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風巻景次郎 『中世の文学伝統』 (岩波文庫)

「こうした転変の世にあって、幾代の祖先この方、不文の律と見なされたところの、家柄相応の地位を宮廷において占めることにすら失敗して退場した多くの隠者は、己(おの)が現世については何の望みも持たなかったけれども、その生活は荘園にすがってさし当り浮浪の徒となる惧(おそ)れをまぬがれていた。そうしたときに花咲く人の心の影が「詩」であったのである。その詩は現実にやぶれて、それのかわりに肉身がしみ出させた真珠の玉ともいうべきものであった。」
(風巻景次郎 『中世の文学伝統』 より)


風巻景次郎 
『中世の文学伝統』
 
岩波文庫 青/33-171-1


岩波書店
1985年7月16日 第1刷発行
1991年12月16日 第3刷発行
248p
文庫判 並装 カバー
定価520円(505円)



本書「編集付記」より:

「底本には『中世の文学伝統』(一九四七年、角川書店刊)を使用し、「ラヂオ新書」版(一九四〇年、日本放送出版協会刊)ならびに『風巻景次郎全集』第五巻(一九七〇年、桜楓社刊)を参照した。」
「表記を新字体、現代仮名づかいに改め、漢字語の一部を平仮名に変えた。」
「底本では西暦と皇紀が併用されているが、西暦に統一した。」



風巻景次郎 中世の文学伝統


カバー文:

「風巻景次郎(1902―60)は、日本文学史の書きかえを生涯の課題とした。本書は、上代における和歌の成立からはじめ、『新古今集』『山家集』『金槐集』など中世300年の代表的歌集とその歌人たちを通覧することで和歌こそが日本文学をつらぬく伝統だと論ずる。鮮烈な問題意識をもって日本文学の本質に迫る力作。」


目次:

改版の序

一 うたとやまとうた、漢詩と和歌、詩と歌、和歌と短歌
二 中世、和歌は中世文学の主軸、物語は文学でない性質を含んでいる、勅撰和歌集、二十一代集、『古今集』の伝統が『金葉』『詞花』で衰える、『千載集』の後また『古今集』伝統が復活する、これが中世文学の開始である、藤原時代芸術の特色、その『金葉』『詞花』への反映は和歌の危機を意味する
三 藤原俊成、隠者文芸、『千載集』、その特色、抒情性の優位、幽玄
四 西行法師、『山家集』、実人生への敗恤と交換した文学精神
五 『新古今集』、その特色、錦繡的妖艶、後鳥羽院の御趣味、『新古今』撰定前の歌界、若き定家
六 『新古今集』の撰定の経過
七 後鳥羽院、院の御製と新古今時代廷臣の歌とは別の所から生れている
八 源実朝、『金槐集』、実朝の歌の多くは風流の歌である
九 老いたる定家、歌に対する見識の変化、世間的幸運
十 『新勅撰集』、新古今調からの離脱、世襲の芸道の建立、有心、歌における「詩」の喪失の警告、「詩」を培うものとしての漢詩、漢詩と和歌との融合
十一 為家
十二 二条・京極・冷泉三家の分立、持明院統と大覚寺統、分立の意義、為世歌論の保守主義、為兼歌論の新鮮さ、『玉葉』の歌と『新後撰』『続千載』の歌と
十三 吉野朝時代の勅撰和歌集
十四 鎌倉末この方の自然観照、天象が景色の重要な要素となる、『玉葉』『風雅』の叙景歌の功績、頓阿の歌、牧渓水墨山水に触れた心
十五 宗良親王、『新葉集』
十六 室町時代に歌は芸術であることをやめ始める、今川了俊、正徹、尭孝の理論、正徹と尭孝との定家の立て方
十七 東常縁、老年の定家を立てて『新古今集』を排斥する、宗祇、古今伝授
十八 歌道はまさに消えようとしていた、結語

解説 (久保田淳)




◆本書より◆


「三」より:

