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塚本邦雄 『雪月花』

塚本邦雄 
『雪月花 
絶唱交響』


読売新聞社 
昭和51年3月10日 第1刷
352p 
20.5×15.5cm 
丸背紙装上製本 貼函 
定価3,000円
装幀: 政田岑生



良経・家隆・定家の和歌に自作の「翻案詩歌」を配した本書は、立原道造が新古今歌人を本歌取りして詩篇をものした顰みに倣ったとおぼしいですが(定家「あぢきなくつらき嵐のこゑも憂しなど夕ぐれに待ち習ひけむ」→道造「その道は銀の道 私らは行くであらう/ひとりはなれ……(ひとりはひとりを/夕ぐれになぜ待つことをおぼえたか)」等)、詩風としては入澤康夫に近いのではないでしょうか。とはいえ、「イエス」に「パンドラ」に「アルファ・ロメオ」、「エミリーの薔薇」から「ルナ・ロッサ」まで登場する「翻案詩歌」はいっそ痛快ではあるものの、これを「詩」として高く評価するわけにはいかないのが残念です。
正字・正かな。


塚本邦雄 雪月花 01


帯文:

「良經・家隆・定家 名作選
新古今時代を代表する男性歌人三名の、華やかに寂しく、かつ凄じい秀歌、絶唱を選び、詩歌の秘奧を探る。
春の花 秋の月にも 殘りける 心のはては 雪の夕暮 〈秋篠月清集〉」



塚本邦雄 雪月花 02


目次:

雪月花 絶唱交響

雪の卷 後京極攝政太上大臣
月の卷 從二位家隆
花の卷 權中納言定家




塚本邦雄 雪月花 03



◆本書収録歌◆
(各歌人の経歴は各章の冒頭に掲げられているものです。字体は新字体に直しました。)


藤原良経
嘉応元1169~建永元1206 三十八歳。摂政太上大臣従一位。後京極摂政、中御門殿と呼ばれ、別号に式部史生、秋篠月清、南海漁夫、西洞隠士あり。家集「秋篠月清集」1618首。千載初出、新古今入撰79首、新勅撰入撰36首。

