこれを失ったという風に説く物語も伝えられている。これを要するに、これらの物語の基本的な発想としては、甕の内容が善であるにせよ、悪であるにせよ、蓋をとったために、その内容を喪失したり、あるいは統御することができなくなる、ということである。
 従って甕を開く人物は、この説話に関する限りはむしろ副次的なもので、どのような人物でも大して差支えないということになろう。彼女自身人間の禍となるべく創造されたパンドラは、更にこの甕を開く役を与えられることによって、人類の苦悩のことごとくに責任を負わされたことになる。ギリシアのアンティフェミニズムの底の深さが知られるではないか。」
「パンドラの名の由来は、『仕事と日』によれば、「すべての神々がそれぞれ彼女に贈物をした」故にかく名附けられたという。あるいは「彼女がすべての神々から(人間へ)の贈物」であるから、ともその文意はとれるかも知れない。しかしギリシア語の造語法からいって、この解釈は少々無理であるように思われる。少なくともそれはこの合成語の素直な語原解釈ではなさそうである。むしろ語意は受動的よりも他動的で、「すべてを与える者」と解さるべきであろう。そこでパンドラの本体は、結局豊穣の女神の一形式であって、別にアネシドラの名で伝わる地下女神と同類であろうという推定が生まれる。
 アネシドラは明らかに「デメテルの賜、すなわち穀物を生育せしめる者」という意味であろうから、それからパンドラの名の由来も類推されるわけである。この説を裏づけるものに、オックスフォードのアシュモル博物館所蔵のいわゆる「パンドラの壺」がある。赤絵の美しい作りの壺で、その片面にパンドラ(その名が記されているので、誤解の余地はない)が地下から昇ってくるのを、男が受けとめようとしている図が描かれている。この解釈が正しいとすると、パンドラは天上からもたらされたのではなくて、地下から出現したものであり、またその甕の内容は悪でなくて善でなくてはなるまい。」













































































































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難破した人々の為に。

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