『安西冬衛全集  第二巻 詩集、随筆集』

「箸にも棒にもかからない人間になつてくれ。」
(安西冬衞 「F・A」 より)


『安西冬衞全集 
第二卷 
詩集、随筆集』


宝文館出版
昭和53年3月20日 第1刷発行
411p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価3,800円
装釘: 濱田濱雄

月報 2 (10p):
桜井勝美「「韃靼海峡と蝶」・その懸崖の思想」/田中克己「軍艦茉莉に於ける安西冬衛」/神保光太郎「覚書」(「四季」12月号 1938年11月)/編集室から/図版2点



本書「後記」より:

「本卷には既刊の隨筆集(『櫻の實』)と詩集二冊とを收めた。」
「著者生前の單行本は、第一卷と本卷の二卷に收録した七冊ですべてである。」



安西冬衛全集02 01


本書収録随筆集・詩集:

『櫻の實』
 昭和二十一年十一月三日発行
 新史書房

『韃靼海峡と蝶』
 昭和二十二年八月二十五日発行
 文化人書房

『座せる闘牛士』
 昭和二十四年十一月二十五日
 不二書房


安西冬衛全集02 03


目次:

櫻の實
 仕事部屋から
  詩人の位置
  仕事部屋から
  春山さんへの手紙
  書物の位置
  好きな繪畫、音樂そして詩
   繪畫
   音樂
   詩
  自分の嫌な用語
  三つの美
   稽古
   和服
   創痍
  束の間の美しさ 錯覺の美しさ
  黑と褐色
  F・A
  メチエについて
  私が專賣局だつたら
  「大學の留守」の界隈
  餘白
  櫻の實のエスキイス
 季節のほとり
  暮春の美學
   録音
   秩序
   曹達 ぎぼしむし 葱坊主
   新月の匂ひ
  わが暮春
  博愛なる海洋
  櫻の實
   失戀
   櫻の實
  乾ける書
  地上の糧
   夏の夜の夢
   香脂が寛大な樹木の創痍のなかにあるやうに
  土用
  書齋立秋
  立秋雜藁
  新秋鈔
  八朔
  ラケツトのないテニス
  おひつの落ちる音はおひつの落ちる音
  夜寒の記
   手紙
   湯婆
  夜長の記
  藁ふでの記
  歳暮
  八つ手
  木枯
 風土と風尚
   坐雲亭
  澤菴の三つのクロツキー
   クロツキー縁起
   出石の二日
    出石拾遺
   師走十日
   南宗寺にて
  京都雜筆
   最初の記憶
   バスのゆきさき
   町の名
   蹴上終點
   山科の郷愁
   醍醐所見
   黄檗
  沙界
   水邊に燦爛たる文明を凝らしてゐた都
   地上の黄金郷
   鐵砲や白粉、金魚などがこの港から傳播し銀座が又此の市から始まつた
   一時にもせよかういふ由緒のある市がなぜ沈滯したか
   外は細かにして内證手廣きならひ
   古い町の名前は同職組合の匂ひを遺してゐる
   「亂れ髪」の詩人はかういふ市で多感なその娘時代を過した
   最初の私設鐵道
   背負ひ切れぬ祖先の遺産 夥しい文化財
  沙界挽歌
   米甚
   駿河屋
  志賀小品
   穴村ゆき
   さゞなみの志賀の都は今麻生
   日吉にて
  伊勢路より
   津にて
   一身田にて
   窪田にて
   相可口にて
 半分の日曜
  把針(半分の日曜)
   眼
   饅頭
   解定
   把針灸治
  もう半分の日曜(灸治)
   豪宕
   淡泊
   昔の顏料
   靑山熊治
   まんぢゆう
   外護者
   紅蜀葵
   食後の話題
  手帖から
   佐伯祐三
   鮭
   北濱
   加納町
   胡同
   菜の花月夜
   過分數
   場末
   他意なき百姓
  高邁なる精神に就て
  チエーホフの小さい索引
   百年の知己
   アンダーライン
   2カペイク
   輕氣球
   世界觀
  豫見精神
  突飛なインバネス
  梨の木
  馬のゐる蓋然性
  包圍
  土佐の海に硯石をとる
   ほとゝぎす
  達賴喇嘛の辯
  超現實主義は今後如何なる方向をとるか
  文學の貧困萬歳
  脆弱な文化
  十日灸
  繩手風景
  「早春」その他
  變つた本屋
  風俗採集
   冬祭
   柿
   中世の宗教裁判
   惡魔的な快感
  闇市所見
  スルメ休業
 日記抄
  昭和八年
  昭和十七年
  昭和十八年
  昭和十九年
  昭和二十年
  喫茶日録
 あとがき

