『ラヴクラフト傑作集 1』 大西尹明 訳 (創元推理文庫)

「思うにあなたは、この地球上に人間が現われる以前の恐るべき神話――あのヨグ・ソトホートと例のクトゥルフに関する一群の伝説――を何もかもごぞんじですが、その話は二つとも「死霊秘法(ネクロノミコン)」という本にそれとなくのべられています。」
H・P・ラヴクラフト 「闇に囁くもの」 より)


H・P・ラヴクラフト 
『ラヴクラフト傑作集 1』 
大西尹明 訳
 
創元推理文庫 523-1 

東京創元社
1974年12月13日 初版
1983年3月4日 8版
317p
文庫判 並装 カバー
定価360円
カバー: 日下弘



創元推理文庫版『ラヴクラフト傑作集』は全二巻で、のち改題されて『ラヴクラフト全集』の第一巻、第二巻になりました。


ラヴクラフト傑作集 01


巻頭文:

「20世紀アメリカが生んだ鬼才、幻想と怪奇の作家ラヴクラフトの待望の傑作集第1巻” 彼の想像力の産物であり彼自ら病的なまでに憑かれていたクトゥルフ神話が怪しく息づく代表作「インスマウスの影」と「闇に囁くもの」。デラボーア家の血筋にまつわる恐るべき秘密を描いた「壁のなかの鼠」、彼の知られざる一面を垣間見せる異色作、ブラックユーモアの「死体安置所にて」の全4編を収録。深遠な大宇宙の魔神の呼び声が、読者を太古の昔から永劫の未来につづく暗黒世界のとりこにすることはまちがいない。」


目次:

インスマウスの影
壁のなかの鼠
死体安置所にて
闇に囁くもの

訳者あとがき




◆本書より◆


「インスマウスの影」より:

「その模様はどれを見ても、時間と空間に関しては、遙かに遠いさまざまな秘密と、想像もできない深淵のあることをそれとなく物語っていたし、またその浮彫りが、どこまでも単調に、ただ波の模様を表わしているところは、不吉な感じがしてくるくらいであった。浮彫りのなかには、思わず顔をそむけたくなるほどグロテスクで悪意に満ちた、忌(い)まわしい伝説上の怪物――たとえば、なかば魚、なかば両棲類を思わせる――姿も見うけられたが、こういう二つのものを思わせる気持と、たえず頭に浮かんでくる不愉快な潜在的(せんざいてき)な記憶感覚とを切り離すわけにはいかなかった。それほど、これらの怪物の姿は、その記憶力がまったく原始的でかつ恐ろしいまでに祖先伝来のものである脳細胞の深層組織から、あるなまなましいイメージを呼び起こすかのように思われた。」

「カナカイ族の連中は、蛙のようなその魚人族とつきあうようになって、(中略)とうとうしまいには、そのことについて、ある新しい見かたをするようになってあきらめたそうです。つまり、どんな生き物も、みんな元をただせば水のなかから出てきたもので――ほんの少し体が変化しただけで、もとの水に帰れるわけだとしてみれば、人間というものも、この水の中に棲(す)む怪物と多少は関係があるにちがいない、というわけです。この怪物どもは、カナカイ族に向かって、もしも自分たちと混血すれば、最初のうちは人間によく似た子供ができるだろうが、そのうちだんだん怪物に似た子ができるようになって、しまいには、すっかり水に馴染(なじ)めるようになったうえ、海の底でその怪物と同じ生活ができるようになるだろう、と教えたのです。」

「いまではもうバーナバスの姿もかなり変わってしまった。眼はもう開きっぱなしで閉じることができなくなっているし、すがた形もすっかり人間ばなれしてしまった。人の話では、まだ着物は着ているそうだが、やがてそのうちに海のなかへ潜ることになるのだろう。」

「当時わたしが感じていたのは、なにか恐ろしい力がわたしに作用して、しだいにわたしをまともな正気の世界から引きずり出し、暗黒と異常にみちた名状しがたい深淵に引き入れようとねらっている、そんな感じだった。そしてだんだんとそうなっていく過程が、わたしの心に重くこたえた。わたしの健康も容貌も目に見えてぐんぐん悪くなり、とうとうしまいには、職を辞(や)め、静かな隔離生活に入いらざるをえなくなった。」
「ある夜、わたしは恐ろしい夢を見、その夢のなかで、わたしは祖母に海底で出会った。(中略)祖母の姿は――水中生活に入いった人たちの例に洩れず――すっかり変わり、わたしに向かって、自分は決して死んだわけではないのだといった。」
「わたしは今後死ぬことはなく、人類がまだ地球上を歩かないうちから生存していたあの連中と、一緒に暮すようになるような気がする。」
「たとえ、名を忘れられた、人類以前の地球上の「旧支配者」がその古代の魔術によって、ときにはこの「深海のもの」を阻止することはあったとしても、「深海のもの」を破滅させるわけにはいかなかったのだ。さし当たり現在のところ、彼らはじっとおとなしくしていよう。が、やがていつの日にか、彼らの記憶のよみがえったあかつきには、大クトゥルフが熱望していた貢物(みつぎもの)を求めてふたたび立ちあがるであろう。つぎの機会には、インスマウスよりも大きな都会を狙うであろう。」



「壁のなかの鼠」より:

「ウィリアム・ブリントン卿は、(中略)これまでに聞いたこともない実に驚くべき儀式のことを声高に説明してくれた。そしてシビリーの僧侶たちが見つけだして、彼ら自身の礼拝のなかにうまく取り入れた大洪水以前の古い儀式では、人間を供物にしたということを話してくれた。」

