今川文雄 編訳 『明月記抄』

「世上乱逆追討耳に満つといへども、之を注せず。紅旗征戎(こうきせいじゅう)は吾が事にあらず。」
(『明月記』 より)


今川文雄 編訳 
『明月記抄』


河出書房新社
昭和61年9月20日 初版印刷
小輪61年9月30日 初版発行
422p
A5判 丸背布装上製本
貼函
定価6,180円(本体6,000円)



「明月記」は藤原定家の日記。河出書房新社からは本書以前に今川文雄訳『訓読 明月記』全6巻が刊行されています。


明月記抄 01


帯文:

「「明月記」の深い森に分け入る
中世動乱期の克明な歴史記録として、和歌史の貴重な文献として、定家自身の内面を記した文学的作品として高い価値を持つ漢文日記「明月記」。その厖大な記事の中から重要部分を選出し、難解な漢文を訓読して懇切な頭注を付した、読みやすい「明月記」のエッセンス!」



帯裏:

「定家の総合的人間像
今川文雄
 公卿が日記をつけるその主目的は、生活に必要な有職故実を記録し、後世子孫に伝えんがためである。したがって、その内容たるや、現代の我々には凡そ意義のない、無味乾燥なものが多い。公卿日記たる明月記も、この例にもれるものではない。がしかし、只一味違うものが随所に見出される。
 (中略)
 本書には、歌人として、或いは古典学者としての定家は言うに及ばず、その個人的・家庭的・経済的ないしは処世的な側面も含む――いわば定家の総合的人間像を浮き彫りにすべく抄を試みたつもりである。本抄を読んでいただければ、明月記のあらましは分っていただけるかと思う。
(「あとがき」より)」



目次:

治承年間
 治承四年(十九歳)
 治承五年(二十歳)
文治・建久年間
 文治四年(二十七歳)
 建久二年(三十歳)
 建久三年(三十一歳)
 建久七年(三十五歳)
 建久八年(三十六歳)
 建久九年(三十七歳)
正治年間
 正治元年(三十八歳)
 正治二年(三十九歳)
建仁年間
 建仁元年(四十歳)
 建仁二年(四十一歳)
 建仁三年(四十二歳)
元久年間
 元久元年(四十三歳)
 元久二年(四十四歳)
建永・承元年間
 建永元年(四十五歳)
 承元元年(四十六歳)
 承元二年(四十七歳)
建歴年間
 建歴元年(五十歳)
 建歴二年(五十一歳)
建保・承久年間
 建保元年(五十二歳)
 建保二年(五十三歳)
 建保三年(五十四歳)
 建保四年(五十五歳)
 建保五年(五十六歳)
 建保六年(五十七歳)
 承久元年(五十八歳)
嘉禄年間
 嘉禄元年(六十四歳)
 嘉禄二年(六十五歳)
安貞年間
 安貞元年(六十六歳)
寛喜年間
 寛喜元年(六十八歳)
 寛喜二年(六十九歳)
 寛喜三年(七十歳)
貞永・天福年間
 貞永元年(七十一歳)
 天福元年(七十二歳)
文歴・嘉禎年間
 文歴元年(七十三歳)
 嘉禎元年(七十四歳)

あとがき (今川文雄)



明月記抄 03



◆本書より◆


「治承四年(一一八〇) 十九歳」より:

「○二月
十四日。天晴る。明月片雲(1)無し。庭梅盛んに開き、芬芳(2)四散す。家中人無く、一身徘徊す。夜深く寝所に帰る。燈髣髴(3)として猶寝に付くの心無し。更に南の方に出で梅花を見るの間、忽ち炎上の由を聞く。乾(4)の方と。太(はなは)だ近し。須臾(5)の間、風忽ち起り、火は北の少将の家に付く。即ち車に乗りて出づ。其の所無きに依り、北小路の成実朝臣の宅に渡り給ふ。倉町等片時(へんじ)に煙と化す。風太だ利(と)した。文書(もんじょ)等多く焼け了んぬ。」

「〔十四日〕父俊成の家焼ける。
1、一片の雲。2(ふんぽう)よい香り。3(ほうふつ)彷彿。ぼんやりと見えるさま。4(いぬい)北西の方角。5(しゅゆ)しばらく。6、藤俊成。」

「○九月
世上乱逆追討耳に満つといへども、之を注せず。紅旗征戎(こうきせいじゅう)は吾が事にあらず。」



「建久七年(一一九六) 三十五歳」より:

「○四月」
「十七日。陰り、申後雨降る。刑部(1)卿参入し、世間の雑談等を申す。「新日吉に近日蛇有り。男一人其の蛇に随ひ、種々の狂言(2)を吐き、『蛇の託宣』と称ふ。又云ふ、『後白河院の後身なり』と。此の事不便なり。奏状を書き進むと。殿下(3)仰せて云ふ、『是れ追ひ払ふべき事なり。故院(4)甚だ見苦しき事なり』と。又、天王寺の舎利(5)(或は聖人。)鱗介(6)の如くハヒアリき給ふ。人又競ひ見る」と。」

「〔十七日〕世間に種々の狂言あり。
1、藤宗雅。2、たわごと。妄語。3、関白兼実。4、後白河院。5(しゃり)聖人の遺骨。ここでは高僧の意。6、(りんかい)魚類と貝類と。」


「不便」は「(ふびん)気の毒な。不都合な。」


「承元元年(一二〇七) 四十六歳」より:

「○七月
四日。陰晴し、雨灑ぐ。天明に退出するの間、去々年より養ふ所の猫放犬(1)のために噉(く)ひ殺さる。曙後放ち出すと。年来、予は更に猫を飼はず。女房此の猫を儲くるの後、日夜之を養育す。悲慟の思ひ人倫(2)に異らず。鶴軒に乗り、犬綬を帯ぶるを恥づといへども、三年以来掌上・衣裏に在り。他の猫時々啼き叫ぶ事有るも、此の猫其の事無し。荒屋の四壁全からず。隣家と其の隔て無きが如し。放犬多くして致す所か。」

「〔四日〕妻の愛する猫、放犬に噛み殺される。
1、野犬のこと。2、人間。3、軒(けん)は高官の車。「鶴を可愛がるあまり車に乗せる」の意。和漢朗詠集、巻下「鶴」参照。」





こちらもご参照下さい:

『藤原定家歌集 附 年譜』 佐佐木信綱 校訂 (岩波文庫)
久保田淳 『藤原定家 ― 乱世に華あり』 (王朝の歌人 9)
安東次男 『藤原定家』 (日本詩人選)




































































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