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エリファス・レヴィ 『高等魔術の教理と祭儀 祭儀篇』 生田耕作 訳

「ひとがわれわれに偏見を抱こうが、われわれを中傷しようが、それがどうしたというのか? われわれの弁明の材料は自分の思考と行為だけである。われわれはオエデプスのように寓話のスフィンクスを殺(あや)めにやって来たのではない。逆に、これを蘇らせることを企てているのである。」
(エリファス・レヴィ 『高等魔術の教理と祭儀 祭儀篇』 より)


エリファス・レヴィ 
『高等魔術の教理と祭儀 
祭儀篇』 
生田耕作 訳


人文書院
1992年11月5日 初版第1刷印刷
1992年11月10日 初版第1刷発行
330p 
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,811円(本体3,700円)



全二冊。本文中図版(モノクロ)多数。


レヴィ 高等魔術の教理と祭儀 祭儀篇 01


帯文:

「高等魔術!
王者の学問、支配者の修験道
人生の勝利者たらんと志す人たちのための実践的秘法指南書」



帯裏:

「怠け者はぜったいに魔術師にはなれない。魔術はすべての時間、すべての瞬間にまたがる修練である。「大作業」の実践者は自己の絶対的支配者であることが必要である。快楽の誘惑、食欲、そして眠気にも打ち克てることが。立身出世にたいしてだけでなく、低い身分にたいしても平気でいられることが必要である。その暮らしは、一つの理念によって導かれ自然全体によってかしずかれる一つの意志の現われでなければならない。そのためには先ず五官を精神に従属させ、五官と照応する宇宙の諸力の中において自然全体を精神の下に従属させることが必要である。(本書より)」


目次:

第一章 準備
 魔術的作業の下拵(したごしら)えと根本方針、作業者の諸準備
第二章 魔術的均衡
 二力の交互作用
 実践において必要な二者対立
 同時に必要な攻撃と防衛
 「神殿」建設作業員の鏝(こて)と剣(つるぎ)
第三章 万能符の三角形
 招魂および生贄奉納の儀式における「三つ組」の使用
 降霊作業、ならびに「万能符」に用いられる三角形
 三角形の組合せ
 パラケルススの三叉戟(ほこ)
第四章 四つのものを呼び出す咒文
 目に見えぬ自然のちから、その利用法
 大自然の精霊および邪悪霊を支配し隷属させる方法
第五章 煌めく五芒星
 「五芒星」の作り方と用い方
第六章 媒体と媒介者
 「大作因」を制御する意志力
 自然内「媒体」と自然外「媒介者」
第七章 七組の護符
 儀式、週の七日に適した衣装と香料
 七つの護符および魔術用器具の作製法
第八章 向こう見ずな連中への忠告
 魔術の大作業達成に当たって警戒すべき事柄
第九章 秘法伝授の儀式
 その目的と精神
第十章 隠秘学の鍵
 「万能符」の使用法
 その秘密、古今の諸例
 「聖書」の不可解箇所を解読するための鍵
 エゼキエルと聖ヨハネ
第十一章 三重の鎖
 鎖を編み出す方法
第十二章 大作業
 その過程、秘密
 ライムンドス・ルルスとニコラ・フラメル
第十三章 降霊術
 死者を甦らせる儀式と降霊術
第十四章 変質
 事物の性質を変える諸方法
 ギゲスの指環
 変質をもたらす言葉
第十五章 妖術師の魔宴(サバト)
 「魔宴(サバト)」の儀式、様々な祭神
 メンデスの牡山羊
 カトリーヌ・ド・メディチ、ジル・ド・レエ伯爵の錯誤
第十六章 呪縛と呪符
 呪縛の儀式
 それから身を護る方法
第十七章 星の文字
 星による占い
 ガファレルの平面天体図
 どのようにすれば大空の中に人間と国家の運命を読み取ることが出来るか
第十八章 媚薬と磁力
 媚薬の調合法
 人の運命を左右する方法
 治療法、防護法
第十九章 太陽の支配
 「賢者の石」の用い方
 その保存法、分解・再構成の方法
第二十章 奇蹟術
 治療学
 冷気送入、熱気送入
 体に触れる手業(てわざ)、触れない手業
 頭に手を置く効果
 唾液の効能
第二十一章 予言者の学問
 占いの儀式
 トリテミウスの小鍵
 ヨーロッパならびに世界の運命
第二十二章 ヘルメスの書
 ヘルメスの秘められた書物の中にこの学問の全容が収められていること
 この書物の古さ
 クール・ド・ジェブラン、エッティヤの労作
 ガファレルによるヘブライ民族の「テラフィム」
 ギョーム・ポステルの鍵
 サン・マルタンの書物
 「約櫃」の本当の姿
 イタリアとドイツの「タロット・カード」
 中国の「タロット・カード」
 十六世紀の聖牌
 「タロット」の普遍的鍵
 「黙示録」の比喩への応用
 キリスト教派「カバラ」の七つの封印
 本書の総括的結論

