岩崎武夫 『さんせう太夫考 ― 中世の説経語り』 (平凡社選書)

岩崎武夫 
『さんせう太夫考
― 中世の説経語り』
 
平凡社選書 23

平凡社 
1973年5月28日 初版第1刷発行
1983年1月20日 初版第7刷発行
274p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,400円



本文中図版(モノクロ)18点。


岩崎武夫 さんせう太夫考


カバー文:

「安寿の死がなければづし王の生命更新はなかったし、づし王地震の蘇生と切り離しては、安寿の死は考えられない。生と死がここでは矛盾しながら統一され、成年式の様相を示している。説経を貫く、ひとつの大きな主題は、死と再生というパターンである。安寿とづし王の関係は、成年式におけるドラマをあらわしているといえよう。」


カバー裏文:

「死と蘇生の独自な物語を担って諸国の
祭りをおとずれた説経の者たち――彼
らは社会的には賤民として忌避され、
厳しく差別視される一方、呪術的な聖
性を身につけるものとして定住の民か
ら畏怖されていた。
彼らの語る説経が、民衆の魂の救済と
根源的に結びついていたからである。
本書は、従来の国文学的研究に、民俗
学、人類学、社会学的視点を導入し、
説経の代表的作品を徹底的に分析して、
中世民衆の隠された可能性に光をあて
る労作である。」



目次:

説経序説
 簓説経から浄瑠璃説経へ
 講説説経から簓説経へ
第一章 「さんせう太夫」の構造
 天王寺での蘇生
 対比の論理
 禁忌の構造
 遁走と解放
 祭りの両義性
第二章 「しんとく丸」と母子神信仰の世界
 贖罪と祓い
 巫女と観音
 あるき巫女の眼
第三章 「小栗判官」――侵犯・懺悔・蘇生
 英雄小栗の意義
 侵犯と挫折
 餓鬼身蘇生
 荒人神としての小栗
第四章 「かるかや」と聖の世界
 恩愛と道心
 俗生活の断念
第五章 「愛護の若」と説経の終焉
補論 在地の語り物と漂泊の文学
 説経と念仏聖
 説経と『神道集』
 都市への志向
 賤民の意識
 大地の神々と巫女
あとがき




◆本書より◆


「「さんせう太夫」の構造」より:

「天王寺に至る以前の世界は、時間の論理に規制された、いわば放浪と遁走のモチーフが主旋律となっている、そういう世界である。」
「支配者の力(暴力)の論理と、支配される側のそれに対する積極的な抵抗や反撃を放棄している、閉ざされた暗い情念の世界とが対比されたままで執拗に向かい合っている。そしてこの二つの論理の間の断絶や対比の関係が鋭く際立っていけばいくほど、後の天王寺における生命の転換と更新の劇が、強い感銘と解放感を伴って意識されてくるという構造になっている。
 いま、二つの論理が、対比の関係としてどのようにつかまれているか具体的にあげると、さんせう太夫に托されているものは、父の権威を絶対化した家父長としての土豪のイメージであり、そこでは権威化された父のイメージが、必要以上に、しかも悪として強調されている。」
「これは家族(血縁)というタテの組織を支配の軸にしていることを表わしており、その軸の頂点にいる父の権威を絶対化している方法である。一方被使用人としての安寿やづし王には、(中略)中世における奴隷的な家人層のイメージが投影されている。前者が在地(由良)に根づく土豪で、家族的共同体的な結束を示しているのに対して、後者は母を中心にして、その周囲にづし王や安寿が結び合わされている、土地から切り離された漂泊者のイメージを喚起する。」

「「かるかや」の話は、(中略)父子の恩愛をテーマとしたものであるが、父のかるかやは、子への情愛にひかれながら最後まで道心を守りぬいて、ついに親子の名のりをしなかったという筋である。(中略)そして後には親子揃って仏として浄土へ生まれ替わり、そこで一家再会と団らんの喜びにひたるというのがその結末である。」
「注目したいのはその構造である。それはこの語り物の世界が、この世では絶対に名のりをあげることはできない、あるいは一緒に暮らすことはできないという現世生活に対する強い断念の上に立って、父と子、子と母姉の間に通う情愛をとらえていることである。」
「この断念を支えているものは、現象的には現世的生活への絶望であり、たとえそれが幸福な家庭生活であっても、結局は空虚な仮象にすぎないという、いわばこの地上における家庭生活に対する否定的な認識であろう。
 そしていまひとつの動機として考えられるのは、この作品を担い、都市や村々をめぐり歩いた唱導説経の徒の生活意識である。彼らは生涯のほとんどを漂泊と放浪に過ごしていた。たまたま一箇所に定住しても、そこは彼らにとって安息の地とはなりえず、せいぜい仮宿的な意味のものでしかなく、説経などの宗教的な語り物を携えて、各地を漂泊していたのである。その彼らにとっては、土地に根を下ろした一家団らんの家庭生活なるものが、不可能であるだけに憧憬の対象であったであろう。しかし彼らは憧憬と同時に、そうした定住生活に対する否定的な、ある種の断念を抱いていたこともたしかである。」