韃靼海峽と蝶
 「韃靼海峽と蝶」の位置
 韃靼海峽と蝶祝典
  春
  韃靼海峽と蝶
  再び韃靼海峽と蝶
  墮ちた蝶
  測量艦不知奈
  軍艦肋骨號遺聞
  キニーネを喫む男
  一蝶類蒐集家の公理
 マーキュリーの飛翔
  定六
  理髪師
  バルカン
  蝙蝠傘のあるタブロー
 惡魔の紋章
  軍艦茉莉
  章侯爵夫人の Scandale
  左袒
  古きチワワのスペイン風の壁
  肉桂
  夜行列車
 地理
  亞細亞では河をみとめます
  蟻走痒感
  沙漠の行者が臥てゐると鴉が食物を運ぶ
  輕便鐵道
  百人の僧侶
 燒ける砂糖のそばで
  誕生日
  庭
  暮春の書
  暮春のために
  レエテのほとりで
  有孔虫の億劫の眠りの中を
  赤と黑
  鶫
  菊
  文明
  物集茉莉
  下市口にて
 風俗と風儀
  夜の甲冑
  なぜ月見草は鐵道用地を好むか
  西風の街道
  有翼椅子
  白いコーモリ
  壯大な登攀
  春
 輯後に

座せる鬪牛士
  ○
  ○
 座せる鬪牛士
  丸坊主
  島の人
  地理
  西班牙 Ⅰ
  西班牙 Ⅱ
  西班牙 Ⅲ
  陸橋と落日
  百年の家具
  異形の沙漠
  卷パンの思想
  半熟の卵
  經營
  風俗と風儀
   佛陀
   メキシコ
   オダリスク
   近衞士官
  コンパ
  沙
  斑點と經緯
   檻とチエツク
   砂鐵と烏賊
   チヨークは貨物列車のドテツ腹を好む
   麻布といふ裝飾ある鐵柵のレヂデンス
   經緯に富む經緯
  組合の精神
  木乃伊との對質
  城
  打樂器
  掌櫃
  哺乳
  車
  愛情の背景をなすわが鐵道達
   難波發二十二時佐野行終
   わが夜のプラツトホーム
   わが夜のプラツトホーム再び
  指導鏡
 マニフエスト
  現代詩解讀の困難について
  F・Aとその方法
  O・BとF・W
 「座せる鬪牛士」について

後記 (山田野理夫)



安西冬衛全集02 02



◆本書より◆


『櫻の實』より:


「詩人の位置」より:

「惟ふに陋巷に窮死するのが詩人の避けがたい運命だといふことは、惡性インフレーシヨンの波に溺れ乍ら猶且つ宇宙自然の物象の中から美しいメタホオルの果物をもぎとるアルカイツクな風習を忘れないことと同じ義理だといふ風に解釋して、私は詩人としての自分の定數を嘉したいと思ふのである。」


「仕事部屋から」より:

「みんなの氣にいるやうにばかり書いてはいられない。」


「書物の位置」:

 「エレベーターガールのゐないエレベーターの内部の小椅子の上に置いてあつた、高村光太郎の「智惠子抄」。(大阪中央放送局所見)

 特高室の土間に荒繩でひつからげてある發禁書の中にはさまつてゐた、島木健作の「人間の探求」。

 神の木から乘つてきた女專の生徒の持つてゐた「ヘルマンとドロテア」。

 針指しの上に載つてゐる大英百科辭典(ブリタニカ)。(Vol. 5 CAN-CUR)

