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『中国古典文学大系 6 淮南子・説苑(抄)』

「后稷壠は、建木の西にある。そこの人は死んでまた蘇る。その半ばは魚と化してその地方に棲む。」
(『淮南子』 「地形訓」 より)


『中国古典文学大系 6 
淮南子・説苑(抄)』


淮南子
劉安 編
戸川芳郎・木山英雄・沢谷昭次 訳

説苑(抄)
劉向 著
飯倉照平 訳

平凡社
1974年12月20日 初版第1刷発行
1981年5月30日 初版第9刷発行
450p 目次6p 
菊判 丸背バクラム装上製本 貼函
定価2,500円



本書「『説苑』解説」より:

「本訳書は、『説苑』全篇約七百章のうちからおよそ五分の一にあたる百三十六章を抄訳したものである。原書は説話の内容にしたがって二十巻に分類されているが、本訳書では登場人物の時代別・国別に配列がえを試みた。」
「抄訳の基準は、なるべく『説苑』独自のもの、また説話としておもしろいものを採ることにした。他書と一致する説話は、この「中国古典文学大系」未収のもの(中略)を優先した。」



二段組。参考図版6点。『淮南子』は全訳です。

本書はまだよんでいなかったのでアマゾンマケプレでよさそうなのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


淮南子 説苑 01


目次:

淮南子
 原道訓 第一 (木山英雄 訳)
 俶真訓 第二 (木山英雄 訳)
 天文訓 第三 (戸川芳郎 訳)
 地形訓 第四 (戸川芳郎 訳)
 時則訓 第五 (戸川芳郎 訳)
 覧冥訓 第六 (沢谷昭次 訳)
 精神訓 第七 (木山英雄 訳)
 本経訓 第八 (木山英雄 訳)
 主術訓 第九 (木山英雄 訳)
 繆称訓 第十 (戸川芳郎 訳)
 斉俗訓 第十一 (沢谷昭次 訳)
 道応訓 第十二 (木山英雄 訳)
 氾論訓 第十三 (沢谷昭次 訳)
 詮言訓 第十四 (戸川芳郎 訳)
 兵略訓 第十五 (戸川芳郎 訳)
 説山訓 第十六 (戸川芳郎 訳)
 説林訓 第十七 (戸川芳郎 訳)
 人間訓 第十八 (戸川芳郎 訳)
 脩務訓 第十九 (戸川芳郎 訳)
 泰族訓 第二十 (戸川芳郎 訳)
 要略 第二十一 (木山英雄 訳)
 淮南鴻烈解 叙 (高誘) (戸川芳郎 訳)

説苑(抄)
 一 堯・舜・禹
 二 殷
 三 周
 四 魯
 五 孔子
 六 孔門の弟子
 七 斉(一)
 八 斉(二)
 九 斉(三)
 十 晋
 十一 楚
 十二 衛・陳・蔡
 十三 呉・越
 十四 魏
 十五 秦・漢
 十六 雑語

『淮南子』解説 (戸川芳郎)
『説苑』解説 (飯倉照平)
『説苑』原書の篇次による索引



淮南子 説苑 02



◆本書より◆


『淮南子』より:


「俶真訓」より:

「始めがあり、始めの始めがあり、始めの始めの始めがある。有があり、無があり、無の無があり、無の無の無がある。
 始めとは、鬱気(うつき)がたちこめてまだはじけず、芽ぶき萌え出ようとしてまだ形体をなさず、もやもやわらわらと今にも発生しそうで、なお物類をなすに至らぬこと。始めの始めとは、まさに天気あまくだり、地気のぼりたって、陰と陽がさしちがえ、混ざり合ってくまなく宇宙に行きわたり、徳をよろい和を含んでむらがりせめぎつつ、何かを求めているが、なおきざしをもよおすに至らぬこと。始めの始めの始めとは、天地は各個に気を孕(はら)んで、互いにあまくだりのぼりたつに至らず、がらんとひろがり、しんしんとさびれ、おぼろげな気配すらなく、気はむなしく抜けわたって、ついに冥冥(めいめい)に達していること。
 有とは、万物さかんにむらがり、根となく茎となく、枝となく葉となく、青葉若葉に日の光とばかりに栄え、飛ぶ虫といい這(は)う虫といい、足で行くものといい嘴(くちばし)で息するものといい、つぶさに触れも摑(つか)みもできるように、ありていに個物をなしているさま。無とは、形は見えず、音は聞こえず、つまんでも手ごたえがなく、眺めわたしても際限がなく、あれよあれよとばかり広大であり、忖度(そんたく)計量の埓(らち)を越え、ついに光耀(こうよう)に達したさま。無の無とは、天地を包み、万物を捏(こ)ねきたえ、ついに混冥に達し、余りに広大で何物も其の外に出られず、また余りに微細で何物もその内に入れず、実地には如何(いか)なる居所も占めなくてしかも有無の根源を生むさま。無の無の無とは、天地・陰陽・四時・万物がまだ分化し発生するに至らず、水を湛(たた)えたように静まり澄みきっていて、たれにも形が見えぬさま。さていみじくも、かの光耀が無有と問答したあとで、茫(ぼう)然とうち嘆いたとおりである。「わたしは有の無に達することはできたが、無の無にはとどかぬ。無無の至妙な境地に、どうしたら行きつけるのであろう」と。
 いったい、大地は吾人を形体として上に載せ、生でくるしめ、老いでなぐさめ、死で憩(いこ)わせるのである。すなわち、わが生を堪能(たんのう)するのが、わが死を堪能するみちである。(中略)物とはまことにおおまかなものである。たまたま人の形に生まれたといっては喜んでいるが、人なるものとて、千変万化してどこにとどめをさすとも知れぬのだ。弱りきってはまた蘇(よみが)える、そこに無限の楽しみがあろうでないか。たとえば、夢で空の鳥や水底の魚になったとき、夢の中では夢に気づかず、醒(さ)めてようやく夢に気づくように、やがてはより大きな目醒めが訪れて、そのときようやく今という大きな夢に気づくだろう。かつて未生以前に、どうして生の楽しさが予知できたろう。まだ死にもせぬ今、どうして死の楽しさが予知できるだろう。むかし、公牛哀(こうぎゅうあい)は変化の病に罹(かか)って七日目に虎(とら)になり、兄が戸口から様子をのぞきに入ると、とびかかって殺してしまった。さても、模様が獣となり、爪牙(そうが)とも生えかわるに及んで、気志は心肝につれ、精神は形体につれて変化をとげたのだ。虎になれば人であったことを忘れ、人になれば虎であったことがわからない。両者つぎつぎに背馳(はいち)して、成りかわったものを楽しむばかり。狡猾(こうかつ)とか愚鈍とかの差異こそあれ、いずれが是であるか非であるかは、さだむべき端緒すらつかめない。いったい、水は冬には凝って氷となり、春には融(と)けて水となる。氷と水は互いに移り替わり、くるくる環(わ)を描き続けて、はたしていずれが苦であるか楽であるか、そもそも考えることができない。」

「いったい、人が世間にとらわれていると、必ず形体はしばられ、神気は洩れ、さて虚疾(きょしつ)(神気むなしく身体衰弱する病)を免れぬ。己れがしばられるということは、運命を外に預けることである。
 至徳の世では、あやめわかたぬ混沌の中に寝くたれて、天地万物をぶらりと放り出し、東(ひんがし)の野の陽炎(かぎろい)を日時計に見立てては、境界を絶した彼方に浮游(ゆう)したものだ。さてこそ、聖人は、陰陽の気を呼吸し、生きとし生けるものは、なびくが如くに徳を仰いでことごとく心服する。それは、如何(いか)なる管理を加えるまでもなく、暗々のうちに按排(あんばい)がきまって、おのずから円満成就する時代であった。渾々(こんこん)然として、純樸(ぼく)はまだ拡散せずにあり、壮大な一をなしつつ、万物は満ち足りていた。」
「いったい、世間が性命の自然を失うに至った次第は、順を追ってかくまでなり果てたのであって、実に久しい由来が存するのだ。さてこそ、聖人の学問は、性を原初に返し心を虚無に遊ばせようとするのである。達人の学問は、性を遼遠(りょうえん)の彼方につなぎ寂漠の境に目醒めようとするのである。しかるに俗世の学問などは、そうでない。徳や性をむしり去って、内では五臓を痛め外では耳目を労し、さて事物の末梢(しょう)をこねくり、仁義礼楽をふりかざすに至り、これ見よがしに立ちはたらき智をひけらかして、世に名声を馳せるのである。これ、吾人の羞(は)じてなさぬところである。さてこそ、天下をわがものとするよりは、心たのしむのがよい。心たのしむよりは、万物の窮極にさまよい、有と無の境に貫通するのがよい。さてこそ、世を挙げての賞美にも、はた非難にもいっこう動ぜず、死生・栄辱の分かれ目に通達し、たとい大火洪水に天下が覆(おお)われようとも、胸中に神気の欠損を来たしはしないのだ。かかる心には、天下のすべても宙に浮かぶ塵芥(ちりあくた)にすぎぬ。どうして諸物にまみれて千々(ちぢ)に乱れるいとまがあろう。」



「地形訓」より:

「孟諸(もうしょ)は、沛(はい)郡にある。少室山と太室山とは、冀(き)州にある。燭竜は、鴈門(がんもん)の北にあって、委羽(いう)山に蔽(さえぎ)られて、日が見えない。その神は、人面竜身で足がない。后稷壠(こうしょくづか)は、建木の西にある。そこの人は死んでまた蘇(よみがえ)る。その半ばは魚と化してその地方に棲む。流黄沃(りゅうこうよく)の民は、その北方三百里にいる。狗(く)国は、その東にある。雷沢には神がいて、人頭竜身で、腹つづみをうって戯(たわむ)れる。」


