塚本邦雄 『定家百首 良夜爛漫』

「定家は現代歌人の中に生き、その背後に立つて二六時中「花も紅葉もなかりけり」と呪ふ、避けて通ることのできない存在であり、定型詩の業(ごふ)そのものであらう。」
(塚本邦雄 「藤原定家論」 より)


塚本邦雄 
『定家百首 
良夜爛漫』


河出書房新社 
昭和48年6月25日 印刷
昭和48年6月30日 発行
257p 
四六判 
角背布装上製本 貼函 
定価1,000円

付録: 年代順制作歌数一覧



本書より:

「ここには定家家集から百首を撰出、略その編纂順に列記鑑賞を試みた。(中略)新古今選出作品で既に評價の定著したと思はれるものには、さらに假説と獨斷の辭をほしいままにし、かつ壯年期の所謂「達磨歌」については、その必然性、正當性に意識して頁を割いた。」
「抄譯は、新古今に撰出されたいはゆる名歌は一應最小限にとどめ、古來『拾遺愚草』の中で眠りつづけてゐると覺しい秀作を總浚へすることに意を用ゐた。」



正字・正かな。
本書は1984年に河出文庫の一冊として再刊されています。


塚本邦雄 定家百首 01


帯文:

「藤原定家の全作品四千数百首の中から選びぬいた秀歌百首を、定家の詩的血脈を継ぐ現代短歌の鬼才・塚本邦雄が、研ぎ澄まされた言語感覚と、現代的な審美眼を通して克明に批評し、妖艶きはまる定家和歌の美を味到した斬新ユニークな評釈書!
「藤原定家論」80枚を併せて収録。」



塚本邦雄 定家百首 02


帯背:

「定家和歌の精髄」


目次:

藤原定家論
定家百首




塚本邦雄 定家百首 03



◆定家百首・選出歌一覧◆


『拾遺愚草』三千五百六十四首より ※印新古今入撰歌
 
見渡せば花ももみぢもなかりけり浦のとまやのあきの夕ぐれ ※
あぢきなくつらき嵐のこゑも憂しなど夕ぐれに待ち習ひけむ ※
契りおけ玉まく葛に風吹かばうらみも果てじかへるかりがね ※
かすみ立つ峯のさくらのあさぼらけくれなゐくくる天の川波
さくら花りらぬ梢に風ふれててる日もかをる志賀のやまごえ
あくがれし雪と月との色とめてこずゑに薫るはるのやまかぜ
花の香はかをるばかりを行方とて風よりつらき夕やみのそら
梢よりほかなる花のおもかげもありしつらさのわたる風かな
さむしろやまつよの秋の風ふけて月をかたしくうぢのはし姫 ※
わすれじよ月もあはれと思ひ出でよわが身の後の行末のあき
宿ごとにこころぞみゆるまとゐする花の都のやよひきさらぎ
わきかぬる夢のちぎりに似たるかな夕の空にまがふかげろふ
末とほき若葉のしばふうちなびき雲雀鳴く野のはるの夕ぐれ
くり返し春のいとゆふいくよへて同じみどりの空に見ゆらむ
氷ゐるみるめなぎさのたぐひかはうへおく袖のしたのささ浪
年も経ぬいのるちぎりははつせ山尾上のかねのよその夕ぐれ ※
面影もわかれにかはる鐘のおとにならひ悲しきしののめの空
雲かかりかさなる山をこえもせずへだて増るは明くる日の影
おほかたの露はひるまで別れけるわがそでひとつのこる雫に
足引の山路のあきになる袖はうつろふひとのあらしなりけり
袖ぞ今はをじまの海人もいさりせむほさぬたぐひと思ひけるかな
梅の花にほひを移す袖のうへに軒漏る月の影ぞあらそふ ※
花の香のかすめる月にあくがれて夢もさだかに見えぬ頃かな
しのばじよわれふりすてて行く春のなごりやすらふ雨の夕暮
ぬぎかへてかたみとまらぬ夏衣さてしも花のおもかげぞたつ
いくかへりなれても悲し荻原や末こすかぜのあきのゆふぐれ
駒とめて袖うちはらふかげもなしさののわたりの雪の夕ぐれ ※
浪の音に宇治の里人よるさへや寝てもあやふき夢のうきはし
あかざりしかすみの衣たちこめて袖のなかなる花のおもかげ
さくら色の庭のはる風あともなしとはばぞ人の雪とだに見む ※
久方のなかなる川のうかひ舟いかにちぎりてやみを待つらむ ※
ひとりぬる山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床のつきかげ ※
鳴く千鳥袖のみなとをとひ来かしもろこし船も夜のめざめに
消え侘びぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしのもりの下露 ※
あはれをもあまたにやらぬ花の香の山もほのかに残る三日月
袖のうへも恋ぞつもりてふちとなる人をば峯のよその瀧つ瀬
匂ふより春はくれ行く山ぶきの花こそはなのなかにつけられ
はかなしな夢にゆめみしかげろふのそれもたえぬる中の契は
ふかき夜の花と月とにあかしつつよそにぞ消ゆるはるのともしび
あはれいかに霞も花もなれなれて雲しく谷にかへるうぐひす
しののめのゆふつけ鳥の鳴く声にはじめてうすきせみの羽衣
立ちのぼるみなみの果に雲はあれどてる日くまなき頃の虚(おほぞら)
旅びとの袖ふきかへすあきかぜに夕日さびしき山の梯(かけはし) ※
なぐさめは秋にかぎらぬ空の月はるより後もおもかげの花
三代までに星を戴く年ふりてまくらに落つるあきのはつ霜
大空はうめのにほひに霞みつつくもりもはてぬ春の夜の月 ※
春の夜の夢のうきはしとだえして嶺に別るるよこぐものそら ※
霜まよふそらにしをれし雁が音のかへるつばさに春雨ぞ降る ※
夕暮はいづれの雲のなごりとてはなたちばなに風の吹くらむ ※
うちなびくしげみが下のさゆりばの知られぬほどに通う秋風
いづみ川かは浪清くさす棹のうたかた夏をおのれけちつつ
大淀の浦に刈りほすみるめだにかすみにたえて帰るかりがね
契りおきし末の原野のもとがしはそれもしらじよよその霜枯
思ふこと空しき夢のなか空に絶ゆとも絶ゆなつらきたまの緒
大方の日かげにいとふみな月の空さへをしきとこなつのはな
秋ならで誰もあひ見ぬをみなへしちぎりやおきし星会(ほしあひ)のそら
槙の戸をたたく水鶏のあけぼのに人やあやめの軒のうつりが
山吹の花にせかるるおもひがは浪のちしほはしたにそめつつ
たちばなの花ちる里の夕月夜そらに知られぬかげやのこらむ
かへるさのゆふべはきたに吹く風の浪たてそふる岸のうの花
世の常の雲とは見えず山ざくら今朝やむかしのゆめの面かげ
山のはの月まつ空のにほふより花にそむくるはるのともしび
わすられぬ弥生の空を慕ふとてあを葉ににほふ花の香もなし
時過ぎずかたらひつくせ時鳥(ほととぎす)誰がさみだれのそらおぼれせで
あきはいぬ夕日がくれの峯の松四方のこのはの後もあひ見む
はやせ河みなわさかまき行く浪のとまらぬ秋をなに惜むらむ
この頃の雁のなみだの初しほに色わきそむるみねのまつかぜ
わたつ海や秋なき花の浪風も身にしむころのふきあげのはま
雁がねの鳴きてもいはむ方ぞなきむかしのつらのいまの夕暮
いかにせむ菊の初しもむすぼほれ空にうつろふ秋の日かずを
忘ればやはなに立ちまよふ春がすみそれかとばかり見えし曙
床のしも枕のこほり消え侘びぬむすびもおかぬ人のちぎりに ※
ながめつつまたばと思ふ雲のいろを誰夕暮ときみたのむらむ
白妙のそでのわかれに露おちて身にしむ色のあきかぜぞ吹く ※
やどり来し袂はゆめかとばかりにあらばあふ夜のよその月影
かはる色を誰があさ露にかこちても中のちぎりぞつき草のはな
かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふす程はおも影ぞ立つ ※
思ひ出づる心ぞやがてつきはつるちぎりしそらの入相のかね
おもかげにもしほの烟立ちそひて行く方つらきゆふ霞かな
さやかにも見るべき山は霞みつつ我が身のほかも春の夜の月
玉ゆらのつゆも涙もとどまらずなき人こふるやどのあきかぜ ※
黒髪の長きやみぢも明けぬらむおきまよふ霜のきゆる朝日に
昨日までかをりし花に雨すぎてけさはあらしの玉ゆらのいろ
はまゆふや重なる山の幾重ともいさしら雲のそこのおもかげ
桃の花ながるる色をしるべとて浪にしたがふはるのさかづき
きぎす鳴くかた野のましば宿かりてかすみに馴るる春の夕暮
鳥はくも花はしたがふ色つくてかぜさへいぬる春のくれがた
あくがれぬ花たちばなのにほふ故月にもあらぬうたた寝の空
うたがひし心のあきの風たたばほたるとびかふ空に告げこせ
移香の身にしむばかりちぎるとてあふぎの風のゆくへ尋ねむ
いたづらに春日すくなき一年のたがいつはりに暮るる菅の根
空蝉のゆふべの声はそめかねつまだ青葉なる木木のしたかげ
あかつきはかげよわりゆく燈火に長きおもひぞ一人きえせぬ
風の上に星のひかりはさえながらわざともふらぬ霰(あられ)をぞ聞く
暮ると明くと胸のあたりも燃え尽きぬ夕の蛍夜半のともしび
谷深くうぐひすさそふ春風にまづはなの香や雲に飛ぶらむ
春はいぬ青葉のさくら遅き日にとまるかたみの夕ぐれのはな
風過ぐるかやが下根のつゆばかりほどなき世をや思ひ乱れむ
にほひ来るまくらに寒き梅が香に暗き雨夜の星やいづらむ
尋ね見るつらき心の奥の海よ潮干の潟のいふかひもなし ※