散る花も世を浮雲となりにけりむなしき空をうつす池水
明方の深山(みやま)の春の風さびて心くだけと散る桜かな
三日月の秋ほのめかす夕暮は心に荻(をぎ)の風ぞこたふる
月宿る野路(のぢ)の旅寝の笹枕(ささまくら)いつ忘るべき夜はの景色ぞ
月だにもなぐさめがたき秋の夜の心も知らぬ松の風かな
ただ今ぞかへると告げてゆく雁を心におくる春の曙
のちの世をこの世に見るぞあはれなるおのが火串(ほぐし)を待つにつけても
志賀の浦梢にかよふ松風は冰に残るさざなみの声
恋ひ死なむ身ぞといひしを忘れずばこなたの空の雲をだに見よ
友と見よ鳴尾に立てる一つ松夜な夜なわれもさて過ぐる身ぞ
春の花秋の月にも残りける心の果ては雪の夕暮れふるさとは浅茅がすゑになりはてて月に残れる人の面影
難波潟まだうら若き蘆の葉をいつかは舟の分けわびなまし
朝な朝な雪のみ山に鳴く鳥の声におどろく人のなきかな
夢の世に月日はかなく明け暮れてまたは得がたき身をいかにせむ
見ぬ世まで思ひ残さぬながめより昔に霞む春の曙
夏草のもとも払はぬふるさとに露より上を風かよふなり
手にならす夏の扇と思へどもただ秋風のすみかなりけり
はかなしや荒れたる宿のうたた寝に稲妻かよふ手枕(たまくら)の露
もの思はでかかる露やは袖におくながめてけりな秋の夕暮
心には見ぬ昔こそうかびけれ月にながむる広沢の池
見し秋をなにに残さむ草の原一つに変る野辺の景色に
忘れずよほのぼの人を三島江の黄昏なりし葦の迷ひに
幾夜われ波にしをれて貴船川袖に玉散るもの思hるあむ
生けらばと誓ふその日もなほ来ずばあたりの雲をわれとながめよ
ありし夜の袖の移り香消え果ててまた逢ふまでの形見だになし
月やそれほの見し人の面影をしのびかへせば有明の空
恋しとは便りにつけて言ひやりき年は還りぬ人は帰らず
いつも聞くものとや人の思hるあむ来ぬ夕暮の松風の声
時しもあれ空飛ぶ鳥の一声も思ふ方より来てや鳴くらむ
この頃の心の底をよそに見ば鹿鳴く野辺の秋の夕暮
深き江に今日たてそむる澪標涙に朽ちむ印だにせよ
またも来む秋をたのむの雁だにも鳴きてぞ帰る春の曙
雨はるる軒の雫に影見えて菖蒲(あやめ)にすがる夏の夜の月
月宿す露のよすがに秋暮れてたのみし庭は枯野なりけり
恋ひ死なむわが世の果てに似たるかなかひなく迷ふ夕暮の雲
月のすむ都は昔まよひ出でぬ幾夜か暗き道をめぐらむ
冬の夢の驚きはつる曙に春のうつつのまづ見ゆるかな
帰る雁雲のいづこになりぬらむ常世(とこよ)の方の春の曙
秋風の紫くだく草むらに時うしなへる袖ぞつゆけき
帰る雁は今はの心有明に月と花との名こそ惜しけれ
橘の花散る里の夕暮に忘れそめぬる春の曙
いさり火の昔の光ほの見えて蘆屋の里に飛ぶ蛍かな
おしなべて思ひしことのかずかずになほ色まさる秋の夕暮
われかくて寝ぬ夜のはてをながむともたれかは知らむ有明の頃
三島江や茂りはてぬる蘆の根の一夜(ひとよ)は春をへだて来にけり
嵐吹く空にみだるる雪の夜に冰ぞむすぶ夢はむすばず
おのづから心に秋もありぬべし卯の花月夜うちながめつつ
うちしめり菖蒲(あやめ)ぞかをるほととぎす鳴くや五月(さつき)の雨の夕暮
それもなほ心のはてはありぬべし月見ぬ秋の塩竈の浦

藤原家隆
保元三1158~嘉禎三1237 八十歳。非参議従二位本名雅隆、法名仏性。別称壬生二位。家集「壬二集」(玉吟集)2895首。千載初出、新古今入撰43首、新勅撰入撰43首。

