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谷崎潤一郎 『陰翳礼讃』 (中公文庫)

「私は、われわれが既に失いつゝある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。」
(谷崎潤一郎 「陰翳礼讃」 より)


谷崎潤一郎 
『陰翳礼讃』
 
中公文庫 A1-9 

中央公論社
昭和50年10月10日 初版
昭和57年9月25日 10版
169p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価240円
表紙・扉: 白井晟一
カバー画: 司修



新字・新かな。


谷崎潤一郎 陰翳礼讃


カバー裏文:

「人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。(本文より)――西洋との本質的な相違に眼を配り、かげや隅の内に日本的な美の本質を見る。」


目次 (初出):

陰翳礼讃 (「経済往来」 昭和8年12月号・9年1月号)
懶惰の説 (「中央公論」 昭和5年5月号)
恋愛及び色情 (「婦人公論」 昭和6年4月号―6月号)
客ぎらい (「文学の世界」 昭和23年10月号)
旅のいろいろ (「文藝春秋」 昭和10年7月号)
厠のいろいろ (「経済往来」 昭和10年8月号)

解説 (吉行淳之介)



※「懶惰の説」の「懶」は原文では「忄(りっしんべん)+頼」です。



◆本書より◆


「陰翳礼讃」より:

「つまり、一と口に云うと、西洋の方は順当な方向を辿って今日に到達したのであり、我等の方は、優秀な文明に逢着してそれを取り入れざるを得なかった代りに、過去数千年来発展し来った進路とは違った方向へ歩み出すようになった、そこからいろいろな故障や不便が起っていると思われる。尤もわれわれを放っておいたら、五百年前も今日も物質的には大した進展をしていなかったかも知れない。現に支那や印度(インド)の田舎へ行けば、お釈迦様や孔子様の時代とあまり変らない生活をしているでもあろう。だがそれにしても自分たちの性に合った方向だけは取っていたであろう。そして緩慢にではあるが、いくらかずつの進歩をつゞけて、いつかは今日の電車や飛行機やラジオに代るもの、それは他人の借り物でない、ほんとうに自分たちに都合のいゝ文明の利器を発見する日が来なかったとは限るまい。」

「事実、「闇」を条件に入れなければ漆器の美しさは考えられないと云っていゝ。今日では白漆と云うようなものも出来たけれども、昔からある漆器の肌は、黒か、茶か、赤であって、それは幾重もの「闇」が堆積した色であり、周囲を包む暗黒の中から必然的に生れ出たもののように思える。派手な蒔絵(まきえ)などを施したピカピカ光る蠟塗りの手箱とか、文台とか、棚とかを見ると、いかにもケバケバしくて落ち着きがなく、俗悪にさえ思えることがあるけれども、もしそれらの器物を取り囲む空白を真っ黒な闇で塗り潰し、太陽や電燈の光線に代えるに一点の燈明か蠟燭のあかりにして見給え、忽ちそのケバケバしいものが底深く沈んで、渋い、重々しいものになるであろう。古えの工藝家がそれらの器に漆を塗り、蒔絵を画く時は、必ずそう云う暗い部屋を頭に置き、乏しい光りの中における効果を狙ったのに違いなく、金色を贅沢に使ったりしたのも、それが闇に浮かび出る工合や、燈火を反射する加減を考慮したものと察せられる。つまり金蒔絵は明るい所で一度にぱっとその全体を見るものではなく、暗い所でいろいろの部分がときどき少しずつ底光りするのを見るように出来ているのであって、豪華絢爛な模様の大半を闇に隠してしまっているのが、云い知れぬ餘情を催すのである。そして、あのピカピカ光る肌のつやも、暗い所に置いてみると、それがともし火の穂のゆらめきを映し、静かな部屋にもおりおり風のおとずれのあることを教えて、そゞろに人を瞑想に誘い込む。」

