會津八一 渾齋隨筆』 (中公文庫)

會津八一 
『渾齋隨筆』
 
中公文庫 あ-2-1

中央公論社 
1978年10月10日 初版
1993年3月25日 6版
190p
文庫判 並装 カバー
定価400円(本体388円)
表紙・扉: 白井晟一
カバー題字: 著者
カバー: 東大寺大仏蓮弁拓本



本書「序」より:

「『鹿鳴集』の歌は、解りにくいといふ評判を、だいぶあちこちで聞かされるので、(中略)時々筆を執つて、集の中でも一番解りにくさうなのから、一首一首を、まるで濟し崩しに、隨筆風に註釋を書いて來たものが、もう相當の紙數に及んでゐるので、まづこの邊で、一くぎりを附けて、これも世に問ふことにした。この本がそれである。」
「渾齋といふのは、私の齋號の一つで、秋艸堂とともに、割合にしばしば用ゐ慣れてゐる。」



正字・正かな。


会津八一 渾斎随筆


カバー裏文:

「自作の短歌を通して、南都の風物を描きつつ、その歴史、美術、文学、言語についての蘊蓄を披瀝する珠玉十七篇。卓抜なるエッセイスト渾齋會津八一の面目を余すところなくつたえる随想集。」


目次:



觀音の瓔珞
唐招提寺の圓柱
西大寺の邪鬼
毗樓博叉
鹿の歌二首
乘馬靴
懷古の態度
奈良の鹿
衣掛柳
歌材の佛像
斑鳩
小鳥飼
歌の言葉
譯詩小見
推敲
中村彝君と私
自作小註

解説 (松下英麿)




◆本書より◆


「西大寺の邪鬼」より:

「       西大寺四王堂にて
   まがつみ は いま の うつつ に ありこせ ど ふみし ほとけ の ゆくへ しらず も
 私の歌は、すべて難解だといふ評判を、まへまへから聞いてゐるが、これなどは、恐らく屈指の方かも知れない。」
「奈良の西郊に、大軌(だいき)電車の西大寺驛があり、そこで下車すれば、すぐ西大寺がある。天平神護元年に稱德天皇の勅願によつて建立せられ、(中略)傳説によると、天皇は創建の寺に親臨せられ、(中略)みづから熟銅を攪(か)かせられて、四天王像の鑄製に力を致されたといふ。(中略)しかるに、その後、平安時代に入つて、貞觀二年には、火災のために堂宇は燒け落ち、持國、廣目、增長の三天が失はれた。そしてこの三體は、やがて改鑄されたが、室町時代の文龜二年には、再び火災に遇ひ、この度は、さきに再鑄した三體は免れたが、これまで天平原作のままでゐた多聞天が、左脚の一部だけを殘して、壞滅してしまつた。この一體は後に補はれたが、それは木彫であつた。幸運の衰微が、おのづからその間にも窺はれる。そしてこの不揃の四天王を、今この寺の四王堂(しわうだう)の中に見るのである。
 ところが、先ず氣になることは、四天王が、脚下に踐んでゐた邪鬼(じやき)どもは、二度の業火を經ながらも、殆ど恙なく、いづれももとのまゝに逞しく、今も變らず蹲つてゐる。そもそも邪鬼としいへば、正法に敵對する外道(げだう)のシムボルである。そのともがらが、外道ながらに、古い藝術の威力を以て、今も揃つて、踞してゐるのに、その上を踐み鎭めてゐる筈の四天王は、護法の名も空しく、いつも旗色が惡く、次第に廢亡して、新作が入り代はるごとに、素質はますます貧弱になつた。私がこの歌を詠んだのは、實はこの點に容易ならぬ皮肉を感じてのことであつた。そして誰しも、實際この堂に立つて、この異樣な對照を見るものは、たやすく此の感懷を、私とともにするであらう。
 まづ、これくらゐの説明で、あの西大寺の歌は、私の氣持に近い理解を受けるであらう。しかし、その後、私が東大寺の三月堂で詠んだ一首の歌になると、これ等の邪鬼に對する私の態度は、さらに一歩を進めてゐる。その歌は
   びしやもん の おもき かかと に まろび ふす おに の もだえ も ちとせ へ に けむ
この堂の毘沙門の脚下に伏し轉(ま)ろぶ邪鬼の苦悶も久しいかなと、私は慨いてゐる。そしてこの場合、私はいつしか毘沙門よりも、その鬼の方に、より多くの同情を傾けてゐるらしい。
 日ごろ奈良の寺をめぐりながら、たまたま古美術巡禮の人たちに出遇ふごとにいつも氣にするのであるが、御堂の中で、一行の慌だしい鑑賞の眼は、本尊から脇侍、それからまだ四天王まで來ないうちに、もういい加減に疲れ果てて、うす暗い牀の上に、匍ひつくばふ鬼どもの姿にまで、行きわたることは少いらしい。それを私は、彼等のためにも、またその人たちのためにも、いつも惜んでゐる。一體四天王は、法城の警護のほかに、美術的には、如來や菩薩の温顏を、わきから引き立てるために立ち添つてゐるのであるが、その物凄く緊張した顏の、躍動した筋肉の割に、内心は殆ど無自覺らしいその表情や、聊か間伸びのした總身の姿勢などには、私は失望することが多い。そして、いつも、より多く、あの邪鬼どもに心を惹かれる。邪鬼と呼ばれるに相當な曲者だとしても、とにかく長い間を、あのありさまは、氣の毒な身の上である。自分の三四倍もある、大兵の鎧武者に、むごたらしく踐み敷かれながら、惡びれた反抗もせず、そのあひまにも、かへつて不思議な餘裕をさへ見せてゐる。」
「邪鬼といふ名は恐ろしいが、煩惱の象徴だとすれば、つまりこれが、佛教の目から見た、われわれ人間のすがたであらう。唯美の追求も、いはば一つの樂欲(げうよく)にほかならぬから、いかにそれに熱心でも、それだけで、佛陀のよき信者とは云はれない。どのみち外道の部類には違ひなからう。それであるのに、この遠い昔の邪鬼どもは、今の世の外道たちからは、見向きもされず、誰のために反省の鑑にもならず、いつまでも人知れず暗い苦惱をつづけてゐる。私はそれに同情をするのである。」























































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難破した人々の為に。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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