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アルフレッド・モーリー 『魔術と占星術』 有田忠郎・浜文敏 訳 (ヘルメス叢書 新装版)

「「臥床見神」は、イシスの場合もやはり行なわれていた。エジプトやギリシアでは、この女神は、ティトリアから七十スタディオン離れたアスクレピオス・アルカゲトスの神殿近くの、彼女の至聖所に懇願に来る病人たちの夢の中に姿を現わすのだった。」
(アルフレッド・モーリー 『魔術と占星術』 より)


アルフレッド・モーリー 
『魔術と占星術』 
有田忠郎・浜文敏 訳
 
ヘルメス叢書 新装版

白水社
1993年9月25日 印刷
1993年10月15日 発行
309p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,900円(本体2,816円)
装幀: 東幸見



本書「解説」より:

「本書は Alfred Maury: La Magie et l'Astrologie, Denoël, 1970 の翻訳である。テキストが最初に出版されたのは一八六〇年で、(中略)ドノエル社の Bibliotheca Hermetica に含まれる書物が、概ね錬金術または占星術関係の古典的テキストであるのに対して、本書は同テーマに関する研究書だという点で、叢書中異色の一点と言えよう。」
「残念なのは、(中略)厖大な原注を、この邦訳版ではほとんど割愛してしまったことである。(中略)巻末に付したものは原注のごく一部にすぎず、それももっぱら私の関心によって選択したので、恣意的であることを免れない。」



モーリー 星座と占星術


目次:

叢書全体への序文 (ルネ・アロー)

魔術と占星術
 序文
 第一部
  第一章 未開人の魔術
  第二章 カルデア人、ペルシア人、エジプト人の魔術と占星術
  第三章 ギリシア人の魔術と占星術
  第四章 ローマとローマ帝国における魔術
  第五章 新プラトン学派における魔術
  第六章 魔術および占星術に対するキリスト教の戦い
  第七章 中世における魔術と占星術 魔術による異教的祭式の存続
  第八章 東洋の魔術
  第九章 ルネサンスより現代に至る魔術と占星術
 第二部
  序説
  第一章 古代および中世における占いの手段としての夢の使用に関する概要
  第二章 精神・神経の疾患に賦与された悪魔的な原因
  第三章 魔術的現象の生ずる過程における想像力の影響 魔法使いに比較される神秘主義者
  第四章 催眠剤および麻酔剤の使用によって惹起される現象――感性と知性の喪失――催眠術と夢遊症 結論

原注

解説――モーリー、フロイト、ブルトン (有田忠郎/1978年10月)




◆本書より◆


「第一部 第二章 カルデア人、ペルシア人、エジプト人の魔術と占星術」より:

「アッシリア人は神々の先頭に太陽と月を据え、その運行と、その獣帯上の星座に対する毎日の位置を書きとめていた。この獣帯そのものが彼らの発明であったらしく、これは彼らにとって太陽が一年を通じてつぎつぎに入る十二のすみかの全体であった。この黄道十二宮は、十二の神々によって支配され、したがってこれらの神々はそれぞれ対応する月をもち、その月を自分の影響下に置いていた。これらの月のそれぞれが三つの部分に細分され、したがって全部で三十六の下位区分となる。各区分を司っていたのは「助言の神」と称せられる同じ数だけの星であり、これはエジプト占星術の「十日神(デカン)」に対応するものである。
 これら三十六の十日神のうち、半数が地上に起こることを、残り半数が地下に起こることを監視していた。太陽と月と五つの惑星が神の階級では最高位を占め、「占いの神」という名前で呼ばれていたが、これはディオドロスによれば、その規則正しい運行が、物事の運びと事件の継起を示していたからである。これらの惑星のうち、アッシリア人が「美わしき古代びと」と呼んでいたらしい土星は、われわれから最も離れていたため、最上位の星とみなされ、最高の尊敬を集めていた。この星はすぐれた占いの神であり、啓示の神であった。他の惑星もそれぞれの固有の名前を持っていた。そのうち、たとえばベル(木星)、メロダク(火星)、ネボ(水星)などは男性とみなされ、シン(月)やミリッタあるいはバアルティス(金星)などは女性とみなされていた。そして、「天主」とか「神々の主」とか呼ばれていた黄道十二宮に対するこれらの惑星相互の位置関係から、カルデア人はどの星相のもとに生まれたかによって人間の運命に関する予言を引き出しており、これをギリシア人は星占い(ホロスコープ)と名づけたのである。」



