国枝史郎 『神州纐纈城』 (大衆文学館)

「荒れた野宮の狐格子(きつねごうし)の中に、一個の生物(いきもの)が蠢(うご)めいていた。
 纐纈城主(こうけつじょうしゅ)、火柱の主、すなわち悪病の持ち主であった。」

(国枝史郎 『神州纐纈城』 より)


国枝史郎 
『神州纐纈城』
 
大衆文学館 く 1-1 

講談社 
1995年3月17日 第1刷発行
425p 「おことわり」1p
文庫判 並装 カバー
定価840円(本体816円)
デザイン: 菊地信義



本書「人と作品」より:

「『神州纐纈城』は、大正十四年一月から同十五年十月まで雑誌「苦楽」に連載された作品である。」
「大正モダニズムの時代背景を受けて、エロ・グロ・ナンセンス趣味に溢れた作品に仕上がっている。月子の行水場面に見られるエロティシズム、直江蔵人が「五臓丸」製造のために行う人体解剖場面にはグロテスク、狂言回しの甚太郎少年の台詞にはナンセンスを見ることができる。」
「本編の登場人物は、(中略)すべて流離の身の上である。流離を続ける人物が富士の裾野で邂逅・離散することで物語が展開・発展している。武士が家をすて流離するということは、封建制度の根幹を揺るがすことである。(中略)彼らは、家=封建主義といった制度を守ることより、個人の欲望に正直に生きる現代的な人物として描かれている。(中略)このような人々には、家に代表される制度などは無意味なものでしかなく、どんな危険が迫ろうと、最下層に身を落とそうと、自己の欲求に忠実であろうとする。彼らは制度に対する反逆者であり、自由人である。このような人物に制度上の観念などは意味をなさない。流離する人物たちは、制度から離れることで、制度が持つ権威からも逃れているのである。」
「頽廃文学は旧文化に対する反抗と超越を意味し、人間の暗部に秘む欲望を積極的に肯定・謳歌する思想である。『神州纐纈城』の反「権威」の思考はこの方向からも行われているのである。」



国枝史郎 神州纐纈城


カバー文:

「武田信玄の寵臣土屋庄三郎は、夜桜見物の折に老人から深紅の布を売りつけられる。これぞ纐纈布! 古く中国で人血で染めたとされる妖しの布だ。この布が発する妖気に操られ、庄三郎がさまよう富士山麓には、奇面の城主が君臨する纐纈城や神秘的な宗教団が隠れ棲み、近づく者をあやかしの世界に誘い込む。怪異と妖美のロマンを秀麗な筆致で構築し、三島由紀夫をも感嘆させた伝奇文学の金字塔。」


目次:

神州纐纈城

巻末エッセイ (半村良)
人と作品 (末國善己)




◆本書より◆


「上衣(うわぎ)に裁(た)っても下衣に裁っても十分用に足りるだけの幅も長(たけ)もあったけれど、不思議のことにはその紅布は蝉(せみ)のように薄いところから、掌(てのひら)の中へ握られるほどにまた小さくもなるのであった。しかし何よりも驚くべきはその美しい色艶(いろつや)で、燃え立つばかりに紅かったが、単に上辺(うわべ)だけの紅さではなく、底に一抹(いちまつ)の黒さを湛えた小気味の悪いような紅さであり、ちょうど人間の血の色が、日光(ひかり)の加減で碧(あお)くも見えまたある時は黄色くも見えまた黒くも見えるように、その紅布も日光の加減で様々の色に見えるのであった。
 「うむ、まるで玉虫のようだ」
 庄三郎はこう思いながら、その気味の悪い紅布に次第に愛着を覚えるようになった。」

「「大なる生命の存在を、認めることの出来た時、人は限りなく弱くなる。その弱さが極わまった時、そこに本当の強さが来る。私は聖者でもなんでもない。ただ弱さの極わまった者だ。」」

「「……戦は自衛? なるほどな。しかし今日の戦は既にその域を通り抜けている。今日の戦は侵略だ。今日の戦は貪慾だ。いやいや今日の戦はほとんど興味に堕している。圧制の快感、蹂躙(じゅうりん)の快感、戦のための戦だ!」」

「「怯(きょう)とはいったい何んだろう? 勇とはいったい何んだろう?」」
「「俺は疑いなく臆病者だ。いつも恐怖に襲われている」源之丞はフラフラと立ち上がった。しかし岩壁からは離れなかった。
 「だが権利は持っている。この世に活きる権利はな。そうして(中略)肩身を狭め、日の目を恐れ、土鼠(もぐら)のように活きることに、俺は興味さえ持っている。……活きて行く道は幾通りもある。白昼雑踏の大道を、大手を振って行く道もあれば、暗夜に露地をコソコソと、蠢(うごめ)いて行くような道もある。どっちがいいとも云われない。……暗夜に露地を歩く者は、家の雨戸の隙間から、一筋洩れる灯火(ひ)の光、そういうわずかな光明(ひかり)にさえ、うんと喜悦(よろこび)を感ずるものだ。……糜爛(びらん)した神経、磨ぎ澄まされた感覚、頽廃(たいはい)した情緒、衰え切った意志、――いわゆる浮世のすたれ者! そういう者にはそういう者だけの、享楽の世界があろうというものだ」」


























































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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