FC2ブログ

ロード・ダンセイニ 『エルフランドの王女』 原葵 訳

「二つのものがある場合、そのうち、より謎にみちた方をとるのがいつでも魔女のやり方だったのである。」
(ロード・ダンセイニ 『エルフランドの王女』 より)


ロード・ダンセイニ 
『エルフランドの王女』 
原葵 訳


沖積舎
1998年10月28日 発行
329p
四六判 並装 
カバー ビニールカバー
定価2,800円+税
装画: 山田章博


「翻訳原本:
“The King of Elfland's Daughter” by Lord Dunsany
G. P. Putnam's Sons, London & New York,
Second Edition June 1924. Printed in Great Britain.」



ダンセイニ エルフランドの王女


帯文:

「エルフランドの王の最後の魔法
いつも変わらぬ黄昏の国エルフランド。その王女リラゼルを探して、アルヴェリックの旅はつづく――ダンセイニ・ファンタジーの最高傑作!」



目次:


1 アールの郷の評定衆の考え
2 アルヴェリック、エルフランドの山々の見えるところへくる
3 魔法の剣、エルフランドの剣と交わる
4 アルヴェリック、長い年月の後、人間の世界へ帰る
5 アールの郷の評定衆の知恵
6 エルフの王の呪文
7 トロールはやってきた
8 魔法の呪文の到着
9 リラゼルは飛んでいく
10 消え失せたエルフランド
11 森の奥
12 魔法の消え失せた平原
13 皮職人の沈黙
14 エルフランドの山なみをたずねて
15 エルフの王の退居
16 オリオン、大鹿を狩る
17 ユニコーン、星の光の下へあらわれる
18 夜の中の灰色の天幕
19 魔法を持たぬ十二人の老いた人びと
20 歴史的事実
21 地の涯
22 オリオン、鞭役を言いつける
23 ルルル、地上のあわただしさを見まもる
24 ルルル、地上と人間のようすについて語る
25 リラゼル、人間の世界の野原を想いだす
26 アルヴェリックの角笛
27 ルルルが戻ってくる
28 ユニコーン狩りの章
29 沼地の者たちの誘い
30 あまりにも多くの魔のおとずれ
31 エルフランドのものたちへの呪い
32 リラゼル、地上を思い焦がれる
33 輝く光の前線
34 最後の大いなる呪文

訳者あとがき




◆本書より◆


「今度は魔女は、誰も手入れする者のない荒れた林や庭から吹いてくる、夏の風のようなメロディーを小さく口ずさんでいた。その歌は、かつて子どもたちに愛され、かれらが大きくなるともう忘れられ、ただ夢の中でだけうたい聞くような、谷間をわたる風に似たメロディーだった。その追憶の歌は、忘却の縁(ふち)の翳(かげ)を見え隠れしながら、子どもの頃の美しい時代の黄金の瞬間を垣間(かいま)見させ、そして再び記憶からすばやく姿を消して、忘却の翳へと戻っていく。それは人の心に、小さく輝く微かな足跡を残していき、それがぼんやりと感じられる時、人はそれを哀惜と呼ぶのだった。魔女は、釣鐘草が真っ盛りの、過ぎ去った夏の真昼どきをうたった。高く茂った色濃いヒースの上に坐って、幾多の露に濡れた朝(あした)や夕(ゆうべ)をうたった。魔女の魔法によって、朝や夕はいつまでも朝や夕でありつづけるのだった。アルヴェリックは、魔女の焚火が薄暮から呼びだした、歌の小さなさまよう翼の一つ一つが、あたかも人間にとって失われた日の幻で、それはもっと玲瓏(れいろう)で美しかった昔の日から、魔女の歌の力で呼び起こされてきたのではないかと思った。」

