『ラヴクラフト全集 4』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)

「ピックマンは断固として人間じゃなかったんだ。奇怪な影のなかで生まれたか、禁断の門を開く方法を見つけだしたかのどちらかだ。」
(H・P・ラヴクラフト 「ピックマンのモデル」 より)


H・P・ラヴクラフト 
『ラヴクラフト全集 4』 
大瀧啓裕 訳
 
創元推理文庫 523-04 

東京創元社
1985年11月29日 初版
1990年11月9日 8版
347p
文庫判 並装 カバー
定価500円(本体485円)
カバーイラスト: Virgil Finlay
カバーデザイン: 龍神成文



巻頭カット1点、「資料」中モノクロ図版6点、「作品解題」中モノクロ図版19点。


ラヴクラフト全集 04


カバー裏文:

「二十世紀最後の怪奇小説作家H・P・ラヴクラフト。その全貌を明らかにする待望の全集――本巻には、ヒマラヤすら圧する未知の大山脈が連なる南極大陸は禁断の地を舞台に、著者独自の科学志向を結実させた超大作「狂気の山脈にて」をはじめ、中期の傑作「宇宙からの色」「ピックマンのモデル」や初期の作品「眠りの壁の彼方」など全七編を収録した。」


巻頭文:

「南極大陸の奥深く、ヒマラヤすら圧する未知の大山脈が連なる禁断の地に、ミスカトニック大学探検隊が発見したもの、それは地球が誕生してまもないころ他の惑星より飛来し、地上に生命をもたらした〈旧支配者〉の化石と、超太古の記憶を秘めた遺跡の数々だった! やがて一行を狂気と破滅の影が覆ってゆく……。「時間からの影」とならぶラヴクラフト宇宙観の総決算「狂気の山脈にて」をはじめ、中期の傑作「宇宙からの色」「ピックマンのモデル」や、初期の作品「眠りの壁の彼方」など傑作全七編を収録。」


目次:

宇宙からの色
眠りの壁の彼方
故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実
冷気
彼方より
ピックマンのモデル
狂気の山脈にて
資料: 怪奇小説の執筆について

作品解題 (大瀧啓裕)




◆本書より◆


「宇宙からの色」より:

「しかし空をさえぎるものもなく、五エーカーにわたって広がるこの荒涼とした灰色の地が、木々や野原が酸におかされてできた大きな染みのように、何一つ新しく育つものがないのはどうしてなのだろうか。大部分は旧道の北に位置しているが、南側にもすこしくいこんでいる。わたしは近づくのに妙な気おくれを感じ、ようやく足を進めたのも、仕事をはたす義務感にうながされてのことにすぎなかった。この広い場所には植物が何一つとしてなく、ただ灰色の塵(ちり)というか灰があるばかりで、それも風に吹き飛ばされることがないように思えた。焼け野の近くに立っている木々は病的に生育が阻害されていて、焼け野の縁では、枯れた木の幹が数多く、立ったままか倒れこんで朽ちはてていた。わたしは急ぎ足で進みながら、右手に古い煙突の煉瓦や地下室の石を目にしたが、もう誰もつかう者のいない井戸が黒ぐろとした口を開け、そこから昇るすえた蒸気が太陽の光を妙に揺らめかせていた。これにくらべれば、その向こうの、木々か陰をおとす暗く長い登り道さえ、まだありがたいと思えるほどで、アーカムの人びとが恐ろしげに声を潜めて話すことを、わたしはもう不思議にも思わなかった。近くには住居も廃屋(はいおく)もなかった。遠い昔でさえここはわびしく孤立した場所だったにちがいない。そして黄昏(たそがれ)が迫るころ、わたしはこの不気味な場所をまた通ることを恐れて、南にくだる道をたどり、遠まわりをして街にもどった。頭上の抜けるような青い空に対して、妙な怖気(おぞけ)が心にしのびこんでいたので、雲でも群がってくれればいいのにと、そんなことをぼんやり思ったものだ。」

「アミとしても、ひどい運命にみまわれた友人の恐ろしい最後の言葉を思わずにはいられなかった。「あれは何もかもがこことはちがうどこかからやってきよったんだ……先生のひとりがそうゆうとった……」ネイハムはそういっていたのだ。」

