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マルクス・マニリウス 『占星術または天の聖なる学』 有田忠郎 訳 (ヘルメス叢書 新装版)

「海底に身を潜めた魚は、いわば鱗の牢屋に閉じこめられているものの、月の運動には敏感だ。デロスの女王(月)よ、あなたが満ちていくとき魚は肥り、あなたが欠けていくとき魚は痩せる。」
(マルクス・マニリウス 『占星術または天の聖なる学』 より)


マルクス・マニリウス 
『占星術
または天の聖なる学』 
有田忠郎 訳
 
ヘルメス叢書 新装版

白水社
1993年10月25日 印刷
1993年11月15日 発行
276p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,700円(本体2,621円)
装幀: 東幸見



本書「解説」より:

「本書は Marcus Manilius: Les Astrologiques ou la science sacrée du ciel, Denoël, 1970 の翻訳である。
 原著者マルクス・マニリウスはローマの詩人で、(中略)ほぼキリスト紀元が開始される前後の人物である。五書に分かれたこの『アストロノミコン』は、(中略)宇宙創成論、天地の全体的構造と諸部分の配置、そのさまざまな運動、星座の名前と位置関係などの説明を含みながら、今日いわゆる「占星術」として理解される各種事象の意味づけに及んでいる。(中略)本書がたとえばルクレティウスの『物の本性について』に比較される一種の「科学詩」であることを、私たちは念頭に置く必要があるであろう。」
「図版は一五七八年のC・ユリウス・ヒュギヌス版に含まれたものである。(中略)この邦訳版では(中略)主として本文の理解に便利なものだけを残した。」



アストロノミコン(Astronomicon)。
原文はラテン語韻文ですが、本書はアレクサンドル=ギイ・パングレ(十八世紀)による仏訳(散文)に依っています。
邦訳初版は1978年刊、本書はその新装版です。


マリニウス 占星術または天の聖なる学 01


帯文:

「伝統的占星術の古典
ローマ時代に成立した本書は、
今は失われた蒼古たる天地創成論の痕跡をとどめ、
古代人の壮大な運命感を展開する。」



目次:

叢書全体への序文 (ルネ・アロー)
序文 (ルネ・アロー)
第一の書
第二の書
第三の書
第四の書
第五の書
原注
解説――マクロコスモスの詩学 (有田忠郎)



マリニウス 占星術または天の聖なる学 02



◆本書より◆


「第一の書」より:

「私は私の歌の中で、真に神々のものである知識を、のみならず星々さえも、大空からおりて来させようと試みる。運命のお告げの聞き手である星々の力は、至高の知恵に導かれて、人生の流れに数々の有為転変をひきおこす。」
「自然は、その深奥をきわめたいと願うひとびとの心に感じ入って、自分自身を素直にさし出し、己が内なる富を美しい歌としてあらわすことを心から望んでいるようだ。(中略)大空の奥の奥まで舞いあがり、その広大な道を駆けめぐること、空のさまざまな徴(しるし)を知ること、そして、宇宙の動きに逆行する惑星の動きを学ぶこと、これはたしかに楽しい仕事だ。しかし、こういう初歩の知識にとどまってはつまらない。大空が隠しもつ最も深い秘密に参入し、その徴が生きとし生けるものの産出と維持に及ぼす影響力を解きあかし、それらのことをアポローンから口授される歌の中で詳しくうたわなければならないのだ。」
「星々は、その広大な組合わせの中に多くの世紀の連なりを秘め、その組合わせにふさわしい出来事を瞬間瞬間に指し示す。一人一人の誕生の日と、その人生の流転を教え、出来事とそれが起こった時刻との関連を示し、一瞬のあとさきさえも人間の運命に重大な相違をひき起こすことを指摘する。天空の回転を観察した神官たちは、一つ一つの星が占める天空内の位置を確定し、それぞれが私たちの人生コースに及ぼす力の領域を定め、長い経験に基づく法則を確立した。過去の観察が未来の筋道を描き、そして彼らは深い省察を重ねたあげく、星々が人間に対して、隠れた法則に従う強力な力を及ぼすこと、宇宙の運動は周期的な原因によって規制されていること、人生の有為転変は星のさまざまな布置に左右されることを認めた。」