「アールの谷は、黄昏の国境いのすぐ近くにあり、そのむこうには、人間の世界はもうない。」

「人間の世界の野原の上だけに空想をとどめておこうとする賢い人たちに、アルヴェリックがやってきたこの土地について物語るのは難しい。そういう人たちは、まばらに木が生えたこの野原や、その遠くにエルフランドの宮殿の塔が輝いてそびえでている暗い森を心に思い描くことができないだろう。そしてその彼方の上方には、私たちが知っているどんな色もしていない峰々が、静かに連なっているのだ。私たちが空想を遠く駆けめぐらせるのは、まさにこういう光景を思い描くためである。」
「エルフランドの色をよく暗示してくれるものは、たとえばちょうど黄昏が終ったばかりの、夏の夜の深い蒼さ。夜に光を投げかける金星の蒼白い色。黄昏の湖の深み。それらはみんな、エルフランドの色を暗示する。(中略)画家たちは、この私たちの世界に住みながら、あのエルフランドのことをほのかに見てたくさんの絵を描いている。それだからこそ私たちは、この地上の世界には素晴らしすぎるほど魅力的なものを、時として絵画の中に見ることができる。それは、画家たちが画架の前に坐って地上の世界の野原を描き写しながら、実はエルフランドの蒼白い山々のきらめきを垣間見た記憶の記録なのである。」

「リラゼルは、自分がいろいろなことを学んだり知ったりしなくてはいけないということをわかっていなかった。(中略)ここの人びとのする奇妙なことどもを理解する必要があるのか。路の上で踊ってはいけないのか。山羊たちに話しかけてはいけないのか。葬列を笑ったりしてはいけないのか。夜、うたってはいけないのか? (中略)彼女がやってきたこの見知らぬ世界では、陽気な楽しいことは、重苦しい退屈に頭を下げねばならないのだろうか? (中略)彼女には、エルフランドでは長い長い歳月にも決して曇ることのない美しさを、地上の世界では「時」が蝕んでいくということが恐ろしかった。」

「アルヴェリックは赤ん坊に彼女が名前をつけないことで困惑しきっていたから、彼女の顔を見るとすぐに、子どもに名前をつけるように彼女に求めた。そこで彼女は、ある名前を彼に申しでた。しかしそれは、この世界では誰も発音することができない名前だった。それは非常に不思議なエルフの名前で、夜、小鳥が啼く時の啼き声のような音節でできていた。」

「彼女の想いは深刻なことの上に決して長くとどまってはいられなかった。それは蝶々が翳の中に長くとどまっていないのと同じだった。」

「幻想が境界地帯をこえてどんどん押しよせ、暴れまわり、歌い、叫ぶにつれて、彼女の身体はだんだん軽くなっていった。足が、半分床に着いていたり、半分床から浮き上がったりした。地球はもう彼女を下に引きおろすことができなかった。彼女はそれほどすばやく、夢のようなものになっていった。地上への彼女の愛も、彼女への人間の子どもたちのどんな愛も、もう、ここに彼女をとどめておく力を持っていなかった。
 今、エルフランドの湖沼の畔で過ごした、「時」のない子ども時代の想い出、国境いの深い森のそばの、あの夢のような芝生のそばの、ただ歌の中にだけ語られているかもしれないあの宮殿の中の子どもの時の想い出が、彼女に甦った。それは水の中の小さな貝がらを見るようにはっきりと見えた。静かな湖にはった透き通った氷を通して水底を見ると、氷ごしに少しぼんやりした別の世界が見えるように、彼女の想い出も、エルフランドの境界を通して少しぼんやりと光っていた。エルフの国に棲む生きものたちの、やや奇妙な物音が聞こえてきた。彼女が知っているあの芝生のそばで輝いている神秘的な花の香が漂ってきた。魔法の歌の微かな歌声が境界地帯をこえて、彼女が坐っているところまでとどいてきた。声もメロディーも想い出も、黄昏を通りぬけて漂い流れてきた。エルフランドのすべてが呼んでいた。」
「彼女はすぐに立ちあがった。今や大地は、彼女をつかまえておく力を失った。それは物質の上にしか及ばない力であるが、彼女は今や夢や空想、伝説、幻想などのようなものとなり、室内から漂いでた。」
「その時、北の方から一陣の風が吹きつけ、森の中に入っていって、金色に光る枝から葉を剥(は)ぎとった。そして草原の上を踊りながら、赤や金色の葉の一群をつれていった。(中略)そしてそれらと一緒に、リラゼルも行ってしまった。」

