FC2ブログ

『中国古典文学大系 9 世説新語 顔氏家訓』

「このような人間は、とうてい四十歳までは生きられまい」
(『世説新語』 「傷逝篇」 より)


『中国古典文学大系 9 
世説新語 
顔氏家訓』


世説新語
劉義慶 著
森三樹三郎 訳

顔氏家訓
顔之推 著
宇都宮清吉 訳

平凡社
昭和44年4月12日 初版発行
630p
菊判 丸背バクラム装上製本 
貼函
定価1,700円



二段組。本文中図版(モノクロ)50点、図・地図4点。
本書はまだよんでいなかったのでアマゾンマケプレで最安値(992円+送料257円)のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


世説新語


帯文:

「政情不安に明け暮れた魏晋南北朝360年間、貴族たちは絶え間ない軋轢(あつれき)の中で、自由闊達な思想と生活を楽しみ、美しき六朝文化の花を咲かせた。『世説新語(せせつしんご)』は竹林の七賢を始め、当時の貴族たちの風貌・言行・思想を、寸言を以て表現し尽くし、一方この時代の末に生きた落後貴族の顔之推(がんしすい)は、わが子孫たちが、どうぞ顔家の子らしく、学を守りつつこの乱世を平穏無事に生きてくれよと、綿々と『顔氏家訓(がんしかくん)』を書き綴る。社会史の史料としても貴重なこの2著を新たに完訳し、綿密な注・解説を付して世に送る。」


目次:

世説新語
 上巻
  徳行篇 第一
  言語篇 第二
  政事篇 第三
  文学篇 第四
 中巻
  方正篇 第五
  雅量篇 第六
  識鑒篇 第七
  賞誉篇 第八
  品藻篇 第九
  規箴篇 第十
  捷悟篇 第十一
  夙恵篇 第十二
  豪爽篇 第十三
 下巻
  容止篇 第十四
  自新篇 第十五
  企羨篇 第十六
  傷逝篇 第十七
  棲逸篇 第十八
  賢媛篇 第十九
  術解篇 第二十
  巧芸篇 第二十一
  寵礼篇 第二十二
  任誕篇 第二十三
  簡傲篇 第二十四
  排調篇 第二十五
  軽詆篇 第二十六
  仮譎篇 第二十七
  黜免篇 第二十八
  倹嗇篇 第二十九
  汰侈篇 第三十
  忿狷篇 第三十一
  讒険篇 第三十二
  尤悔篇 第三十三
  紕漏篇 第三十四
  惑溺篇 第三十五
  仇隟篇 第三十六
 世説新語 人名索引

顔氏家訓
 第一章 主旨(序致第一)
 第二章 子弟の教育(教子第二)
 第三章 兄弟論(兄弟第三)
 第四章 再婚論(後娶第四)
 第五章 家政論(治家第五)
 第六章 みだしなみ論(風操第六)
 第七章 良友・達人論(慕賢第七)
 第八章 学問論(勉学第八)
 第九章 文章論(文章第九)
 第十章 名声論(名実第十)
 第十一章 実践論(渉務第十一)
 第十二章 専心論(省事第十二)
 第十三章 八分目論(止足第十三)
 第十四章 兵事不関与論(誡兵第十四)
 第十五章 養生論(養生第十五)
 第十六章 帰依論(帰心第十六)
 第十七章 経史文字覚書集(書証第十七)
 第十八章 音韻論(音辞第十八)
 第十九 諸芸論 (雑芸第十九)
 第二十章 遺言 (終制第二十)

解題
 世説新語 (森三樹三郎)
 顔氏家訓 (宇都宮清吉)




◆本書より◆


「世説新語」より:


「傷逝篇 第十七」より:

「王仲宣(おうちゅうせん)は驢馬(ろば)の鳴き声が好きだった。葬儀が終わったあと、文帝はその喪(も)に臨席し、かれの友達だった人びとをふりかえっていった。
 「王粲(おうさん)(王仲宣)は驢馬の鳴き声が好きだった。おのおの一声ずつあげて送ろうではないか」
 弔問にきた客はみな一声ずつ驢馬の鳴き声をまねた。」



「棲逸篇 第十八」より:

