『神道集』 貴志正造 訳 (東洋文庫)

「「ああ、さてはわが身は蛇になってしまったのか、恥ずかしや」
 と、三郎は仏壇の下へ身を隠してしまった。」

(「諏訪縁起の事」 より)


『神道集』 
貴志正造 訳
 
東洋文庫 94 

平凡社 
昭和42年7月10日 初版発行
昭和44年6月20日 3版発行
331p 目次2p
18×12cm 角背布装上製本 
機械函
定価450円



本書「解説」より:

「全十巻、五十篇の中・短篇作品によって構成される『神道集』は、(中略)諸社の縁起と神々の本地を説いたもので、筋としては御伽草子風の単純な物語的由来譚が多く、説話や民間信仰研究の上からも興味深いいろいろの問題を含んでいるが、もちろんなかには公式縁起・官撰縁起的なものや、純然たる神道論的教義で終始しているものもある。」


本書「あとがき」より:

「ここに口訳をほどこした十九篇は、(中略)いずれも説話として興味ふかいものばかり、むろんその全貌は伝ええないとしても、(中略)量的には全体の三分の二近くを収めえている。」


二段組。


神道集


目次:

熊野権現の事
二所権現の事
諏訪大明神の秋山祭の事
諏訪大明神の五月会の事
三島大明神の事
児持山大明神の事
蟻通し明神の事
橋姫明神の事
赤城大明神の事
伊香保大明神の事
葦苅明神の事
覚満大菩薩の事
鏡の宮の事
釜神の事
富士浅間大菩薩の事
八ヵ権現の事
那波八郎大明神の事
北野天神の事
諏訪縁起の事

解説
あとがき




◆本書より◆


「諏訪縁起の事」より:

「ある年の三月中ごろ、甲賀三郎は国中の武士を召集して、伊吹山で七日間の巻狩りを催した。」
「巻狩りもすんで、八日目の昼ごろ、勢子たちが口々に報告した。
 「上の山に大きな鹿の大王が二頭連れで現われました。起こそうとしましたが、それがビクとも動かないのです」
 甲賀三郎はこれを聞いて、
 「なんの起こさずにおくものか。この三郎諏方が起こしてみせよう」
といって上の大嶽へ登っていった。
 そのあとに奥方は和琴(わごん)を弾き、多くの双紙(そうし)類を楽しみながら、女たちに今様(いまよう)を歌わせていた。そこへ上の松原から美しい双紙が三帖降ってきた。奥方が手に取ってこの双紙を見ていると、双紙が突然、赤糸で角髪(みずら)を結(ゆ)った美しい児(ちご)に変わったかと思うと、奥方をさっとつかまえて、東北をさして逃げ去った。(中略)上の大嶽へこの事態を知らせると、三郎もびっくり仰天、麓の野原へかけ下りて捜し回ったが、館には屏風がポツンと残されているだけで、なつかしい人はいない。三郎は両眼をとじて、しばらく天を仰いで考えていたが、
 「きっと、これはこの山の天狗らのしわざだ。考えられるかぎりの所を、わたしは捜してみたいと思う。(中略)日本の山々を捜してみて、それでもだめなら、中国・朝鮮の国々、陸地は足の及ぶかぎり、海上は艪櫂(ろかい)の続くかぎり、この三郎諏方(よりかた)の命のある間は捜してみよう」
 そういって旅に出た。」
「山城の国比尾田(ひおた)の大嶺神井山をはじめ、畿内五ヵ国の山々、一つ一つしらみつぶしに尋ね回ったけれども、恋しい人に行き会うことができなかった。それではと東海道へ移り、東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海道の山々をくまなく捜して回ったけれども、やはり恋しい人には行き会うことができなかったのである。
 甲賀三郎も今は力つきて帰ってきた。乳母の子宮内(くない)判官が言い出した。
 「すっかり忘れていましたが、信州笹岡郡の蓼科(たてしな)山を見落としていたのが気にかかります。このついでにおいでなさいませんか」
 そこで三郎はさっそく蓼科山へ出かけた。ここかしこ捜しながら行くと、北峰から東北の隅の方に大きな楠の木がある。ぐるっと回って見ると、人間の入れるくらいの大きな人穴(洞窟)がある。怪しいと思って、身を伏せて中をのぞいてみると、恋しい姫が最後に着ていた、獅子に牡丹の着物の小袖と、髪の毛が一房かなぐり捨ててある。(中略)三郎は大喜びで、侍たちに藤蔓(づる)をたくさん切り集め、大きな簍籠(あじか)を編んで八方から八本の繩を付けさせて、(中略)穴に入っていった。」
「簍籠(あじか)からおりてあたりを見回すと、東と思われる方角に大きな人穴がある。この道を四、五里行って見ると大きな野原があった。さらに十五、六里行くと大きな池がある。波は漫々とたたえ、渚(なぎさ)の小石は白銀のよう。その美しく清潔なことは、極楽の八功徳水(はっくどくすい)のようである。岸には古木でもなく若木でもない杉の木立が茂り、心は思わず澄みきってゆく。」
「見れば小山の中に紫竹が茂っている。その中に細道が一つある。不思議に思って行くと、八棟(やむね)造りで檜皮葺の小さな御殿がある。縁へ上って見たが人は一人もいない。怪しいと思って耳を澄ますと、はるか奥の障子の内でお経を読む声がする。(中略)不思議に思いながらさらに近寄って聞くと、まぎれもない春日姫の声。(中略)奥方、ハッと三郎を見つけて、
 「夢でしょうか、夢――」
というなり袂にすがりつき、
 「――夢ならば、さめたあと、どうしましょう」
と、哀れや消えるように気が遠くなった。」
「ややしばらくして、
 「この家の主人はどこへ」
と問えば、春日姫が答えて、
 「百済(くだら)の国の真照天王の姫宮はお顔が美しいから、さらって来てわたしの友だちにしようと、捕りに出かけました」
 「それはいい隙だ。この隙に、急ぎなさい」
と肩にかついでもとの場所へ走り戻った。さきの簍籠(あじか)に入って、八方の繩を動かすと、上では侍たち、一生懸命力を合わせて引き上げた。そこで奥方を馬に乗せようとすると、奥方が泣く泣くいった。
 「祖父の春日権守が(中略)じきじきに下さった面影(おもかげ)という唐の鏡をあそこへ忘れて来てしまいました。あの鏡が穴の底にあれば、たとえわたしが邸へ帰っても、その鏡をたよりにまたあの魔物がやって来るでしょう。わたしはもう一度さらわれて、生き別れをするのが悲しいのです」
と気が遠くなるほど嘆く。甲賀三郎は、
 「そんなら、この諏方(わたし)がもう一度行って取ってこよう。そなたはここでお待ちなさい」
といって、また引返して人穴に入っていった。」