春風に下ゆく波のかず見えて残るともなき薄冰かな
思ふどちそことも知らず行き暮れぬ花の宿かせ野辺の鶯
霞たつ末の松山ほのぼのと浪にはなるる横雲の空
いかにまた秋は夕べとながめきて花に霜おく野辺の曙
風吹かば峰にわかるる雲をだにありしなごりの形見とも見よ
時しもあれ悲しかりける心かな秋の夕べに人は忘れず
思ひやるながめも今は絶えねとや心をうづむ夕暮の空
富士の嶺(ね)の煙(けぶり)もなほぞたち昇る上なきものは思ひなりけり
谷川のうちいづる波も声立てつ鶯誘へ春の山風
梅が香に昔をとへば春の月こたへぬかげぞ袖にうつれる
誰(た)が秋にあらぬ光を宿し来て月よ涙に袖濡らすらむ
逢ふとみてことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れ形見や
契らねど一夜(ひとよ)は過ぎぬ清見潟波に別るるあかつきの雲
時も時それかあらぬかほととぎす去年(こぞ)の五月(さつき)の黄昏の声
身に近くならす扇も楢の葉の下吹く風に行方知らずも
唐衣(からごろも)日も夕暮の空の色曇らば曇れ待つ人もなし
思へども人の心の浅茅生(あさぢふ)におきまよふ霜のあへず消ぬべし
時しもあれなどあながちにつらからむ秋は夕暮月は有明
入るまでに月はながめつ稲妻の光の間にももの思ふ身の
ますらをが端山(はやま)の照射(ともし)影消えて知るは命や有明の月
昨日だに訪はむと思ひし津ノ国の生田の森に秋は来にけり
露や花花や露なる秋くれば野原に咲きて風に散るらむ
夜もすがら重ねし袖は白露のよそにぞうつる月草の花
清見潟波も袂も一つにて見し面影をよする月影
月もいかに須磨の関守ながむらむ夢は千鳥の声にまかせて
はかなしな水の浜松おのづから見え来し夢の波の通ひ路
三日月の秋ほのめかす夕暮をさやかになのる荻の上風
天の原空行く月や契りけむ暮るれば白き夕顔の花
秋ふかき閨の扇もあはれなり誰(た)が手にふれて忘れ来ぬらむ
花はさぞ色なき露の光さへ心にうつる秋の夕暮
白波に騒ぐ沢辺の水鳥も玉散るばかりものやかなしき
つれなさの心くらべも今日よりはわが身によわる夕暮の空
たまきはる命をあだに行く舟のあはれはかなき波の上かな
誰(た)がなかに遠ざかりゆく玉章(たまづさ)の果ては絶えぬる春の雁がね
旅寝する花の木蔭におどろけば夢ながら散る山桜かな
待つ人のくもる契りもあるものを夕暮あさき花の色かな
さくらばな夢かうつつか白雲の絶えてゆれなき峰の春風
明けばまた越ゆべき山の嶺なれや空行く月のすゑの白雲
近き音も仄かに聞くぞあはれなるわが世ふけゆく山ほととぎす
しるべせよおくる心の帰るさも月の道吹く秋の山風
なか絶えし身を宇治橋の河千鳥ふかき霜夜の跡も儚し
ながめつつ思ふも寂し久方の月の都の明方の空
夏果てて誰が山の端におきすつる秋の扇と見ゆる月影
ふるさとを思ひあかしの波枕袖の冰に千鳥鳴くなり
志賀の浦や遠ざかり行く波間より凍りて出づる有明の月
たのまずようつろふ色の秋風にいざ本荒(もとあら)の萩の上の露
恨みてもこころづから思ひかな移ろふ花に春の夕暮
思ひ入る身は深草の秋の露たのめしすゑやこがらしの風
篠原や知らぬ野中の仮枕待つもひとりの秋風の声
うきまくら波に波敷く袖の上に月ぞかさなる馴れし面影

藤原定家
応保二1162~仁治二1241 八十歳。権中納言正二位。天福元年七十二歳出家、法名明静 居所と官位にちなみ冷泉中将(侍従、宰相)京極中納言(黄門)の別称あり。家集「拾遺愚草」3752首。千載初出、新古今入撰46首、新勅撰入撰15首。

