『安西冬衛全集  第五巻  小説、エッセイ』

「条件の三は、私が日常生活での一種の疎外者であることだ。
 私は、耳順を超えた今日もまだ、ろくすっぽ兵子帯一つうまく結べないのだ。」

(安西冬衞 「詩人の生計」 より)


『安西冬衞全集 
第五卷 
小説、エッセイ』


宝文館出版
昭和53年12月30日 第1刷発行
537p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価3,800円
装釘: 濱田濱雄

月報 3 (10p):
北川冬彦「「軍艦茉莉」の背景」(「オルフエオン」6号 1929年9月)/編集室から/図版2点



本書「後記」より:

「本巻には、単行本未収録の小説・エッセイを収めた。」


正字・正かな/新字・新かな。


安西冬衛全集


目次:

小説
 河
 寒山拾得
 夏立ちぬ

エッセイ
 Ⅰ 〈大正十四年―昭和十八年〉
  冬
  一月十九日
  秋〈編輯中記〉
  春の鱈
  北川冬彦
  溝渠
  佐伯の手紙
  詩とその周囲
  春浪精神の再建(一)(二)
  参宮線にて
 Ⅱ 〈昭和二十一年―二十五年〉
  洞窟の讖書
  現詩壇に寄す
  青年と亀裂
  ナンバにて
  青春謝肉祭
  天から落ちた靴
  わが新春
  近代の小妖精
  喰積
  わが初冬
  王将のない将棋
  美貌について
  間にあるもの
  大阪弁ノート(一)(二)
  負数の子供
  詩と絵
  一九四八年のロー 杉山平一への手紙
  異質の風俗
  「韃靼海峡と蝶」界隈
  エスコート
  三頭の馬のあるマニフェスト
  「渇ける神」のサイドライト
  以前の手紙
  エロ出版の追放
  立夏以後
  リリプットの紐
  夢
  外貌の美しさについて
  風俗手帖
  方法と提出
  太宰の義
  (スクーター)
  (スクーター)
  女らしさの中に
  五十一才の追撃
  メイドンネ・ナフト
  会話のエスプリを鍛へるために
  悪しきものには抵抗ふな
  なぜロシヤタバコの吸口はあんなに長いのか
  詩人小白書
  黒インキのハガキ
  変らぬすがた
  秋の百選会から
  風俗の周囲(上)(下)
  女の美しさについて
  薔薇の木の下で
  秋の手紙
  東京人物採集(一)
  東京人物採集(二)
  東京人物採集(三)
  東京人物採集(四)
  東京人物採集(五)
  タンポポのポロネーズ
  タンポポのポロネーズ(二)
  ポロネーズ(二)補遺
  タンポポのポロネーズ(三)
  東京採集
   風俗のほとり
   ブランデン先生のこと
   長門美保と東郷青児
  観光の角度
  姫路の小印象
  死語発掘人のデスク
  半人半馬の詩人達(上)(下)
  (ストロボ)
  東京の女・大阪の女
  風土と人について
  高野初冬
  聖ザヴイエルの投影
  キヤンドル・ウツド
  夏の旅より
  初冬のほとりで
  アクセント
  きもの
  復古と異形
  極端は美ではない
  アンディ
  真夏の夜の夢
  百合となる道
  価値改価の春
  桜の記憶
  アトランタの後姿
  アーム・イン・アーム
  “ベニヤ文化”の洋装
  乳母車
  精神のとりで
  古代への半日旅行
  現代悪の証言
  コント1・9・5・0
  晶子をしのぶ夕への誘い
  予言者郷土を容れず
  小便小僧
 Ⅲ 〈昭和二十六年―三十年〉
  詩人試論
  青衣女人
  春のフロントグラス
  風俗好戦
  風俗は批評
  新らしきアゴラ
  城
  花森安治論
  女学生と詩
  句碑の落葉
  初春のこころ
  きさらぎ
  箱根山のカーテン
  鉄砲を恐れる根性
  美への序曲?
  翅ある頭
  春の磯で
  美しき堺
  藍と白と赤