「美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを餘儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生れているので、それ以外に何もない。西洋人が日本座敷を見てその簡素なのに驚き、たゞ灰色の壁があるばかりで何の装飾もないと云う風に感じるのは、彼等としてはいかさま尤もであるけれども、それは陰翳の謎を解しないからである。われわれは、それでなくても太陽の光線の這入りにくい座敷の外側へ、土庇を出したり縁側を附けたりして一層日光を遠のける。そして室内へは、庭からの反射が障子を透してほの明るく忍び込むようにする。われわれの座敷の美の要素は、この間接の鈍い光線に外ならない。われわれは、この力のない、わびしい、果敢(はか)ない光線が、しんみり落ち着いて座敷の壁へ沁み込むように、わざと調子の弱い色の砂壁を塗る。(中略)われ等は何処までも、見るからにおぼつかなげな外光が、黄昏色の壁の面に取り着いて辛くも餘命を保っている、あの繊細な明るさを楽しむ。我等に取ってはこの壁の上の明るさ或はほのぐらさが何物の装飾にも優るのであり、しみじみと見飽きがしないのである。」

「われわれ東洋人は何でもない所に陰翳を生ぜしめて、美を創造するのである。「掻き寄せて結べば柴の庵なり解くればもとの野原なりけり」と云う古歌があるが、われわれの思索のしかたはとかくそう云う風であって、美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。夜光の珠も暗中に置けば光彩を放つが、白日の下に曝せば宝石の魅力を失う如く、陰翳の作用を離れて美はないと思う。」

「私は、われわれが既に失いつゝある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。」



「懶惰の説」より:

「諸葛孔明が玄徳に三度も草廬を驚かされて、仕方なしにその重い腰を持ち上げたのは三国誌でお馴染みの話である。われわれは、もし孔明が玄徳に引っ張り出されるまでもなく、もっと早くから世に出て活動していたとしたら、それもまた結構な事だと思うが、いくら玄徳に懇請されても逃げ隠れして現れずにしまい、閑雲野鶴を友として世を終ったら、その心持にもなかなか同情出来るのである。」

「「寝てばかりいては毒だ」と云うが、同時に食物の量を減らし、種類を減らせば、それだけ伝染病などの危険を冒す度も少い。カロリーだのヴィタミンだのとやかましく云って時間や神経を使う隙に、何もしないで寝ころんでいる方が賢いと云う考え方もある。世の中には「怠け者の哲学」があるように、「怠け者の養生法」もあることを忘れてはならない。」



「客ぎらい」より:

「たしか寺田寅彦氏の随筆に、猫のしっぽのことを書いたものがあって、猫にあゝ云うしっぽがあるのは何の用をなすのか分らない、全くあれは無用の長物のように見える、人間の体にあんな邪魔物が附いていないのは仕合せだ、と云うようなことが書いてあるのを読んだことがあるが、私はそれと反対で、自分にもあゝ云う便利なものがあったならば、と思うことがしばしばである。猫好きの人は誰でも知っているように、猫は飼主から名を呼ばれた時、ニャアと啼いて返事をするのが億劫(おっくう)であると、黙って、ちょっと尻尾の端を振って見せるのである。(中略)人はその尾が動くのを見て、猫がまだ眠っていないことを知るのであるが、事に依ると猫自身はもう半分眠っていて、尾だけが反射的に動いているのかも知れない。何にしてもその尾を以てする返事の仕方には一種微妙な表現が籠っていて、声を出すのは面倒だけれども黙っているのもあまり無愛想であるから、ちょっとこんな方法で挨拶して置こう、と云ったような、そして又、呼んでくれるのは有難いが実は己は今眠いんだから堪忍してくれないかな、と云ったような、横着なような如才ないような複雑な気持が、その簡単な動作に依っていとも巧みに示されるのであるが、尾を持たない人間には、こんな場合にとてもこんな器用な真似は出来ない。」


「厠のいろいろ」より:

「志賀君が故芥川龍之介から聞いたと云って話された話に、倪雲林(げいうんりん)の厠の故事がある。雲林と云う人は支那人には珍しい潔癖家であったと見えて、蛾の翅を沢山集めて壺の中へ入れ、それを厠の床下へ置いて、その上へ糞をたれた。つまり砂の代りに翅を敷いたフンシのようなものだと思えば間違いはないが、蛾の翅と云えば非常に軽いフワフワした物質であるから、落ちて来た牡丹餅をたちまち中へ埋めてしまって見えないようにする仕掛けなのである。けだし、厠の設備として古来このくらい贅沢なものはあるまい。」
































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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