「ただの色にすぎなかった――しかしこの地上や宇宙の色ではなかった。アミはそれが何の色であるかがわかっているし、この最後の力ない名残がまだ井戸に潜んでいるにちがいないことを知っているために、それ以後まともではなくなっているのだ。」



「彼方より」より:

「「われわれは何を知っているというんだね」ティリンギャーストがいった。「われわれのまわりの世界と宇宙についてだ。われわれが印象をうけとる手段は莫迦ばかしいほどかぎられたものだし、まわりにある物体についてのわれわれの概念は、このうえもなく狭隘(きょうあい)なものなんだからな。われわれは見えるようになっているものしか見ていないし、見ているものの窮極の性質については、さっぱり理解してやしない。弱よわしい五つの感覚で、果しなく複雑な宇宙を理解しているふうをよそおってはいるが、われわれより強く、広く、異なった範囲の感覚をもっている他の生物は、われわれが見るものをまったくちがって見るだけじゃなく、間近にありながらもわれわれの感覚では絶対に見いだせない、物質、エネルギー、生命の世界全体を、その目で見て研究することもできるんだぞ。常づね思っていることだが、そういう手の届かない不思議な世界はわれわれのすぐそばに存在して、ついにこのぼくは、その障壁を破る方法を見つけだしたと思うね。」
「犬が闇のなかで吠えたり、猫が真夜中すぎて耳をつきたてたりする、その原因になっているものが見えるだろうな。そうしたものだけではなく、いまだ生きているものが目にしたことのないものも見えるだろう。時間、空間、次元を重ねあわせ、まったく体を動かすことなく、創造の根底を覗き見ることにもなるだろう」
 ティリンギャーストがこういったことを話したとき、わたしはやめろと忠告した。」

「突然わたしは一種増大した光景に心奪われるようになった。光と影からなる混沌としたものの上に、ぼんやりとはしているが、密度と永続性の要素をもった光景があらわれたのだ。正直いって、どことなく馴染(なじみ)のあるものだった。尋常ではない部分が、ちょうど劇場の絵のあるカーテンに映画が映されるように、ごく普通の地上の情景に重ねあわされていたからだ。わたしは屋根裏の研究室、機械、対面するティリンギャーストの見苦しい姿を見ていたが、馴染のあるものに占有されていない空間が、すべて空虚ではなくなっていたのだ。生きているいないは別として、いいようのない形のものが、胸のむかつくような混乱した状態のなかでいり乱れ、識別できるもののすぐ近くには、この世のものならぬ未知の実態の世界全体が広がっていた。知っているもののすべてが未知のもののなかに入りこんでしまったか、あるいはその逆のようだった。生きているもののなかで最もまえにいるのは、黒ぐろとしたゼリーのようなばけもので、機械の振動にあわせてだらしなく揺れていた。それが忌わしいほど数多く存在していて、恐ろしいことに、たがいに重なりあっているのだった。つまり、なかば流動的なため、たがいに、そしてわたしたちが実体があると思っているものに対しても、入りこむことができるのだった。じっとしていることはなく、何か邪悪な目的をもって、絶えず漂い動いているようだった。ときにはたがいに喰いあうことがあって、攻撃するほうは一気に餌食に飛びかかって、あっというまに喰いつくしてしまうのだ。」



「ピックマンのモデル」より:

「きみにもわかるだろうが、徹底した技法と自然に対する深遠な洞察があってこそ、ピックマンの描いた作品のようなものになるんだ。雑誌の表紙絵を描く三文画家にしたところで、絵具を荒あらしく撒き散らして、それを悪夢だの、魔女の宴(うたげ)だの、悪魔の肖像画だのと呼ぶことはできるが、本当に恐ろしいもの、真に迫ったものを生みだせるのは、偉大な画家だけなんだ。だからこそ、本物の画家は、恐ろしいものの実際の解剖学、恐怖の生理学を知り抜いている――つまり、眠りこんでいる本能や、生まれたときからうけついでいる恐怖の記憶に関係をもつ、正確な線や比率、普段は目覚めていない不思議な感じを刺激させる、色の対照や明暗の効果のことだ。(中略)ああいう偉大な画家たちは、生を超越するものをとらえて、それをわたしたちにも一瞬つかませることができるんだ。(中略)そしてピックマンは、匹敵する者が過去にも――ただそう願いたいが――未来にもいない人物なんだ。
 そういう画家たちが何を目にしているのかとは、聞かないでほしい。きみも知っているだろうが、普通の絵画の場合、自然やモデルを基に描かれた、生気あふれて息づいているものと、(中略)いかにもつくりものめいたつまらないものには、大きなちがいがある。そう、真の怪奇画家は、ある種のヴィジョンをもっていて、それを基にモデルをつくりだすというか、自分の生きている幽冥界から、現実の情景に相当するものを喚起するわけだよ。ともかく、真の怪奇画家の作品が見せかけだけの画家のつまらない夢想とちがっているのは、実物をモデルにつかう画家の作品が、通信教育をうける三文画家のでっちあげたものとちがっているのとおなじようなものなんだ。(中略)もしもわたしがあの男――あの男が人間であるとして――あの男の目にしたものを見たとしたら、わたしはもう生きてはいられないだろうからね。」

「わたしたちが見るものを単に画家が解釈するようなものじゃなかったんだ。慄然たる妥当性をもって明確にあらわされた、万魔殿そのものだったんだよ。神かけて嘘じゃない。あの男は絶対に幻想家やロマン主義者なんかじゃなかったんだ――あの男は色鮮やかに揺蕩(たゆた)うはかない夢を描こうとさえせずに、たじろぐことなく真っ向から、自分の目で十二分に見た、安定して機械的な、揺るぎのない恐怖の世界を、ひややかに嘲笑をこめて反映させていたんだ。その世界がいったいどのようなものなのか、その世界で走り、駆けずり、這いまわっている冒涜的な姿のものを、ピックマンがいったいどこで目にしたのかは、神ならぬ身の知る由(よし)もないが、ピックマンのイメージの不可解な源泉が何であれ、一つのことだけははっきりしていた。ピックマンはいかなる意味においても――構想と表現において――徹底した、骨身をおしまない、ほとんど科学的といっていいほどの現実主義者だったんだ。」

「ピックマンは断固として人間じゃなかったんだ。奇怪な影のなかで生まれたか、禁断の門を開く方法を見つけだしたかのどちらかだ。」



「狂気の山脈にて」より:

「人間以外のものが築きあげた、この悠久の歳月にわたって静寂の支配する迷宮にわけいったとき、わたしたちの思いや気持がどのようなものであったかについて、漠然とした考えを述べようとするにも、絶望的なほど当惑させられる、混沌とした捕えどころのない気分や記憶や印象を、たがいに関係づけなければならないだろう。」

「恐龍の時代に、この恐るべき建築物を築きあげて棲みついていたものは、(中略)既に古くから存在していた賢明な生物で、十億年もまえの岩にさえ、ある種の痕跡をのこしていた。地球の真の生命が可塑性のある細胞の集まりから脱するまえからあった岩、いや地球の真の生命が存在するまえからあった岩に、その痕跡をのこしているのだ。彼らこそそうした生命をつくりだして奴隷にした存在であって、まったく何の疑いもなく、『ナコト写本』や『ネクロノミコン』といった書物が恐怖もあらわにほのめかしている、慄然たる原初の神話にあらわれるものの原型だったのだ。彼らは地球がまだ若かったころに他の星ぼしから到来した、大いなる〈旧支配者〉――異質な進化によってつくられた組織とこの惑星がいまだかつて生みだしたことのない能力をもつ生物――なのだった。」



「資料: 怪奇小説の執筆について」より:

「怪奇小説を執筆するうえで、わたしが常にこのうえもない注意をはらうのは、ふさわしい気分と雰囲気を生みだし、必要なところでかならず強調しようとすることです。生硬でまがいもののパルプ小説は別として、客観的な行為や型にはまった感情を紋切り型に記したのでは、ありえざる現象、不可解な現象、考えられない現象を描写することはできません。想いもよらない出来事や状態には、克服しなければならない特殊な困難さがあり、これが達成できるのは、あたえられた一つの驚異にかかわるものを例外として、小説のあらゆる局面において注意深い現実主義を維持することによるしかないのです。」




こちらもご参照下さい:

『ラヴクラフト全集 3』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)











































































































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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