「第一部 第三章 ギリシア人の魔術と占星術」より:

「占いは、特別の建物であるマンテイオンと呼ばれる予言神殿で行なわれたり、あるいは町から町へ(中略)予言を売り歩く職業的占師によってなされていた。供犠はほとんど常に、神々の意向に伺いを立てるための儀式か、あるいはまったくの呪文をともなってさえいた。ある種の呪文やある種の呪縛、そしてある種の身ぶりの効果に対する信頼は極端なものであった。ひとびとは、それに頼って幻惑と闘い、神々を呼び出し、病気を治し、傷を癒し、さまざまな仕業によるとされる有害な影響を遠ざけていた。儀式において非常に大きな役割を演じていた潔(きよ)めは、魔法とよく似た文句と宗式をともなっていた。そしてこの潔めこそ、秘儀の出発点であったらしい。その創始者だと言われるオルフェウスはいくつかの呪法をつくり出したとされていた。占師は、(中略)蛇を呪縛し、風を祓い、人間を動物に変えることさえできた。狼狂を信ずるのは、ギリシアではずっと昔からのことであったし、それは今日までえんえんと続いているのである。」
「ギリシアには、さらにそれ自体でまったくひとつの魔術であるところの祭祀があった。すなわちヘカテー崇拝である。この神は、夜の闇にその神秘的な光を投げかける月の権化であり、魔女たちの守護神であった。この女神こそ奇蹟をなす才能を持ち、妖術を発見したとされていた。暗闇の中で恐怖心から生じてくる化物や幽霊を遣(つか)わすのも、この女神だと考えられていた。(中略)ポルフュリオスが伝えているところの、ヘカテー自身が与えたという神託に、われわれも耳を傾けてみよう。「私がお前に教えるように、よく磨かれた木彫の像を彫りなさい。その像の体を野性の芸香の根で作り、つぎにそれを飼いならされた小さなとかげで飾りなさい。没薬と安息香と香をその動物とともにすりつぶし、この混合物を三日月の期間中、外気にさらしなさい。そののち、お前の願いをつぎのような言葉で述べなさい。(その呪文は今日伝わっていない。)私が姿を変えるその数だけとかげを用意しなさい。これらのことを心をこめてやりなさい。私のために、自生の月桂樹の枝で祠を建てなさい。そののち像に熱禱を捧げれば、お前は眠っている間に私に会うことができます」(エウセビオスの著書に拠る)。
 エウセビオスが残してくれなかった口寄せの呪文を、『ピロソピュメナ』と題される論考に見出すことができる(中略)。「来れ汝、奈落の、地上の、そして天上のボンボー、街道、四辻の女神よ。光をもたらし、夜にさまよい、光の敵、夜の友にして伴侶たる汝。犬の吠声と流されたる血に興じ、幽鬼に混じり墓場をさまよう汝。血を欲し人間に恐怖をもたらす汝。ゴルゴ、モルノ、千にも姿を変える月よ、仁慈の眼(まなこ)もてわれわれの供犠に立会いたまえ。」」



「第一部 第七章 中世における魔術と占星術 魔術による異教的祭式の存続」より:

「神殿は破壊され、偶像は覆えされ、ギリシア哲学は放逐され、公には多神教は崩壊したが、しかし、その後ダイモーンの地位に貶(おとし)められたとはいえ、神々と、かつてその崇拝の基礎をなしていた儀式の効力とに対する信仰は、実際には根絶されたわけではなかった。ギリシア、小アジア、イタリアなどでは、禁圧を逃れるためにキリスト教の外見を装った数多くの民間の迷信や慣行の中核を、この信仰が依然として貫いていた。その昔、神々を称(たた)えて行なわれた祝祭は、聖者崇拝の中に移されていた。(中略)イタリア、とりわけ南イタリアは、地方的祝典の中に、異教の痕跡を今日もはっきりととどめている。神々を崇めて行なわれた行列にかわって、聖者行進がその役目を果たし、聖者たちが神々の遺産を受け継いだ。ナポリにおける聖母の民間信仰は、明らかにウェスタおよびケレース信仰から起こったものである。」
「かつて葡萄畑や耕地や民衆の福祉のために、祭司と卜占官が采配した行列と祈りは、新たな形態のもとに、豊熟祈願の儀式の中に定着した。十字のしるし、聖水、アニュス・デイ(「神の小羊」の句で始まる祈祷)などが、護符として、まじないや呪文のかわりとなった。」
「このように、異教的祭式にかわってキリスト教的儀式を採用することは、もともと前者が聖化され得るような性質であるかぎり成し遂げられる。とりわけガリア、ブリタニア、ゲルマニア、および北部の国々などのように、福音書がかなりおくれて伝えられ、異教的信教がより根強く、より反抗的に現われた地方で行なわれた。教会自体が、布教者たちに、民間の迷信と妥協するようにすすめていたのである。(中略)ある地方では、死者の唇に、冥界の川の渡守りカロンに差し出す心づけの銅貨が含ませられる。聖者の像が、昔のキュベレー像のように、聖なる水に浸される。(中略)神託は、異教徒であったわれわれの祖先とほとんど同じ方法によって行なわれ、男根崇拝に至るまで、遠まわしの形でキリスト教化されている。」
「このようにして、異教的慣習は今日に至るまで保たれたのである。」
「したがって大胆な言い方をすれば、中世におけるヨーロッパは半ば異教を奉じていたのである。」



「第二部 第一章 古代および中世における占いの手段としての夢の使用に関する概要」より:

「古代の卜占師たちは、その自然の原因である純粋に生理学的な原理を発見することなく、これらの現象をすべて認めていた。彼らは、夢に、われわれの精神を驚かせ脅かす、透視と霊感の性格を与えるため、そして、眠りを一定の状態に持続させ、刺激を伝達しては、彼らにとって超自然の原因によるものにほかならない例のまぼろし、例の鮮明な夢、例の予覚がすでに起こり始めている状況を助長するのに、世にも適切な方法を究めていった。目ざめている間に想像力に激しい印象を与えた事がらの、夢に及ぼす影響については先に指摘したが、これに加えて、口から摂取された胃の中の食物、麻酔効果をもつある種の気体の吸入、または、ある種の軟膏の塗擦でさえももっている影響をあげねばならない。神託の場合、解答は夢幻のうちに与えられるが、これに携わる祭司たちは、したがって、これらすべての方法に頼るのだった。彼らは、トロポーニオスの洞穴(ここに神託の聖所があったとされる)のような暗い穴、または硫黄ガスや炭酸ガスの発生する地域を好んで選んだ。しかもこれらの場所は、その恐ろしい外観のために、その昔から、黄泉(よみ)の国の門、カロンの祠(ほこら)、プルートーンの祠などと呼ばれていた。」
「そのうえ、祭司たちは、神託を伝える者にあらかじめ長期間断食させたり、催眠薬あるいは麻酔薬を飲ませては、夢やまぼろしを誘っていたのである。
 そうしてみると、神託が長い間ほしいままにした信頼も、容易に納得される。その場合、当時のいわゆる incubation (神の宮に眠ること「臥床見神」の意)が行なわれていたのである。(中略)事実、奇蹟的な治癒が起こり、この信仰をゆるぎないものにした。そこで、アスクレピオス、イシス、セラピスなど、夢に現われて礼拝者たちに心を告げると言われていたあらゆる神々の寺院には、実際に霊地詣でが行なわれた。セラピスに伺いをたてるため、カノプスにある寺院を訪ねるひとびとは、睡眠中に神が現われるように、夜、寺院で眠った。(中略)「臥床見神」は、イシスの場合もやはり行なわれていた。エジプトやギリシアでは、この女神は、ティトリアから七十スタディオン離れたアスクレピオス・アルカゲトスの神殿近くの、彼女の至聖所に懇願に来る病人たちの夢の中に姿を現わすのだった。」



