寺山修司 『新釈稲妻草紙』 (ちくま文庫)

「自分も、ほんとうに、狐の子ではないと、誰が言いきれるものだろう。
 少年時代、かたわらに眠っている母親の鬼白髪の顔をしみじみと見ながら、嘉門は「この人ではない」と思ったことがあった。「この人はとてもいい人だし、やさしくしてくれる。だが、わたしのほんとうの母親はこの人ではない。きっとどこか、あの山の麓(ふもと)か、峠の向うにもう一人の母親、まことの母がいるのではなかろうか」と。」

(寺山修司 『新釈稲妻草紙』 より)


寺山修司 
『新釈稲妻草紙』
 
ちくま文庫 て-6-3

筑摩書房
1993年9月22日 第1刷発行
316p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価680円(本体660円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 南伸坊
挿絵: 歌川豊国



本書「解説」より:

「本書は、江戸の戯作者として名高い山東京伝の読本(よみほん)『昔話稲妻表紙』を現代語訳した――というより、寺山修司流に書替えたものである。一九七四年一月、番町書房より『新釈稲妻草紙』として刊行され、同年六月、河出書房版『カラー版現代語訳・日本の古典㉔江戸小説集Ⅰ』に昔話稲妻表紙の現代語訳として全十五巻のうちの十巻が抄録された。」


挿絵図版35点。


寺山修司 新釈稲妻草紙 01


カバー裏文:

「時は室町、将軍足利義政に仕える佐々木家に突如まきおこったお家乗っ取り騒動。その渦中に家宝の絵巻物が盗まれ、忠臣毛剃丸に疑いがかかる。この事件を発端に、恋と欲、忠義と肉親の情愛がからみ合う因果応報、勧善懲悪の物語がくりひろげられる。
江戸のマルチタレント山東京伝の代表作「昔話稲妻表紙」をもとに、奇才・寺山修司が大胆に書きかえた作品。」



目次:

譚者前白
巻之一 一寸法師、恋に狂うこと/花嫁殺しの細ひもの怪のこと
巻之二 首縊りの木に鴉がとまること/片目の他雷也、糞尿の銃を用いること
巻之三 南無阿弥陀仏之助が赤犬を殺すこと/少年、疱瘡にくるしむ夢十夜のこと
巻之四 少女の腹にまきついた蛇の手本のこと/生き埋めの藁人形の呪い唄のこと
巻之五 一寸法師が月夜に茸を煮るのこと/戸板の上は猫の死骸のこと
巻之六 盲目のおとうとの断弦の琵琶のこと/首を洗う桶のこと
巻之七 磯菜が語るとりかえられた生首のこと/小蛇を招く蟇手の名の由来のこと
巻之八 三人按摩、生首の失敗のこと/蛇娘、因果の見世物のこと
巻之九 赤膏薬の呪いのこと/再会は首吊り榎のおんなのこと
巻之十 月夜に棺桶の音のこと/吃又の吃りを治す鳥の由来のこと
巻之十一 南無阿弥陀仏之助の改名のこと/三つ墓村の出会いのこと
巻之十二 贋一寸法師の出現のこと/遊女葛城の長物語のこと
巻之十三 生首提灯のこと/遊女葛城と一寸法師の血のつながりのこと
巻之十四 とんで火に入る一寸法師のこと/赤鼻の不死馬の再登場のこと
巻之十五 母は狐なりという琵琶語りのこと/蜘蛛手の方の人間火事のこと

解説 少年の胎内巡り (須永朝彦)



寺山修司 新釈稲妻草紙 02



◆本書より◆


「巻之二」より:

「朧月がうしろから差していたので、女の影法師は前にあり、その影を踏まぬようにして、女はふらふらと狐憑(つ)きのように、歩いていたが、よく見ると、その影法師は、女から切りはなされて、少しばかり先を歩いているのだった。
 「怪(あや)しい」と毛剃丸は思った。影法師と思われた地べたの翳(かげ)は、糸のような手で、おいでおいでとさし招き、女はそれにさそわれて、歩いてゆくのである。毛剃丸は、身を低くしながら繁みの草の中を這(は)って、その女についていった。
 すると、細道の突当りに、古い榎(えのき)の木が一本立っていて、その木の陰の中に影法師もろとも、女は吸いこまれてゆき、そこで立ち止った。
 毛剃丸にとっては考えも及ばぬことであったが、木の陰の中でも怪しの影法師はくっきりと人の形をくずさず、女に榎の枝を指さすのだった。
 女は、それを仰ぎ見てうなずき、泣きはじめた。
 しかし、影法師は、さらに榎の枝にものを打ちかける仕草をしてみせた。どこかで、月に浮かれた葭切(よしきり)の声がきこえるほかは、森閑(しんかん)として物音はなかった。女は、あたりを顧(かえり)みながら、腰帯(こしおび)を解き、それを木の枝に打ちかけた。
 腰帯の色は赤である。
 「これが首縊(くびくく)りの榎(えのき)というやつだな」と、毛剃丸は始めて思いあたった。噂にはきいていたが、見るのは始めてである。以前に首を縊った者の亡魂(ぼうこん)が、木の中でひとり暮しをしていて、さびしさに耐えかね、ときどき連れ合いをさがしに月夜の道へ影法師となって迷い出てゆくという語柄(かたりぐさ)は、死んだ母親がしてくれた。」



