FC2ブログ

『バルトルシャイティス著作集 1 アベラシオン』 種村季弘・巖谷國士 訳

「石は生き、病をわずらい、齢をとり、死んでゆく。切り砕かれた石たちは生長する。石たちはふたたび図像におおわれる。」
(バルトルシャイティス 「絵のある石」 より)


『バルトルシャイティス著作集 1 
アベラシオン
― 形態の伝説をめぐる四つのエッセー』 
種村季弘・巖谷國士 訳


国書刊行会
1991年5月10日 初版第1刷発行
292p 人名索引ix 口絵(カラー)12p
菊判 丸背紙装上製本 カバー
定価4,500円(本体4,369円)
装幀: 高麗隆彦

「逸脱の遠近法 1」 (8p):
シナ風パゴダの恐怖(中野美代子)/二人のバルトルシャイティス(沼野充義)/図版(モノクロ)2点



原書初版は1958年刊。本訳書は改訂版(1983年)を底本にしています。
本文中図版(モノクロ)121点、口絵カラー図版15点。


バルトルシャイティス アベラシオン 01


帯文:

「視覚の神話、
形態の伝説

動物観相学、
絵のある石、
ゴシック建築と森の神話、
風景庭園の幻想魔景――
偏奇なイメージの系譜を
古今東西のテクストと
図版で読みとく驚異の書」



帯背:

「視覚の神話、形態の伝説
綺想の博物誌」



カバー裏文:

「動物と人間の類似から人間性格を演繹する表徴解読の秘術、観相学の系譜を跡づける「動物観相学」。岩石のなかにたちあらわれる聖書の光景、都市、人間や動物の図像、収集家を熱狂せしめた鉱物の奇蹟「絵のある石」。ゴシックの大聖堂に鬱蒼たる森のヴィジョンをみ、自然回帰の神話を読みとく「ゴシック建築のロマン」。庭園内に突如出現する奇怪なモニュメント、シナ・イスラムの寺院、怪物や神話的主題を配した幻想魔景。諸神混淆の風景庭園の諸相を追う「庭園とイリュージョン風景」。形態の伝説をめぐる四つのエッセーを収録、近代合理主義から逸脱した偏奇なイメージの系譜を、怪物的な博引傍証と夥しい図版資料によって掘りおこした驚異の書。」


目次:

諸言 (巌谷國士 訳)
序文 (巌谷國士 訳)

動物観相学 (種村季弘 訳)
絵のある石 (巌谷國士 訳)
ゴシック建築のロマン (巌谷國士 訳)
庭園とイリュージョン風景 (種村季弘 訳)

解説 (種村季弘)
後記 (巌谷國士)

人名索引



バルトルシャイティス アベラシオン 02



◆本書より◆


「絵のある石」より:

「これらのヴィジョンの起源は古代世界にある。プリニウスはその博物誌中の、「人間のもっとも大きな熱狂」のもとである宝石や石を扱う巻のなかで、同じような現象をひとそろい喚起している。パロス島の大理石の一塊が岩山の隅からもげおちたとき、それはとつぜんセイレーン(人魚)の姿を呈したという。カエサルが若きポンペイウスを打ち負かしたヒスパニアのムンダ近郊には、掌状石、すなわちこれを割ると手あるいは棕櫚の葉の輪郭のあらわれる石が見られる。星光石(アステリア)は太陽や月をうちにふくんでいる。最後に、ピュロスの所有になる瑪瑙の石目が「自然のまま、芸術の手を借りずに描いている」のは、神話の人物の一団、つまり竪琴を手にしたアポロンと、それぞれにふさわしい象徴物さえそなえた九人のミューズであるという。この奇蹟にソリヌス(二三〇頃)は別の例をつけ加えている。瑪瑙が上質のものであれば、その石目は幾通りかの自然物を描くという。インドで産出される瑪瑙はあるときには森を、あるときには動物を再現する。」
「自然によって画像を与えられたあらゆる種類の石は、ギリシア・ローマの宝石細工師たちにも知られていた。そして彼らの残した前提の上にさまざまな伝説が生まれ、近代鉱物学が形成される以前の西欧世界にひろまっていったのである。
 多岐にわたる幻想の形式をたえず同化しつづけていた中世は、まず瑪瑙をめぐる神話を量産しつつ、しだいにそれらを、宗教の原典と科学の教説とを両立させるような一体系へと統合していった。」

