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生野幸吉 『闇の子午線 パウル・ツェラン』 

「ツェランは病気だ。癒(なお)る見込みはない」
(ハイデッガー)


生野幸吉 
『闇の子午線 
パウル・ツェラン』 


岩波書店
1990年12月19日 第1刷発行
vii 318p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,100円(本体3,010円)
Jacket design from "Passage through the Red Sea" by Anselm Kiefer



著者は詩人、ドイツ文学者。1924年生。


生野幸吉 闇の子午線 パウルツェラン


帯文:

「この存在を脱却せず、
いたるところに、
おまえを集め、
立て。

20世紀精神の血と肉で編まれた
言語宇宙を行く解釈の冒険。
このアポカリプスに、あなたは何を
読むだろうか。」



帯背:

「現代の
黙示録を読む」



カバーそで文:

「「アウシュヴィッツの後に、詩を書くことは野蛮だ。」この言葉と、生涯を賭して対話した詩人がいる。
流浪と絶滅収容所と、民族の経験への悼みを潜ったその詩は、人類の未来に向けてたてられた黙示を刻む。限界まで言語を酷使する精密な実験、特異な宇宙感覚に発する形象の連鎖。20世紀精神史のもっとも深く掘られた坑道がここにある。思想の骨髄で編まれた言語宇宙を前にするとき、解読はそれ自体が精神の冒険だ。同時代を生きた詩人が、自らの詩作の命運をかけて対決を試みる。」



目次:



Ⅰ 二人称への声
 1 おまえを集め、立て、いたるところに
   ――ユダヤ系文学――
 2 祈れ、主よ、わたしたちに向かって
    ――闇の格子――
 3 たましいの明るさの花柱
    ――ばらの変容――

Ⅱ 非在のテクストへ
 1 反世界のコスモゴニー
    ――『非在の者のばら』――
 2 人間たちの彼方で
    ――『息の転回』から『糸の太陽たち』へ――
 3 眼の系 脳の系を追って
 4 一つの言葉 一つの闇
    ――『雪の声部』と『光の強迫』――

あとがき
略年譜
引用詩一覧




◆本書より◆


「序」より:

「パウル・ツェランはユダヤ系のルーマニア人である。彼はヨーロッパ辺境の、ことにユダヤ人としては当然の、という以上におどろくべきポリグロットであり、フランス語からヘブライ語におよぶ多くの詩人の作品を訳している。また一九四八年からは定住の地をパリに定め、それは一九七〇年春、セーヌ川に入水するまで続いた。
 ラテン系であるルーマニアの言語環境のなかで、ドイツ語を母語とする家庭に育ったとはいえ、ナチズムによって両親を殺害されたツェランが、終生パリの地にあっていわば敵国語であるドイツ語でのみ詩作をつづけたこと。母の使うドイツ語に魅せられていたというマザー・コンプレックス的な心理分析によってその理由を探っても、納得はゆかない。逆にツェランの詩におけるドイツ語の機能の極端な働きからしか、彼の選択の必然性は理解できないであろう。
 第二次世界大戦時、特にヨーロッパに住むユダヤ系の人々が蒙った惨禍についてはすでに多くの報告がある。ツェランの詩において、民族-母胎の絶滅への悼みは、次第にユダヤ教、ユダヤ神秘主義への傾きを増すが、大量虐殺を前提とせざるを得なかった彼の詩は、「死」というその前提を、汎ヨーロッパ、さらには汎人類的な終末観へと拡げてゆく。そしてそれは詩、特にいわゆる抒情詩の近代の歩みを総体として抱えながら、詩の絶滅への途をゆくことになる。」
「いずれにせよ、極度に精密、複雑な、そして否定性につらぬかれたツェランの詩について、それをただ晦渋な迷路とせずに読者に伝達することが、この書で多少ともできていれば、と私は念じている。」



「Ⅰ 二人称への声」より:

「「神は世界の場であるが、世界は神の場ではない」(中略)とタルムードには言われている。そのように世界そのものでありながら世界を超える超越者の、いわば正統の子としてのイスラエルは当然に孤独である。「イスラエルは世界の場であるが、世界はイスラエルの場ではない」と、地球人が、つまりヨーロッパが、解するとき、イスラエルは地球を超えつつ孤立する。そしてその対立をよそに地球はこの詩集(引用者注: ネリー・ザックス『星の蝕』)の題名が示す通り、蝕に入っている。」

