会津八一 『自註鹿鳴集』 (新潮文庫)

「もし歌は約束をもて詠(よ)むべしとならば、われ歌を詠むべからず。もし流行に順(したが)ひて詠むべしとならば、われまた歌を詠むべからず。
 吾(われ)は世に歌あることを知らず、世の人また吾に歌あるを知らず。吾またわが歌の果してよき歌なりや否やを知らず。
 たまたま今の世に巧(たくみ)なりと称せらるる人の歌を見ることあるも、巧なるがために吾これを好まず。奇なるを以て称せらるるものを見るも、奇なるがために吾これを好まず。新しといはるるもの、強しといはるるもの、吾またこれを好まず。吾が真に好める歌とては、己が歌あるのみ。」

(会津八一 「南京新唱 自序」 より)


会津八一 
『自註鹿鳴集』
 
新潮文庫 1887/B-4-1 

新潮社 
昭和44年6月30日 発行
平成6年5月20日 19刷
280p 図版(モノクロ)4p 
「文字づかいについて」1p
関係地図(折込)1葉
文庫判 並装 カバー
定価520円(本体505円)
写真: 入江泰吉



本文新字・正かな。


会津八一 自註鹿鳴集 01


カバー裏文:

「歌人、美術史家、書家としてその碩学を世に謳われた会津八一。万葉調、良寛調を昭和に蘇らせて、その歌人としての名を決定的に高めた代表作を処女歌集と併せて作者自ら注解する。美術史の教養と芸術的意図をふんだんに盛り込むことで、近代文学史上希有の存在となった最晩年の労作。」


目次:


例言

南京新唱
 南京新唱序 (山口剛)
 南京新唱序
山中高歌
放浪唫草
村荘雑事
震余
望郷
南京余唱
斑鳩
旅愁
小園
南京続唱
比叡山
観仏三昧
九官鳥
春雪
印象

鹿鳴集後記

解説 (宮川寅雄)
索引



会津八一 自註鹿鳴集 02



◆本書より◆


「序」より:

「予が家の鹿鳴集(ろくめいしゅう)は、昭和十五年創元社より世に送りたるものなるも、その中には、大正十三年春陽堂より出したる南京(なんきょう)新唱の全篇を含み、またその南京新唱の中には、明治四十一年奈良地方に一遊して得(う)るところの歌若干首を含めるが故(ゆゑ)に、今ここに収むるところは、実に二十八歳より六十歳に至る予が所作を網羅(もうら)したりといふべし。」
「予が初めて奈良の歌を詠じたる頃には、その地方の史実と美術とを知る人、世上未(いま)だ多からず。しかるにまた、予が慣用したる万葉集の語法と単語とは、予が終始固執せる総平仮名の記載と相俟(あひま)ちて、予が歌をして解し易(やす)からざらしめ、甚(はなは)だ稀(まれ)にこれに親しまんとする人ありても、その人々をすら、遂(つひ)には絶望して巻を擲(なげう)たしむることも屡(しばしば)なりしなるべく、すべてこの歌集の流布をして、ますます狭隘(きょうあい)ならしめたるべきは、想察に難(かた)からざるなり。」
「かるが故(ゆゑ)に、ここに旧稿を取出(とりい)で、新潮社の請に応じて、世に敷かんとするに当り、予が歌の美術と史蹟(しせき)とに関するもの、及び古典、古語に係(かか)はるものには、遍(あまね)く小註をその左に加へたるほか、歌詞は旧に依(よ)つて総仮名を用ゐ、品詞によりて単語を切り、以(もつ)て来者をして再び誦読(しょうどく)に誤りなからしめんことを努めたり。」



「南京新唱」より:

「  法華寺温室懐古

ししむら は ほね も あらはに とろろぎて
ながるる うみ を すひ に けらし も

からふろ の ゆげ たち まよふ ゆか の うへ に
うみ に あきたる あかき くちびる

からふる・光明皇后は仏に誓ひて大願を起し、一所の浴室を建て、千人に浴を施し、自らその垢(あか)を流して功徳を積まんとせしに、九百九十九人を経て、千人目に至りしに、全身疥癩(かいらい)を以て被(おほ)はれ、臭気近づき難きものにて、あまつさへ、口を以てその膿汁(のうじゅう)を吸ひ取らむことを乞(こ)ふ。皇后意を決してこれをなし終りし時、その者忽(たちま)ち全身に大光明を放ち、自ら阿閦(あしく)如来なるよしを告げて昇天し去りしよし、『南都巡礼記』『元亨釈書』その他にも見ゆ。
「からふろ」に往々「唐風呂」の字を充(あ)つれども、蒸風呂にて水無きを「から」といひしなるべければ、「空風呂」を正しとすべし。」

「からふろ の ゆげ のおぼろ に ししむら を
ひと に すはせし ほとけ あやし も

ししむら・肉体。「しし」といへば、本来獣肉の意味なりしを、古き頃より「ししづき」など人体のことにも用ゐらる。
あやしも・霊異なり、怪奇なり、不可思議なりといふこと。「も」は接尾語。」

「  当麻寺に役小角(えんのをづの)の木像を見て

おに ひとつ ぎやうじや の ひざ を ぬけ いでて
あられ うつ らむ ふたがみ の さと

役小角・文武(もんむ)天皇(697―707)の時に葛城山(かつらぎやま)の岩窟(がんくつ)に住みたりといはるる人。その名『続日本紀(しよくにほんぎ)』に出(い)づ。飛行自在にして常に鬼神を駆使し、奇蹟(きせき)多し。「役ノ行者」また「役ノ優婆塞(うばそく)」といふ。作者の見てこれを歌に詠(よ)みたる像は金堂の中にあり。
おにひとつ・行者の像には、常に左右に前鬼後鬼(ぜんきごき)の二像あり。作者この寺を出でて奈良に帰らんとする時、恰(あたか)も東門の前にて一としきりの急霰(きゆうさん)に逢(あ)ひ、時は晩秋にて、まだ霰(あられ)のあるべき季節にもあらざるに、さては、かの鬼のいづれかが、追ひ来(きた)りて、この戯(たはむれ)を為(な)すかと空想を馳(は)せて詠みたるなり。」






























































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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