図版一覧解説



レヴィ 高等魔術の教理と祭儀 祭儀篇 02



◆本書より◆


「準備」より:

「奇蹟を行なわんがためには、人間の一般的条件の埒外へ脱出することが必要である。叡智を介して解脱の境地へ到達するか、狂気を介してすべての情念を超越した境地へ、或いは法悦または熱狂を介して一般的情念の埒外へまで高められるか、いずれか一つが必要である。これが魔術実践者が前もってととのえるべき準備のうちでもいちばん肝要・不可欠な事柄である。
 要するに、先天的すなわち宿命的法則によって、魔術師は己れの物質的関心と反比例したかたちでしか絶大な力を振るうことはできないのである。錬金術師も、苦難に甘んじ、「大作業」の秘密を護ってくれる貧乏生活を重んずれば重んずるほど、大量の黄金を産み出せるのである。」

「一見まったく無意味なものに、それ自体は特定の目的とまったく無縁のものに思える儀式ですらも、意志の育成・訓練という点でやはりその目的に通じているのである。毎朝二時か三時に起きて、一日も欠かさず遠くまで出かけ、日が昇る前に同じ草を一茎摘み取って持ち帰る農夫がいたとすれば、彼は、この草を身につけ持ち帰ることによって、数々の奇蹟を実現することができるであろう。その草は彼の意志の徴(しる)しであり、この意志力を通じてなんでも彼の望みどおりのものに変われるからである。」
「さて魔術の学問を志す諸君、諸君はそこから何を期待しておられるのか? それがいかなるものであるにせよ、自分の願いを敢然と表明すること、次にすぐさま作業にとりかかり、同じ方向、同じ目的へ向かって行動し続けることである。きみの願いは達成されるだろう。きみのために、きみの手によって、それはもうすでに始まっているのである。」
「まず第一に何をすればよいのか?――自分に出来ると信じ、次に行なうことである。」

「魔術修行者はこの学問を隅々まで究めることが肝要である。だけどまた学ばずに直観をとおしてこれを知ることも可能である。四六時(しろくじ)ちゅう自然を眺めて暮らす隠者は、その運行の見事さを日々素直に感じ取って、生まれ持った感覚が学派の屁理屈によって歪(ゆが)められてしまった学者連中よりも沢山の知識を授かるものである。本物の魔法使いはたいてい田舎に出現する。それも学問のない連中、しがない羊飼いなどに多いのである。」

「自分にたいして最高の敬意を払い、自分は王位を取り戻さんがために生き永らえている世に認められない君主であるという自覚に徹すること。なんぴとにたいしても温厚で、それでいて気位を失わないこと。しかし、社会的交わりにはけっして深入りせず、なんらかの主導権を握れないような会合からは身を引くこと。」



「媒体と媒介者」より:

「当代きっての流行作家ユージェーヌ・シュー氏は、一人の特異な人物を主人公に仕立てて、一大叙事詩にも譬(たと)うべき長篇小説を構築しているが、この主人公は作者があの手この手を用いて忌わしい人物に見せようとすればするほど、作者の意図に反してますます興味深い人物に見えてくる、ことほど左様に力と、忍耐と、豪胆と、知性と、そして天才を授けられているのである。全世界をその巧緻な計略の網の目に絡(から)め取る、貧しいが禁欲的で、沈着な、シクストゥス五世を彷彿させる人物として登場している。
 この男は彼に敵対する連中の感情を意のままにかき立て、感情同士をぶつからせることによって破滅へと導き、いつでも己れの欲するところへ到達するのである、それもこっそり、目立たず、芝居気なしに。その目指すところはなにかといえば、それはこの作品の著者が邪悪な危険な人間の集まりと見做している一つの秘密結社から世の中を救い出すことであり、そしてそのためには彼はいかなる犠牲をも辞さないのである。あばら屋に住み、粗衣粗食に甘んじ、しかし常に己れの行いに気を配り。作者は、ことさら、彼を貧しい、汚ならしい、醜い、そばへも近づきたくない、目をそむけたくなるような風体(ふうてい)に描いている。けれども、こうした外観そのものが行動を偽装するための、より確実に到達するための手段であるとすれば、これこそまさしく最高の勇気の証しではなかろうか。」
「強く望む、長く望む、常に望む、それでいてなにものにたいしてもけっして欲望を燃やさない、これがちからの秘訣である。」



「三重の鎖」より:

「記号は、一旦受け入れられ世間に拡まると、あとは独りでにちからを獲得する。そもそもの始まりは、ひとが十字を切るのを見て真似する人間が現われたというだけでも、キリスト教への改宗者を増やすのに十分だったのである。」


「降霊術」より:

「死とは言うなれば無知が生み出す幻影である。死というものは実際には存在しない。自然の中ではすべてのものが生きており、すべてのものが動き、そして絶え間なく形態を変えるのもすべてのものが生きているからである。
 老衰とは再生の始まりである、つまり生命の若返りであり、われわれが死と名づけている不可解な現象を、古代人は人間がそこで老い朽ち、そしてそこから子供となって出てくる「青春の泉」になぞらえているくらいだ。
 肉体は霊魂の衣(ころも)である。この衣が完全に擦り切れたとき、或いは取返しがつかないまでにひどく引き裂かれたとき、霊魂はこの衣を脱ぎ捨て、二度と身につけなくなる。」
「死は生命の終りでも、また不死の始まりでもない。これは生命の継続であり変貌である。
 ところで、変貌は常に一種の進化であるから、一旦この世を去ったからには、もう一度生き返る、すなわち脱ぎ捨てた衣服をもう一度身にまとうことを承知する死者はまずいないわけである。蘇生が魔術の最も困難な作業のうちの一つに数えられている理由もここから発している。」



「変質」より:

「ひとに見られたいと願う人間はかならず人目を引き、気づかれずにいたいと願う人間は薄れて消え失せる。意志のちからこそまさしく「ギゲスの指環」なのである。また変質をもたらす魔術の杖でもあり、意志がはっきり力強く表明されるときは、魔術的言葉を創り出す。絶大な威力を発揮する呪文の言葉とは、種々な形態を創り出すこのちからを呼び出す言葉なのである。魔術の極意をひそめた「聖四文字(テトラグラム)」の意味するところは、「こはその在らんとする形なり」という文句であって、もし充分な理解力をそなえてこの護符を用いるならば、普通では考えられないことだが、すべてのものの形を変えることが可能なのである。キリスト教の弥撒(ミサ)で用いられる hoc est 〈ここにそれあり〉という言葉は、「聖四文字(テトラグラム)」の翻訳・応用である。故にこの簡単な言葉が、ありとあらゆる変容のうちで最も完璧な、最も目につきにくい、最も信じがたい、それでいて最も明白な打ち消しがたい変容をもたらすのである。この不可思議を言い表わすために「変容」という語よりもさらに力強い断定的用語が必要であると「宗教会議の席上で」決定された、これがすなわち「化体」という語である。」
「ラテン語の Est 〈それがある〉、sit 〈それがあらんことを〉、esto 〈それがあるべし〉、fiat 〈それがなされんことを〉という言葉も、充分な理解力をもって唱えられるときは同様の威力を発揮する。」





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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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