「第二部 第二章 精神・神経の疾患に賦与された悪魔的な原因」より:

「狂気、癲癇、狂水病、カタレプシー、ヒステリー、および、これらに関わりのあるすべての疾患は、ひとびとの驚愕の対象であり、迷信的恐怖の原因であり、また長らくそうありつづけた。」
「初期ギリシア人は、一般に、病気は神々から送られたものであるとみなしていた。」
「躁暴性の狂人にギリシア人が与えた名称マニア mania は、man という語根から派生したものであったが、死者の魂を意味した men は、ラテン語における manes という語形で再びもとの姿を現わす。事実ローマ人は、荒れ狂う者は、マーネースによって、あるいはラールやマーネースの母である女神マニアによってかき乱されると考えていた。狂人たちの幻覚は、彼らにつきまとう化物や亡霊とみなされていた。(中略)癲癇は、ギリシア人にとってそうであったように、ローマ人にとっても神聖な病であった。」

「そもそもユダヤ人は、死も病気も、自然の原因に帰すべきものとは考えなかった。物理的な動因のかわりに、天使、すなわち命のある人格的存在を認め、これらの天使たちの一人に命を終わらせる任務を与えたのである。彼らには、死の天使、いわば神の使者がいて、彼は剣を手に、神に定められた者に死の打撃を与える。したがって、この天使は殺戮の天使と呼ばれた。」



「第二部 第三章 魔術的現象の生ずる過程における想像力の影響……」より:

「ヨーロッパの一部の聖者がみずからに課した、いっさいの感覚的な快楽に対するあの絶対的な断念、肉体に対する深い侮蔑は、回教僧、アラビアの行者、一部の婆羅門修行者や仏教僧においては、ほとんど当たり前の状態なのである。謙譲さから、自分の頭髪にたかった虱(しらみ)を駆除するのを禁じるアニェス・ド・ジェズュや、美食を好む傾向を根源から断つために、すべて自分の食べる物には滓と屑を混ぜるリマの聖女ローザなどに相当する者として、アジアでは、幾千もの狂信者たちに出会う。(中略)法悦者は、終局的には不動と無感覚に陥り、何ものも、そこから引きもどすことはできない。(中略)カルカッタの司教エベールは、『旅行記』の中でつぎのように伝えている。彼はこの種の人物に出会ったが、その男は、もはや片足で立って歩くことしかできず、両腕は下におろす機能を失っていた。それほどのおそるべき苦行は、カトリック教内ではめったに実例がなく、(中略)せいぜい、そのはなはだしい例は、銅の櫛箆(くしべら)で自分の肉を裂いたジェノヴァの聖女リンバニアの苛酷さくらいであるが、それに反して、ガンジスの流域では日常行なわれる苦行なのである。コーラク=プージャの祭には、信徒たちが鉄の鉤を腰にかけて体を吊り、その恐るべき状態で揺られながら自分の罪を清めるのが見かけられる。」



















































































































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Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

すきなことば: 「だれもいない」「ギブアウェイ」「ウポポイ」「隠密」
きらいなことば: 「人と人とのつながり」「キャリアアップ」「ほぼほぼ」「三密」

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歴史における自閉症の役割。

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