「説経は定住社会に席を持たぬ制外者(にんがいしゃ)(漂泊民)の担った語り物である。あるいは定住社会の人間から賤視されているものの意識が創り出した語り物といってもよい。そしてこの賤視されている意識が、禁忌の意識と重なり、忌み穢れに対する感覚となって、常に作中の主人公の存在に絡まり、規制しているところに説経の本質があるといえる。」

「「さんせう太夫」という作品は、さんせう太夫が、安寿やづし王に加える陰惨な虐めのくり返しに特徴のある残酷譚であるが、反面明るい蘇生譚をもって締めくくるオプチミズムを併せもっている。この暗さから明るさへの転換を生み出すものは何か。説経の核心がここにあるといえよう。」
「結論からいうと、それは禁忌される存在であることが、逆にもっとも聖化される可能性のある存在であるとする、信仰的確信に支えられた論理の発見にあった。」
「別屋や松の木湯舟が、忌み穢れたもの(安寿やづし王)を隔離し、封じ込む、死に至らしめる処刑の場であったことについてはすでに見てきたとおりである。しかし松の木湯舟の場合、湯舟をあおのけて、その中へ二人を密閉し、餓死させるという方法は、いまひとつの見方をすると、清浄な身心を獲得するために食事を断ち、忌み籠りの苦行をしている若者の姿を連想させる。これは民間習俗における復活の秘儀に近いものである。」
「忌み穢れたものを隔離し、封じ込む処刑の場が、同時に蘇生のための忌み籠りの場でもあるという重層した映像、あるいは、死の経験の中にすでに、予告としての蘇生が暗示されているという禁忌における構造上の特殊性、ここに説経における禁忌の本質がある。」

「譜代下人が、実際に主家より逃亡(走り入り)をくり返し試みたように、安寿やづし王も、遁走に全身を賭けていく。「さんせう太夫」におけるひとつの主要なモチーフが、閉ざされた情念の表白にあるとすれば、いまひとつのモチーフは、二人の、遁走に賭けていく盲目的ともいえる情熱と実行にある。
 天王寺の場の構造と論理が、解放的で明るく、変化にとんだ世界を形成しているのに比べると、対比の論理によって構成されている世界(天王寺以前の世界)は、こわばりと停滞が目立つと断わっておいたが、この硬直した対比の世界を内部から揺さぶり、いわば人間的な生気を吹き込んでいるものが、この遁走への情熱と実行であったといえよう。
 遁走が現実の譜代下人層にとって、逆説的な生の一表現であるように、安寿やづし王にとっても、それは家父長的なさんせう太夫の権力から逃れうる唯一の方法であり、秩序の外へ逃亡することが、そのまま生命の自己解放に直結することでもあった。太夫の支配する世界から、国分寺→天王寺へと遁走するづし王の姿には、秩序外の人間として生きることが、乞丐人の身分に転落して生きることと同義語であり、この治外法権化した乞丐人の身分に落ちきることによって、はじめて天王寺が射程の中に入ってくるという論理的な展開をみせている。
 落ちきるだけ落ちきることによってしか、生命の転換と更新の機はつかめないのであって、落ちきることが、逆に生命の復活と再生=自己解放をもたらすという論理には、どのような抑圧や弾圧にも容易に屈しない、民衆の姿があり、そうした民衆のいわば負におけるエネルギーを抽出し、それに形を与えたのが説経「さんせう太夫」の世界であったといえよう。」

「中世において、特定の寺社がアジールとしての特色を持ち、村落生活からの脱落者、犯罪者などを収容し、保護したことは広く知られている。そこは一種の治外法権的な世界であって、権力者の干渉もそこまではとどかない仕組みになっていた。中世末期、高野山がこのアジールとしては最も大きな規模で存在していたこと、遁科屋という避難所があって、社会秩序からはみ出したものを受け入れ、頼ってきたものに対しては高野山の衆徒が総力をあげて庇護した記録がある。」



「「しんとく丸」と母子神信仰の世界」より:

「興味があるのは、乙姫がしんとく丸の救済者としての資格を得るのは、その長者としての身分を捨て、巡礼に様を変え、放浪者のひとりとしてしんとく丸の前に現われたときであり、このことは説経を語る漂泊民の発想や方法が、定住農耕民的なものと異質なものをもっていることを物語っている。
 しんとく丸の心の中に滓のように澱んでいる恥辱の意識には、定住農耕社会から疎外され蔑視されていることに対する激しい怒りが隠されており、それが生命更新の旅を断念し、天王寺持仏堂の縁の下に隠れて餓死を待つ汚辱にまみれた癩者のイメージに結晶したのであろう。
 それはあらゆる社会的な救済の手を拒み、孤立と絶望の中で意志的に死を選ぼうとしている姿であり、そこに漂泊民の隠された意識のひとつの表出と定着があったと思う。
 この恥辱感こそ、しんとく丸の世界の核心であり、それを軸とする発想が、遠い過去から連綿と伝わる母子信仰の伝承を媒介にして、母神を離れた幼神の孤独と枯死に至る運命をイメージとしてよび寄せ、さらにその上に、仏教的な因果観とも重なり合って、業苦(癩)に悩むしんとく丸の像を形象したのであろう。」

「断わるまでもないが、他人の罪障を代わって担い、それを祓いすてるのが、あるき巫女の重要な職能のひとつであったことは各方面の記録を照してみればわかる。」
「しんとく丸のかたくなな態度をふりきって、その癩身を両腕にいだきとり、肩にかついで天王寺七村を袖乞いするというイメージには、むしろ異様といえるほど献身的で、巨人化されたあるき巫女の象徴的な姿が垣間みられるであろう。
 罪障を担い、そして祓いすてる職能に生きる巫女であるからこそ、癩病という業疾に対して恐れげもなく近づき、抱きとっているのである。」
「しんとく丸の癩身を抱きとり、肩にかついで町屋にでる(袖乞いする)という乙姫のイメージは、あるき巫女たちの日常経験を踏まえた想像力がつくりあげたものであろう。」



「「小栗判官」――侵犯・懺悔・蘇生」より:

「小栗の異常なまでの傲慢さ(中略)は、(中略)とりも直さず定住社会に対する挑戦とみられなくもない。」
「漂泊する自由を求めつつ、それを現実の抑圧する状況に対立させ、それに戦いを挑む中から英雄小栗は形象されたが、その小栗は英雄の宿命に従うかのごとく、都市や村落共同体を衝撃し犯した。(中略)犯すことが自己の漂泊者としての自律性を確認することであった。」



「「愛護の若」と説経の終焉」より:

「孤独な漂泊神への変身の過程で、愛護が発見したものは、不当な差別を押しつける権力の実体であり、にもかかわらず、愛護と賤民を結ぶ固い絆であったといえよう。」
「愛護の漂泊神としての姿は、村落共同体にとって零落した忌避すべき神なのであって、いれい者の杖で打つという恥ずかしめの中に、愛護に対する激しい蔑視と嫌悪の念が隠されている。しかしその侮蔑的な行為は、村落共同体自身にとって、豊穣を損う災難から身を守るための自己防衛的な行為であり、ある意味では不可避的な性格のものであったといえる。それだけに愛護にとっても、その不可避的な忌避の態度に接して、孤独な漂泊神としての性格を捨て、呪咀神へと変貌し、村落共同体に復讐するおそるべき祟り神としての霊威をふるうという関係が必然化するのである。」
「しかし、このような呪咀神から再び漂泊神へ戻ったとき、愛護はそれが自己の宿命であるかのように自殺する。呪咀神としての瞬間的な変貌に最後のエネルギーを費い果たして、再び漂泊神としての悲哀に包まれながら命を絶つのである。」
「さてその死は百八人もの犠牲を伴う自殺劇となる。そこに漂泊民の終焉をみることもできるであろう。」
「「愛護の若」における復活の挫折が物語るものは、説経などを語り歩いた漂泊民の漂泊の挫折とその終焉を暗示している。その挫折感の深刻さを訴えるものは、いうまでもないが百八人の集団自殺である。社会のあらゆる階層の人々が網羅されており、(中略)愛護を受け入れたものは当然として、拒否したものをも捲込んですべてを死の世界に押し流してしまた終局こそは、漂泊生活の終焉に対して、漂泊民が傾けつくしたエネルギーの総決算であり、死の祭であって、自らの手で自らを葬り去ろうとした鎮魂の儀式であった。」





こちらもご参照下さい:

岩崎武夫 『続さんせう太夫考 ― 説経浄瑠璃の世界』 (平凡社選書)


















































































































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分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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