「説山訓」より:

「子を嫁にやる人があって、その子に教えていうよう、「お前、行くんだよ、達者でね。できるだけ善行などするんじゃありませんよ」
と。子が問う、
 「善を行なわないとすれば、それじゃ不善を行なうのですか」
と。その人こたえるのに、
 「善行すらもやっちゃいけないんだよ、不善などとんでもない」
と。これが、天器を保全することなのである。」



「説山訓」注より:

「天器 それぞれ天から賦与された本性。天性の善器。」


「説林訓」より:

「一時代の度(基準)をもちいて、天下を制治しようとするのは、譬えてみれば、舟に乗って流れの途中で、自分の剣をおとした客が、あわててその舷側(ふなばた)の板に目印(じるし)をきざんで、日ぐれに岸に近づいてから〔その目印の下を〕捜す、といったようなもの。物の関連をわきまえないこと、この上なしだ。」

「足のふんでいる範囲はわずかなもの、だが足のふまない余地があってこそ歩行できる。智の知りうる範囲はせまいもの、だが知のおよばない未知があってこそ聡明になるのだ。」

「鳥は飛んで郷(くに)(故(ふる)巣)にもどり、兎は走って窟(あな)に帰り、狐は〔巣のある〕丘に頭をむけて死に、寒将(かんしょう)(水鳥の一種)は〔空中低く〕水上を翔(か)ける。それぞれ自分の生まれた場所に愛着するのだ。」

「殤死(わかじに)する子ほど長寿なものはなく、したがって彭祖(ほうそ)は夭折(ようせつ)ということになろう。」

「葉が落とされるのは、風が揺るがすからだ。水が濁ってゆくのは、魚がかき撓(みだ)すからだ。」

「兎糸(とし)(ねなしかずら)は、根がなくて生育し、蛇は、足がなくて走行し、魚は、耳がなくて音をききわけ、蟬(せみ)は、口がなくて鳴く。そうさせる何かがあるのだ。」

「明月(めいげつ)の珠(真珠)は、蠬(あこや貝)の病巣であるが、われわれの利益。虎の爪や象牙は、動物自身の利器であるが、われわれの害となるもの。」



「人間訓」より:

「近ごろ、辺境の塞(とりで)の近くにすむ人に、占いの術にたくみな人がいた。その人の馬が、原因もないのに逃げだして胡(えびす)の地へいってしまった。人はみな慰めに見舞った。父親がいうのに、
 「なに、この災難がきっと幸福になろうよ」
と。そのまま数ヵ月たって、その逃げた馬が、胡地に産する駿馬(しゅんめ)を引きつれて帰ってきた。だれもみんな祝った。その父親は、
 「いや、これがきっと災難のたねになろうよ」
といった。家はかくて良馬にめぐまれた。子どもは馬を乗りまわすのが好きだったが、あるとき落馬して股(もも)の骨を折ってしまった。人はみなこれを見舞った、ところが父親は、
 「なに、この災難が幸運になろうとも」
といった。こうして一年たつうちに、胡(えびす)の軍が大ぜい辺塞(さい)に攻めこんできた。若者たちは弦(げん)(弓づる)を控(は)って防戦したが、塞(とりで)のほとりの人は、十人ちゅう九人まで戦死した。ところが、この股を骨折した若者だけは、跛(びっこ)だという理由で〔戦いにも加えられず〕、父子ともども生命を全うできたのだ。」



「脩務訓」より:

「その昔、晋(しん)の平公は楽官に鐘(しょう)(楽器の一つ)をつくらせた。鐘ができあがったので師曠(しこう)(音律を聴きわける盲人)にためしてもらうと、師曠は、
 「調子があっておりません」
という。平公は、
 「寡人(わたくし)から工人にためさせたところ、だれもが調子は合っているというのに、きみは合っていないと考えるのはどうしてかい」
と。師曠は、
 「後世にわたって音を聞きわける者がでなければそれまでですが、もし音を知る者がでたならば、きっとこの鐘の調子の合わないことを聞きわけるでしょう」
と。」



『説苑』より:

「堯(ぎょう)は、天下のために心をつかい、貧しい人々に関心をよせていた。人民が罪(つみ)せられることを苦痛に思い、すべての生物が生を全うできないことを悲しんだ。一人でも飢えた者がいると、『わたしが飢えさせたのだ』と言った。一人でも凍えた者がいると、『わたしが凍えさせたのだ』と言った。一人でも罪をおかした者がいると、『わたしがそこへ落とし入れたのだ』と言った。」





















































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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