これやさは空に満つなる恋ならむ思ひたつよりくゆる煙(けぶり)よ
花の散る行方をだにも隔てつつ霞の外に過ぐる春かな
五月雨の雲のあなたを行く月のあはれ残せとかをる橘
これもこれ浮世の色をあぢきなく秋の野原の花の上露
暮れて行く形見に残る月にさへあらぬ光をそふる秋かな
昔思ふねざめの空に過ぎにけむ行方も知らぬ月の光の
年経れど心の春はよそながらながめ馴れぬる曙の空
月影のあはれをつくす春の夜にのこりおほくもかすむ空かな
まどろむと思ひも果てぬ夢路よりうつつにつづく初雁の声
行く秋のしぐれも果てぬ夕まぐれなにに分くべき形見なるらむ
しきたへの枕ながるる牀の上にせきとめがたく人ぞ恋しき
かへるさのものとや人のながむらむ待つ夜ながらの有明の月
散らば散れ露分けゆかむ萩原や濡れてののちの花の形見に
香をとめし榊の声にさ夜更けて身にしみ果つる明星(あかぼし)の空
かすみあへずなほ降る雪に空とぢて春ものふかき埋火のもと
唐衣(からごろも)裾野の庵の旅枕袖より鴫の立つここちする
かつ惜しむながめもうつる庭の色よ何を梢の冬に残さむ
夢かさは野辺の千草のおもかげはほのぼのなびく薄(すすき)ばかりや
一年(ひととせ)をながめつくせる朝戸出にうす雪こほるさびしさの果て
かはれただ別るる道の野辺の露いのちにむかふものは思はじ
こころさへまたよそ人になりはてばなにかなごりの夢の通ひ路
ふるさとを出でしにまさる涙かな嵐の枕夢に別れて
忘れずば馴れし袖もや凍るらむ寝ぬ夜の牀の霜のさむしろ
春の色を飛火(とぶひ)の野守尋ぬれど二葉の若菜雪も消えあへず
ほととぎす何をよすがにたのめとて花橘の散り果てぬらむ
いかにせむつら乱れにし雁がねのたちども知らぬ秋の心を
天の川八十瀬(やそせ)も知らぬ五月雨(さみだれ)に思ふも深き雲のみをかな
さを鹿の鳴く音のかぎり尽してもいかが心に秋の夕暮
幾秋を千千にくだけて過ぎぬらむわが身一つを月に憂へて
玉くしげ明くれば夢の二見潟二人や袖の浪に朽ちなむ
いかにせむ浦の初島はつかなるうつつの後は夢をだに見ず
袖の浦かりに宿りし月草の濡れての後もなほやたのまむ
誰(た)がかたによる鳴く雁の音にたてて涙うつろふ武蔵野の原
さゆりばの知られぬ恋もあるものを身より余りてゆく蛍かな
夢といへどいやはるかなる春の夜に迷ふ直路(ただぢ)は見てもたのまず
わが恋よ何にかかれるいのちとて逢はぬ月日の空に過ぐらむ
おきわびぬ長き夜あかぬ黒髪の袖にこぼるる露みだれつつ
風かよふ花のかがみは曇りつつ春をぞかぞふ庭の矼(いしばし)
面影のひかふる方にかへりみる都の山は月繊くして
霜まよふ空にしをれし雁がねの帰るつばさに春雨ぞ降る
わくらばにとはれし人も昔にてそれより庭の跡は絶えにき
秋を経て昔はとほきおほぞらにわが身一つのもとの月影
われぞあらぬ鶯誘ふ花の香は今も昔の春の曙
立ちなれし飛火の野守おのれさへ霞にたどる春の曙
須磨の浦藻塩の枕とふ蛍仮寝の枕侘ぶと告げこせ
秋といへど木の葉も知らぬ初風にわれのみもろき袖の白玉
さざなみや鳰(にほ)の浦風夢絶えて夜渡る月に秋の舟人
袖に吹けさぞな旅寝の夢も見じ思ふ方より通ふ浦風
今はとて鴫も立つなり秋の夜の思ひの底に露は残りて
行き帰る果てはわが身の年月を涙も秋も今日はとまらず



塚本邦雄 雪月花 04



◆本書より◆


「雪の卷」より:

「春の花秋の月にも殘りける心の果ては雪の夕暮

雪は魂
月は心よ
花こそは肉
さかりの時を
つかのまに
經りにし
われの
悔しけれ
月の光の雫
手にむすべば
面影やどす
それも幻
夢の果
消(け)ぬる魂
ただよふ心
しをるるは肉
ふらばふれ
照り翳れ
滅びよ

 春の花、秋の月、冬の雪、三位一體となる天地の華麗莊、駘蕩閑寂、自然美の極致をして愛され惜まれて来た。「花月百首」を主催した良經の心奧に、この凄まじい、しかも靜かな達觀がひそんでゐたことを思ふべきだらう。彼の歌心と調べは正に光と影、常に至妙に照應するがこの雪月花においても、上三句は花月の主題を朗朗と歌ひつつ次第に心の世界に暗轉し、一見絶え入るやうに見えながら、なめらかに下句に流れ入る。流れ入つた心詞に止めを刺すやうにしかも朧に雪が据ゑられ、一首の中心はここに移つて更に無の次元に溶けて行く。「殘りにける。心の果て」といふ句跨りの、漸弱音の味はひは比類がない。下手が眞似れば間延びがして目も當てられまい。それゆゑ一首にはつひに切目、息入れの箇處は見當らず、絶えようとしながら續く、深いうねりはそのまま作者の心の軌跡であらう。「心の果ては雪の夕暮」この潤んだ諦觀は儚げに見えて強い。詩人としての澄み徹つた強さだ。」



