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G・K・チェスタトン 『ブラウン神父の童心』 中村保男 訳 (創元推理文庫)

「「どうしてこれがみんなわかったんだ? あんたは悪魔なのか?」
 「人間ですよ」ブラウン神父はおごそかに答えた――「人間なればこそ、この心のうちにあらゆる悪魔をもっているのです。」」

(G・K・チェスタトン 「神の鉄槌」 より)


G・K・チェスタトン 
『ブラウン神父の童心』 
中村保男 訳
 
創元推理文庫 110-1

東京創元社
1982年2月19日 初版
1983年9月9日 5版
356p
文庫判 並装 カバー
定価430円
カバー: 長谷川並一



Gilbert Keith Chesterton: The Innocence of Father Brown, 1911


チェスタトン ブラウン神父の童心


扉文:

「奇想天外なトリック、痛烈な諷刺とユーモア、独特の逆説と警句、シャーロック・ホームズものと双璧をなす短編推理小説の宝庫ブラウン神父譚。作者チェスタトンは、トリック創案にかけては古今の推理作家中でも卓越した存在である。まん丸な童顔には、澄んだ目がぱちくりしている。不恰好な小柄なからだに大きな帽子と蝙蝠傘(こうもりがさ)といういでたち。どこから見ても質朴で能のない貧相な坊さんにすぎないのだが、ひとたび事件が起きるや、ブラウン神父の探偵ぶりの鮮やかさ。快刀乱麻をたつように難事件を解決する!」


目次:

青い十字架
秘密の庭
奇妙な足音
飛ぶ星
見えない男
イズレイル・ガウの誉れ
狂った形
サラディン公の罪
神の鉄槌
アポロの眼
折れた剣
三つの兇器

解説 (中島河太郎)




◆本書より◆


「飛ぶ星」より:

「「これはアフリカ産の有名なダイヤモンドで、あまり頻々(ひんぴん)と盗難に遭うので、《飛ぶ星》と呼ばれている。犯罪界の大物はみんなこれをねらっているが、往来やホテルでうろついている無頼漢連中だって手をださずにはいられまい。ここにくるとちゅうでだって紛失しなかったとはかぎらない。ありうることだよ」
 「あたりまえのことでしょう」と赤いネクタイの男が唸るように言った。「やつらがこれを盗ったとしても、ぼくはやつらが悪いんだとは思わないな。やつらがパンを乞い求めているのに、あんたが石ころひとつあたえなければ、やつらは自分でこの石を奪ってもかまわぬはずだ」
 「そんな言いかたをしないで」と娘がさけんだ。(中略)「あんたがそんな話しかたをするようになったのは、あんたがあのなんとかいう怖ろしいものになってからだわ。ほらあのことを言ってるのよ。煙突掃除夫を抱きしめたがるひとのことをなんていいましたっけ?」
 「聖者といいますよ」とブラウン神父が言った。
 「わたしが思うには」人を見くだすような微笑をうかべてレオポルド卿が言った――「ルビーが言いたいのは社会主義者のことだろう」
 「急進派(ラディカル)というのは大根(ラディッシ)を食って生きている男のことじゃない」かなりいら立った口調でクルックが述べた――「(中略)それと同じに、社会主義者というのは、煙突掃除夫と談笑しながら一夜をすごしたいと思っている男のことじゃないんだ。社会主義者というのは、どこの家の煙突もみな同じように掃除され、どこの煙突掃除夫もみなその報酬を受けるようになることを望む人間なのだ」
 「すると、社会主義者というのは、人が自分の煤を所有することを許さぬというわけで」と低い声で神父が口を入れた。
 クルックは、興味ありげな、尊敬の色さえまじえた眼で神父を見やった。
 「煤を自分の物にしておきたい人がいるんですか?」とクルックは訊いた。
 「いないこともありますまい」とブラウン氏は思案ありげな眼つきで答えた。」



「イズレイル・ガウの誉れ」より:

