『ラヴクラフト全集 3』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)

「しかしながら、(中略)余はむしろ、のけ者にされている身の辛さをありがたく思っているのである。
 なぜなら、(中略)余はおのれが局外者(アウトサイダー)、今世紀においてまだ人間でいるやつらのあいだではよそ者であることを、不断に承知しているからだ。」

(H・P・ラヴクラフト 「アウトサイダー」 より)


H・P・ラヴクラフト 
『ラヴクラフト全集 3』 
大瀧啓裕 訳
 
創元推理文庫 523-03 

東京創元社
1984年3月30日 初版
1991年11月1日 14版
341p
文庫判 並装 カバー
定価500円(本体485円)
カバーイラスト: Virgil Finlay
カバーデザイン: 龍神成文



巻頭カット1点、「資料」中モノクロ図版8点、「作品解題」中モノクロ図版12点。


ラヴクラフト全集 03


カバー裏文:

「二十世紀最後の怪奇小説作家H・P・ラヴクラフト。その全貌を明らかにする待望の全集――本巻には、アーカムやアヴドゥル・アルハザードが初めて言及される初期の作品や、ロバート・ブロックに捧げられた作者最後の作品をはじめ、ラヴクラフト宇宙観の総決算ともいうべき、時空を超えた存在〈大いなる種族〉を描く『時間からの影』など全八編を収録。」


巻頭文:

「幼い頃から天文学に興味をもちつづけたラヴクラフトは、広大な宇宙においては人類の存在など儚(はかな)いという根本認識のもとに、死後オーガスト・ダーレスによりクトゥルー神話としてまとめられてゆく一連の小説群を執筆した。本巻には、時空を超えて存在する超知性体〈大いなる種族〉の姿を描く、まさにラヴクラフト宇宙観の総決算ともいうべき『時間からの影』をはじめ、アーカムやアブドゥル・アルハザードがはじめて言及される初期の作品から、ロバート・ブロックにささげた最後の作品まで全八編を収める。」


目次:

ダゴン
家のなかの絵
無名都市
潜み棲む恐怖
アウトサイダー
戸口にあらわれたもの
闇をさまようもの
時間からの影
資料: 履歴書

作品解題 (大瀧啓裕)




◆本書より◆


「ダゴン」より:

「すべてが純然たる幻だったのではないかと自問することがよくある。ドイツの襲撃艇から脱出した後、日をさえぎるもののないボートで日射病に倒れ、錯乱状態になっての、熱にうかされた幻覚ではなかったのかと。そう自問してみても、その答として、恐ろしいほどなまなましい光景が眼前に甦ってしまう。深い海のことを考えると、いまこの瞬間にも、ねばねばした海底を這いまわり、のたうちまわり、太古の石像を崇拝したり、水を吸った海中の花崗岩のオベリスクに自らの憎むべき似姿を彫りつけたりしているかもしれない、あの名前さえない生物がきまって思いだされ、全身がわなわなと震えてしまうわたしなのだ。わたしは夢に見る。やつらが海面にまで登ってきて、戦争に疲れた微弱な人類の生存者を、悪臭放つ鉤爪で海中にひきずりこむかもしれない日を。陸地が沈み、黒ぐろとした大洋の底が大変動のうちに隆起する日を。」


「家のなかの絵」より:

「あらわれたのは、食人の風習をもつアンジック族の肉屋を描いた忌わしい第十二図だった。わたしはまた心が騒いだが、おもてにはださなかった。とりわけ気味が悪いには、画家がアフリカ人を白人のように描いていることだった。店の壁にぶらさがっている手足や四つ裂き部分は凄絶きわまりないもので、斧をもつ肉屋の主人はひどくふつりあいだった。しかし老人はわたしが嫌っているのとは正反対に、その図版をおおいに気にいっているようだった。
 「どう思いなさる。こげなもんをご覧になったことはありませんじゃろう。(中略)聖書で人が殺されるようなとこ、ミデアン人が殺されるようなとこを読むとき、こげなものを考えとりましたが、はっきり思いうかべることはできませなんだ。ところが、ほれ、ここにははっきり描(か)かれとる。罪深い絵じゃとは思いますがのう。けど、わしらは皆、罪をもって生まれ、罪のうちに生きとるそうじゃありませんか。この切り刻まれとる男を見るたびに、わしはむずむずしますのじゃよ。それでいつもじいっとながめておりますのじゃ。肉屋の主人が足を切っとるところがわかりますかな。頭がほれ、その台の上にあって、片一方の腕がこっちがわ、もう一方の腕が肉の塊のむこうがわにありますじゃろう」
 老人がぞっとするような恍惚状態になってもぐもぐいいつづけているうちに、眼鏡をかけ、髭に半分隠されている顔の表情は名状しがたいものになったが、その声は高まるというより低くなっていった。」