「巻之八」より:

「その隣りに、同じような小屋があって小さな旗幟が立ち、絵看板が出ていた。それは可憐な少女の体の中に火を吐く蛇がとぐろを巻いているもので、下足番の傴僂(くぐせ)の男が、扇をひらいて往来の人たちをさし招きながら、声高々と呼込んでいるところであった。
 「さあさあ、お立会い! お立会い! これはこの世のものならず、死出の旅路のすそ野なる、花もあわれな蓮華草(れんげそう)、親は死んだか、子を見たか、因果応報(いんがおうほう)生き地獄、丹波の国の奥山の、住み猟人(かりゅうど)の子に生れ、親の罪科(ざいか)血にうけて、世にもかなしき蛇娘! 蛇娘!」
 一息いれて三味線かきならし、

  見世物や親をさがしてつばくらめ」



「巻之十二」より:

「話かわって、名古屋山三郎である。
 彼は、桂之助と銀杏の前と月若の三人の行方をたずねて、安否(あんぴ)を問いながら渡り鳥の日をすごしていた。できることなら、父の仇(あだ)の不破(ふわ)親子、一寸法師とその猿父(えんぷ)を見つけ出して宿意(しゅくい)をとげようという志もあったが、心は二つ身は一つで、あせるばかりで思うにまかせず、下僕(げぼく)の鹿六と二人で、旅中にあったが、ある夜、旅籠(はたご)で不思議な夢を見た。
 夢の中は、盂蘭盆(うらぼん)で、川には流燈(りゅうとう)がながれていた。山三郎が思い立って父の亡霊(なきたま)をまつろうとし、香華灯燭(こうげとうしょく)を買うために街に出てゆくと、街は青一色のかすみがかかっているのだった。
 家はどこでも霊棚(たまだな)をおき、庭には亡魂(なきたま)を迎えるための火が焚(た)かれていた。山三郎は、自分でも思いがけぬ方まで、ふらふらと迷い出して歩いていったが、線香の匂いが立ちこめ、窓という窓から念仏の声、念珠(じゅず)の音がながれだしていた。
 一人の手毬童女(てまりわらべ)が手毬をついていたが、よく見ると手毬などは無いのだった。かくれんぼの鬼が、しゃがんだまま目かくしをとると顔はのっぺらぼう。赤い曼殊沙華(まんじゅしゃげ)の花を食べている餓鬼母(がきぼ)もいれば、四人あつまって、ありもしない仏をなでている按摩もいた。

  墓石をはこぶ男が満月にひとさし指から消えてゆくなり

 思えば、街にいるのは皆亡者(もうじゃ)であった。家から出たり入ったり、赤い帯(おび)をたぐりながら盲目の母までの三町三歩を、狂い踊りしている跛行(はこう)の猫の子。まことに哀れな眺めだと思いながら、山三郎は歩いていた。亡者の中に子消し人形を抱いた女、雨露にさらされた嬰児(みどりご)の骨を一本ずつ拾いながら「骨占い」をする男とも女とも見わけのつかぬ鬼子母(きしぼ)もいた。」



「巻之十五」より:

「人畜相姦(じんちくそうかん)の子だった安倍晴明が、陰謀家蘆屋道満(あしやどうまん)の叛逆を見破って大功を立てる件(くだ)りをききながら、嘉門は感慨にとらわれていた。なぜか、晴明と自分とが二重写しになってくるからである。自分も、ほんとうに、狐の子ではないと、誰が言いきれるものだろう。
 少年時代、かたわらに眠っている母親の鬼白髪の顔をしみじみと見ながら、嘉門は「この人ではない」と思ったことがあった。「この人はとてもいい人だし、やさしくしてくれる。だが、わたしのほんとうの母親はこの人ではない。きっとどこか、あの山の麓(ふもと)か、峠の向うにもう一人の母親、まことの母がいるのではなかろうか」と。」



寺山修司 新釈稲妻草紙 03


寺山修司 新釈稲妻草紙 04


































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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