 「昭和十八年六月六日、南海高島屋書籍部にて購入。歸途誤つて泥濘に落し表紙を汚染す。この日、難波―住吉間緩行線に初めて婦人車掌の乘務を見る」と書きこみのある「セヴイニエ夫人手紙抄」。

 「北京年中行事記」がバケツに泛いてゐる。茶卓から辷りおちたの也。
 バケツにつけてある蓮(はちす)。
 けふは盂蘭盆だ。

 アルミの辨當箱と一緒に包んで持つて歩いてゐるうちに、擦れ合つて裏表紙に鉛色の天平雲のやうな模樣が浮き、自(おの)づと一種の效果をつけてゐる龜井勝一郎の「大和古寺風物誌」。」



「束の間の美しさ 錯覺の美しさ」より:

「美しさは束の間の世界、錯覺の中にある。」


「F・A」より:

 「誠實………………こいつは眉唾物だ。

 極めて純粹な人が發狂とか癲癇といふ恍惚界に遊べるのである。私ども俗物はさういふ美德は享受できない。

 箸にも棒にもかからない人間になつてくれ。鼻持のならない手合だけは御免蒙りたい。」



「メチエについて」より:

 「言葉には把手があります。

 紋切形になれたら大したもんだ。」



「博愛なる海洋」:

 「四月二十三日。獨立展に三岸好太郎の遺作、「海洋を渡る蝶」を觀る。博愛なる海洋。この世のものでない鱗翅類。マチヱールとメチエの比類なき親和力が私を奪つた。これだけの美事な仕事を惜しげもなく抛つて就いたのである。死といふものは惡くないに相違ない。」


「把針(半分の日曜)」より:

     「眼

 井戸の單位をいひあらはす眼(ガン)といふ文字。沙漠性の邊區にあつて、就中この文字はビビツトに生活する。
 恐るべき發想だ。
 この薄氣味の惡い文字を發掘した最初の人間は、惟ふに一眼の眇した惡辣無雙の壯士に相違ない。」

     「解定

 解定(カイチン)。寢に就くこと。
 白い睡眠藥のちらばりを、あなたがたは聯想なさいませんか。」



「手帖から」より:

     「佐伯祐三

 梅田新道に近く、入口兩脇の飾窓を新刊書の堆積で亂雜に塞いだ書店がある。
 佐伯祐三のモチーフを思はせる小市民風の效果を出したこの構圖は私を愉しくする。」



「日記抄 昭和十九年」より:

 「二郎、生物學精義に凝り、いろいろ質問してくる。鳥渡ウルサイ。人體に百餘の不用器官。ユーラシア大陸。ギリヤーク人。」


『韃靼海峽と蝶』より:


「章侯爵夫人の Scandale」:

     「一

 章侯爵夫人の夜陰の館(やかた)には、ロクサーヌとよばれた雪白な一匹の韃靼産の畜生が、惡魔の紋章のやうに駐つてゐた。

 夫人と私との Scandale は隱れもない。夫人の肌邃く雪を割いて鮮かに Roxane と刺繍された秘密も、曙のやうに今の私には快い。
 夫人は極微量の毒物を媚藥の如く服用した。夫人の齡は軈て四十に幾く、冬薔薇翳す美貌の少年のやうに思はれた。

     二

 靑褪めた月が昇り、又墮ちた。
 夜々の館に、私は夫人と逢うてゐた。今では毒物を私も仰ぎ慣うてゐた。
 夫人は私を閨中に誘うた。その几帳の邊にはロクサーヌが、時に冷かに只白白と侍つてゐた。毒物は軈て作用(はたら)いた。忽ち幻の華は紫魔のうてなをくりひろげて、私の上に垂れ下りた。私は慘忍な樂園を索めて、強いてわななき乍ら夙く昏倒していつた。
 さういふ彼方(あなた)杳かに、今ぞ彼女を麾く麗しい少年の聲が、夜鶯の如く蒼く微かにふるへてゐた。
 ――ロクサーヌ。……

