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C・G・ユング 『ヨブへの答え』 林道義 訳

「今や人間はもはや自らをちっぽけだとか無に等しいなどと言い逃れすることはできない、なぜなら暗い神が彼に原子爆弾や化学兵器を押しつけ、それによって『黙示録』の怒りの鉢を同胞の上に注ぐ力を与えたからである。」
(C・G・ユング 『ヨブへの答え』 より)


C・G・ユング 
『ヨブへの答え』 
林道義 訳


みすず書房
1988年3月10日 第1刷発行
1992年7月15日 第6刷発行
193p 著者・訳者略歴1p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,854円(本体1,800円)



本書「訳者あとがき」より:

「本訳書の底本は "Antwort auf Hiob", Rascher Verlag, Zurich, 1952 である。ただしラッシャー版全集第一一巻(一九六三年)によって補ったところもある。」


ユング ヨブへの答え


帯文:

「ユダヤ=キリスト教の歴史を貫く人間の心の変容を、意識と無意識のダイナミックなせめぎあいを通して明らかにする。ユングの最高傑作を明快な翻訳でおくる。」


帯背:

「神と人間のドラマ」


カバー裏文:

「旧約聖書の「ヨブ記」は、たえず人々の関心を引きつけてきた。行ないの正しいヨブが、なぜ子供を殺され、財産を失い、不治の病いにかからねばならなかったのか。しかも、サタンの誘いに神がのってヨブを試した結果として。
 ユングの感受性は何よりもまず「ヨブ記」の異様な雰囲気に引き寄せられる。そこでは聖書の中で他に類を見ないことが起こっている。人が神に異を唱え、反抗しているのである。神との確執の中でヨブが見たものは、神の野蛮で恐ろしい悪の側面であった。ヨブは神自身でさえ気づいていない神の暗黒面を意識化したのである。
 ここでユングは独創的な見解を打ち出す。神は人間ヨブが彼を追い越したことをひそかに認め、人間の水準にまで追いつかなければならないことを知った。そこで神は人間に生まれ変わらなければならない、というのだ。ここにイエスの誕生につながる問題がある。旧約と新約の世界にまたがる神と人間のドラマを、意識と無意識のダイナミックなせめぎあいを通して、ユングは雄大に描いている。「ユングの数ある著作の中でも最高傑作」と訳者が呼ぶのも至当であろう。」



目次:

好意的な読者へ

ヨブへの答え

原注
訳注
訳者解説
訳者あとがき




◆本書より◆


「キリストの誕生は歴史的な一回限りの出来事であるにもかかわらず、しかしそれはいつでも永遠に存在し続けているのである。この種の事柄にうとい人にとっては、無時間的な永遠の出来事と一回限りの出来事とが同一であるという観念はつねにしっくりこないものである。しかし彼は次のような考え方に慣れなければならない、すなわち「時間」とは相対的な概念であって、本来は、あらゆる歴史的な現象がバルドないしプレローマにおいては「同時的に」存在しているという概念によって補われるべきだ、という考え方である。プレローマの中に永遠の「範例」として存在しているものは、時間の中に非周期的な反復として・すなわち多くの不規則的な繰り返しとして・現われる。」

「全世界は神のものであり、神は最初から万物の中に存在している。それなら何のために受肉という大芝居が必要なのかと、いぶかしく思われるにちがいない。」
「「神が人となる(引用者注: 「神が人となる」に傍点)」ということは何を意味しているのであろうか。それが意味しているのは神の革命的な変容に他ならない。それはかつての創造に匹敵すること、すなわち神の客観化を意味している。」

「打ち倒され、迫害された者が勝利するのは当然である。なぜならヨブはヤーヴェより道徳的に上に立ったからである。この点では被造物が創造主を追い越していたのである。(中略)ヨブの優位はもはや覆すことのできないものである。その優位によって今や熟慮や反省を本当に必要とする状況が生まれた。それだからこそソフィアが手を貸すのである。彼女は必要な自覚を援助し、それによってヤーヴェが自ら人間になろうとする決断を可能にする。(中略)ヤーヴェは人間にならなければならない、なぜなら彼は人間に不正をなしたからである。義の番人である彼はいかなる不正も償われなければならないことを知っており、また知恵は道徳律が彼をも支配することを知っている。彼の被造物が彼を追い越したからこそ、彼は生まれ変わらなければならないのである。」

「キリストの一生は、神の一生と人間の一生とが同時に生きられるなら、そうなるはずであるという、まさにそのようなものである。それは一つのシンボル(引用者注: 「シンボル」に傍点)、相い異なる性質の合成であり、言うなればヨブとヤーヴェが結合して一つの(引用者注: 「一つの」に傍点)人格になったかのようである。人間になるというヤーヴェの意図はヨブとの確執から生じたものであるが、それがいまキリストの人生と苦悩の中で成就するのである。」




◆感想◆


本書は宗教書ではなくて心理学書でありまして、ヤーヴェ(神)=無意識、ヨブ=意識、キリスト=自己、受肉(神の人間化)=自己実現(個性化)、です。ようするに本書は、ユング心理学における「自己実現」とは何かを、ヨブによって告発された旧約の恐ろしい神(♂)が叡智=ソフィア(♀)の手引きによってキリスト(両性具有)に受肉し愛の神になる、という宗教的〈たとえ話〉によって説明している本であります。
マニ教(二元論)からキリスト教(一元論)に転向したアウグスティヌスは、神は善であり、悪は存在しない、悪とは善の欠如に他ならない、と考えましたが、二元論的なグノーシス主義や錬金術思想の研究に没頭したユングは、神は対立物(善と悪、光と闇等)の結合であると考えました(※)。
アンゲルス・シレジウスは、「ゴルゴタの十字架は、あなたの中にも立てられなければ、あなたを悪から救い出すことはできない」と説きましたが、「悪」の存在を自分自身の問題として認識し、各自がそれぞれ自己実現=個性化しないかぎり、ナチやヒロシマの惨劇はなくならない、というのがユングの預言でありお説教なのではないでしょうか。

※「しかしながら、耳ざわりに感じられるかもしれないが、われわれは場合によっては、一般に知られている道徳的善を避け、自分の倫理的決定が要求するならば、悪と思われていることをなす自由をもっていなければならない。換言すると、われわれは対立するもののどちらにも、善にも悪にも屈服してはならないと再言したい。」(『ユング自伝』より)













































































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