山田憲太郎 『スパイスの歴史 ― 薬味から香辛料へ』 (教養選書)

「満州の広漠とした原野では馬賊が出没する。当時の日本人は、レジスタンスを貫く現地人の集団をそう称していた。(中略)彼らはつかまると、理屈なしで打首にされる。しかし彼らは観念しているから、おじけも、わるびれもしない。野天の刑場で、腰に縄をしばりつけられながら、自分の首を落される胴体をほうりこむ穴を掘らされる。首を切られると、胴体はこの穴に足で蹴ってすてられる。」
(山田憲太郎 「南海異聞二題」 より)


山田憲太郎 
『スパイスの歴史
― 薬味から香辛料へ』
 
教養選書 87 

法政大学出版局 
1979年4月1日 初版第1刷
1995年6月1日 新装版第1刷
x 293p 口絵(モノクロ)24p
四六判 並装 カバー
定価2,300円+税



山田憲太郎 スパイスの歴史 01


カバー裏文:

「熱帯アジア原産の各種香料薬品が東西の文化圏へ伝播・浸透した経緯を経済・文化・交通の各面から克明にたどり、スパイス・ルート確立の道筋を解明するとともに、スパイスにまつわる風俗史の知られざる深奥をさぐる。大航海時代におけるヨーロッパ人の東洋進出をはじめとして、スパイスをめぐる争いが東西文化交渉史におよぼしてきた重大な影響を説き明かす。」


目次:



第一部 中国の胡椒時代
 一 天の都・杭州と南海の胡椒
  天の都(The City of Heaven)
  杭州市民の食生活
  泉州の胡椒輸入
 二 胡椒の伝来
  中国人の薬味と料物
  中国人の知った胡椒
 三 中国船の南海進出と胡椒
  中国船の構成
  インド(マラバル)とスマトラ(西北部)の胡椒
  中国の需要した胡椒

第二部 香料群島(スパイス・アイランド)
 一 中国人と丁香
  はじめに
  最初のモルッカ見聞記
  中国人の東洋航路と丁香
 二 ヨーロッパ人の渡来と丁香
  ヨーロッパ人最初の記事
  モルッカ社会体制の変化
  丁香の産出量と交易品そして価格
 三 バンダ諸島の肉荳蔲
  肉荳蔲の出現とその効用
  最初のバンダの記事
  ヨーロッパ人の渡来
  薬味料から香辛料へ
 〈附〉スパイス・ルート――肉桂から丁香と竜脳へ
  肉桂の皮と葉(花と果実)と根の匂い
  古代インドと泰西の肉桂
  中国人の肉桂
  モルッカの丁香の発見
  マレイ・スマトラの竜脳の出現
  主要参照書目

第三部 異聞雑色
 一 ガマとダルブケルケとオルタ
 二 媚薬と香料
 三 唐・天竺と日本につながる人生の秘事
 四 南海異聞二題
 五 竜(アンバル)・麝(ムスク)の発香
 六 夏の匂い
 七 楊貴妃と香
 八 マルコ山古墳と竜脳
 九 正倉院の香
 十 クレオパトラの鼻とインド洋のモンスーン
 十一 ゴールド(金)とスパイス(香料)とアニマ(霊魂)の大航海



山田憲太郎 スパイスの歴史 02



◆本書より◆


「南海異聞二題」より:

「一二九六年から翌年にかけて、すなわち中国・元の成宗の時、ベトナム南部の真臘国(現在のタイとカンボジアの領域)を親しく訪れた中国人・周達観の調査報告である『真臘風土記』がある。有名なアンコール・ワットの遺蹟を後世に残したアンコール王朝の文化と文物と諸風俗を今日に伝える代表的な史料である。その中に人間の胆を取って食べる話がある。

  王様は毎年、人間の胆を探し求めている。一つの甕(かめ)に千余枚も(それはそれは沢山、無数に)入っている。夜になると、人民に城中と村落から去るように命令しているが、たまたま夜歩いている者があれば、縄で頭をしばり、小刀を右の脇腹の下に突きさして胆を取る。相当の数に達すると、王様に贈呈する。但し唐人の肝だけは取らない。ある年、一人の唐人の胆を取って本国人の胆の中に混じたら、かめの中の胆が皆腐って臭くなり役に立たなかったからである。近年この胆を取ることは、専門の役人の仕事になって、彼らは北門の中におる。

