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桝井迪夫 『チョーサーの世界』 (岩波新書)

桝井迪夫 
『チョーサーの世界』
 
岩波新書 966 

岩波書店
1976年5月20日 第1刷発行
iv 240p
新書判 並装
定価230円



図版(モノクロ)および地図11点。


桝井迪夫 チョーサーの世界


栞「最新刊」より:

「「カンタベリー物語」の作者チョーサーの生涯と作品を考察して、イタリヤ・ルネサンスに触れたこの中世詩人の人間観・世界観を追求」


目次:

はしがき

Ⅰ チョーサーのロンドン
Ⅱ 宮廷――エドワード三世の宮廷
Ⅲ イタリア旅行――外交的使者
Ⅳ 宮廷――リチャード二世の宮廷
Ⅴ 内面的な世界――作品群
Ⅵ 内面的な世界――『トロイルスとクリセイデ』
Ⅶ 同時代人たち
Ⅷ 『カンタベリー物語』の世界
Ⅸ 『カンタベリー物語』の展開
Ⅹ 晩年――エピローグ




◆本書より◆


「Ⅰ チョーサーのロンドン」より:

「チョーサーもすべての偉大な作家がそうであるように、ある時代の言語の条件の中に生みおとされる。それはその作家、詩人にはどうすることもできない必然である。子どもが父や母を選択することができないように、詩人もそのときの言語を選択することはできない。チョーサーは十四世紀中葉のロンドンの英語が話されているなかに大きくなっていったのである。
 このロンドンの英語はどんな性質の言語であったろうか。それは一言でいえば活力にみちた言語であった。十四世紀の英国では、英語は北部、南部、ケントの四つの地方言に分けられる。ロンドンの英語は東中部イングランドの特徴をもつ英語で、その性格にきまるまでには南部やケント地方の英語の特徴が存していた。南部の英語は主として農業社会の言語であった。十四世紀の中葉になると、ロンドンの人口は東中部イングランドから移ってきた人たちがその大半を占め、商業に従事し、ロンドンが商工業都市へと変貌してゆくにつれて、その言語も、市民的な精力をもつ英語として標準性をもちつつあったとされる。チョーサーの祖父は東サフォークのイプスウィッチ出であるが、サフォークやその北のノーフォークの英語はおそらく土着性があったであろう。しかし、興味あることに、これらの州は東中部イングランドにあり、ロンドン英語の母胎となった地方である。
 ヴァージニア・ウルフがノーフォーク州の豪族パストン家の手紙、いわゆる「パストン・レターズ」(一四二〇―一五〇三)について書いたとき、そこにみえる粗削りな口語的な英語をチョーサーの英語の原形として想像している。彼女は言う。「チョーサーが生きていたとき、彼はじつにこの言語、事実に即し、反比喩的で、分析よりかいっそう物語に適し、宗教的な壮厳さや大らかなヒューマーを表わすことはできるが、男や女が面と向って挨拶を交すばあい、口にするのにはちょっと固い、そういう言語を聞いていたのにちがいない。手短く言うと、このパストン家の手紙から、なぜチョーサーが『リア王』や『ロミオとジュリエット』を書かなくて『カンタベリー物語』を書いたかを知るのは容易である」と。
 そのような土着の精力をもった英語がロンドンの商業地区、下町の英語の力であったろう。」



「Ⅲ イタリア旅行」より:

「外交的使者となったチョーサーはなにも後世の英文学史家が力説するように英文学にダンテやボッカチオやペトラルカの精髄をもたらそうとしてイタリアに旅したのではもちろんない。おそらく任務に忠実なこの外交官は、王からうけた秘密の外交任務を果すべく励精したことであったろう。しかし、一三七三年頃のフィレンツェはその名の示すように、商業、経済、文化の華にも比すべき都であった。芸術では絵画、絵画ではなんといってもジォットの絵、壁画、それに彩色された写本もあげなければならない。それらはこの詩人・外交官の目を瞠らせるものがあったろう。ことに読書を愛したこの詩人外交官はこの都が手写本の製作でもイギリスにはなかったペイパーを使う技術をもっていたことを知って驚いたことであろう。ペイパーが羊皮紙にとって代ろうとして徐々に頭角をあらわしていたころであった。当時のフィレンツェはロンドンの二倍の人口をもつ活気にあふれた町で、はやくも銀行家なども現われている、ヨーロッパの経済的な中心であった。この都で、チョーサーはダンテの名をきいただけでなく、その『神曲』の写本を手に入れることができたのではなかったか。ペトラルカやボッカチオは当時まだ存命であった。これらの偉大な詩人たちの諸写本が詩人の旅の行李の底におさめられたと想像したい誘惑にかられる。チョーサーは、後に絢爛たるヒューマニズムの華を開くフィレンツェのルネッサンスの息吹をすでに身内に感得していたのにちがいない。それはイギリスの北国的な鈍重さとは異なる南国的な明るい、人間的な情熱をみなぎらしている雰囲気であった。チョーサーは当時の英国の知識人、詩人の誰よりもはやくこのルネッサンス的な、人間主義的な空気を呼吸し強烈な印象を与えらえたのだ。それはいままでのフランスの新鮮ではあるが薄い文化の世界とはちがった、なにか奥のある、深い厚味を感じさせる世界、つまりアレゴリィの抽象的世界ではない、リアルな人間の生きている現実的世界であった。それとともに知識・学問・芸術が愛好され、芸術に携わる個人の力の偉大さが認められている世界である。ダンテはまさにそういう偉大な人格であった。チョーサーが後に「修道僧の物語」の中でピサのウゴリーノについて書いているなかで、「誰でもこの話をもっと詳しく聞きたいと思う人は、ダントと呼ばれるイタリアの偉大な詩人を読みなさい。彼は一部始終、一語も無駄なくすべてを語ることのできる人ですから」と言っている。その音調にはフィレンツェで深い尊敬をうけている、この『神曲』の詩人への親しい思いが秘められているかのようである。
 チョーサーがいつどこでイタリア語を学んだのか、不明である。外交的使者としてイタリアへ派遣されるまえにチョーサーはすでにイタリア語を習っていたと想像される。イタリアに使者として派遣された理由の一つは彼のイタリア語の知識であったことは間違いない。」



「Ⅹ 晩年」より:

「詩人はみずからのうちにイタリアのルネッサンスを親しく経験したが、ついには敬虔な懺悔を行なう、中世時代のキリスト教徒として近代をはるか彼方に望み見ながら死んだと言えないであろうか。中世をはるかにぬきんでた詩人でありながら、チョーサーは中世の詩人であった。」




こちらもご参照ください:

チョーサー 『完訳 カンタベリー物語』 桝井迪夫 訳 (岩波文庫) 全三冊
『The Works of Geoffrey Chaucer, Second Edition』 Edited by F. N. Robinson
Gillian Evans 『Chaucer』 (Authors in Their Age)
S. S. Hussey 『Chaucer: An Introduction, Second Edition』
















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
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難破した人々の為に。

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