「だから私は『千載集』の抒情調をもって幽玄であるということにしよう。そこで『千載集』が『古今』の正調に復したというのは、つまり幽玄の調を打ち立てたことにほかならぬのである。ただ『古今集』と『千載集』とではどこがちがっているのであるかといえば、それは『千載集』は、幽玄という如きことを「詩」の必要条件として要求する心の生んだものであったということである。」
「しかもその「詩」は、隠者によって要求された詩である。当時としては、京都の中流公家の古く誇らかな家の歴史の故に、下品で露骨な競争から退かねばならぬ宿命を持っていた人々、隠者の「詩」であったのである。俊成の子定家は治承四年に十九歳の青年であった。(中略)日記に、源平の争乱を記して、「世上の乱逆追討は耳に満ちたりと雖も、これを注せず、紅旗も征戎(せいじゅう)も吾が事にあらず」といったのは有名なことである。(中略)この十九歳の青年もすでに深く感じていたように、現世の政争を風馬牛視し得る生活の確立である。こうした態度は単なる弱さではない。現世の栄枯盛衰ばかりに気をとられて、この世で少しでも立身出世しようという野性的な本能のままに、逞しく主我的な行動をすることに別れをつげた文化精神が、苦難のときにおいて成し遂げた目覚めであり、反射的行動への観照の君臨である。この世において自己保存の本能にしたがうことを封じ込めなければならなかった心の命令である。
 こうした心が古い伝統にしばられたものであることは言わずもがなであろうが、それ故にこそ、そこに精神の貴族主義が生れるのである。現世に失敗しても、心の世界で低劣に堕しまいとする誇りである。」



「五」より:

「三島江の枯れ蘆の葉には薄霜のほの白い頃、昼となれば芽をふくほどの春風のほの温い肌(はだ)ざわりである。やがて若蘆の芽のくきくきと出揃(でそろ)う頃は、夕月の影をくだいて満ち潮のなごりが白(し)ら白(し)らと頭越しに流れるようになる。大空は梅が香の艶なにおいに朦朧(もうろう)として、月も曇りに近い霞(かす)み方である。静艶の夜気の中に身を任せては、梅の香にそのかみの親しかった人の移り香を想うが、もとより寂としてすべては再びくることのない思い出の上に、月の光のみがありしにかわらぬ影を投げている。やがて桜も咲きそめる。尋ねきて遊び暮した桜の木の間は、たそがれゆくままに、山の端には月が上る。うたたねの夢とうつつが揺れ交る寝覚め、風に吹かれて袖のあたりになびく花の香は、春夜の夢の尾を引いて、またしてもありし昔の人の姿を描かせる。早くも花は散り時である。山桜の花は幾重もかさなりて、木のもとの苔(こけ)の青さも見えぬほどである。水に散っては水を蔽(おお)って、こぎゆく舟のあとをくっきりきわ立てる。
 こうした春の自然とそれに融(と)けあう人の心とのふしぎな織物に、古人も魅惑を感じたらしいが、今もってこうした幻影はそのころの人たちを、静観的な自然観照家であり、自然をながめつつ夢想に耽(ふけ)る人たちとして思い描かせる。ともあれ彼らは優美で繊細で、色彩的な絵画的な感覚に秀でて、教養人である。閑雅の文人である。私どもは彼らが春風に袂(たもと)をなぶらせて羅生門の丹楹(たんえい)白壁の楼から左右にながく流れる平安城の築地(ついじ)のくずれを背にして、または朱雀大路(すざくおおじ)の柳と桜とのやわらかな下蔭にたたずむように考える。また上京(かみぎょう)の寝殿の長押(なげし)にい崩れて、柔媚(じゅうび)な東山を背にし、清澄な鴨川(かもがわ)の水をひき入れた庭園に、恍惚(こうこつ)としてながめ入る姿を描くのである。一日のあらゆる心の静謐(せいひつ)を希(ねが)って、『古今集』『源氏物語』へのおだやかな共感を、桜花や月光の織りなす情緒的な自然へ、そのまま流れこませ、想いうるかぎり甘美な気分の羅(うすもの)を織りなすために、その生活をまもる人たちを描くのである。まことにこの人たちの見ている朧々(ろうろう)たる月ほど、意欲が影をひそめた詠歎的な自然はない。秋の夕暮の水色に煙る薄靄(うすもや)は、そのまま私たちをも彼らの仲間のひとりと化して、風もながれぬ自然のなかに凝立させるためであろう。もとよりそこに、いい知れぬ『新古今集』の称讃者も生れ、無限の不満を吐きだす反対者も生れるのである。」