「「故オーグルヴィー大監督は、グレンガイル家に生まれた人間のうちもっとも善人に近づいた人だった。ところが、彼のゆがんだ徳は人間ぎらいという方向をとった。先祖の不徳義に気を腐らせた彼は、そこから一般論を抽(ひ)きだして、人はみな不正直だと結論したのです。なによりもとりわけ疑いの眼を向けたのは、慈善とか寄捨ということだった。そして、もしどこかに、自分の権利である分量だけを過不足なく取得している人がいたならば、グレンガイル家の金はすべてその人に贈ると誓言し、こうして人類への挑戦状をたたきつけると、よもやそれに応じて立つ者はあるまいとたかをくくって隠遁してしまった。ところが、ある日のこと、聾のうえに見たところ能なしの若者が遠くの村から電報を届けにやって来た。グレンガイルは、皮肉ないたずら心から一枚の新しいファージング貨を若者にくれてやった(ファージング貨は英国の最少単位、四分の一ペニーである)。すくなくとも、ファージング貨だと思ってくれてやった。ところが、あとで小銭を調べてみると、新しいファージング貨はそのままで、一ポンド貨のソヴリンがなくなっているのに気がついた。この手違いにグレンガイルは世間への自分の侮蔑を満足させる可能性を見てとった。どのみち、あの若造は人間特有の貪欲ぶりを発揮するだろう。このまま消えてしまって、一枚の硬貨の盗人となるか、それとも、しかつめらしくそれを持って帰って来て、報酬を要求する俗物となるか、二つに一つだ。その夜、グレンガイル卿がベッドからたたき起され――というのも、卿は一人で住んでいたから――しぶしぶと門をあけると、そこに立っていたのは例の白痴だった。このあほう君はなんと、ソヴリンをではなく、十九シリング十一ペンス三ファージングの釣銭を持って来たのです。
 このおこないがいかにも几帳面(きちょうめん)であることが、狂ったグレンガイルの頭に焰のようにとりついた。彼は自分がディオゲネスであって、長いあいだ正直な人間を捜してきたが、やっと一人見つけたという意味のことを口ばしり、遺言状を書き改めた。」」



「狂った形」より:

「「フランボウ」とブラウン神父――「あそこのベランダの下に長い腰掛けがある、あそこなら、雨にも濡れずに一服ふかせるだろう。おまえは、わたしにとってこの世でただ一人の友達だから、話がしたいのさ。というよりも、いっしょに無言でいたいのかもしれん」」



◆誤訳指摘◆


誤ちは人の常、誤訳もまた人の常なのでしかたがないですが、訳者の中村さんは他人の誤訳を指摘する本を出しているので、自分の誤訳を指摘されてもしかたがないです。そういうわけで、ここでは「秘密の庭」からいくつか気になった点を指摘したくおもいます。


「こうした人びとの唯一の欠点は、慈悲というものを正義よりもなおいっそう寒ざむしいものに変えてしまうことにある。」

「and the only thing wrong with them is that they make mercy even colder than justice.」

「cold」=「冷酷な、無情な」


「ヴァランタンは早くも黒の正装に赤の薔薇を飾り、(残念ながら、黒い頬髭にはちらほらと銀色に光るものが見えてはいたが)申し分なく奥ゆかしいいでたちで帰館したのであった。」

「When Valentin arrived he was already dressed in black clothes and the red rosette - an elegant figure, his dark beard already streaked with grey.」

「rosette」=「ロゼット」はレジオン・ドヌール勲章(オフィシエ)の略綬。「残念ながら」は原文にはないです。


「すぐにこの超自然的感覚から立ち直って自分を取りもどしていた。」

「From any such occult mood, at least, he quickly recovered,」

この部分はオリヴァー・ロッジやコナン・ドイルの心霊主義(Spiritualism)に対する否定的な言及ですが、「occult」を「超自然的」(=supernatural)と訳すのはどうかと思います。チェスタトンが信仰したカトリックも超自然的な現象を積極的に認める宗教です。あと「感覚(sense)」と「気分(mood)」はぜんぜん違います。ちゃんと訳し分けないとだめです。


「魔術にかかったように、中世の殉情詩人の庭――ワトーの描くあのお噺(はなし)の国に惹きこまれてしまったのだ。」

「He was trapped as if by magic into a garden of troubadours, a Watteau fairyland;」

「troubadour」は辞書を引けば「中世の殉情詩人」と出てくるかもしれないですが、ここでは一般化して、18世紀の画家ワトーの画面に登場するバロック・ギターを抱えた楽士のことをいっているので、「中世の」は余計です。


「切られイヴァンがとびあがって吠えたてた――」

「Ivan of the Scar sprang up.」

「切られイヴァン」は「切られ与三郎」にひっかけて洒落たのでしょうが、「Ivan」は「the old man with a scar」とあるので、傷はひとつだけなので、「切られ」というほどではないです。










































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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