『松浦宮物語』 蜂須賀笛子 校訂 (岩波文庫)

『松浦宮物語』 
蜂須賀笛子 校訂
 
岩波文庫 黄/30-041-1 

岩波書店 
1935年1月25日 第1刷発行
1989年3月17日 第5刷発行
138p
文庫判 並装
定価300円



本書「凡例」より:

「本書は、蜂須賀家所藏傳後光嚴院宸翰松浦宮物語を底本としたもので、漢字、假名遣、送假名また歌の書樣等、凡て原のまゝとした。」
「變體假字は、便宜上之を普通のものに改めた。また、新たに句讀を附した。」



「まつらのみやものがたり」。正字・正かな。
本作が藤原定家の作とされる根拠は、「無名草子」に、最近作られた物語は古い物語に及ばない、「たかのぶ」の「うきなみ」などもそうだし、「又定家少将の作りたるとてあまたはんべるめるは、ましてたゞけしきばかりにて、むげにまことなきものどもに侍るなるべし。まつらの宮とかやこそ、ひとへに萬葉の風情にて、宇津保など見る心地して愚なる心も及ばぬやうに侍るめれ。」とあるのを、定家作の物語のうちで松浦宮だけは優れている、と解してのことだとおもいますが、それは無理です。この文脈では明らかに「侍るなるべし」で切れているので、隆信や定家による物語はダメだが無名作者による「松浦宮」はよい、といっているので、むしろこれは定家作でない根拠になります。


松浦宮物語


帯文:

「失恋の痛手を負って唐に渡った主人公はかの地の内乱を鎮圧、やがて皇女・后らと契りを結ぶ。藤原貴族社会の儚い夢を描いた物語。」


目次:

凡例
本文
附録 松浦宮物語考 (小山田與清 著)
解説 (蜂須賀笛子)




◆本書より◆


「松浦宮物語解説」(蜂須賀笛子)より:

「梗概 〔一の卷〕昔藤原の宮の御時、正三位大納言中衞大將橘冬明が、夫人あすかのみことの間に、たつた獨持つてゐた男子が、容貌がすくれたばかりでなく、其心柄も立派で、世の人さへ皆さういふ方が産れた事を喜んでゐた。七歳で詩をつくり、成長するに從つて、管絃も上達して、出藍の譽があれがあつた。帝もその天才を珍らしいものと御覽になつて、十二歳で早くも敍爵し、十六歳では式部少輔右少辨、中衞少將となり、從上の五位となつた。かうして辨は親からも又世間からも、ほめられゝばほめられる程、若い氣持をどうすることも出來ないで惱んでゐた。
 神なびのみこ――皇后の御腹で美しい評判の御方――をどうかして得たいと思つてゐたが、九月の菊の宴の後に、初めて御目にかゝる事が出來た。
 おほみやの庭の白菊秋をへてうつらふ心人しらんかも
 秋をへてうつろひぬともあだ人の袖かけめやもみやのしら菊
 などゝ贈答をされたが、神なびの女王は入内される事にきまつて、失戀の苦しみになやむこととなつてしまつた。その時、翌年遣唐使を出される事となり、辨はその副使として唐へつかはされる事となつた。正使は式部大夫參議安倍の關麻呂である。
 獨り子の、然も天才兒である辨を、外國へ出さねばならない父母の心配は一と通りではない。母君などはこの國の堺をはなれる事が出來なくとも、といはれて、前の年から松浦の山に宮をたてゝ、愛兒の歸朝を待たれる事となつた。
 僅か十七歳の身が、はるはると使した事によつて、唐の皇帝は特別な待遇をされ、いつくしみをうけて、幸福に、然も外國にゐるといふつゝしみから、猶一層の謹嚴な生活を送つてゐた。
 一夜――それは八月十五夜であつた。――月にさそはれて郊外を散歩した。陶弘英といふ八十の老翁の手引で、華陽公主――皇帝の同腹の妹――から琴を習ふ事となつた。これはこの世に仙人の彈く秘曲をつたへる爲の因縁なのである。華陽公主の美しさに、ともすれば亂れがちになるのを、こゝは仙人が通ひくる臺(ウテナ)なればと公主はいはれて、禁中五鳳樓のもとであふ約束をする。
 公主がこの世に産れたのは、只、琴の秘曲を傳へようが爲で、若し契を結ぶやうな事があつたなら、命はたちどころに召されることになつてゐるが、命をかけてもあはうとの思ひならばとて、その約束をはたして、水晶の玉を形身に與へ、日の本の初瀨の寺に、この玉を持つて、三七日の法を修するやうと賴み、又自分が手ならした琴を、白い扇で空にあふぎあげて契たえずは再びあはむとのかね言をして、急に公主は逝去される。引つゞいて、前から御病氣にかゝられてゐた皇帝が、崩御せられたので、國内がにはかにさわがしくなり、まだ御幼少な太子と、御かくれになつた皇帝の御弟の燕王とが、國を爭つて、大亂を捲き起してしまつた。そして、太子と御母后とは都落をせられる事となつた。
 〔二の卷〕 時は十月廿日頃なので、四方の景色も心細く、只天子の印の旗ばかりが淋しくはためいて、遂に蜀山へ迄追ひつめられてしまつた。敵の大將は虎の心があるといふ宇文會その人である。御母后はつき從つて行つた辨に、賴む事が切である。御辭退しかねて、本國にゐた時には、弓矢などはどう持つかさへ知らなかつたのであるが、只命をまとにしてむかはうと、日本の佛神を祈つて、宇文會と戰つたのである。いつとはなしに四人五人と影武者が現はれて、遂に宇文會を討ちとり、その一黨八人をも平げる事が出來たのである。そして太子御母后は、都へかへられる事となつた。
 辨は思ひもかけず大功をたてたのであるが、殆ど夢心地である。ふとやすんだ夢で神から(住吉の神)
 浪の外きしもせざらむさとながらわが國人にたちは離れず
 とて甲冑を賜つた。覺めて見ると現在前におかれてある。すつかりたのもしくなつて、その甲冑を身につけて、都へ還へらるゝ先導をして行く。
 都へ還御なられてからは、早朝から召され、新帝の御學問の御相手をし、政事にまで關與する事となつた。遂には外國人をそこ迄用ひらるゝ事を嫉むものも出來、辨は日本へ歸り度い氣ばかり起つて來る。御母后はしきりととめられる。そしてかうして賴りにせられる御心に、辨は次第に引かれる。けれども謹嚴な人である上に、あの玉を身にそへてからは、決して亂れた心などは起さなかつたが、
 おもふとも戀とも知らぬ面影の身にそふとこは夢もむすはず
 といふやうになつてしまつた。悶々の情をはらさうと散策に出かける。諒闇なので市中は音樂の音さへしないのに、簫の聲がきこえてくる。月、梅の香などを背景として簫といふものゝよさをはじめて感じさせられる。そして、その簫をふいてゐた女と一夜のちぎりを結ぶ。しかし、素性も何もわからない。晝は新帝の御相手をし、夜はそのわからない女を戀しがつてゐる。或夜ふとあの夜の梅の香がして、女がおとづれる。それも現だか夢だかわからないうちに、單衣をぬぎすべしてかへつてしまふ。