「生者必滅、一切は変化する。数々の民族がいまは昔とことかわり、時代ごとにその状態も風習も変わってしまう。ただ大空だけは、この変転を知らないのだ。その各部分とも何ひとつ変化を受けず、歳月が経過しても老いもせず減りもしない。大空は昔も同じだったから、これから先も同じだろう。私たちの先祖が見たままを、子孫もまた見るだろう。」

「蒼穹のさなかに白さで目立つ一本の帯。まるで大空の扉が開いて朝の光をのぞかせているかのようだ。絶え間ない車の通い路に、緑の野原の真中に一筋の線が引かれたよう。あるいはまた、船が曳く航跡の水泡も白く、深い淵から湧き立ってあらわれたよう。オリュンポスの山を覆う真暗な大空に白く跡ひくこの道は、空の奥にきらめく光を投げている。雲の間に架橋する虹に似て、私たちの頭上に光の線を描き出す。ひとびとは驚きの眼(まなこ)で眺め、夜闇を貫くこの不思議な輝きを讃歎せずにはいられない。そして己が知の限りを顧みず、このみごとな奇蹟の原因を探ろうと試みる。
 空の二つの部分がここを境に触れあって、その脆(もろ)い合わせめがはずれ、穹窿が分解しかけて、奇怪な光を通しているのだろうか。自然の傷口が驚き怪しむ私たちの眼を打つ時、このように傷ついた空を見て戦(おのの)かぬ者がいるだろうか。それともむしろ、二つの穹窿が大空を形成したのち、ここが縫合線となり、両半球がここでしっかり接合されて、白い帯はこの両部分を永久に結ぶ明白な傷痕だと考えるべきなのだろうか。あるいはまた、大空の物質がここにとりわけ多量に集められ、凝縮されて大気の雲を作り出し、最高天を構成する物質の大集積となったのだろうか。それとも古(いにしえ)の言い伝えに則って、はるかな昔、太陽の馬車を曳く馬がいつもと違うコースを選び、この円上を長い間走ったと信ずればよいのだろうか。この伝承では、円はついに燃えあがり、その上の星々が焰の餌食になったという。かくて碧青変じて白色となったが、これすなわち星々が燃えて残した灰である。この部分こそ、いわば空の墓地なのである。」
「古い記録は、もっと和やかな出来事をも伝えているので、ここで触れないわけにはいかない。言い伝えでは、神々の女王の乳房から数滴の乳がしたたり、それを受けた空の部分を白く染めた。「乳の道」という名はそこから由来し、つまりこの白さの原因を示しているわけだ。私たちとしては、むしろ、多数の星が集まって焰の帯を構成し、ひときわ濃い光を放っている――つまり輝く多数の天体が集まってこの部分を光らせていると考えるべきではあるまいか。」



「第二の書」より:

「甘美な露に濡れた新鮮な草原を探しに行こう。人里離れた洞窟の奥でささやく泉、大空を行く鳥の口もまだ触れず、ポイボス(太陽神)の天の火もまだ射しこんだことのない泉を見つけよう。これから私が語るのは、みな私の発明にかかるもの。私は誰からも何ひとつ借用しない。私は剽窃者ではなく、作者なのだ。私を乗せて空行く車は私のもの。私を乗せて大波を切るのは私の舟。
 私は歌おう、ひそかな知恵を隠しもつ自然を。天と地と水に生命を与え、相互の絆でこの広大な仕組みのあらゆる部分を繋(つな)ぎ合わせる神性を。私は語ろう、その部分部分の協和によって存在している大いなる全体と、至高の理性がそこに刻みこんだ運動を。まことに同じ精神が全空間に行き渡って、一切を活気づけ、空のすべての部分に浸透し、動物の体に固有の形態を与えているのだ。」

「海底に身を潜めた魚は、いわば鱗の牢屋に閉じこめられているものの、月の運動には敏感だ。デロスの女王(月)よ、あなたが満ちていくとき魚は肥り、あなたが欠けていくとき魚は痩せる。」

