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ジュリアン・グラック 『アルゴールの城にて』 安藤元雄 訳 (白水uブックス)

「二人は大広間へおりたが、そこはそのとき、空のどんよりした蒼じろさが絹の部厚いカーテンでさらにかげって、陰惨な暗がりに満たされていた。アルベールは窓に近寄り、カーテンをしばし手で掻きのけた。不透明な雲が空を走って、どう見ても間近に迫っていると思われる嵐を告げ、風は葉の落ちた森を猛烈な続けざまの口笛で満たしている。この果てしない空間のすさまじい荒涼さが、いきなり冷たい刃(やいば)のように彼の心臓をつらぬいた。」
(ジュリアン・グラック 『アルゴールの城にて』 より)


ジュリアン・グラック 
『アルゴールの城にて』 
安藤元雄 訳
 
小説のシュルレアリスム
白水uブックス 79

白水社
1989年4月25日 印刷
1989年5月15日 発行
208p
新書判 並装 カバー
定価880円(本体854円)
ブックデザイン: 田中一光
カバー絵: 野中ユリ



本書「訳者のあとがき」より:

「『アルゴールの城にて』が書きおろしの薄い本として発表されたのは一九三八年のことだが、(中略)この晦渋な物語はほとんど読者の関心をひかなかった。原稿をガリマール書店に持ちこんだがことわられ、仕方なしにシュルレアリスム関係の小出版社であったジョゼ・コルティから自費で刊行したが、百五十部しか売れなかったと言われる。」
「この翻訳の底本には、ジョゼ・コルティが一九四五年に刊行した版を用いた。」
「再刊にあたり、(中略)初刊当時の遺漏をただした。また日本語として少しでも読みやすくするための改訂を(中略)随所に加えた。改訂には、同じ出版社が一九六一年に出した版を用いた。」



Julien Gracq: Au Château d'Argol
長篇(中篇)小説第一作。


グラック アルゴールの城にて


目次:

はしがき

アルゴール
墓地
ハイデ
エルミニアン
水浴
深淵の礼拝堂

遊歩道
部屋


訳者のあとがき (1985年9月/1989年3月)




◆本書より◆


「ある午後、押しつぶすような熱気がさながら薄い垂れ幕の色のような空の青さをなめつくすのではないかと思えるほどに烈しいとき、アルベールはテラスを見おろす高い小部屋に坐っていた。ストルヴァンの森と、このきびしい景色の全体を眺めわたしているうちに、ふと彼には、地平線のきわみまで目をさえぎる目標ひとつないこの樹海が、一つの世界から完全に切り離され、魔法の呪いによってへだてられて、城のまわりで車輪のようにぐるぐると回転し始めたような気がした。その車輪の動きは何ものによっても止めることができず、まるであらん限りの速力を出しきってまわっているプロペラの翼が、見かけはゆっくりと、取るに足りない、言わば本来の姿ではない(引用者注: 「本来の姿ではない」に傍点)のろさに見えるような恐ろしさがある。そして実際に彼は納得したのだ、彼をとりまくこの世界が、その幻想的に定着した存在様態のうちに支えられているのは、実はそれを奇蹟的に虚無の上に維持している何か思いもよらない力がその限界に近いところまで張りつめているからにほかならないということ、そしてこの危い外見は、それが安定していること自体が魂にとっては恐怖の実体のすべてをなしているのだが、ほんのわずかでも力のゆるみ(引用者注: 「力のゆるみ」に傍点)があればたちまち目の前でばらばらになって飛び散ってしまうに違いないということを。」

「大粒の雨がためらいがちに落ち始め、葉むらをざわめかせてからやんだが、涼しさをもたらすべくもないこの雨が、息づまるほどに濃密な暑さのほどを、にわかにはっきりと感じさせた。嵐の迫って来る気配そのものが、無気味なほど動かない大気の中にも、どんよりとした空の色にも、全身をひたして魂を狂気のぎりぎりの境まで押しやる不安感の中にも、いたるところはっきりと現れていて、まもなく堰を切ったようにほとばしるとき以上に、いっそう残酷に感じられた。
 うつろに響く階段をつたい、人けのない中庭をぬけて、アルベールは城を離れ、陰気に静まり返った森の中へ入って行った。人里離れたこの森の恐ろしさが、夜の近づくにつれてますます深くなって来る。一日の終りの、この得体の知れぬ時刻には、いたるところ、熱くなりすぎた樹皮のはぜる音にも、人けのない道に枯枝が落ちる異様によく響く音にも、木々のずっしりした影のまわりに漂う靄にも、でたらめな案内人のようにものうげに枝から枝へ飛ぶ遅ればせの鳥の間遠な啼き声にも、ある種の恐るべき錬金術、森がその夜の神秘をゆっくりと準備するさまが、うかがい知れぬヴェールの奥に感じ取れるような気がした。」


















































































































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ひとでなしの猫

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うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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