FC2ブログ

エリファス・レヴィ 『高等魔術の教理と祭儀 教理篇』 生田耕作 訳

「「幽光」という魔術の「大作因」の中に万物の痕跡が一つ残らず、光線によって或は反射によってかたちづくられる形態が一つ残らず保存されているのである。この光りの中からわれわれの夢がわれわれの前に現われるのであり、この光りが狂った人間を酔わせ、彼らの眠り込んだ判断力を引きずって奇々怪々な亡霊のあとを追わせるのである。」
(エリファス・レヴィ 『高等魔術の教理と祭儀 教理篇』 より)


エリファス・レヴィ 
『高等魔術の教理と祭儀 
教理篇』 
生田耕作 訳


人文書院
1982年6月5日 初版第1刷発行
1994年1月20日 二版第1刷発行
279p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,708円(本体3,600円)

栞 (4p):
エリファス・レヴィ『高等魔術の教理と祭儀』 (生田耕作)



全二冊。本文中図版(モノクロ)多数。


レヴィ 高等魔術の教理と祭儀 教理篇 01


帯文:

「闇の思考の書 新訳改訂版!
カバラ的、錬金術的、キリスト教的角度から、
魔術の基本をなす原理と理論を説き明かした
〈魔道中興の祖〉エリファス・レヴィ不朽の名著。」



帯裏:

「本書を読み出した諸君よ、
諸君としては、本書をどう扱うかは自由であるが、軽んずることも忘れ去ることも許されないであろう。もし諸君が清浄であれば、本書は諸君にとって光明となろう。強靭であれば、諸君の武器となろう。賢明であれば、諸君の知恵を整えるであろう。
だが、もし悪しき性格であれば、本書は諸君にとって地獄の松明の如きものとなろう。諸君の胸を短剣のようにえぐり、記憶のなかに悔恨となって残るであろう。
*全2冊刊行中」



目次:

序章
第一章 入門
 教義の一致――魔術修行者に要求される諸資格
第二章 神殿の支柱
 教義の基礎――二つの原理能動体と受動体
第三章 ソロモンの三角形
 三つ組の普遍的神学――大宇宙
第四章 聖四文字(テトラグラムマ)
 四つ組の魔術的効力――照応と適応――「カバラ」の要素霊
第五章 五芒星
 小宇宙とその徴し――自然力を支配する力
第六章 魔術的均衡
 意志の働き――作動と抵抗――性愛――充溢と空無
第七章 炎の剣
 神聖なる王国(サンクトゥム・レグヌム)――七天使と惑星の七精霊――七つ組の普遍的効力
第八章 実現
 諸力の照応的再現――理念の具現――平行現象――必然的拮抗
第九章 秘法伝授
 魔術のランプ、外套、杖――予言と直観――霊魂の群れに囲まれた中での秘法伝受者の安全と沈着――魔術力の行使
第十章 カバラ
 「セフィロト」――「セムハムフォラス」――「タロット」――道と門、「ベレジト」と「メルカヴァ」、「ゲマトリア」と「テムラ」
第十一章 魔術的鎖
 磁気流――大成功の秘密――物言うテーブル――流体現出
第十二章 大作業
 ヘルメスの魔術――ヘルメスの教義――ミネルヴァ・ムンディ――偉大なる唯一無二の「大竈」――吊し人
第十三章 降霊術
 別世界の開示――死と生の秘密――招魂
第十四章 変成
 狼狂――相互憑依、または魂の胚胎――キルケの杖――カリオストロの霊薬
第十五章 黒魔術
 鬼神学――妄想――神経的病いの不思議――ルーダンのウルスラ童貞会修道尼とルーヴィエの尼僧――ゴーフリディとジラール神父――ユード・ド・M……の著書
第十六章 呪詛
 危険な力――生殺与奪の能力――事実と法則――治療――パラケルススの実践
第十七章 占星術
 生得の徴しに基づく人物識別――骨相学――手相術――観相術――惑星と星座――厄年――星の周期に基づく予言
第十八章 媚薬と呪(まじな)い
 妖術師の薬物と契約



レヴィ 高等魔術の教理と祭儀 教理篇 02



◆本書より◆


「序章」より:

「魔術とはいったいどのようなものだったのか? こうも誇り高い、そして世間からこうも迫害される人々が身につけていた力とは、いったいどのようなものであったのか? それほど強力なちからの持ち主だとすれば、どうして彼らの敵を打ち負かすことができなかったのか? 気の狂った無力な連中だとすれば、どうしてこれほどまでに世間から怖れられたのか? 魔術なるものは存在するのか、真に一つの偉力であるような学問、公認宗教の奇蹟と張り合える驚異を実現できる隠れた学問が存在するのか?
 この重大な二つの疑問にたいして私は一つの言葉と一冊の書物でもって答えたい。書物は言葉の証明となるであろう、そしてその言葉とはこうである、然り、一つの強力な魔術がかつて実際に存在したし、そして現在もなお存在すると。然り、諸々の伝説に語られていることがらはすべて真実である。」



「秘法伝授」より:

「予知能力もまた魔術修行者に授けられる特権の一つである。そもそも、予見とは原因の中に含まれている結果を認識すること、万物照応という普遍的教義の諸実例に学問を適用するだけのことであり。
 人間の行為は「幽光」の中に刻み込まれるだけでなく、顔面にもその痕跡を残し、風采から声の調子までも変える。
 従って人間はそれぞれみな秘法伝受者にはまる見えの己れの歴史を身に携えているようなものである。そもそも、未来は常に過去の結果であって、たとえ予期せぬ状況が生じようとも理屈から予測できる結果にほとんど変わりはないのである。
 従って各人の運命を予見することも可能である。たった一つの言動から全生涯を判定することも可能であり、たった一つの不手際から一連の不幸が予測されるのである。カエサルは禿頭であることを恥じていたがために暗殺されたのである。ナポレオンはオシアンの詩を愛したが故にセント・ヘレナで死に。ルイ・フィリップは雨傘を携帯していたためにあのようなかたちで王位を去らなければならなかったのである。事件と事件との隠れた繋がりを把握できない一般人にとっては逆説に思えても、万事を理解し何事にも驚かぬ秘法伝受者の目からすればこれは道理にかなったことがらなのである。」
「無茶な信仰を抱かないから、秘法伝受者は従って覚束ない希望、ばかげた恐怖心を抱かない。」
「彼は知り、大胆に行ない、そして人には教えないのである。
 未来の秘密を知り、現在において大胆に行ない、そして過去については沈黙するのである。
「あらゆる象徴体系、あらゆる祭儀のよって来たる根拠を知った上で、これらを実行に移すか或は退けるかを決め、そして秘法伝授の唯一絶対の深奥な教義に関しては人に漏らさないのである。
 魔術の「大作因」の存在と、その性質とを心得た上で、これを人間の意志に従わせる行為を大胆に実行し、呪文を大胆にとなえ、そして「大秘奥」の諸々の秘密については人に漏らさないのである。
 しばしば悲惨な境遇に陥っても、けっして打ちのめされず、また諦めもしないのはこのためである。しばしば困窮に悩まされても、けっして卑屈にまた惨めにならないのも。しばしば迫害を蒙ってもけっして人に蔑まれず、また屈服もしないのは。オルフェウスが妻に先立たれ自分も非業の死を遂げたこと、モーゼの流謫と孤独な死、預言者たちの殉教、アポロニウスの責苦、「救世主」の十字架を、彼は思い出すのである。いまだに悪い評判を残しているアグリッパが、どのように見捨てられて死んで行ったかを彼は知っているのである。偉大なパラケルススがどのような疲労困憊(こんぱい)に斃れたか、最後に血まみれの死へ到達するまでライムンドス・ルルスがいかに苦しまなければならなかったかを彼は知っているのである。スエデンボリが己れの学問を見逃してもらうために気違いのふりを装った、いや正気を失いまでしたことを彼は憶えているのである。生涯身をひそめたサン=マルタンのことも。異端糾問所の獄屋で打ち棄てられたまま死んでいったカリオストロのことも。絞首台に登ったカゾットのことも。かくも夥しい犠牲者の跡継として、大胆に行なうことを控えはしないが、人に漏らしてはならないことを彼はますます切実に自覚するのである。
 この先例にのっとって、辛抱強く学び取ろう。知り得たあかつきには、大胆に行ない、そして人には漏らさないようにしよう。」



「魔術的鎖」より:

「われわれが「幽光」と名付け、また人によっては地の霊とも呼び、古代の錬金術師たちは「アゾト」や「マグネシア」という名のもとに示していた「魔術の大作因」、この確実に存在する何物も太刀打ちできない秘密の力こそ、あらゆる支配力の鍵、あらゆる権力の秘訣といえるのである。これこそはメディアの天翔る龍、「エデンの秘密」を盗み出した蛇であり。諸々の映像を映し出す普遍的鏡、共感の繋ぎ目、愛情、予見、栄誉の源泉である。この「作因」を把握する術を知ることは、まさしく「神」の能力の受託者になることであり。実際に効力を有する魔術、隠れた偉大な力はすべてこれにあり、真実の学問の諸々の書物はすべてこのことを証明する以外に目的を持たないのである。
 「魔術の大作因」を把握するためには二つの操作が必要である。すなわち、集中することと発散すること、言葉を変えていえば、定着することと運動すること。」
「集めることと撒きちらすこと、これが「自然」の有する二つの「言葉」である。ところで「幽光」つまり世界の霊はどのようにして寄せ集め、どのようにして撒きちらせばよいのか?
 孤立することによって寄せ集め、そして魔術的連鎖を用いて撒きちらすのである。
 孤立は思考にとっての絶対的独立、心情にとっての完璧な自由、官能にたいする徹底的制御によって成り立つ。」
「真の魔術士はみな拷問にも屈せず独立不羈を貫き通し、死ぬまで抑制と純潔を守り抜いたのである。そしてこのような人並み外れた能力が必要とされる理由は、一つのちからを自由に操るためには、こちらがそれによって振り廻されるようなかたちでそのちからに縛られてはならないからである。」
「ピタゴラスは自由人だが、身持ちの正しい人であった。テュアナのアポロニウスも、ユリアヌス皇帝も、おそろしく厳格な人であった。パラケルススは彼の性別に疑惑を抱かせたほど、色恋沙汰と無縁であった。ライムンドス・ルルスは厳格な暮しを最高度の禁欲主義へまで徹底させた。言い伝えを信ずるなら、ジェローム・カルダンは断食の修行を餓死の域へまで誇張し。アグリッパは、貧しく街から街へと流浪し、学問の自由を蔑視する王女の気紛れに耐えるよりは、窮死に近い末路のほうを選んだのである。」





こちらもご参照ください:

エリファス・レヴィ 『高等魔術の教理と祭儀 祭儀篇』 生田耕作 訳







































































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本