  街の詩人は語る
  婦人帽のある風俗
  開国百一年
  腰をすえて
  鹹い海と淡い水の際に
  海の回廊で
  現代詩への誘い(上)(下)
  池田克己の顔
  ナポレオン・蝙蝠傘
  私の好きなお店
  伊勢海老
  海のゼラシイ
  文学への意欲
  春の支度
  海が私をよんでる
  大会にそそぐ永遠の情熱
  哺乳
  味の愁
  桜と富士と
  本の発見
  春服
  申年生れの六番目の子
  ヌードの美しさ
  ヌードのモラル
  運命の赤い星
  某月某日
  怪談
  夏の夜ばなし
  息づまる死闘一瞬
  ケリー・グラントから
  愛情こそ社会をよりよくする資産
  桜んぼう
  私の新婚白書
 Ⅳ 〈昭和三十一年―三十五年〉
  三十一年
  ある小さな漁村
  マリー・ロオランサン縁起
  よび還す青春像
  性の季節風
  私の本
  赤い炉火に寄せるわがねがい
  テレビの美
  一期一会
  わがヰタ・セクスアリス
  ボナパルティスムへの発展
  草上の饗宴
  春浪の冒険小説
  カリプソ娘考
  甲子園と私
  空想の翼にまたがって
  大阪
  夜と昼の女性
  「食後の唄」界隈
  初心者への言葉
  茶番
  いろはかるた
  松風
  文明かるた
  朝宗
  茫々四十年
  選挙にもの申す
  アタル
  風俗将門眼
  六月の小さい旅から
  「亜」のデータ
  一粒の塩
  大阪善哉
  エチケットについて
  私の青写真
  新年の海
  初富士
  自由と統御
  すごろく
  いんぎんぶれい
  テレビと即物性
  拍手の中から
  さくらんぼとトロピズム
  赤茄子
  鴎外遺贈の文学
  詩の中の美しき女性たち
  満州のとうふ
  わが良友悪友録
   希代の友・北川冬彦
   井上靖の姿勢
   山口誓子のメカニズム
   リットル・キング市橋立彦君
   臆説米良道博エロガント
   べーやん「奥村綱雄」
  新春の詩歌
  壺中の春
  ゆっくりといそげ
  ある笑劇から
  洋酒と詩
  かなしき情事
  平和を我らに
  いのちあわれ
  読書について
  本は生きている
 Ⅴ 〈昭和三十六年―四十年〉
  桃林の野に放て
  ベーブ・ルースの夢
  茉莉は生きている
  球春のアプローチ
  詩人の生計
  伝言板
  秋風吹く水族館
  「軍艦茉莉」書志
  開かれざるこうもりガサ
  暴力はほかにもある
  お仕立券付きYシャツ
  私の周辺
  新しい記号
  ホテルのロビイで
  沿線処々春
  春のラインアップ
  一等国の春
  臨海工業地帯
  ナイターの灯
  鄙うた愛し
  なぜハンガリア人は二重の十字架をもつか
  お正月覗き眼鏡
  詩のモチーフ
  王者の快楽
  ジョン・ミハイリディスの饀パン
  海外旅行について
  考え方の革命
  テレビ人文地理走査線
  北九州と私
  男からみれば
  今昔
  大阪の生理
  旅と女
  考える人
  近ごろ
  若戸大橋に立って大連をしのぶ
  人はもの思う葦である
  三木露風を悼む
  河井酔茗先生
  河井酔茗先生のこと
  冬の遠足
  窓
   トレンチコートの姿勢
   叔父にもらった書付け
   世界早回り選手
   私は市電ファン
   名づけ親
   せんべいと洋書
   万葉乙女にあう
   朱い糸
   ライスカレー物語
   女の弁疏
   お米政治の悪
   関所の今昔
   異説「貫禄負け」
   匿名の旅人
   明治の亡霊
   蝙蝠傘のある風俗
   各停天国
   月世界旅行
   夏を惜しむ
   大安吉日明け
   むかしの家
   北海道日記抄
   大連の残暑きつい日
   ホテル談義
   竹の秋
   旅の女