「星々はまた、互いに特殊な関係をもち、そのため彼らは相互間に(中略)照応を形づくる。彼らは互いに見つめあい、耳傾けあい、愛しあい、憎みあう。好意に満ちたまなざしを、自分たち同士でしか交わさない星もある。そのために、時として、正反対の位置にある星が力を貸しあい、親愛関係にある星が戦を交わすこともある。良からぬ相(アスペクト)にある星が協力して、人間の生誕時に、不変の友情の芽を注ぐこともある。また本来の性質と位置から来る衝動に逆らって、互いに避けあう星もある。その原因は、神が世界に法則を与えるにあたって、十二宮にさまざまな感情を賦与したからである。神はある星と星の眼を、また別な星と星の耳を、互いに親和させた。また他の星と星とを緊密な友愛の絆で結んで、これらの宮が他の宮の姿を見、その声に耳を傾け、ある宮を愛し、別な宮に永遠の戦をしかけるようにした。さらにある宮は、自分たちの状態に完全に満ち足りて、ただ自分自身のみを愛し、他を排除する。そういう人間も多数いるが、彼らはそのような生誕支配宮からその性質を受けついだのだ。」



「第四の書」より:

「なにゆえに、私たちは、かくも虚(むな)しい試みのかずかず骨身を削りつつ、生涯を過ごすのだろうか。恐れやら闇雲(やみくも)の欲望に駆りたてられ、老いを早める心配事に悩まされて、私たちは幸福を探し求め、そのためかえって幸福から遠ざかる。願い事に限度がないので、私たちは満ち足りることを知らないのだ。生き甲斐を求めつつ、私たちは死人も同然。富を積めば積むほどに、じつはいよいよ貧しくなる。持てるものに満足せず、持たぬものへとひたすら向かう。自然は僅かなもので満ち足りているのに、なぜ私たちは法外な欲望のため破滅の道をまっしぐらに進むのだろうか。富裕は豪奢への愛着を呼び、豪奢を求めて、私たちは無法な手だてを用いても財宝を得たいと望む。しかも、財宝を得たあとは、ただそれを狂気のように消尽するしか能がないのだ。おお、ひとびとよ、そのように無益な労苦、余計な不安の重荷はおろしてしまえ。天の布告する運命に虚しい不平は言わぬがよい。運命こそは一切を統(す)べ、一切は不変の掟に従う。ありとあらゆる出来事は、それを生んだ時間(とき)と宿命的な繋(つな)がりを持っているのだ。
 私たちの生誕の時刻が、すでに私たちの死の時刻を決定している。私たちの臨終の時は、生涯の最初の時に左右されるのだ。富も地位も、多くの場合貧しさも、芸術界での成功も、素行も欠点も不幸も、財産の喪失ないし増加も、みな同じ原理から発している。運命が準備したことはかならず起こり、運命が拒むものは絶対に得られない。運命の女神の歓心を買い、不幸を避けようと望んでも無駄なこと。人はみな己が宿命に従うほかはない。」

「私たちには空が見える。その空が、好意から、世界の本性をめぐる秘密探求を私たちに許してくれる。だからこそ私たちは、この広大な世界の構成要素を詳しく調べ、私たちの精神の源である天空のあらゆる道に踏み入って、私たちの地平で起こる出来事を研究し、宇宙空間のまんなかに吊り下げられた地球の最も低い部分よりさらに下方へ降りて行き、全宇宙の同胞となることができるのではあるまいか。
 自然はもはや、私たちにとって知られざる暗黒ではない。私たちは自然を隈なく知ったのだ。(中略)私たちは、私たちに生命を与えてくれたものの一部であり、私たちはそれが何であるかを知っている。星々の子として、私たちは星辰界まで昇って行く。神性が私たちの魂に宿っていること、魂は天から由来し、ゆえに天へ帰るべきであることを、どうして疑うことができようか。世界は、地・水・火・風の全元素から構成され、のみならずこの世には、命令が実行されるか否かを監視する霊(エスプリ)がある。それと同じく、私たちの内部には、土で作られた肉体と、血の中に住む生命の根源と、さらに人間全体を支配し導く魂がある。このことを、どうして疑うことができようか。人間の中に世界があり、人間はひとりひとりが神性の簡略な似姿である以上、人間が世界を認識できるということに、何の不思議があるであろうか。
 私たちの遠い祖先が天空以外の所から来た、などということがあり得ようか。(中略)このように、自分と関係深い天空を究めつつ、星辰の中に人間は自分自身を探求するのである。」










































































































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うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

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趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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きらいなことば: 「人と人とのつながり」「キャリアアップ」「ほぼほぼ」「三密」

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