 あの壮麗雄大で芸術の粋をつくしているというアンコール・ワットを建設し、アンコール王朝の文化を後世に残した王様たちが、こともあろうに人間の生胆(いきぎも)を取らせて食べていたとは、不思議なことである。なにかの誤伝ではなかろうかと、一応は疑いたくなる。
 ところが十四世紀の三~四〇年代に、二回にわたり親しく南方海上諸国を旅行した中国人の汪大淵は、彼の『島夷志略』の占城(チャンパ、現在の南ベトナム)の項に記している。

  毎年正月の元日、人びとに生きた人間の胆を取ることを許可し、役所で売っている。値段は銀と等しい。胆を酒に浸し、一家揃って飲むが、全身元気一杯になる(全身是胆)という。一般の人は敬遠しているが、流行病にかからないとのことである。

 そして十五世紀の初めに、同じくこの国を訪れた馬歓というイスラム教徒である中国人は、

  チャンパの王は正月に生きた人間の胆の汁を水に混じて沐浴するから、各地の頭目は生胆を取って献上している。これは貢(みつぎ)を献じる時のしきたりである。

と、いささか別な報告を残している。また馬歓と同じくこの国を訪れた費信は、
  正月には人びとに生きた人間の胆を取ることを許可し、役所で売っている。この国の酋長や頭目たちは胆が手に入ると酒の中に入れ、一家揃って胆酒を飲み、あるいは胆を浸した水に浴する。これを「通身是胆」という。

と書いている。(中略)それから馬歓、費信の両人と同じくこの国を訪れた鞏珍(きょうちん)も、馬歓と同じ報告を残している。」

「次は南方ではない。中国東北部のことで、私が聞いた話である。たしか昭和十五、六年頃であったと思う。満州電信電話会社の社員で、北満州の建設現場に長く活躍していた相当えらい人から、直接聞いたのである。満州の広漠とした原野では馬賊が出没する。当時の日本人は、レジスタンスを貫く現地人の集団をそう称していた。電信電話の建設現場を妨害するのは、多くこの人たちであったろう。彼らはつかまると、理屈なしで打首にされる。しかし彼らは観念しているから、おじけも、わるびれもしない。野天の刑場で、腰に縄をしばりつけられながら、自分の首を落される胴体をほうりこむ穴を掘らされる。首を切られると、胴体はこの穴に足で蹴ってすてられる。するとどこからともなく中国人がすばしこく飛んで来て、首の無い胴体を引きあげ、脇腹の下部を小刀で突きさし、ぬくぬくの生胆を取って小さいツボの中に納める。その神技は実に見事なものという。そして数人の生胆を入れたツボを、その場で火にかけ、胆のムシヤキを作り、ホクホクとして引きあげる。彼ら曰く、「生きた人間の胆でなければならない。そしてすぐ黒焼にしなければならない。でないと高貴薬としての効目がうすい。」こうして作った胆の黒焼は絶大な妙薬で、値段はすごく高い。ウソではない。ほんとうのことである。私に話をしてくれたひとが、現場で何度も体験した事実だという。
 こんなことを思い出して十六世紀末の中国の薬物と博物学の大集成である、明の李時珍『本草綱目』巻五二の人部を開いて見たら、人胆の項がある。李時珍大先生の考証は次の如くである。

  北方の蛮人(北狄)は戦場で人間の胆を多く取っている。戦場の切傷に極めて効目がある。これは戦場応急の方法であるが、あるいは胆を乾して用いることもある。理(筋道)にかなわないでもない。しかし残忍な武人が人を殺して胆を取り、酒に入れて呑むと勇気百倍するというのは、軍中の術であっても、君子たる者のなすところではない。

 李時珍先生は、人間の胆の薬物としての処方を若干記している。この記事から、中国では戦乱のさい生胆を取ることが相当行われていた、そして秘薬として高く評価されていたのがうかがえよう。時珍先生は「君子たる者のなすところではない。」というが、それは道学者的な中国一流の表現で――日本もその亜流で同じで――あって、実際にはその反対であったように考えられる。時珍先生の記事と、私が聞いた満州で実際にあった話とは一脈相通じるところがあろう。」





























































































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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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