後記 (山田野理夫)




◆本書より◆


「來た道」より:

「彼等の前の長椅子には一人の女學生が靴下を穿いてゐない兩脚をつつぱつて投げ出してゐ、その膝を枕に伴れの女の子があをむけに臥そべつて長椅子を彼女らだけで獨り占めしてゐる。
 千賀が眺めながら云う。
 「どうだい。アプレゲールたるを失はないな。こいつは使へるな」
 映畫のワンカツトに、かういふ放埓な風俗を效果として映していいといつた意味である。
 「ニル・アドミラリ(何物にも驚かない)……いや、それより、ノン・シヤラン(無表情)だな。意味をつけることはもう古い……」
 「……ということは、僕らのモラルがもう時代おくれだということかい?」
 「結論はさういふことになるな」
 ひどいことになつたものだと二人は破顏一笑した。」



「私の本」:

「私ほど本というものを有っていない書斎人も、めったにあるものではないでしょう。
 これは自嘲でも自負でもありません。
 それが、わが家の実状であり、わが詩人の正体なのだから、仕方がないといったら、みなさんはお笑いになるでしょうか。
 左様、本当に笑うべき現実で、全く気のひける位貧寒なライブラリーで、世間が争って入手にうき身をやつしているようなベストセラーズは見たくっても無いという滑稽極まるていたらくです。
 だが、私には気に入った私の本が若干あり、それさえあれば爾余のものは不用というのが、私の本に対する処方だからなのです。
 だから、手ずれのしたボロボロの本が、私の蔵書のすべてであるといっても大体差支えないような書斎の在り方なのです。
 そういう意味で、もっていて、めったに手放さない本だったら四五冊はあるでしょう。
 で、きょうはその一つを紹介して、ご参考に供してみましょう。
 他でもない。「ドラクロアの日記」が私にとっては無二の本。
 十九世紀が私達に遺贈した巨大なこの精神は、私に無限動力のような夢と空想を与えます。
 試みに、その部分を抽出してみましょうか。
 一八三二年、彼がモロッコの旅日記の一部です。
 四月一日――朝、中庭に駝鳥がいる。その中の一羽が、羚鹿の角でたたかれた。如何にして血を流させないようにすればいいかと当惑した。
 外に出る。髪を組んだ先に花をつけた子供。
といった具合の断片です。
 このピトレスクな修辞の炎は、私の精神に強烈な焰をうつします。そして連鎖反応的に私の空想の草原に炎々と燃えひろがるのです。
 こういう想念喚起の作用を私に与える本を、私は私の本というのです。だから、ここまでくれば、実は「ドラクロアの日記」の本としての効用はもう終っているわけで、あとは私の領分ということになるわけですね。
 そんな方法で読む本ですから、この一冊のドラクロアさえあれば、当分、私には他のどの本も必要ではないということになる次第です。
 以上、比喩としての「本」に対する私の所信を申し上げてみました。
 恐らく、この方法は、私という特異な男の場合のケースで一般の例にはなりますまい。
 しかし、読書の方法として、次のようおなことは、いえるのではないでしょうか。
 「熟視によって卵をかえす」(レオナルド・ダヴィンチ)
とすれば、架蔵の書物の少いことを歎くことはつまらんことだといっていいでしょうね。」



「春浪の冒険小説」より:

「ハリー彗星と押川春浪の「海底軍艦」が夢み勝ちだった少年の私に、素敵な空想の翼を与えた。
 一九一〇年の夏の夜空に、長い尾をひいて現われた箒星が、神秘な光を私に投げかけなかったら、そして、夢と浪まんの精神に富んだ明治の冒険小説が私の魂を奪わなかったら、私の精神遍歴の旅は、今日とはよほどちがった軌跡をのこしたに相違ない。
 思えば、きょう、私が時を空(あだ)にして、なおかつ悔いることを知らない空想の仕事に従うことをいさぎよしとするのも、実はこの運命の星と数奇な書物のなせるわざなのである。もともと、私はひとり子で、遊び仲間も少なかったから、心の慰藉を求めるすべは、本を読むこと以外に無かったというのがそのころの日々だった。そんな孤独な魂に深い安息を与えたのが、ほかならぬ押川春浪の冒険小説だったのである。
 尨然たる夢に託した亜細亜精神の飛躍の書。私は、印度洋の孤島で活躍する無限軌道の鉄甲車の物語や、シベリアの奥地の鉄塔に幽閉されている巨人の救出に挺身する段原剣東児の武侠譚に、うっとりと魂を消した当年の感動を、今、なつかしく思い出す。
 そんな春のある日、私はふとしためぐり合いで同じ魂をもつ一人の少年と識り合った。彼は外山楢夫というエアリーなはだをした秀才で、春浪の熱烈な愛読者だった。
 私達は、熟した桜の実が草深く垂れる中学校の禁断の園にかくれて、あかず「海底軍艦」の猟奇の世界に酔い痴れるのだった。」
「後年の私の詩集「軍艦茉莉」に発端して、今日もなお私の精神にほうはくするアジア的ポエジーの流れこそは、正に春浪の冒険小説を媒体としたわが友との魂の交流に源するのだ。
 私の精神秩序の形成に与って力となったものには、この他にマルセル・シュオブの怪奇小説「黄金の仮面」や、史記の「大宛伝」が挙げられるだろう。いずれも私の魂の飛躍に役立った希代の書だと考える。」



「茉莉は生きている」より:

「詩集の題名とした茉莉は、中国の名花で「茉莉独立幽更佳」という清の詩人楊万里の詩を採って命けたものだが、この茉莉という優雅なことばがまた、当時人々の関心をよんだもので、このことばを女の子の名にしたいくたりかの知人がある。」


「詩人の生計」より:

「アントン・チェーホフが、兄ニコライにあてた手紙の中で「地上にあっては二百万人に一人が詩人です」と証言している。
 けだし、二百万分の一という確率で、辛くもその存在が許される詩人の生計は、ハムレットがいっている「一万人に一人位」という「正直者」の類の到底、比ではない希有の精神、奇特な仕事と考えていいであろう。しかも、私は、あえて、この容易ならざる道に、過去半世を賭けてき、のこり四分の一生涯をたのもうとしているのだ。
 しょせん、それは不可避の定数だったといわねばなるまい。
 だが、運命を不可避としたには、おのずからそこに不可欠の条件がそなわっていたはずである。
 私の場合、その条件の一つとして、私が独り子だったことが挙げられよう。
 独り子とは、エゴイストであるということ。エゴイストとは、自分自身に対して、つねに気づい気ままをし通すこと。
 他人の思惑、世間の沙汰は、はじめから計算の外である。
 私は、思いのままに振る舞った。
 当然の報いとして、孤独はまぬがれ難かった。
 だが、およそ孤独の関与しない独立の精神なぞあり得るわけはないではないか。」
「条件の二は、私が遊惰と逸楽を溺愛する人間であることだ。
 遊惰とは、空想を友とする精神だと置きかえていい。
 逸楽とは、美に対してほしいままであることだ。
 私は、つとに夢み勝ちな少年だった。そして、幼年にして早くも「西班牙の城」(空想のこと)の主になりおおせた。」
「条件の三は、私が日常生活での一種の疎外者であることだ。
 私は、耳順を超えた今日もまだ、ろくすっぽ兵子帯一つうまく結べないのだ。しばしば私はから解けの帯を畳の上に長々とひきずって、部屋の中を歩いているような不調法な風体を冒している。
 そんな私の行状を、亡くなった父は「三歳の童児のごとしだ」と、よく笑ったものである。」




































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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