◆本書より◆


「見渡せば花ももみぢもなかりけり浦のとまやのあきの夕ぐれ」より:
 
上卷「二見浦百首」の中、「秋二十首」より。新古今入撰。

  はなやかなものはことごとく消え失せた
  この季節のたそがれ
  彼方に 漁夫の草屋は傾き
  心は非在の境にいざなはれる
  美とは 虚無のまたの名であつたらうか
 
 古來解釋は諸説紛粉、作品價値の判定についても褒貶相半ばする、曰くつきの定家若書の代表作である。『八代集抄』(北村季吟)『美濃の家苞(いへづと)』(本居宣長)『尾張の家苞』(石原正明)等等の甲論乙駁を綜合して、櫻も紅葉も見られぬ海濱の侘しい風景を、ことさらに言外に愛(め)でる心、即ちそこに餘情があると解するのが、最も常識的でかつ穩當な方法であらうが、さらに一歩進めて、そのやうな美さへ空しいと突き放つ、冷やかな美學を想定して然るべきであらう。五句それぞれ、切離して見れば常套的な決り文句に過ぎない。逐語譯を試みるまでもない平易な言葉の配列と一應考へられもしよう。しかしその第三句に「なかりけり」を氷の刃さながらに置いた定家の眞意は、果して侘びを稱揚する程度の生温いものであつたかどうか。
 寂蓮の「眞木立つ山の秋の夕暮」西行の「鴫立つ沢の秋の夕暮」と共に、新古今三夕(さんせき)の聞え高い歌であるが、定家の一首だけは隱岐本(おきぼん)新古今集から削除された。後鳥羽院の眞意についても諸説はあるが、この傲然とした定家の藝術意識に敵意を感じたのであらう。また感じさせずにはおかぬ冷酷さがこの一首には滿ち滿ちてをり、その意味で後鳥羽院もまた最終的には傑れた選者であつた。
 一首の背後には、源氏(明石の卷)の、
 「はるばるとものの滞りなき海面(うみづら)なるに、なかなか春秋の花紅葉の盛りなるよりも、ただそこはかとなう茂れるかげどものなまめかしきに……」
 があり、その影響いちじるしいといふ定説にはさほど拘る必要はない。本歌取りやパロディーの原典探し、比較對照論はあくまで參考、餘談のたぐひに過ぎない。ましてこの場合源氏の嫋嫋とまつはりつくやうなイメージと文體は、定家の切つて棄てる烈しい語調とは正に背反し、むしろ餘情すら拂拭したところにきびしい有心の境が生れたととるべきであらう。また近代に入つてから、ここに詠まれた情景が實景の寫實的表現か、あるひは心象風景の象徴表現かについて論爭まで行はれてゐるが、結果的にも無益なことであり、狹義の寫實主義にわざはひされた俗論として前者の解はかへりみる要もない。そしてさういふ俗論や合理主義的な評釋の立ち入る隙もないところでこの一首の成立してゐることが、とりもなほさず定家の、さらに言ふなら新古今一卷の存在理由なのである。ただ、この歌が、作者二十五歳の客気の産物であることは記憶すべきであり、「二見浦百首にはこれと比肩すべき同一文體の作品がほかに無いことは、むしろ奇異である。代表作に數へられながら、実は定家の例外的な作品であるとも言へる。」



「さやかにも見るべき山は霞みつつ我が身のほかも春の夜の月」より:

「同前(引用者注: 下卷部類歌)、「述懷」より。題「春山月」。

  天にうるむ春の月
  私は一人夜をただよふ
  否
  私を容れて景色がさまよふ
  否
  私をよそに月がかがやく
  山山は濡れた影繪
  もうふたたび
  晴れない 二度と生きて
  晝にかへれない
  さやうなら

 春夜の月は作者の内部を浸し蝕んでゐた。冷やかな毒の微粒子は、生を徐徐に變質させる。山が霞むのではない。月光に狂(ふ)れた眼には山がおぼろにしか見えないのだ。月光に犯されて色を喪つた春の花花、水、樹樹、野、そしてはるかな山脈、それは果して「我が身のほか」なのか、わが身のわかれた影なのか。――また不可思議な幻像を誘ひよせる「ほか」がここにもあらはれる。
 それにしても「ほかも」とは上手の手から洩れた水ではあるまいか。「我が身のほかの春の夜の月」ならば、錯亂(ルナティック)のおそれを秘めてかすむ山を見つめる作者の孤影が、ありありと讀者の瞼にうかぶだらうに。しかしそれはそれ、洩れた水もまた水銀であつた。さやかにも見るべき、また見られるのをつねとした月光が、この歌ではつきりと負の呪物と化した。」





こちらもご参照下さい:

『藤原定家歌集 附 年譜』 佐佐木信綱 校訂 (岩波文庫)
塚本邦雄 『藤原定家 ― 火宅玲瓏』







































































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