「兄の甲賀次郎諏任(よりただ)は、内心物猜(ねた)みの烈しい人であった。心中ひそかに考えたのである。
 「同じ腹に生まれた兄弟の兄である自分は当然上にあるべきだ。なのに弟三郎に先を越され、彼の命令に従わねばならぬとはどうも心穏かでない。今この機会にこの繩を切り落とし、三郎を穴の底で責め殺した上、春日姫を妻にして世の中を治めよう。(中略)」
と思い立った。情けないことである。
 そこで家来たちに命じて春日姫を甲賀の館へ連れ込んだ。そして三郎の乳母の子、宮内判官経方(つねかた)を例の人穴の岸に縛りつけ、首を切って穴へほうりこんだ。また一族親類二十余人の首を切ってさらし首に懸けた。
 「残った奴ばらはどうする」
といったところ、誰もかれも次郎を主人として臣従を誓ったので、それなら許してやろうと家来にして召し連れた。」

「その後、春日姫は三笠山の奥にある神出(かみで)の岩屋という深い谷に閉じ籠った。」

「話かわって、人穴にいる甲賀三郎、(中略)急ぎもとの簍籠(あじか)の所まで引き返した。見れば八方の繩は切り落とされ、人々の首と死骸の山である。
 「これはどうしたことか」
と天を仰いで考え込んだ。」

「ほかにする事もないので、ぶらぶらと東方さして細道を歩いて行くと、大きな松原があってその中に大きな人穴があいている。不思議な事に思って中へ入ってゆくと、大きな国へ出た。(中略)その国のようすを見ると正月ごろらしく、人々がたくさん集まって的を射ている。三郎は的庭(まとにわ)に出て見物していると、人々はひどく驚いているようす。その中の親分と思われる人が三郎の顔をつくづく見つめて、
 「どこからおこしの方ですか」
と尋ねた。
 「わたしは(中略)甲賀三郎諏方(よりかた)と申す者です。思いもよらず、この国に迷いこみました」
というと、この人はうなずいて、
 「日本の国にそういう人がおられることは話に承っています。あちらへお入り下さい」
と自分の館へ迎え入れて歓待し、三日間退屈させずもてなしてくれた。三日目の昼、三郎は、
 「それではおいとまします」
といとま乞いをして出たが、立ち戻って、
 「どの方角に向かって行けば国がたくさんございますか」
と尋ねた。主人は指さして、
 「あの東の方へ向かって歩いてゆけば道があります。それから、この国は好賞国(こうしょうこく)というのです」
と教えてくれた。」

