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ディドロ 『ダランベールの夢 他四篇』 新村猛 訳 (岩波文庫)

「なぜ僕はこうなのか? そりゃ、こうでなけりゃならなかったからだ。」
(ディドロ 「ダランベールの夢」 より)


ディドロ 
『ダランベールの夢 
他四篇』 
新村猛 訳
 
岩波文庫 青/33-624-2 

岩波書店
1958年6月5日 第1刷発行
1986年11月20日 第13刷発行
218p
文庫判 並装
定価400円



本書「はしがき」より:

「本書に収めたのは、ディドロが一七六八年十月から一七七四年夏にかけて、すなわち五十五歳の時から六十一歳の時にかけて、執筆したと推定される対話体の著作五篇の邦訳(中略)である。」


ディドロ ダランベールの夢


帯文:

「観念論に対し唯物論の立場を説き、さらに既成の性道徳を鋭く批判したディドロの主著。対話形式を用い表現を工夫した独特の思想書。」


目次:

はしがき

ダランベールとディドロとの対談
ダランベールの夢
対談の続き
或哲学者と✖✖✖元帥夫人との対談
肖像奇談

訳註
解説 (新村猛)




◆本書より◆


「ダランベールの夢」より:

ダランベール  なぜ僕はこうなのか? そりゃ、こうでなけりゃならなかったからだ。……ここではそうなんだが、ほかのところでは? 北極では? 赤道直下では? 土星では?……数千里の距離が僕の種(しゅ)を変えるとすれば、地球の直径数千倍の間隔(かんかく)にできないものがあるもんか……いたるところで宇宙の光景が僕に示しているように、万物がすべて流転(るてん)するとすれば、数百万世紀の継続期間と変転から、この地上やほかのところで、どんなことでも生れるだろう。土星に住んで思考し感情をもつ存在はどんなものか、誰が知っていよう?……だが、土星に感情や思考があるだろうか?……ないはずがどうしてあるもんか……土星に住んで感情をもち思考する存在は、僕よりも多くの感官をもっているんだろうか?……もしそうなら、土星人は何て不しあわせなんだろう!……感官が多ければ多いほど、欲求もそれだけ多いからな。
ボルドゥー  あのひとのいうことはもっともですよ。器官が欲求を生みだし、逆に欲求が器官を生みだすのです。
レスピナッス嬢  先生、あなたも譫言(うわごと)をいってらっしゃいますの?」

ダランベール  僕はこうなんだ。こうでなくてはならなかったからだ。全体を変えたまえ。そうすりゃあ必ず僕を変えることになるさ。ところが、全体は絶えず変っている。……人間はありふれた結果にすぎず、怪物は稀(まれ)に見る結果にすぎない。両方ともひとしく自然であり、ひとしく必然的であり、同じように宇宙普遍の秩序にかなっている。……別に驚くことはないじゃないか?……すべての存在、従ってすべての種(しゅ)が互いに内部で循環しているのだ。……万物は絶えず流転(るてん)している。……あらゆる動物は多かれ少なかれ人間であり、あらゆる鉱物は多かれ少なかれ植物であり、あらゆる植物は多かれ少なかれ動物である。自然には何一つ分明なものはない。(中略)あらゆる事物は多かれ少なかれ何らかの事物、つまり、多かれ少なかれ土であり水であり空気であり火であり、また、多かれ少なかれ一つの界に属するか他の界に属するかである……従って、一個の特定の存在の本質に属するものは何もない……いや、確かにない。(中略)……おお、地球を測量(そくりょう)したアルキタスよ! 君はいまどうなっているのか? ひと握(にぎ)りの灰じゃないか?……存在って何だ?……一定数の傾向の総和だ。……僕だって一つの傾向以外のものになれるのか?……いや、僕は或限界に向っているのだ。……では種(しゅ)は?……種とは、みずからに固有な共通の限界をもつ、いくつかの傾向にすぎない。……では生命は?……生命とは一連の作用と反作用だ……生きているときは、僕は塊をなして作用し反作用する。……死ねば、無数の分子となって作用し反作用する。……いったい僕は死なないのか?……いや、確かに、この意味では、僕もどんなものも死にはしない。……生まれ、生き、滅びるとは形を変えることだ。……一つの形だってほかの形だってかまうもんか。どんな形にも固有の首尾(しゅび)・不首尾があるものだ。象から綿虫に至るまで……綿虫から万物の根原たる感性あり生命ある分子に至るまで、全自然のなかで、苦しみもせず喜びもしないものは一点もないのだ。」

「(長い沈黙ののち、ド・レスピナッス嬢は夢想から我(われ)に返り、次のような質問をして医者をも我(われ)に返らせた。)
 とんでもない考えが浮びましたわ。
ボルドゥー  どんな考えです?
レスピナッス嬢  おそらく男は女の畸形(きけい)にほかならないし、でなければ女が男の畸形にほかならないっていうんです。
ボルドゥー  もし次のことをご存じだったら、その考えはもっとずっと早くあなたの頭に浮んだでしょうな。というのは、女も男にあるすべての部分をそなえていて、唯一の相違は、袋が外にぶら下っているか或は袋が内側にまくれこんでいるかであり、女の胎児は見違えるばかり男の胎児に似ていますし、時に見誤りをひきおこす部分は、女の胎児にあっては内側の袋がひろがるにつれて窪(くぼ)んでゆきます。けれども、その部分は、始めの形を失うほどには消えず、始めの形を小さな規模で保(たも)ちます。それは同じ運動をすることができ、また肉欲の動機でもあります。それは、みずからの腺と包皮をもっており、その先端には後でとざされた尿道の穴であったと覚しき一つの点が認められます。また、男にも肛門(こうもん)から陰嚢(いんのう)にわたって会陰(えいん)と呼ばれる隙間(すきま)があり、陰嚢から男根の先端までの間に仮縫された陰門の再来かと思わせる縫目があります。過度に発達した陰核をもっている女には髯(ひげ)があり、宦官(かんがん)には髯が少しもなく、その腿(もも)はふとくなり、腰は朝顔形にひろがり、膝は丸味を帯び、男性特有の構造を失うことによって宦官は女性特有の形状に逆戻りするのです。アラビヤ人のうちでも乗馬の慣習のため去勢された男たちは髯を失い、か細い声になり、女の服装をして、車の上で女たちの間に伍(ご)し、小用をするためにうずくまり、女の風俗や習慣を見習います。……ところで、だいぶ本題からそれましたな。(中略)
ダランベール  レスピナッスさんに何やら卑猥(ひわい)なことをいっておいでのようですな。
ボルドゥー  科学の話をするときには術語を使わなければなりませんからね。」






























































































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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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