「二度とふたたび『新古今集』の歌が、単に夢を食う者の容易な耽溺だと思われぬようにしたい。」

「彫心鏤骨(ちょうしんるこつ)は『新古今集』の歌にふさわしい言葉である。そして欠陥も実はその点にある。しかしそのことは、実は和歌文学が「詩」をまもるために如何に超剋(ちょうこく)すべく困難な時代へ乗りかけてきていたかということを物語るものなのである。単に野放図(のほうず)や遊戯的態度からしては、『新古今集』を性格づけるような声調は彫(きざ)み出されては来ないのである。そこには意志の緊張が要(い)る。彫り出すものの像をたえず虚空に見つめ得る眼が要る。自分がはじめて浮べ得た夢想を具体的に描き出しうるために、人は永久に覚めていねばならぬ。これまで使っていた言葉が、子供のときからの仕つけによって無批判に用いていたところの、兄姉や教師や先輩やの言葉に過ぎなかったことに気附き、これまではそれらの言葉にはめ込むために、自分の感じたもののあちらこちらに鋏(はさみ)を入れて切りこまざいていた不誠実に気附いて、今度は自分の幻影をあくまで形象の上に捕えようと無限の奥所まで追及の歩を緩めないでゆくためには、無限に緊張した注意力と、冷徹闇(やみ)をも透す明眸(めいぼう)とが要るのである。定家が『詠歌大概(えいがたいがい)』で、和歌に師匠なしといったのを知ったとき、私どもは現代における創作行動への観察と批判との結果に等しいものを、彼もまた獲得していたことを感じなければならなかったのである。」
「かりに定家を今しばし例に引けば、彼は憑(つ)かれた者であった。彼の眼には、和歌文学の伝統が生れてこの方、誰もまだ捕えたことのなかった幻影が映っていた。それはつまり、彼の生理心理的な実感として感じられつつあったところの、思想や伝統や世の有様や我が家の有様やの錯綜した全体であった。新しい表現の対象は、職人的な器用さや、使いきたりの鋳型で間に合うことはない。同じように春の夜や、桜や、秋風やをとり上げても、『古今集』の人たちがとり上げたそれらとの間には越えがたい隔りがあった。」

「俊成や西行の時代にはめきめきと隠者が生れていった。この時代の若い世代の人々は、僧形(そうぎょう)になるとならぬにかかわらず、つきつめた者の心情はすべて隠者的である。でない者は目先をはたらかす機会主義者(オッポチュニスト)になった。機会主義者の少数は追従と贈賄との巧みな使い方で案外な現世の幸福を得たし、隠者的な人たちは、その文学精神を鋭くすることによって、あてのない現実の生活から真珠を分泌(ぶんぴつ)させたのである。つまりそうした精神にとって、現世の生活は創造の素材ではなくて、これまであった芸術は心をいたわりにかえる古巣として見直されたのである。
 この時代に心をやるべき古巣の最もよきものは和歌であった。人々はこの四百年来の古巣にたてこもって、自らをそれに準拠させながら、自分自身の「詩」をうたおうとしたのである。この古き革袋(かわぶくろ)を今に生かして新しい酒を盛る営みのために、彫心鏤骨は生れ出たのである。
 すでに諸君も諒解されたであろうように、そうした生活において、何か生気にみちた新時代があるだろうか。真に新しいものは自らの形を結晶させる。その意味において、『新古今集』もまた、原理的には新しいものを所有していないにちがいない。問題はただ古きを知って古き形式に愛着を感じるところの、虚無の熱情というべきものである。あれだけ美しい創作ができれば虚無の情熱もまた文化の誇りである。それにまた、『古今集』に発した芸術伝統は、このように現実の生活を釣り換えにしなければ本当の花を開かないのだということが、日本文学史の上で証明されたも同様である。」
「いわば彼らはその不敵な文学精神の故に、現実生活を不幸にして、日本の文化を飾ったのである。」





こちらもご参照ください:

久保田淳 『藤原定家 ― 乱世に華あり』 (王朝の歌人 9)
松岡正剛 『ルナティックス』 (中公文庫)















































































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