 一日御講書が終つてから、御母后に御目にかゝる。そのさがしてゐる女と、ふと似かよつてゐるのでびつくりする。若しか御縁引きの御方でもあるかなどゝ思ふけれど、そんな方もいらつしやらない。かねてからの歸國の御願ひを、御母后はしきりととめられる。然し又神が導かれる因縁を持つてゐる人なのだから、無理にとめるといふ事は、かへつて恩を知らない事になるとも仰せられる。辨はかうして、戀の山路にふみ迷つてゐる事が恥かしく、やはり夏になつたら出帆させていたゞき度いと御願する。
 然しやはり女の事ばかりが戀しくて、曉方ちかく迄寢られないでゐる。ふとあの香がして人のけはひがする。嬉しくて色々の物語をする、けれども、雲とも霧ともわからないはかない女とのちぎりは、またしても御母后の面影を見出しては、はつとする。
 あだにたつ朝の雲のなかたえばいづれの山をそれとだに見む
 妖怪變化のものかと思ふ時もさすがにあるが、どうしても思ひきる事が出來ない。けれども、その雲の行方をしたふばかりに、出帆をのばすことも出來ず、煩悶に煩悶をかさねてゐる。
 〔三の卷〕 かゝる惱みの爲にも、かくまでいそがれた古郷への旅が、何となく心殘りがして、口實をまうけては秋まで延ばしてしまふ。
 然し、のばしたからとて、その女にたよりが出來るのでもないので、そのなやましさはどうする事も出來ない。その上、御母后の追風が、ふとそれかと思はれるので、かへつて苦しさがまさるやうな氣がするけれども、それはとんでもない月の桂で、何とする事も出來ない。
 廿日頃になつて、或日、御階のもとの牡丹を一枝折つてかへる。その夜やうやう女が來る。「あしたの雲」、といふ許りで何も教へないのを恨むので、その女は、牡丹の枝をしをりとして尋ねるやうに、といつて、その一枝を持つて歸つてしまふ。翌日すぐにも尋ねたいと思つたけれど、早朝から、政事がいそがしくて、その餘暇が得られない。やうやういつかの梅の山里に來て見ると、夏草が生ひしげつて外は人が來たやうにも思はれないのに、きれいにはいた家の中に、この牡丹の花びらが、色もあせずたゞ一ひらあるばかり、やはりたづね知る事は出來なかつた。
 六月廿日に、いよいよ都を退く事となつた。十日頃の或夜、月の清い折に、御母后は色々と話をされる。一たん入らせられたが、
  「時すぎた花の一枝を、けふまで惜しんでとゞめ置いた心を、さぞもどかしく思つてゞあらう。」
 と仰せられて、あの牡丹の一枝を返して下さつて、かうした夢のやうな事も、眞實を打あけなかつたら、罪作りな事となつてしまふから、とおつしやつて、
  「宇文會は阿修羅の産れかはりで、我國をほろぼさうとしたのを、先帝が、玄弉三藏を使として、天帝に愁訴せられたので、第二の天衆であつた私を、天上からしばらくのいとまを賜はつて、下界へ下だし、私をたすける爲には、天童であつた人に弓矢を賜はつて、阿修羅の化身を討たすことになつたのであるが、我國には、さうした縁を負ふ人がないので、日本の國の住吉の神に仰せられたのです。それがあなたなのです、だから前世のよしみで、かうした縁も出來たのです。思ひ出した時には、これを、」
 といはれて、小さい箱の鏡を渡されておはいりになつてしまつた。」
「いよいよ出發となつた。御母后の御心づかひ、種々な賜物のある中に、華陽公主の持ちならされたものまで下さつたのである。
 歸朝した辨は、參議右大辨中衞中將となつた。松浦の山に待ちこがれてゐられた母君とのよろこばしい對面は、いふまでもない。直ちに初瀨に於て、三七日の法を修する事となつた。何處ともなく琴の音がきこえて來て、華陽公主とあふ事が出來た。飛んでいつた琴までも、飛んでかへつて來たので、二人は、心のかぎり調べあはしたのである。
 神なびの女王は、人が變つたやうな辨の仕向けを、ねたましく思はれるけれど、入内されてゐては、どうする事も出來ない。
 そして、靜かな寺ごもりの序に、靜かな氣持で、鏡をあけてみる。その中には、もう先帝の諒闇もあけたので、紋のある召物を召した御母后が、あの池殿にいらせられる所がうつつてゐる。あの香りさへするではないか。
 夕暮になり見えなくなつたので燈をつける。かへつて鏡の面に反射してよく見えない。懷にだいて泣いてしまふ。夜も更けて、待つてゐられる宮(華陽公主の後身)も氣掛りになり、急いで歸る。宮はふと前世に於てかぎ慣れた御母后の匂ひを、辨の着物から感じてあやしまれる。
  「しらぬ世も君にまどひし道なればいづれのうらのなみかこゆべき」そんな邪推をするものではない。」
 と辯解しながらもほろほろとなみだがこぼれる。そして琴の秘曲を世に傳へなければならない爲に、かうした珍らしい因縁が結ばれて行く事を、つくづく考へさせられたのである。」

























































































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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