「十六世紀碩学たちもこうした材料について思索をつづけている。あるときは古代の源泉にさかのぼりながら、またあるときは中世の幻想をさらに増大させながら。占星術や錬金術や、ありとあらゆる魔術的な科学がいまだ人々の精神を支配しており、鉱物学もしばしば不可思議の領域に属していた時代である。」

「石は生き、病をわずらい、齢をとり、死んでゆく。切り砕かれた石たちは生長する。石たちはふたたび図像におおわれる。アルベルティによれば、ヴェローナの野原で見つかったある石は、まるで自然が定規を使って描いたかのようなソロモンの印璽を示していた。フライブルクでは、ある「アラバンディ石」が猿の絵をそなえていた。ヘルキュニア(現エルツ)山地の森のなかでは、小石の表面に金色の斑紋があらわれ、そのさまざまな形は、

  海燕、サラマンドル、鶏、髭のある顔、聖母子像のようだ……。同じくミスネシス山地に近いアルサティアの湖では、銅で描かれた蛙や魚の画像が石の表面にうかびでて見える。」

「ある思いがけない思考の迂回路を通って、生物の生成にかんするもっとも異様な理論のひとつが、ひとりの高名な哲学者の省察から生まれ、これら再整理された目録の上に打ち立てられる。

  人間は動物に由来し、動物は植物に由来し、さらに植物は化石に由来し、化石はまた化石で、完全に死んだもの、形のないものとして感覚や想像力がわれわれに示す物体に由来している、

とライプニッツは、ヘルマンとアッペルにあてた書簡中の一通に書く。百科全書派の弟子であったロビネはこれを引用し、自然三界のすべては同じ生命につらぬかれていると結論する。

  自然こそはただひとつの現実態にほかならない。すべての存在はただひとつの意図にもとづいて構想・形成され、それぞれが無限に段階づけられたその変化形態をかたちづくる。

 存在を段階づける自然の大梯子は、たえまない変態を通じて、人間から石にまでさかのぼってゆくのだ。」

「私たちの時代の知識は、絵のある石の物語を衰えさせてなどいない。それどころか、むしろ豊かにしているほどなのだ。あらゆる色彩をそなえた多種の瑪瑙、大理石、あらゆる種類の石灰石、これらは細心綿密に再分類され、さらに新種の鉱石がいまやこれらの思索のうちに加わることによって、たえまなく機会と手段とを拡大するようになっている。石を供給する地図上の範囲も四方八方にひろがった。依然としてトスカナは特権的な土地だ。けれども、とくにスペインやイングランドのような他の重要な産地もまた、注目すべき石の作品を供給しつつある。ガボンやオレゴンにまで探索の手がのびているほどだ。これはまた、抽象や幻覚の新しい広汎な目録の発見、時代の徴候の発見でもある。にもかかわらず、その驚くべきメカニズムにそなわっている同じ神秘は、いまもいたるところで生きのびている。事情に通じた愛好者たちは、今日なお、さまざまな鉱物の外形ばかりではなく、不可解な自然の象形文字にも魅きつけられている。いわば精神の洗練、趣味の洗練がそこにあるかのように。」



バルトルシャイティス アベラシオン 03


本著作集第2巻栞「バルトルシャイティス、自著を語る」より:

「◎「アベラシオン」について
B――“アベラシオン”という言葉を説明しますと、これは天文学において実際にはそこに存在しないはずなのに、ある位置に現われる星を示す専門用語なのです。そこには一種の「物体の移動」があるわけですね。私が本に“アベラシオン”という題をつけたのもその言葉によって実際にはそこに存在するはずのない物が、あるところに現われているという現象を示すのに最もふさわしい表現だと思ったからです。オスカー・ワイルドに“真実”に関する一節がありますね。「形而上学的真実とは、仮面の真実である」という。この「仮面」というものは、ある別のものの上に置かれることによってその深層を表わしてしまう、一種の“アベラシオン”です。私はそれを追求したいと思ったのです。」





こちらもご参照ください:

種村季弘 『不思議な石のはなし』















































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

すきなことば: 「だれもいない」「ギブアウェイ」「ウポポイ」「隠密」
きらいなことば: 「人と人とのつながり」「キャリアアップ」「ほぼほぼ」「三密」

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本