     三

 長い時間の後、私の灰色の網膜に白い生物(いきもの)の姿(かげ)が映り蠢いた。
 私は昏醉から醒めた。そして懶く四邊をみた。
 刹那、私の瞳孔に泥犂が燔ついた。再び私は悶絶した。

     四
 夫人はロクサーヌに褻されてゐた。」



『座せる鬪牛士』より:


「沙」:

 「フグナ(馬蹄形の砂堆)の搖籃。
 シムーンの守歌。
 彼等五人の兄弟はルプ・アル・ハリの熱沙の中で育つた。
 一人前になると彼等はクシの氈商賣につれられてそれぞれの人生へ旅立つていつた。
 空想家の次男は巴里で輕氣球の砂袋乘りになり、
 向ふ見ずの三男坊はセントルイスに渡つて或る拳鬪クラブのサンドバツグに身を委せた。
 ディジヨン機關庫詰を拜命して汽鑵車の瘤の内部で胡座をかいて非番をかこつ四男。
 そして總領はゲーテとナポレオンの有名なエルフルトの會見を考へぶかく見戍つてゐた時の砂だ。
 末の子の消息は誰も知らぬ。」



「組合の精神」より:

 「左袒――Satan 惡魔の加擔。」


「木乃伊との對質」:

 「〓(漢字: 虫+厥)と卵を注げ 煉りかへせよ。

 乾いた眼窩の奧に、私は注いだ。そして煉りかへした。長い長い間。……
 かうして木乃伊は千年の眠りから蘇つた。
 海風は今こそ、夢と現の世界をさまよふ瞳の中に、科科諾爾(ココノール)の靑さを湛へた。褐色の被衣を纏うったその下肢は、なほ熱い灰に包まれてゐるにも拘はらず、木乃伊は軈ておもむろに語りはじめた。
 ――わたしは西の絶(はて)からきたものです。奇戲の工(たくみ)を齎して、古敦煌府に住つてゐた郎(レン)といふ眩者です。後漢の建康元年、當時敦煌郡に起つた地異を、あなたは御存知でせう。なにをお隱ししませう、郎といふのは郎克(レンク)の轉訛で、わたくしの誕れた安息の言葉では蹇(あしなへ)の義でございます。忘れもしない元年七月既望の亭午、わたくしは北牖の几に隱つて、蝴蝶を夢みて居りました。かうしてゐる限り、わたくしは蹇ではないのです。わたくしのたましひは、今こそ無調法な器を去てて、物外に遊んで居りました。この時だしぬけに地異が起つたのです。あつといふ間にわたくしの器は、覆へる大地の底に吸ひこまれてしまひました。工を加へる隙も暇もありません。それなりわたくしのたましひは、長(とこしへ)に還るところをうしなつてしまつたのでございます。
 安息を得ざる死者は、息をのんだ。
 暫時にして、彼は又言葉をつづけた。
 ――おききなさい。咽ぶこの血の音を。今こそたましひが、その器にかへりつくすのです。さうでした。わたくしはたつぷりあなたにお酬をしなければなりません。そのために私はあなたに遺しませう。靑海不易の水を探つて得た仙丹を。この秘藥をあなたは苦(ねんごろ)にあなたの魂にお注ぎなさい。あなたの欲する意のままのものが、眼(まのあたり)、豁(ほがらか)に開けるでせう。
 最早、お別の時がきたやうです。
 では、さやうなら。
 彼―郎は立ちあがつた。ついで、彼般散たる歩を徒して、炎とゆらぐ遊絲の中に溶けこんでいつた。
 私は呆然として施すところを識らなかつた。
 我に返つた時、不覺の冷汗が掌を沾してゐた。
 冷汗は凝つて、自ら一握の結晶に變化した。
 それは水銀の原鑛として、古來有名な辰砂だつた。

 されば私は汞(みづがね)を探つて、わがたましひを堊漫しようと志した。……」















































































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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