「ああ! この不潔な暗い闇の穴のなかに、のこぎりで切られ、鑿(のみ)で穴をあけられた骨や、ぱっくりと二つに割られた頭蓋骨がぎっしりつまっていようとは! この悪夢のような洞窟に、過去数千年にわたって、ピテカントロプス、ケルト人、ローマ人およびイギリス人の骸骨が、ところ狭きまでにぎっしり詰まった穴もあって、その穴の本来の深さはいったいどれくらいあったのかということは、だれにも見当がつかなかった。」

「わたしもぐずぐずしてはいなかった。というのは、つぎの瞬間、たちまち、事情がはっきりとしたからである。たったいま聞こえたもの音というのは、あの悪魔のような鼠どもが、ちょこちょこ走り回る足音で、こいつらは、いつも恐ろしいものを新規に探し求め、結局わたしを、この地中の奥深くにある洞窟のなかへ引き入れようとしたのだ。そしてその地中の奥には、気の狂ったのっぺらぼうの神ニャルラトホテプが、暗闇のなかで、一定の姿を持っていない二人の白痴の笛吹きの笛の音にあわせて、でたらめな声をはりあげているのだ。」



「死体安置所にて」より:

「バーチはいつもびっこをひいていた。アキレス腱が切れていたからだが、一番ひどい傷は彼の心のなかにあったとわたしは思っている。むかしは粘(ねば)っこくて筋が通っていた彼のものの考えかたには、消しがたい傷がざっくりとついてしまっており、たまたま「金曜日」、「墓」、「棺桶」といったことばに触れたり、またそれほどあからさまではないことばが続いてでたりしたばあいの彼の反応ぶりは、気の毒で見るに忍びないものがあった。あのとき驚いた彼の馬は家に戻ったが、あのとき驚いた彼の神経は完全には正気に戻らなかった。彼は商売を変えたが、いつも何かのいいカモにされていた。その何かというのは、恐怖だったかもしれないし、それもまた、過ぎ去ったへまを悔む手遅れな悔恨の念と混じりあった恐怖だったかもしれない。彼の酒ぐせは、むろん、まぎらわしたいと思ったものを一層悪化させただけであった。」


「闇に囁くもの」より:

「その怪物の正体について――当然ながらさまざまな説が現われた。彼らのことは、ふだん「あの連中」とか「例のものたち」という名でいわれ、そのほかの名前はその土地ではほとんど使われたことがないそうだ。おそらく清教徒の開拓者の一団が彼らを悪魔のお使いであるとそっけなく書き記し、畏(おそ)れおおい神学的思索の一つの題材としたのであろう。親代々(おやだいだい)ケルト系の伝説を伝えてきた人々(中略)は、例の生きものを、たちの悪い妖魔や、湿地や土砦(どさい)の妖精と結びつけて考え、何世代にもわたって断片的に伝えられてきたいくつかのまじないでわが身を守った。しかし、なかで一番とりとめのない説を持っていたのはインディアンであった。なるほどさまざまな種族の伝説には、それぞれちがった点はあったけれども、ある肝心な特徴を信ずる点では明白に一致していた。どこからも異議のこない一致点というのは、その生きものたちが本来この地球で生まれたものではないという点であった。
 ペナクックの神話は、最もまとまりのある、絵のように美しいものだが、この神話の教えるところによれば、天にある「大熊星座」から「翼のある生き物」がやって来て、わが地球の山の中に鉱山を掘り、他の世界では手に入れられない種類の石を採(と)ったそうだ。彼らはこの地球に住まず、ただ前哨を置くだけで、石を詰めた大きな荷物を持って北方の自分たちの星へ飛び帰った、という話だ。彼らが地球人に害を与えたのは、人間があまりにも彼らのそばに近寄りすぎたときか、彼らの様子をこっそり調べたときだけであった。(中略)彼らは、地球上のものは動物を含めていっさい食べることができなかったので、食料は自分たちの星から持ってきた。(中略)彼らはあらゆる種類のインディアン(中略)の言葉を知っていたが、自分たちの言葉は持ってもいなければ、また持つ必要もないらしかった。彼らは頭で話をした、というのは、頭はさまざまに色を変えてさまざまなものを意味したからである。」

「あれは事実なのです――恐るべき事実なのです。人間でない生きものがたえずわれわれ人間をじっと見張っているというのは。」

「結局、村人が嫌がって近寄らないあの山の中には、昔からの言い伝えにあるような、他の天体で生まれた怪物といった生きものはたとえいないまでも、何か奇妙な、おそらく遺伝的に畸型を帯びた、世間から見捨てられたものがいるかもしれないのだ。」

「その宇宙人は、あらゆる時間、空間の内外を通じて、最も驚くべき生きもので――宇宙的な規模をもつ種族の一員であり、その種族のうちのほかの生命体は、すべて退化した変体にすぎない。彼らの実体は、その体を構成する物質にこんなことばを適用できるとすれば、動物というよりはむしろ植物であり、その構造は何か菌(きのこ)に類するものである。」

「宇宙人たちの本隊は、風変わりな準備の整った、底の知れない深みに住んでいるが、そこはいかなる人間の想像も遠くおよばないところだ。われわれが全宇宙的実在の全体だと認めているこの地球という時空の小球体は、真の無限の中にある一個の原子にすぎず、そしてその無限は彼らのものなのだ。」





こちらもご参照下さい:

『ラヴクラフト全集 6』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)













































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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