「阮(げん)歩兵は嘯(うそぶ)くと(注一: 阮籍。(中略)嘯(しょう)は、口笛を吹くように、口をすぼめて長く息をはくこと。仙人のしぐさの一つ。)、その声は数百歩のあたりまで聞こえた。蘇門(そもん)山の中に不意に仙人があらわれ、樵人(きこり)たちはみなその評判を伝えた。阮籍(げんせき)(阮歩兵)が見にでかけると、その仙人が膝(ひざ)をかかえて岩のかたわらにいた。阮籍は峰によじ登って近より、向かいあって腰をおろした。阮籍は太古よりこのかたの歴史を論じ、上は黄帝や神農の幽玄な道を述べ、下は三代の盛徳の美をとりあげて質問したが、相手は厳然としたまま答えようとしない。そこで今度は人為を越えた世界のことや、精神をしずめ生気を導く術について述べ、相手の様子を見たが、やはり依然として一点に目をこらしたまま、ふり向こうともしない。
 そこで阮籍も向かいあったまま、ひとしきり長い嘯(うそぶ)きをしてみせると、仙人は始めて笑っていった。
 「もう一ぺん、やってみせるがよい」
 阮籍はもう一度、嘯きをしたあと、満足して帰途につき山の中腹あたりまでくると、ヒュッという声が聞こえて、それがまるで数組の楽団の演奏のようで、林や谷にこだまして鳴り響いた。ふりかえってみると、それはさきほどの仙人の嘯きであった。」



「術解篇 第二十」より:

「荀勗(じゅんきょく)はあるとき晋の武帝の宴会の席上で、筍(たけのこ)をたべ飯を食った。そして席上の人たちに向かっていった。
 「これは使い古した木を燃(も)やして炊(た)いたものだ」
 席にいた人びとはまだ信用せず、ひそかに人をやって問い合わせたところ、まさしく古びた車の軸脚(じくあし)を使っていたのであった。」



「任誕篇 第二十三」より:

「阮(げん)公の隣家の女房は美人で、酒樽(さかだる)をすえた台の前で酒を売っていた。阮公と王安豊(おうあんぽう)とは、いつもその女房のところで酒を飲んだ。阮公は酒に酔うと、すぐその女房のそばで眠りこんだ。亭主は始めひどく阮公を疑ったが、うかがって見ていると、ついに他意のないことがわかった。」

「阮(げん)歩兵が母を失ったとき、裴(はい)令公は弔問に出かけた。そのとき阮歩兵は酔っぱらっており、さんばら髪のまま寝台にすわり、あぐらをかいて哭泣(こくきゅう)の礼も行なわない。裴令公は到着すると、その下の地面にむしろをしき、哭泣して弔いの言葉を述べ終わると、そのまま立ち去った。
 ある人が裴令公にたずねた。
 「およそ弔問のときには、主人が哭したあとで、客が答礼をするものだ。阮歩兵が哭しないのに、あなたはなぜ哭泣の礼を行なったのか」
 すると裴令公はいった。
 「阮歩兵は方外の人(ひと)(注三: 方は区域。方外とは世俗を超越した世界。『荘子』大宗師篇に、「孔子曰(い)わく、彼は方の外に遊び、丘(きゅう)は方の内に遊ぶ者なり」とある。)だから礼の定めに従わない。わしらは俗中の人間だから、礼儀作法のうちに身をおくのだ」
 当時の人びとは、双方ともよろしきを得ていると感嘆した。」

「劉道真(りゅうどうしん)の若いころ、いつも草の生いしげった沢で魚取りをした。口笛の歌がうまかったので、聞くものはみな立ちどまって釘づけになるほどであった。一人の老女がいて、かれがただの人間ではないことを知っていたが、ひどくその口笛の歌に聞きほれ、豚を殺してかれにすすめた。劉道真は豚を食ってしまったが、いっこうに礼を言おうともしない。老女はまだ足りないのだと見て、もう一匹の豚をすすめると、半分食ったあと、残りの半分は返した。
 のち吏部郎になったとき、その老女の息子が小役人になっていたので、劉道真はこれを抜擢(てき)してやった。息子にはそのわけがわからない。母にたずねたところ、母はそのわけを話してやった。そこで牛肉と酒とをたずさえて劉道真を訪れたところ、劉道真はいった。
 「さっさとお帰り。これ以上はもう恩返しのしようがないからな」」

「劉尹(りゅういん)はいった。
 「孫承公(そんしょうこう)は変わった人物だ。どこかを訪れるたびに、毎日楽しく見つづけるかと思うと、はるか道の途中まで出かけながら引き返してくることもある」」

「王子猷(おうしゆう)が山陰(さんいん)にいたとき、夜大雪があった。眠りからさめて部屋の戸をあけ、酒を酌ませると、あたり一面の銀世界である。そのまま立ち上がってあたりをさまよいながら、左思(さし)の「招隠詩」を詠じているうちに、ふと戴く安道(たいあんどう)のことを思い出した。そのとき戴安道は剡(えん)にいた。すぐさま夜中に小舟に乗って向かい、ひと晩かかってやっと到着した。門前までくると、内に入らないで引き返した。ある人がそのわけをたずねると、王子猷はいった。
 「わしはもともと興(きょう)に乗って行き、興が尽きるとともに帰ってきたのだ。ことさらに戴安道にあう必要はあるまい」」

「郝隆(かくりゅう)は七月七日に、日なたに出て大の字になって寝ころんだ。ある人がたずねると、答ていった。
 「わしは書物の虫干しをしているのじゃ」」


































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本