「かくてこの国を出発して行くと、とほうもなく大きな人穴がある。この穴の道を七、八里ばかり行って見ると大きな国へ出ることができた。この国のもようは五月中旬らしく、早苗(さなえ)を取っている所があった。(中略)田の指揮者が三郎をじろりと見ると、(中略)五月女(さおとめ)たちも三郎を見て、
 「あら恐ろしい。この人は、人間ばなれのした人ですね」
とささやき合う。」
「「これより東方さして道を行けば必ず大きな国へ出られるはずです」」
「「この国は草微国(そうびこく)と申します」」

「この国のようすは秋のころかと思われ、稲を刈っている所へ到着した。指揮をする人は(中略)三郎をちらりと見るなり恐ろしがるようすである。三郎はその前に膝をついて、
 「わたしは日本人でございますが、思いがけなくもこの国に迷いこんで来ました。これよりあちらの方にも国はございますか、お教え下さい」
とさめざめと泣きしおれると、この人もともにもらい泣きして、
 「お気の毒に。あなたは情の深い人です。この国へは日本人などが、容易な事では、それも姿をかえないで来られる所ではありません。」」
「「ここから西北の方角に道があります」」
「「この国の名は草底国と申します」」

「その国のようすはちょうど冬のころかと思われ、雪群が山全体に降りつもって、経験をつんだ老馬でも道を忘れるほど白一色の雪山は、足跡を踏みつけたところもない。」」
「「ここから北の方へ向かう道をお行きなさい」」
「「この国は雪降国(せっこうこく)と申します」」

「そのありさまはちょうど夏のころかと思われ、田の草取りをする所へ出くわした。指揮をする(中略)人が、酒宴をしつつ三郎を見て、恐ろしがって、
 「あなたはどこの国の人ですか」
と尋ねた。」
「「あなたはどうにもただのお方とは思われません。このわたしは、近江の湖水が千年たって桑原となり、また千年たって湖水となった事実を三度まで実際に見てきたけれども、日本人が姿を変えないで生きながらこの国へ来たことは、これまでまだ見たことも聞いたこともありません。ましてこのようにまのあたりお目にかかる事など、昔物語にも聞き伝えていません。ここから出られたら西南の方へ向かう道があるでしょう」」
「「この国を草留国(そうるこく)と申します」」

「その国のありさまは秋のころらしく、栗を刈って干している山里へ出た。」
「「この国を自在国(じざいこく)といいます。これより西北の方に向かう道を行きなさい」」

「その国のようすは三月半ばごろと見えて、優美な女たちが十四、五人、焼野の茅花(つばな)狩りをして遊んでいる所がある。高官たちは酒宴を催し、身分低い人たちは茅花を抜いて走り回っていたが、三郎を見付けて大騒ぎとなった。」
「「ここから東北に向かう道をおいでなさい。この国は蛇飽国(じゃほうこく)といいます」」


「この国のようすは、ちょうど正月ごろらしい。」
「「ここから東の方に小山が見える。その麓にある小松原の中の細道をおいでなされば、大きな人穴があります。この国は道樹国(どうじゅこく)と申します」

「その国のようすは、ちょうど冬らしく、(中略)東の方を見わたすと、東山の小笹に置く雪は白皚々の原である。櫻・梅・桃・梨などの木立の色を見れば、わけありげなようす。南の方を見わたせば、大池の波漫々たるありさま、寄せてくる白い波の花は白馬がやってくるようである。杉の群立(むらだ)ちや小松原は大きな水面に影を宿している。西の方を見ると紫竹・呉竹の枝が立ち並び、小枝に群れているむら雀のさえずる声も身にしみて、心は先へ急ぐけれどもこの身はなかなか行き過ぎることができない。北の方を見わたせば、蓬莱(ほうらい)、方丈、雪の山、一面まっ白の梢も自分を慕うのかとなつかしくて、行き過ごしかねる旅の空に心のこして、ようやくぶらぶら歩いてゆくと、はるかな野原の中に檜皮葺(ひわだぶき)の小さな御堂がある。
 三郎は立ち寄ってしばらくからだを休めていると、八十余りに見える一人の老僧が出て来て、
 「どちらから来られた方じゃ。物思うようすでいなさるが、愚僧ももとは日本国の者でござるよ。一人の母を魔王にとられ、その行くえをさがしたところついに死骸だけを発見した。その報恩のためこの御堂を建立して、朝夕の勤行(ごんぎょう)をしているが、結局日本へも帰ることができず、こうして月日を送っているのですよ」
と語られる。」
「「甲賀殿、これより北へ向かう細道をおいでなさい。この国の名は好樹国(こうじゅこく)と申します」」