「無名都市」より:

「するうち気まぐれな松明の炎が明るく燃えあがり、わたしが探していたもの、突風を吹きだした遙か遠くの深淵の開口部を照らしだした。それが硬い岩を削って造られた、紛れもなく人手を加えられた小さな戸口であることを見てとったときには、もう目もくらむような思いがした。そのなかへ松明をさしいれてみると、けわしくくだる荒造りの階段とアーチ状の低い天井を備える、暗黒の通路があった。きわめて小さな段(ステップ)が無数にあって、急角度で下方につづいている。これが何を意味するかを知ってしまったからには、この階段は夜ごとにわたしの夢にあらわれることだろう。」

「このミイラ化した生物の悍(おぞ)ましさを伝えることなどできはしない。ときに鰐(わに)を、ときに海豹(あざらし)を思わせたりするものの、博物学者であれ古生物学者であれ、いまだ聞いたためしもない姿をもつ、爬虫類に属す生物だった。大きさはこがらな人間ほどで、前脚の先端は紛れもなく繊細な感じで広がり、奇妙なくらい人間の掌と指に似ていた。しかし何にもまして異様なのはその頭部だった。既知の生物学的原理を破る外形を示していた。(中略)角といい、鼻の欠如といい、鰐を思わせる顎といい、確立された生物分類学の範疇(はんちゅう)に収まりきるものではなかった。しばらくのあいだ、わたしはミイラが本物かどうかについて熟考し、(中略)無名都市が栄えていたときに現実に生きていた先史時代の種族であると、まもなく判断するにいたった。」

「わたしは見てしまった。妖異漂うこの世のものならぬ巨大なものを――眠れないままむかえる寂然とした呪わしい未明の刻限でなければ、とうてい信じられようもない、人間のあらゆる観念を遙かに超えたものを。」



「潜み棲む恐怖」より:

「それは、宇宙の最果(さいはて)でかきむしる魔的な音がときとしてかすかに耳にできるものの、われわれの限りある視力が慈悲深くもその存在を見えないようにしてくれている、外世界の虚無に巣食う名もなき暗い影の一つだった。」


「アウトサイダー」より:

「しかしながら、この新しい自由と熱狂のうちに、余はむしろ、のけ者にされている身の辛さをありがたく思っているのである。
 なぜなら、忘却が余を慰めてはくれたが、余はおのれが局外者(アウトサイダー)、今世紀においてまだ人間でいるやつらのあいだではよそ者であることを、不断に承知しているからだ。」



「戸口にあらわれたもの」より:

「エドワードが口にしたことは、さまざまな伝説が巣食う古めかしいアーカムの街ですら信じられないものだったが、エドワードは正気を疑いたくなるような誠意と確信をこめて、暗澹(あんたん)たる知識を口にするのだった。さびしげな場所で開かれる恐ろしい集会のこと、闇の秘密をはらむ深淵に通じる広い階段が地下にある、メイン州の森の中心部に位置する巨石建造物の廃墟のこと、不可視の壁を通って他の時空に通じる複雑な角度のこと、遠方にある禁断の地や他の世界や別の時空連続体を探検することが可能になる慄然たる人格交換のことを、エドワードはわたしに話した。」


「闇をさまようもの」より:

「ブレイクはそれと意識しないまま、いつのまにかまた多面体の石を見つめていて、その奇妙な影響力が自分の心にぼんやりした幻影を呼びおこすにまかせていた。ブレイクは見た。長衣をまとい頭巾をかぶる、人間ではありえない輪郭をもつものたちの行列を。空に達するかのような、刻み抜かれた石碑の立ちならぶ、果のない砂漠の広がりを。闇につつまれる海底にある塔と外壁を。冴(さ)えざえとした紫色の霞のあわい輝きのまえで、黒い霧がたゆたっている空間の渦を。そしてそれらすべての彼方に、黯黒(あんこく)の底知れぬ深淵を垣間見た。固体であれ流動体であれ、風のような揺らぎによってのみ存在が知られるだけの深淵では、雲のような動きをする〈力(フォース)〉が混沌に秩序を付与し、われわれの知る世界の秘密と矛盾を解く鍵を示しているようだった。」


「時間からの影」より:

「しかし伝承や印象のほとんどは、比較的後の時代の種族、科学に知られうるどんな生命体にも似ていない、奇妙で複雑な姿をした、人類が出現するわずか五千万年まえまで生息していた種族をとりあつかっている。この種族は、時間の秘密をつきとめた唯一の種族であるがゆえに、最も偉大な種族であるとされている。
 この種族は、何百万年もの時の障壁をよぎってさえ、自らを過去や未来に投影し、あらゆる時代の知識を学びとれる強烈な精神力によって、地球上で既に知られているか、あるいはいずれ知られるようになる、すべてのことを習得していた。」
「未来の知識を入手する場合、その作業は簡単であり、また物質的でもあった。適当な機械の助けをかりて、精神は、(中略)時間の先へと自らを投影する。そして予備的な吟味をおこなった後、その時代の生命体のなかで最も高度な種を代表する、見いだしうるかぎり最良の有機体を捕える。有機体の脳に入りこみ、脳のなかで自己の精神波を生じさせる。一方、追いだされた精神は追いだした精神の時代へ移され、逆転処置がとられるまで追いだした精神の体内にそのままとどまることになる。
 未来の有機体の体に投影された精神は、(中略)選んだ時代から学びとれるもののすべてと、その時代に蓄積された情報と技術をできるだけ早く習得する。
 その間、追いだした精神の時代と体内に投げこまれた追いだされた精神は、注意深く監視される。」



「資料: 履歴書」より:

「わたしが大好きな作家は――ギリシアとローマの古典の作者と十八世紀イギリスの詩人や随筆家は別として――ポオ、ダンセイニ、マッケン、ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、ウォルター・デ・ラ・メア、そういったタイプの作家です。幻想とは別に、わたしは小説におけるリアリズムを好んでいます――バルザック、フローベル、モーパッサン、ゾラ、プルーストといった作家です。(中略)わたしはヴィクトリア時代の文芸はほとんどすべてが嫌いで、ごく最近の逃避文学のようなもののほうが、それに先立つ文学の大半より有望であると信じます。」

「生活というものについては、まったく気にかけていませんし、気にかけるつもりもありません。五回ひっこしをしながらまだ手もとに残っている、生まれてこのかたずっと親しんできた、テーブル、机、椅子、本箱、絵画、本、置物といった、かなりの量の馴染深いものをとっておけるだけでいいのです。こうしたものがわたしにとって家を意味しています。こうしたものがなければ、わたしはどうすればいいのかわからないでしょう……」



「作品解題」より:

「ラヴクラフトが『闇をさまようもの』を執筆するにあたって念頭に置いたのは、主人公が受身であることに説得力をもたせることだった。一九三七年二月二十日付アーサー・ワイドナー宛書簡では、『闇をさまようもの』についてふれ、「わたしは小説の中心人物が来たるべき恐怖をまえに無力であるように描くことを好みますが、それは真の悪夢を見ているあいだ、人がもっぱらそういう状態であるからです」と記している。ここにうかがえるのはラヴクラフトの小説作法の骨法である。ラヴクラフトは「悍(おぞ)ましい運命がせまっている主人公を無力で非活動的」な人物にすることほど、「現実の悪夢に似た恐怖小説を書く」うえで効果的なものはないといい、「事実、夢想文学の秘訣は、中心人物を受身にして(夢想家として象徴化して)、出来事を中心人物にはどうすることもできない超然とした状態で漂わせること」だと記している。“中心人物”を“人類”と読みかえるなら、ラヴクラフトの全作品を貫く姿勢がはっきりとうかがえるだろう。」




こちらもご参照下さい:

『ラヴクラフト全集 2』 宇野利泰 訳 (創元推理文庫)


































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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