「アルヴェリックは、記憶をさかのぼり記憶の中の光景を再び訪れようとする男のように、孤独な旅をつづけた。」

「詩人たちが歌っているところによれば、その黄昏の辺境においてエルフランドと人間の世界とは接しているのだ。はるか北方に、彼はその辺境がじっと動くことなく黄昏とともに眠ったように横たわっているのを見つけることができるかも知れない。そして蒼白い山々の麓へ行き、再び妻に会うことができるかも知れない。」

「アルヴェリックはアールの村を出、うしろに探険の仲間を従えて馬を進めていった。月に憑かれて気のふれた男、うすのろの気違い、恋わずらいの男、羊飼いの若者、それに詩人であった。(中略)アルヴェリックは男たちの不満を聞き、また感じながら、このような旅では、いちばんえらいものは、正気ではなくて狂気だということがわかった。」

「そのエルフランドの果てしなく長い朝の間、その静穏を乱すものは何もなかった。リラゼルは、地上の煩らいごとの後で疲れた心を休め、エルフ王は深く満ちたりた心でそこに坐っていた。(中略)そして宮殿は輝き、照り映えた。それは都市の喧騒の彼方にある、どこかの深い池の水底の光景のようだった。そこでは緑の葦が生え、魚たちの鱗がきらめき、たくさんの小さな貝が深い水の底の薄明かりの中で光っていて、その長い夏の一日じゅう何ものもそれを掻きみだすことがない。
 こうして彼らは飛びゆく「時」の彼方に休息し、彼らのまわりでは「時」は憩った。流れを氷が凍てつかせ静まらせる時、大滝の小さな躍る波も休息するように。そしてエルフの山々の静かに映えわたる蒼い峰が、彼らの上に、変ることない夢のようにそびえたっていた。」

「エルフランドがどこへ行ってしまったのか私には言うことができない。またそれが地の涯とどこかの地平線で接しているのか、空に漂いのぼって高い山の峰とかすかに触れあっているのかどうかも、言うことができない。ただ言えるのは、かつて私たちの野原の近くに魔的なものが存在し、それが今は去ってしまったということだ。」

「彼はそこに立ち、人間の世界の叫び声が、深まっていく夕暮れの中で幽かになっていくのを聞いていた。背後には、地上の黄昏のあたたかな甘い薄明りがあった。そして彼の前には、顔のすぐそばに、エルフランドの全き沈黙があり、その沈黙でできている境壁が、不思議な美しさにほの光っていた。今や彼はもう地上のどんなものも想わず、ただ黄昏の壁の中をじっと見つめ、あたかも予言者が禁断の言い伝えを自分なりによみとろうとくもった水晶の中に見いっているようだった。オリオンの中を流れるエルフの血に向かって、彼が母親から受けついだ魔的なものに向かって、黄昏でできた境界の淡い光は誘いかけ、招きかけた。彼は母が、荒れ狂う「時」の支配のないところに、ひとり安らかに暮らしていることを思った。彼は母によって与えられた魔法の記憶によってぼんやりと知っている、輝かしいエルフランドのことを思った。彼の背後からは、この世の夕暮れの小さな叫びが伝わってきたが、彼はそれを気にもとめなかった。というより、彼にはもうそれは聞こえもしなかった。そしてこの小さな叫びとともに、人間の暮らし方や人間に必要なもの、人間が計画する物、人間があくせくと骨折り、また望む物、人間の忍耐がつくりあげるすべての小さき物も、彼にとっては失われたのだった。このきらめいている境界地帯のそばに立って知った、自分が魔の血筋を引く者だという思いの中で、彼はただちに「時」への忠節を投げ棄て、「時」の支配のもとにあって絶えずその専制に苦しめられているこの地を離れ、(中略)母がその父親とともに坐り、歌だけが思い描くことのできる、途方もなく美しい広間の霞のかかった玉座から母の父、エルフ王が統べている、その「時」のない国へ、入っていきたいと欲した。もはやアールは彼のふる里ではなかった。人間の生きる道は彼の生きる道ではなかった。(中略)伝説的なもの、この世のものではないものが、オリオンのふる里だった。」





























































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本