「その国のありさまはちょうど五月のころらしく、早苗(さなえ)を取っている所がある。」
「「ここから西北の方に向かう道をおいでなさい。この国の名は陶倍国(とうばいこく)と申します」」

「その国のありさまは夏の季節らしく、田の草取りをしている所がある。」
「「ここから南に向かう大きな道をおいでなさると、不思議な国があるはずです。この国の名は半樹国(はんじゅこく)と申します」」

「このようにして三郎は七十三の人穴と七十二の国を通り過ぎて、たどりついた所には、鹿追いの室を造って、七十歳余りの老翁が、その内に居て鹿を追うていた。」
「「この国は維縵国(ゆいまんこく)と申します。あなたは日本人とお見うけするが、よくまあ姿を変えずにここまで通過してこられましたね。不思議なことです。わたしは姿こそ賤しいけれど、この国の王です。この国には毎日の主要な日課として鹿狩りをする風習があります。若い者たちは皆狩場に出かけたので、わたしは退屈の余りこうして鹿室に居るのです。こちらへお入りなさい」」
「そこへ兵士が二、三百騎うちつれて生捕ってきたたくさんの鹿を翁の前へ置いた。翁はそれを分相応に分配して帰らせる。その後で翁はいった。
 「あなたは春日姫のことで、兄甲賀次郎に捕えられて、ここまで迷ってきたが、春日姫もまた恋しいあなたに別れた悲しさに、(中略)三笠山の奥の神出の岩屋へこもって嘆いているのですよ。ここから先にはもう国はないから、あなたはどこへも行けないのです。この国を北へ行けば、木の葉が沈み、石が流れるような川があり、それを過ぎれば、死出の山、三途(さんず)の川、琰魔(えんま)の国があるだけです。だから、この国でしばらくのんびりと心を休めてゆかれるがよい」」
「こうして二、三日過ぎたので、翁は三人の姫君を呼び寄せて酒宴を催した。」
「三郎は(中略)、その中から末娘を選んで夫婦の約束を結び、浅からぬ愛情をかわした。」

「かくて年月を送るうち、早くも十三年と六ヵ月がたった。」
「三郎は(中略)かしこまって、
 「この諏方、分にすぎた望みが出てまいりました。故郷が恋しく、親の病床が見舞いたくてなりません。ですから、もしお許しがいただけるものならば、日本へ帰りたいと思うのです」」
「「それはどうなりと、そなたが自由にはからいなさい。ただ、この国に何年か滞在された記念として、三郎殿にわが国の秘所を拝ませて上げよう。日本へのみやげ話になさるがよい」
 そういって翁は、三郎と奥方をつれて、後ろの呉竹(くれたけ)の中の細道を歩いて行くと大きな野原へ出た。だんだん行くと、檜皮葺の八棟造りの小さい御殿があった。中に入って一日酒宴をし、その夜はここで明かした。三日たつとまた大きな野原へ出た。」
「八日目の昼、翁が(中略)三郎に「四季の門をお見せしよう」という。東の門をおし開くと、春の景色であろうか。柳に桜の花がにおい、東から吹いてくる こち風に誘われて糸柳が乱れ散る。」
「南の門をおし開くと、夏の景色であろうか。」
「西の門を開くと、秋の景色であろうか。」
「北の門をおし開くと、冬の景色であろうか。」

「信濃の国の浅間の嶽へ出た。」
「思えばわが身はこの大地の底で幾百年を過ごしたのであろうと考えると、限りもなく心細い。まちがえて仙郷に入ってしまった王質が家に帰ったら七代目の子孫に逢ったと聞くが、この諏方は、妻に子どもが授からなかったのだから、七代目の孫や子に逢うこともない。一族親類の者にも逢うはずはない。いっそ以前の場所で死ぬべきであったか、と悲しむうちにその日も暮れた。」
「翌日はちょうど御堂の講にあたり、聴衆が大ぜい集まった。格子の中へ先に入った子どもたちが、三郎を見つけて、
 「ああ恐ろしい。ここに大きな蛇がいる」
とあわてて外へ逃げ出して行こうとする。
 「おれは甲賀三郎という者だ」
というと、
 「ここにいる蛇は舌を出しておれたちを呪(のろ)っているぞ」
と手に手に持った杖で打ってかかる。
 「ああ、さてはわが身は蛇になってしまったのか、恥ずかしや」
と、三郎は仏壇の下へ身を隠してしまった。」





こちらもご参照下さい:

ラフカディオ・ヘルン 『東の国から』 平井呈一 訳 (岩波文庫) 全二冊
川村二郎 『語り物の宇宙』
















































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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