「月の卷」より:

「たまきはる命をあだに行く舟のあはれはかなき波の上かな

波の下にも王國がある
信じない人には
夏の朝渦潮が金に光り
船が恍惚として
吸ひこまれてゆく姿が
決して見えない
波の上に老いゆく人よ
一適の葡萄酒は
なぜ海に注がれるのか
王國の煌めく夜
新しい死者達のための
薔薇色の洗禮を
蒼い藻の隙間に見よう
王國は誘はない
しかし決して拒まない
仄かな船酔ひは
あの一滴の酒のせゐだ
唇を閉じた神が
はるかな沖に奔り去る

 草枕、笹枕の旅は、一夜を明かすのももの憂く侘しい程度で濟まうが、水の上は更に危險が伴ふ。荒波の上を沖へ遠ざかる舟の影、暗礁を越え嵐を冒して、あの波枕に安らかな日はあるのだらうか。明日あの舟は、舟人は生きながらへてゐるだらうか。數數の難破哀話が腦裏を去來する。それでも舟は行く。行かねばならぬ。何ものかの誘ふままに、あるひは生活のために、あるひは命ぜられるままに、たとへ命をあだにしててでも。この時「たまきはる」は枕詞の慣用といふ意味を越えて、命の尊さと愛(かな)しさを傳へる。「あはれはかなき」なるいささか過剰とも思はれる詠歎にも、波の上に見え隱れする舟の姿が浮んで來る。「あはれ、はかなき波の上の舟かな」ではなく「波の上かな」とした結句ゆゑに、かなしみは遙かな空間に漂ひ、この一首に擴がりを持たせる。作家が見るのは單に眼前の一隻の舟ではなく、舟を人を命をむざと奪ふかも知れぬ海、むごい自然であつた。」



「跋」より:

「雪月花=絶唱交響」には三人の歌各百首を選して、その中各五十首に解説と翻案詩歌を附した。創作詩形式は、あくまでも活字印刷の美的效果を恃み、幾何學的形象の創意整備に腐心した。正三角形、逆三角形、二等邊三角形對置、菱形、梯形、墓標林立、蜘蛛手樣、蕨手風と趣向を凝らし、あるひは七言絶句寫し、連歌擬き、古歌招魂、現代フリー・ヴァース調と各首各樣に疎句の面影づけを試みた。
 決して新奇を衒つたつもりも空前の試作を示すつもりもさらさらない。そのかみの源順の冒險に比べるなら、まだまだ小心翼翼、暗中模索の域を出ない。十世紀も昔彼が創造した精妙な双六盤、碁盤仕立、天地左右斜四通八達の文字襷、クロスワード・パズルの超絶技巧に、今更ながら深い畏敬の念を覺えつつこれらを記したことである。
 計三百首の選出歌は既往の著書との重複を可能な限り避けた。すなはち、この度の定家作品百首には、既刊「定家百首=良夜爛漫」(河出書房新社)の歌を一首も含まず、また「王朝百首」(文化出版局)中に飾つた良經、家隆、定家の作品もこの著からは除いた。ただ、「戀=六百番歌合『戀』の詞花対位法」(文藝春秋)の中の若干首は重なるものもあるが、解説と譯詞は新しくした。」

「夏もよしつねならぬ身と人はいへたかねに顯(た)ちていかに花月(くわげつ)は  邦雄

昭和五十年七月星会の夕」



※「夏も よしつね ならぬ身と人は いへたか ねに顕ち ていか に花月は」

































































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Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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