「ツェランの詩はたえず「きみ」への問いかけであり、愛語であり、迫りであり、呪詛であり、「きみ」は「私」と関数的に対応しながら、愛人となり、犠牲者となり、神となり、主となりイエスとなり、イスラエルとなる。しかも、たえずそのすべてを含む。そして、眼にみえずに、というのは、現に生起しまた生起しつつある災厄のすべてをさらに嚥みこむように遍満する大洪水(ジントフルート)のさなかに、投ぜられるこれらの「通信壜」は、難破した者が同じく難破したであろう未知の相手に向けて、伝達の期待を託する、封ぜられたモノローグのようでいながら、その壜の一つ一つに大きな対話の相手をとりこめている。ツェランが講演『メリディアン』で用いた通信壜の比喩は、もとマンデリシュタムの詩論「対話者について」から、そのまま取られている。」

「ツェランは、(中略)たぐい稀に多国語的であり、いわば超ドイツ語的である。」
「ルーマニア生まれの、(中略)しかもユダヤ出自の人として当然な、という以上に極度のポリグロットであったツェラン、古語、稀語、術語を駆使し、いたるところにアナグラムや言葉遊びの穽をしつらえ――それはしばしば詩解釈にとって決定的な因子をふくむ――、しかもそれらが、多義的なままに精密きわまる構造をもっているツェランその人の詩を何とかして日本語で論じなければならないのだ。
 遺伝子情報の集りのような、集積回路のような(中略)ツェランの詩は、多義的な単語の意味層のどれを取るかで様相を変える。句読点一つが、リズムに対してという以上に意味上の、慎重な読みを要求し、詩の構造がときとして、そこに現に置かれているコンマの消去を求める場合すらある。しかも詩と詩、詩集と詩集相互のあいだの網構造は、そのどの詩を取っても連鎖反応をよびおこさずにはいない。そしてそれらの技法は、詩を、つまりは言語を存立させる最後の拠りどころとしてある。」



「Ⅱ 非在のテクストへ」より:

「「ただ、ときおり、逆立ちして歩けないのが彼には不快だった。」この、ビュヒナー作中のレンツの想いをツェランは「逆立ちして歩く者は、空を奈落として足もとに持つ」とパラフレーズしている。
 蒼穹への墜落・投身の幻覚、欲望、恐怖は、たとえれば梶井基次郎の「蒼穹」を挙げるまでもなく、ある程度普遍的な心理だ。私も四十代のはじめ、空に落ちるのが怖くて、ベッドの脚にしがみついたり、砂浜にせめて首までからだを埋めて擬似無重力状態のパニックから逃れようとした記憶がある。一、二年のあいだそういう症候が間歇的におこった。
 レンツ→ビュヒナーを経てのツェランの倒立願望は、『息の転回』からのちも、たとえばマストを地上に向けて空をゆく逆さ船などの表象となってつづいている。そしてビュヒナーの「レンツ」への感動を、私は今思いおこしている。ここにはくわしく書けないが、あの透明な世界のなかのさまざまな凶気を。一つだけ書いておく。「レンツ」の終行近く、「こうして彼は生きていった」と、ツェランの「わたしは泳ぐ、わたしは泳ぐ」(『糸の太陽たち』V・6)との、私のなかでの共鳴を。」

「この(引用者注: 『息の転回』の)第Ⅰ部は次のようにはじまる。ここでも終行は Blatt (葉)一語による名詞止めである。

   かまわずに、わたしを
   雪でもてなしてください、――
   肩と肩をふれあわせ、ぼくが
   桑の木といっしょに夏を通って歩く、
   そのたびに桑のいちばん新しい葉が
   さけんだ。

 摘まれても摘まれても生じてくる(中略)桑の葉は、もうかまわずに(平然、泰然という意の getrost は、 Trost (なぐさめ)から来ている)、雪でわたしを殺してくれとたのむ。
 ルカ17章6では、イエスが「もし、からしの種ひとつぶほどの信仰があるなら、この桑の木に、『抜け出して海に植(う)われ』と言っても、その言葉どおりになるだろう」と使徒たちに言う。これは神としもべの絶対の随順関係だが、ツェランの晩夏の桑は、早く、早く、雪=死に会わせよ、とさけびをくりかえすのだ。
 ここに「イエス」は介在せず、むしろツェランの植物相(フロラ)への同化か、その上での共死へのねがいがある。そして「雪」は、この詩にいたるまでの雪、氷の系を、あらためてはじめ、それはこの第Ⅰ部の終りの「ほとばしるあなたの光の風に焼灼され」へと弧をかけわたしていて、大きく見れば遺稿詩集『雪の声部』(一九七一)へつづいている。」

「「わたし」はゴーレムを創るラビ・レーヴのように塔にこもる。いや、アダム、あるいはゴーレムを創るべき泥をみずから嚥む。もはや遺灰を嚥むのではない。ツェランが試みてきた再生は、奇怪な原素材との、闇冥との、合一の行為となって、あえて言えば原人アダム・カドモンとして終るようである。」


















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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