山田憲太郎 『香談 東と西』

「たとえば古代の日本の名称である「倭(わ)」という名を、初めて西方に紹介したのは、九世紀のアラビアの地理学者イブン・コルダードベーであった。かれはワク・ワク(倭)の国には、黄金がたくさんあると伝えている。」
(山田憲太郎 「乳香は神、没薬は医師、黄金は王」 より)


山田憲太郎 
『香談 東と西』
 

法政大学出版局 
1977年11月1日 初版第1刷発行
2002年6月1日 新装版第1刷発行
v 294p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,500円+税



本書「あとがき」より:

「本書の各文はこの十年ほどの間に、各方面から乞われるままに草したものである。できる限り平易に、多くの人にわかってもらうように、私の四十数年来の香料史研究の一端を洩らしたつもりである。」
「全体を通読していただけば、史的な随想であっても、東西にわたって香料史全体の姿が浮ぶ筈である。」



本文中図版(モノクロ)多数。


山田憲太郎 香談


カバー裏文:

「脂粉の香・甘美の香・幽玄の香など、失われつつある香料のにおいが、かつて人間生活においてどのような役割を果たしてきたか――香料に関する歴史上のエピソードや、その東西交渉史にまつわる知られざる事実の数々を語りながら、欲望に彩られた風俗の世界を渉猟する。――『香料』『南海香薬譜』『香薬東西』『スパイスの歴史』とともに香料史研究五部作をなす。」


目次:

序・香談

第一部 脂粉の香
 精力的な麝香(じゃこう)(ムスク)
 金髪碧眼の女の追風と竜涎香(アンバーグリス)
 竜涎香の成因――怪談から事実へ
 霊猫香(シベット)の話
 腋臭(わきが)は胡臭である
 正倉院の臥褥(閨房)の香炉

第二部 甘美の香
 乳香は神、没薬は医師、黄金は王
 ソロモン王とアラビアのサバの女王
 アレクサンダー大王のアラビア遠征計画
 植物学の元祖・テオフラストスの乳香と没薬
 幸福なアラビア
 プリニウスの乳香と没薬
 インド洋(エリュトゥラー海)案内記の現実
 南アラビアのサバのゆくえ

第三部 幽玄の香
 沈香の匂い――幽玄を求めて
 せんだん(白檀)とさらし首をかけた木
 せんだん(白檀)は吸血鬼である
 楊貴妃と竜脳

第四部 味覚の匂い
 風味と薬味と香辛料
 黄金の国・西アフリカのマリ王国を求めて
 ポルトガル人のアジア進出はアニマ(霊魂)とスパイス(胡椒)のためだという
 セイロン肉桂(シンナモン)の出現
 血であがなわれたセイロンのシンナモン
 ベニスの喉頸をしめているマラッカの王
 世界はまるいことを証明してくれたモルッカのスパイス
 いたずらに赤きを誇る唐辛子

第五部 雑篇
 鬼市(Silent trade)考
 熱帯アジアのチューインガム
 シーロン島縁起――獅子はいないのに獅子の島という
 十六世紀前夜のインド商人
 南蛮物語――日本におけるキリスト教時代
 日本での愛人の像を畢生の大著にのせたシーボルト先生

あとがき




◆本書より◆


「乳香は神、没薬は医師、黄金は王」より:

「十三世紀後半の世界的な大旅行家であるマルコ・ポーロは、かれの旅行記でペルシア国の話のなかに、次のようなことを語っている。

  ペルシアにサバという都会があるが、イエス・キリストを拝しに行った、かの東方の三人の博士(マギ magi, wise man.)たちは、ここから出かけたのである。……この三人のマギはならんでほうむられ、遺体はいまだに完全で、髪もホホヒゲもそのままである。……サバから三日の行程のところに、カラ・アタペリスタンという町があった。われわれの言葉で、拝火教徒(火を神格化して崇拝する信仰。ここではペルシアのゾロアスター教をいう)の町という意味だ。……住民の話によると、昔あるとき、ちょうどそのころ生まれた予言者を拝しに、その国の三人の王が出かけて行った。黄金と乳香と没薬の三つのささげ物を持って、その予言者は神であるか、現世の王であるか、そうでなければ医師であるのかをたしかめるためであった。もし予言者が黄金を取るなら現世の王であり、乳香を取るなら神である。またもし没薬を取ったら医師すなわちこの世の救い主であるということだった。
 三人の王は、かの子供の誕生の地に着くと、まず一番若い王が一人で訪ねて行った。すると子供は、年格好から姿まで、その王と同じように見えた。この王は、ひどく驚いてそこを離れた。その後から、次に年長の王が入って行った。すると、最初の王のときのように、年格好も姿も自分と瓜二つに見え、この王も胆をつぶして出てきた。次に三番目の王が入ったが、前の二人の王のときと同じようなことが起り、この王もすっかり思いに沈んでそこをはなれた。そこで三人の王は一緒になると、さきほど見たことを語りあった。かれらの驚きは大変なものであったが、今度は三人そろって入ることにした。
 こうして三人そろって、かの子供の前に入って行くと、あたりまえの年格好、すなわち生まれてわずか十三日めの姿であった。そこで三人の王は、かの子供を拝し、黄金と乳香と没薬をささげた。かの子供は、三つのささげ物を受けると、三人にふたのしまった箱を授けた。こうして三人の王は、自分の国へ帰って行った。
 幾日か馬の背中でゆられてゆくうちに、三人の王は、この子供がなにをくれたのか、あけて見ることにした。箱をあけると、中には石が一つ入っていた。かれらはいったいそれがなんであるのか、大いにいぶかった。かの子供は、まさに三人の王に芽生えた信仰が巌石のように固くあれかしというしるしとして、与えたのであった。かの子供が三つのささげ物を取るのを見た三人の王が、これこそ神であり、現世の王であり、医師(救世主)であるときめたことから、かの子供は三人の心のうちに信仰の芽生えたことを承知して、その信仰の堅く長く宿れかしというしるしに、石を与えたのであった。

 というのであったが、かれらはその意味がよくわからなかったので、石コロを井戸の中へ投げこんだ。すると天から焰がおりてきて井戸の中に入り、永遠のほのおが燃えあがった。こうして三人の王は、始めて石の偉大な意義がわかり、その火をうつして持って帰り、立派な教会に安置し、この火を守り神として拝したという。こんなわけで、この国の人びとは火をおがむが、以上の話はみなこの国の町の人びとが直接ポーロ氏に語ったことで、真実なことばかりである。」
「かれより三五〇年ほど前に、有名なアラビアの歴史家マスディーも、同じような話を伝えている。

  ファルスの国に火の井戸というものがある。その近くに寺院がある。救世主が誕生されたとき、コルセー王は、三人の使者をかれのもとに派遣した。一人は乳香の袋を、次は没薬を、そして三人めは金の袋を持って、かれらは王の指示にしたがい、星の案内によって出発し、シリアに到着して、母マリアにいだかれている救世主に会った。」

「前にふれたように前五世紀のヘロドトスは、東方インドのインダスの河畔に黄金が出るとしていた。それから紀元前後になると、ギリシア人とローマ人は、ガンジスの河口からビルマのペグーへ、そしてマレイ半島を黄金の島とさえ見なしていた。さらに時代がくだると、スマトラからジャバ・ボルネオへというふうに、東へ東へと金の産地が移動していった。
 とにかくある時代をとって見れば、泰西の人たちから見て、そのころ人間のすんでいる東方のはしの地帯と見なしたところ、太陽がのぼる東のはしの下にあると考えられた地域から、黄金が多量に出るものと信じていたようである。
 たとえば古代の日本の名称である「倭(わ)」という名を、初めて西方に紹介したのは、九世紀のアラビアの地理学者イブン・コルダードベーであった。かれはワク・ワク(倭)の国には、黄金がたくさんあると伝えている。これが十三世紀後半のマルコ・ポーロの、黄金の国・ジパング(日本)という話になって、日本の名が世界に広まった。」



「せんだん(白檀)は吸血鬼である」より:

「和名のセンダンは、インドのサンタル(中国と日本の白檀)であることは前に説明した。」
「私は英国人が南インドのマイソール州で、サンタル油の生産を独占し、サンタル油が世界の淋病の妙薬として覇権(はけん)をにぎっていた時代のあったことを、前に書いている。それでは、かれら英国人は、いつごろサンタルが一種の寄生植物であることを知ったのだろうか。」
「このような事実上の体験から、サンタルはその生育にあたって、ある種のホスト・プラントを必要とすることを、英国人は初めて知ったのであった。十九世紀後半のことである。」
「ところがである。サンタルが周囲の雑木や雑草の養分を吸って育ち、妙香を出すようになることを、古代のインド人は、おぼろげながら知っていたようである。観仏三昧経(かんぶつさんまいきょう)に説いてある。

  牛頭栴檀(ごずせんだん)(南天竺の牛頭山(ごづさん)(マラヤ山)に生ずるサンタル)は伊蘭(いらん)(サンスクリットerabna. 伝説上の喬木)の叢中に生ず。いまだ長大せずして地下にあるときは、芽茎枝葉(がけいしよう)、閻浮提(えんぶだい)(須弥山(しゅみさん)の南方にある州)の竹筍の如し。故に衆人知らず。この山中すべてイランにしてセンダン無く、イランの臭気は尸(し)(死体)を逢(お)うて薫ずること四十由旬(ゆじゅん)(古代インドの里程の単位。六町一里で、四〇里あるいは一六里の称)という。その華(はな)は紅色にして愛楽すべしと雖も、もし食する者あらば発狂して死す。
  牛頭栴檀すでに生ずと雖も、この林は成就(じょうじゅ)せず。故によく香を発せず。仲秋満月の節、地より出てセンダン樹となる。衆皆(みな)牛頭栴檀上妙(じょうみょう)の香を聞き、永くイラン悪臭の気なし。

 十二世紀後半の平康頼の『宝物集』は、この一文を要領よく翻案している。

  イランという樹(き)あり。その香(か)、臭くして一枝一葉を嗅(か)ぐに、なお酔臥(すいが)(酒によってねる)して死門(しもん)(死去)に入る。そのイラン四十里の間に生い茂らん中に、センダンという樹、その中に生い出(い)でて、未だ二葉におよばずして、葦(あし)の角(つの)ばかりならんが、匂いかんばしくして、イランの臭気を消し失う。

 さらに『源平盛衰記』は、もっと端的に言っている。

  センダンは二葉よりかんばしくして、四十里のイランの林をひるがえし、頻伽鳥(びんがちょう)(仏教で極めて美しい声を持つ鳥)は、卵の中にあれども、その声、諸鳥にすぐれたり。

 イランという、極めて臭い、死臭に近く、食べると発狂して死ぬという、はなはだ物騒な木が広く生い茂っているなかから、サンタルは発芽する。仲秋・満月ころという時の限定はしばらくおくとしよう。どうもロマンチックすぎる表現であるから。とにかくこのように臭い草木のなかから発芽したサンタルは、まわりの臭い草木とは、似ても似つかない至聖至上の妙香を放ち、まわりの臭い草木の匂いはいつしか消されてしまうという。
 古代のインド人は、サンタルが半寄生植物であることまでは、はっきり知っておらなかっただろう。しかし長年の体験から、このような臭い草木が周囲にないと、よく発芽も生育もしないし、匂いも出さないことを知っていたようである。臭い草木のなにものかを吸って育ち、それとはうって変った妙香を放つことを、おぼろげながら感知していたのだろう。」

























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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